「やった、キザノハヤテです! 想像を超える走りで遂にGⅠの栄光をつかみ取った! 覗見防止の優勝はキザノハヤテです!!」
「優勝者インタピピピ
ピピピ
ピピピ
聞き慣れた目覚ましの音がする。
「ぅ……?」
澤山は見慣れぬ白い部屋で目を覚ました。
空調が付けられた天井、隣には落下防止用の柵と、その先に中段にテレビが備え付けられた床頭台。更にその向こうにある窓は曇り空を写していて、冷たい蛍光灯の光が部屋全体を照らしている。
澤山は思わずふふっと笑ってしまう。こんな状態になってまでこんな夢を見るとは、よほど自分はキザノハヤテという馬に惚れ込んでいるらしい。
手を伸ばして卓上時計を掴み、目覚ましを止める。
今日は日曜日。阪神競馬場で宝塚記念が開催される日だ。
にも拘らず、キザノハヤテの主戦騎手である澤山は、未だ美浦トレセンに近い茨城県内の病院にいた。
交通事故を起こし、入院することになってしまったからだ。
去年ようやく新調できたマイカーに乗って、夕食を外で済ませた帰宅中、青信号を通過しようとしたときに右からかっ飛ばしてきた車が突っ込んで……
翌日、目を覚ますと病院にいて、1カ月は入院しておくようにと医者に言われたのだ。
車は双方とも大破。事故の状況からすると澤山は即死してもおかしくないような大事故だったらしい。
事実、事情聴取に来た警察によれば、ぶつけてきた車を運転していた男性は亡くなってしまったようだ。
しかし、澤山は事故直後こそ脳震盪で昏睡していたが、事故翌日に目を覚ました後はピンピンしている。精々が右半身打撲によって内出血の痕が痛々しいのと、右腕を動かしづらいと感じる程度。
医者から奇跡だと讃えられ、少しむず痒い思いをした。
騎手という職業柄、咄嗟の受身・回避行動というのは騎手学校で叩きこまれる。それが澤山の命を守った、のかもしれない。
とはいえ交通事故の影響はすぐに表面化しないケースもある。
今回はぶつかってきた車が明らかに速度超過していたとの目撃証言もあるので、激突時の衝撃はかなりのものだったはずだ。経過を注視しておく必要があるだろう。
それを見越しての1ヶ月の入院となったわけだ。
退屈な入院生活になるかと思ったが、思わぬ出会いもあった。
「失礼します。澤山さん、朝ご飯をお持ちしました!」
「あぁ、ありがとう」
「いえいえ! 澤山さんには早く元気になってもらわないと、ハヤテちゃんが悲しんじゃいますから!」
今、朝食プレートを持ってきてくれた20代の看護婦は、キザノハヤテのファンだった。名前を聞けば随分前から何度かハヤテと澤山宛てにファンレターを送ってきてくれた人だとわかった。
キザノハヤテに期待している人がいるのだということは分かったつもりになっていたが、普段関わりのない場所で実際に応援してくれる人に出会うと、それはそれで胸の内に込み上げてくるものがある。
なお、事故のあった当日、澤山は昏睡していて羽田調教師に連絡なんてできない状態だったのだが、この看護婦が運び込まれたのが澤山だと気付くや否や美浦トレセンを通じて厩舎に連絡を入れてくれたという。お陰で澤山が翌日に目覚めた頃には澤山の代わりに騎乗する騎手が決まっていた。
ただ、その乗り替わり先が守田というのは、澤山からすると不安でしかないのだが。
看護婦は澤山の前に朝食プレートを置いた後、テレビの前に積まれた小銭をチラリと見る。ここの病院の個室にあるテレビは有料で、見るためには小銭が必要なのだ。
「えっと、もしかしてテレビで今日のハヤテちゃんのレースを見ようと?」
「あぁ、そう思って小銭はもう用意したんだ」
「そ、それじゃあ、わ、私も、ご一緒していいですか?」
「ん? まぁ別にいいけど、仕事は」
「大丈夫です、今日はホントは一日お休みにしてあったので! 午前で上がっても文句言われる筋合いはありません!」
休日を返上して働こうとしていたとは偉い子だなと澤山は感心する。
なお、小声で看護婦が「えへへ、澤山さんと一緒にレース観戦……!」と夢見がちに呟いているが気にしてはいけない。
ちなみにこの看護婦との出会いは、40を目前にして未だ独身の澤山にとって大きな人生の転機となる出会いだったりするのだが、この物語において重要な事柄ではないため澤山のプライベートな話は割愛する。
そして宝塚記念の放送が始まった。
パドックや返し馬の様子を見ても、ハヤテと守田が未だ噛み合っていない様子が見て取れた。というか守田がガチガチになっている。
それは素人目に見てもひどく映るらしく、澤山と一緒に見ていた看護婦はどんどん不安な表情になっていく。
「ハヤテちゃんは勝てるんでしょうか」
「うーん、どうなるかな。でもきっと守田と一緒に頑張って走ってくれると思うよ」
口ではそういうものの、澤山の内心は守田に「そこ代われ」と言いたい気持ちでいっぱいだった。医者の言うことなど無視して、阪神競馬場に向かった方が良かったのではないかと思えるほど。
これは大敗は避けられないかと諦観の念を強める中、果たしてレースは始まった。
『──全頭ゲートに収まりまして、スタートしました!』
「「あっ」」
『おっと、落馬発生! キザノハヤテです、守田騎手が落馬! キザノハヤテは空馬になったまま先頭を駆けて行きます』
思わず澤山も看護婦も声が出た。
テレビ映像は『重荷』を捨て去って抜群のロケットスタートを決めたキザノハヤテをバッチリ映していた。
あっという間にハヤテが馬群の先頭に立つ。走りを緩めることはない。
「何やってんだか、アイツ……」
「あはは……守田騎手、やっちゃいましたね」
「あぁいや、そっちじゃなく」
経験不足の守田なら、あのハヤテのスタートで降り落とされるのは、まぁあり得なくはない。ましてや今回のスタートは過去一で鋭いスタートだったように見える。
だから思わずつぶやいてしまった言葉は、どちらかと言えば守田を責めての言葉ではない。
騎手を失ってもなお走り続けるキザノハヤテに向けての言葉だった。
『えー空馬から3、4馬身程離れて現在一番手はメジロパーマー。続けて2馬身離れて──』
普通、空馬になった馬は上手く走れなくなる。
例えばラチに突っ込んでコースアウトしたり、そもそも走るのをやめてしまったり。馬群の中にいれば一緒に走っていくこともあるが……
テレビ画面に映し出されたキザノハヤテは、それこそ大逃げをするかの如く走り続け、遂にはカメラに写されなくなった。
「吹っ切れた、かもな」
「……? それってどういう……?」
澤山にせよ、宮尾にせよ、最近のハヤテの様子を知っていた者は何かが変わったと、敏感に感じ取っていた。
その後はカメラにキザノハヤテが写ることはなかったが、何故か中継が最終コーナーを映しているとき、まるで誰かがゴール前を通過したかのような、どよめき混じりの歓声が上がった。
【宝塚記念】貫録を見せつけたマックイーン
宝塚記念はメジロマックイーンが1番人気に応え、見事1着を勝ち取った。メジロマックイーンはこれで4年連続でGⅠを制覇したことになり(1990年菊花賞、1991~2年天皇賞(春)、1993年今回の宝塚記念)、獲得賞金は10億円に迫る勢いだ。
2着には8番人気のイクノディクタスが入り、こちらは牝馬として初めて獲得賞金が5億円を超えた。GⅠでの勝利こそないが、前走の安田記念でも2度重なるレースで安定した成績を残していることは特筆に値する。
レース展開はスタート直後に騎手が落馬して空馬になったキザノハヤテが先頭を駆け抜け、メジロパーマーが続く展開。
空馬が作り出す超ハイペースに巻き込まれ、メジロマックイーンを除く先行勢が次々失速していった。最後まで落ち着きを保っていたイクノディクタスとセキテイリュウオーが最終直線で猛烈な追い込みを見せたものの、メジロマックイーンが押し切って勝利した。
キザノハヤテ宝塚でも一波乱
様々な意味で菊花賞を騒がせたキザノハヤテが、宝塚記念でも波乱を巻き起こした。
キザノハヤテの主戦である澤山騎手がレースのわずか3日前に交通事故に遭遇して、入院となってしまい、宝塚記念では僅か81勝の若手騎手、守田騎手が乗り替わることになっていた。
しかしスタート直後、その守田が落馬してしまう。
キザノハヤテはスタート巧者として有名だが、その際に騎手にかかる負担も大きい。主戦騎手である澤山でさえ「デカい波が体にぶち当たるような感じ」と語ったことがあるほどだから、慣れていなければ簡単に波に飲み込まれてしまうだろう。
しかしその後、キザノハヤテは騎手はただの重りだったと言わんばかりの快走を見せる。
結果、12秒前後のラップを刻み続け、2分9秒9でゴール板前を駆け抜けた。上がり3Fは34秒3だった(タイムはいずれも筆者調べ)。カラ馬がGⅠ競争で1着馬よりも先着したのは日本競馬史上初めて。
1着になったメジロマックイーンの時計が2分17秒6だったことから、約8秒も先にゴールまで駆け抜けたことになる。
キザノハヤテはGⅠではこれまでにハナ差2着(皐月賞)、降着2着(菊花賞)、そして今回の宝塚記念はカラ馬になって1着馬より先着と、いずれも能力の高さを見せている。
次はキザノハヤテ自身が栄光を掴む姿を見たいものだ。
閑話を挟みつつちょいとまた充電期間を頂きます。
シニア秋シーズンは当初のプロットから出走レース自体を見直すことにしちゃったので、色々と見直したいのです。だから本編再開は……7月中に出来たら褒めてください。
なお、残り本編話数は多くても両手に収まるくらいに落ち着くような気がしてます。まぁほとんど白紙状態なんですが。
んあー、オールカマーほんとどうしよう……