ライスシャワーを救うためにできること。   作:さんさか

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38.放牧は長く続かない定め

 

 宝塚記念が終わった後、僕はかつての走りをほぼ取り戻した。

 いや、初心に帰れたというべきか。今の僕は走り回りたくって仕方がない。

 この調子ならもう一度レースに出してくれてもいいんだけどなぁって感じだったが、流石にGⅠ後は休みに入るらしい。

 

「うーん、すっかり元気だな。夏競馬、高松宮杯辺りにも出したいところだが」

「滝澤オーナーから秋は万全の態勢でって言われちゃったっすからねぇ。あと、騎手は澤山さんじゃなきゃダメだって釘も刺されちゃったし」

「他にも騎手はいるんだがなぁ……あんまり言いたくはないが、守田を乗せたのは失敗だったか」

 

 なんて羽田さんと宮尾君が話していた。

 ちなみに、守田さんは宝塚記念後たいした怪我もなく、翌日には復活していた。宝塚記念から放牧に出されるまでの短い期間、調教をするときに何度か僕に騎乗した、のだけど。何と言うか、僕に乗る時は恐る恐る騎乗しているように見受けられる。

 大丈夫だいじょーぶ、あの時みたいな急加速はしないから。ほれ、さっさと乗りな! 

 

 そしてマイベストパートナーと判明した澤山さんだが、自動車事故とは全くの別件で、なんか悪性腫瘍が見つかったとか何とかで入院期間が伸びた。退院後のリハビリも考えるとレースに騎乗できるようになるのは9月までずれ込みそうだとか。まぁこの機会にしっかり身体を見てもらった方が良いかもね。それでまた僕の元に戻ってきてくれたまえ! 

 

 

 そんなこんなでレース後しばらくトレセンで軽く調整をした後、放牧に出されることになった。

 なお、放牧先はこれまでのところと違う場所になる模様。宮尾君がなんか羽田さんを説得してた。

 羽田さんは「どうしてもというならやるが、問題が起きればすぐに戻すからな」と渋っているのだが……あれかな? 去年の夏、走り回りすぎて体重が回復しなかったことを言ってるのかな? 

 

 いやまぁ、あの時はダービーに出られなかったという悔しさから、抑えきれぬ衝動がありましてね。

 む、そういうことなら走るのが楽しくなった今の僕にも抑えきれぬ衝動があると言えるのでは? 

 放牧場という走りやすそうな広々とした場所に行ったら欲求が爆発しそうだ。

 むむぅ、いかんな。ただでさえ今年はスランプに陥ったせいで皆に心労をかけたのだ。これ以上余計な心配をさせないようにせねば。放牧場では大人しくしよう、そうしよう。

 

「そんじゃハヤテ、暫しの別れっすね。いってらっしゃーい」

「ひん(いってきまーす)」

「ゆっくり休むんだぞ、明後日くらいにはまた見に行くからな」

「ひん(はーい)」

「テキは心配性っすねぇ」

「当たり前だろ、ハヤテは繊細なところがあるからな」

「いやー、ハヤテはめっちゃ図太いってか単純じゃないっすか?」

 

 宮尾君が失礼なことを言っているのを聞きつつ、馬運車へ。秋競馬に向け、ゆっくりしっかり英気を養ってくるぞ! 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 おや、もう到着か。

 だいぶ近い放牧場なんだな。関東圏内なのかな。

 馬運車から降ろされ、まずは馬房へ案内される。うん、綺麗に掃除されておるな。

 しばらくは水とご飯を飲み食いして一休みといった雰囲気。案内してくれた厩務員さんはすぐに立ち去ってしまった。

 ……ってあれ、ライスのポスターは? 

 冬の間にリハビリした施設では、僕が到着したときには既に馬房にポスターが貼ってある状態だったのだけど。ちょっとサービスが悪くなぁい? 

 いや、考えてみればむしろ貼ってある方がおかしいのか。

 うぅむ、毎日の日課(ポスターに向かってライスへの祈祷)ができないではないか。羽田さんか宮尾君がポスターを持ってきてくれることを願うしかない、か。

 

 はぁ、放牧に出されて早々気が沈んでしまった。

 外の景色でも眺めて気を紛らわせよう……

 

 ん? 

 

 あれ? 

 見間違いかな、向こう走ってるお馬さんの一頭、すごく見覚えがあるんだけど。

 黒鹿毛で、ちょっと小柄で、しかししっかりと筋肉が付いていて、すっかり強者のオーラを身にまとうようになった馬。

 えっ、これマジ? 

 

 ……

 

 

 いやっほう、放牧サイコー!! 

 

 

 ──・──・──

 

 

 

 羽田調教師は千葉県内のとある育成牧場に来ていた。

 目的は将来有望な馬の視察と、ここに放牧されているキザノハヤテの様子を見るためだ。

 車を降りて牧場の事務所に向かおうとしたところ、ちょうどその事務所から同業者である飯山調教師が出てきた。

 

「おや、羽田さんじゃないですか」

 

 飯山厩舎は昨年の菊花賞から連戦連勝を続けるライスシャワーを管理している厩舎である。

 ライスシャワーはハヤテにとって因縁の敵とも言える存在。それゆえに羽田にとっても飯山は対立すべき敵……なんてことはなく。むしろ同じ美浦トレセン所属の調教師同士なので仲間意識の方が強い。

 加えて、昨年の菊花賞以来は奇妙な付き合いもある間柄である。

 

 斜行によってハヤテが降着、ライスシャワーが繰り上がり優勝となった時、飯山を始めライスシャワー陣営はキザノハヤテ陣営に治療費の肩代わりなどを申し出ていた。

 羽田たちはそんなお金は受け取れないと遠慮したものの、ライス陣営の気が済まず、折衷案として何故か飯山厩舎からは数カ月に一回のペースで、ライスシャワーの等身大写真が送られているのである。

 その折衷案の提案者である宮尾は「写真を見ることでハヤテが元気になる」と主張しているが、羽田としては未だにそれを疑問視している。

 なので飯山に対してはわけのわからないお遊びに巻き込んでしまって申し訳ないとさえ思っていた。

 

「こんにちは飯山さん。今回は、いや今回も無理を聞いてくださってありがとうございます」

「いえいえ、お礼を言いたいのはこちらです。ライスにとってもキザノハヤテと会うことは良い刺激になったようですから」

 

 そう、今この牧場にはライスシャワーがいるのだ。

 ことの発端は宝塚記念の前のこと。

 なんとかハヤテのスランプを脱する方法がないかを羽田厩舎所属の厩務員、そして出入りする騎手たちに口外しないよう言い含めて尋ねて回ったところ、一番支持を集めた改善方法が「ライスシャワーに会わせる」だったのだ。

 羽田は「ライスシャワーと会うと菊花賞のトラウマが刺激されてしまうのでは」との考えもあったが、民主主義的プロセスを経てハヤテとライスシャワーを一度会わせてみようということになった。そのため飯山に連絡を取って、夏の休養時にはライスシャワーと同じ放牧場に出すことを了承してもらっていた。

 その時は場所をよく聞いておらず、放牧場への連絡も飯山が引き受けてくれたので任せてしまったのだが、こんなに美浦トレセンから近い位置で放牧されていたと知っていたら宝塚記念前に日帰りで、というのも考えられたかもしれない。知っていてもしたかどうかはまた別の問題だが。

 

「いやはやしかし、キザノハヤテはよほどウチのライスのことが好きなようですね」

「……あー、飯山調教師もそう思われますか?」

 

 飯山調教師曰く、ハヤテは暇さえあればライスシャワーの方を眺めているらしい。眺めている時は機嫌が良いのか尻尾をいつも振っているという。ポスターを見つめている時と同じ反応だ。

 時々柵越しに駆けっこに誘ったりもしているそうで、分かりやすくはしゃいでいるのだとか。

 対するライスシャワーはほどほどにハヤテにつきあってあげているようだ。馬自身がライバルと認識しているのか、こちらは若干闘争心を露わにすることもあるとのこと。

 話を聞く限りハヤテのトラウマが刺激されて気が沈む、といったことは無さそうで羽田は一安心する。

 

「キザノハヤテもあの様子なら復調できたようですし。羽田さんさえよければ、またレース前に併せ馬をさせていただけませんか」

「えぇ、是非。GⅠ馬と一緒にトレーニングできるとは光栄です」

 

 そう返事を返したところで、羽田はふと昔のことを思い出す。

 ライスシャワーと最初に併せ馬をしてもらった時には、ハヤテとライスシャワーの力関係は逆だったな、と。

 あの時はハヤテが連勝を重ねて勢いに乗っていた時期で、ライスシャワーは休養明けだった。今は逆にハヤテがスランプ明け、ライスシャワーはGⅠ3連勝だ。

 思えば2頭とも随分遠くまで来たように思う。

 飯山調教師を見れば、そちらもそちらで何か思うところがあったのか、しばし感慨にふけっていた。

 どちらからともかく苦笑を浮かべあい、「また連絡します」と言って別れた。

 

 

 その後、ハヤテの様子を見に行ったところ、明らかに厩舎にいた頃より毛艶がよくなっていた。気力に満ち溢れているのを感じる。

 羽田はどうやら心配しすぎていたようだと自覚した。

 これなら、夏の間はずっとここでお世話になってもらうのもいいかもしれない……

 

 

 が、しかし。

 結局ハヤテの放牧はそれから1週間ほどで切り上げられた。

 ライスシャワーを眺めてばかりで碌に食事をとらないくせに、ライスシャワーと同じ時間に放牧に出されれば走り回ってたせいでどんどん痩せる一方だったのである。

 トレセンへ向かう馬運車に載せられる際には、ハヤテがまるで母親から引き離されるときのような悲しげな嘶きをあげていた。

 その話を馬運車の運転手から聞き、ようやく羽田もハヤテがライスを好いていることを認めざるを得なかったという。

 





【悲報】7月中、結局本編書き溜め作る余裕がなかった
こうなったら自転車操業で行くっきゃないね、不定期更新タグが火を噴くぜ!

(できるだけ週一更新頑張りたい)
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