パドックが終わり、ながーい地下通路を抜けてレース場へ。返し馬も終わり、ただ今ゲート入り前の輪乗り中。
返し馬の時に確認したけど、コース上の芝はやっぱりぐじゅぐじゅ、不良馬場だね。
滑って転ばないよう、いつもより慎重に走らないと。
となるとトップスピードや加速力を下げざるを得ないわけで、道中先頭に大差をつけられると追い付けなくなる可能性がある。つまり前の方に立てればそれに越したことはないと思う。今までの調教からして1600mくらいなら僕はスタミナ的にも余裕がありそうだし。
なお、澤山さんも同じ考えのようで、返し馬の最中に、
「うーん、雨だからやっぱり走りづらそうだな。今日はテキの言う通り好位追走かな」
ってなことを他の騎手さんに聞こえない程度に呟いていた。
好位追走、つまり先行策ってことか。前走は周りが最初から飛ばしてたから僕は差しみたいなポジションまで下がっちゃってたし、今回はもっとスタートを意識した方が良いってことかな。ふむふむ、了解!
さて、いよいよゲート入りの時間がやって来た。今回僕は3枠3番なので早めのゲート入り。
そして全員がゲートに収まったところでスターターが旗を振る。
「ガチャン!」と目の前のゲートが開き、僕は水気を多く含んだ地面を蹴とばし、スタートダッシュを決めた。
うん、スタートダッシュは上々でしょ!
「よしっ……スタートが良すぎるのも考え物か」
え? あ、先頭に立っちゃいそう。
ドドドドと走りながら自分の今のポジションを把握する。
抜群のスタートを切った馬は複数頭いるのだが、少し僕が飛び出してしまっている。
スタートダッシュを決めた馬の中では僕が一番内枠側でもあるせいか、他の外枠側のお馬さんは無理に抜かそうとしないみたい。
先行で行こうって言われてたのにこれじゃあ逃げだ。
えぇっと、これ大丈夫なのかな。マチタンは後ろの方っぽいし、実は後ろが有利だったりする?
「仕方ない、こうなったら逃げ切りだ」
アッハイ。作戦変更ですね。それじゃあ僕はただ前を目指すのみ!
スタートダッシュを決めた外枠のお馬さんが僕の斜め後ろに着くのが視界の端に映る。いつだって抜かしますよって体勢だ。
これはマークされてるのかな。なるほどなぁ、これは確かに焦ってスピードを上げたくなるのもわかる。
でも僕は元人間の理性があるからね、澤山さんの指示以上には速度は出さないよ。
僕は冷静に先頭を維持しながら坂を上り、コーナーに入っていく。コーナーに差し掛かれば流石に外を回されるのを嫌ったのか、2番手のお馬さんは真後ろに入って僕の視界からも消えた。
そしてそのまま誰かが抜かそうとしてくることもなく、僕が先頭を維持したままゴールのある最終直線へ。
東京競馬場は最終直線入ってすぐの坂を駆け上がればあとは走りやすい平坦地だったはず。つまりこれであとは突き放すだけ! なぁんだ、今回も余裕だな!
坂を駆け上がった僕は「そういや今回マチタンは何位になるんだろう」と、ふと考えて
「っ!? まずいっ」
澤山さんが鞭を入れた。
む、なにがまずいんだ?
僕の先頭は揺るがな……あれ? あっ、後ろからものすごい勢いで近づいてきてる馬がいるやんけ! マチタンではないけど! コイツ速いな!?
やばい、もっともっと速度上げないと、あっあっ、抜かされるゥ!
ぐっと力いっぱい地面を蹴って身体を前へ押し出す。でも不良馬場のせいで思うほど加速できない、トップスピードが出せない。
何とか抜かされきる前に反応できたけど、外側を走る馬と横並びのままを維持するので精いっぱいだ。マジでヤバい。
さらに鞭が入る。
「まだ行ける。行けるよな、ハヤテ!」
他人事だと思ってぇ! 今全力で走ってますよぉ!
でもそう期待されたからにはぁ!? やってやろうじゃねぇかよこんにゃろぉ~~!!!
全力以上の、火事場の馬鹿力を頼りにひたすらひたすら脚を動かし地面を蹴る。
頭の中を真っ白にして走り、そしてゴール板の横を駆け抜けた。
ゴール板を完全に通り過ぎてから手綱を扱われて減速する。一緒に競り合った相手も減速する。
ど、どうだ?
勝てた? 負けた?
「ふぅー。ぎりぎり勝てた……クビ差かな、危なかった」
澤山さんが大きく息を吐いて、そして小さく呟いた。
よかった。何とか隣を走る馬に勝てたようだ。澤山さんが指示を出してくれて助かった。そうでなけりゃ負けてたかもしれん。最後の直線で思いっきり油断してた。
しかし早かったなこのお馬さん。未来の重賞馬だったりするのかな、記念にお名前を拝見……
ん? この子、女の子じゃね?
近くでよくよく見れば馬の本能的にそんな感じがするぞ。パドックで強そうな馬だなと思ったうちの一頭だ。
え、メスであんな速い馬がいるんです? 馬って基本オスの方が強い生き物だよね? だからこそ牝馬限定戦なんてものがあって、そしてダービーを勝ったウオッカの偉業が讃えられるのであって。
このお馬さんが例外……いやでも、無敗二冠を成し遂げるミホノブルボンこそ例外的な強さを持っている馬だろう。間違いなくこの馬よりも強いはず。
今回、油断があったのは確かだ。だとしてもだ、このお馬さんより強いであろうミホノブルボンを相手に、今の僕は勝てるのか?
このままだと……勝てない。
1991年10月27日8R いちょうステークス 東京芝左1600m 雨、不良馬場 15頭立て
1着 キザノハヤテ 1:38.6
今更なことなんですが、枠番は史実のどこかしらに挿入して、順位は改変部分以降の順位を一つずつ繰り下げるようにしていく(なので今回マチタンは5位)つもりです。
枠番から全頭ランダムで配置し直して史実とは違うレース展開考えて順位をシミュレーションして……ってできればいいですけど、筆者にはちょっと出来ない。
あと不良馬場って結局前が有利なのか後ろが有利なのかよくわからん……
一週間連続更新頑張ったのでちょっと休みます……