井川葵の友達やってます   作:嘘ドタキャン束縛カニカマ犬こんにゃく

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アイプラ小説増えろ〜増えろ〜(義務)



第十一話 ダンス少女とお泊まり(後)

 

 

 それから一応井川が家族に宿泊の連絡を入れ、許可を貰い、正式に我が家へのお泊まりが決定した。

 小学生からの仲ということもあって俺は井川の親を知っている。でも、だからといって通話に代われ、なんて無茶振りをするのは正直やめて欲しかった。

 

『如月君、葵をよろしくね』

「えっと、はい。よろしくします……?」

「違うよ。僕が如月をよろしくするんだ。実際、如月より僕の方が家事は──」

「だぁぁぁ! わかりました! 任せてください! 失礼します!」

「あはは。じゃあそういうことで」

 

 ……本当にやめて欲しかった。

 

 そうして風呂のお湯張りが終わるまでソファーでだらだら寛いだ俺たちは、満を辞して入浴することにした。

 

 一応順番を決めるじゃんけんをして俺から風呂場に向かったものの、間髪開けずに脱衣所に突撃してきた井川のせいで全てが無意味なものになった。俺のストレート勝ちを返して欲しい。

 

「? 如月、早く脱いでよ。入れないじゃないか」

「お前さぁ……まあいいけど」

 

 なんの躊躇もなく身軽になった井川に呆れ混じりのため息を吐きつつ、俺も脱ぎかけていたTシャツを脱いで洗濯カゴに入れる。

 浴室に入った俺は井川より先に頭と体を洗い、ざぶんと湯船に体を沈めた。

 

「はぁ〜……癒しだ……」

 

 温かいお湯が全身を包む。先程の通話の心労が溶けていくようだった。

 深く息を吐きながら浴槽の外に腕を放り出すと、ちょうど髪を洗っていた井川を掠る。小さく聞こえた驚いた声にくつくつと笑いが溢れた。

 

「まさか、本当に泊まることになるとはなぁ」

「え? なにか言った?」

「お前がうちの風呂にいるのがすごい変な感じだなぁって言ったんだよ」

「なに……? シャワーの音でよく聞こえないよ」

「わはは、ばーかばーか。あほ、まぬけ、井川」

「すぐに流すからちょっと待ってて」

 

 言葉通りに髪を流す井川の間抜けな姿に声を出して笑う。

 今ならなんでも言いたい放題だな、なんて企んでいると、泡を落としてさっぱりした井川が立ち上がった。湯船の中を海藻のようにゆらゆら揺蕩っている俺を堂々と見下している。

 濡れてストレート気味になった髪型がなんだか面白くて、そのことにまた笑いが溢れた。

 

「なにがそんなに面白いのか知らないけどさ、場所開けてよ。僕も入るから」

「はいはい。ぷふっ」

「なんだよ。というかさっきなんて言ってたの?」

「なんでもありませーん」

「……なんでだろう。無性にムカっときたよ」

 

 不満気な態度で隣に沈んだ井川だったが、次の瞬間には気の抜けた表情になる。

 どうやら風呂の温かさには勝てないらしい。まるで百面相のようにころころ表情を変える友人の姿に、俺も気が抜けて行くのを感じた。

 

「ふぅ。久しぶりだね、君とこうしてお風呂に入るのは」

「じいちゃんの家以来だなー」

「あの時は別々のドラム缶だったけどね。同じ湯船はこれが初めてだ」

 

 これも悪くないね、と笑う井川に、俺も同じように笑い返す。今にもかぽーん、なんて音が聞こえてきそうな雰囲気だった。

 

「というか、改めて全然変わってないのな。一応俺たちも成長したんだけど」

「それはどういう意味……? 内容次第で僕は君を沈めないといけなくなる」

「一緒に風呂入ってて恥ずかしくないのかって意味だよ! だからそんな本気な目で見てくんな!」

 

 なんというか、井川はたまにふと本気の目になる時がある。小学生の頃はそんなことなかったのだが、中学に入ってから目にする機会がぐんと増えた。

 それも主に「成長」というワードが出る時に多い気がする。

 もしかして発育でも気にしてるのか……? なんて俺は首を傾げていたが、そのまさかだと知るのは数年後の話だ。

 俺からすれば別に井川は井川なんだからそのままでいいと思うのだが、本人の様子を見るにそういうわけにもいかないらしい。

 

 とりあえずその手の話題には気を付けようと心に決め、俺は密かに拳を握った。

 

「なんだ、そっちか。別に、誰にでもこうってわけじゃないよ。もしファンの人と一緒にお風呂に入れって言われても僕は断るしね。こう見えて、相手は選んでるんだ」

「へー。そういうもんなのか」

「そういう君も大概じゃない? 気にならないの?」

 

 そう言われて考え込む。

 しかしそれも一瞬で、答えはすぐに出てきた。

 

「気にならないな。でも、俺も誰にでもこうってわけじゃない。多分、お前だから気にならないんだ」

 

 友達だからな。

 

 いつかと同じ、そんな言葉が浮かび上がる。

 今になって思えば、俺の男女観はこの頃から既に破壊されていたんだろう。それも、井川限定で。

 確認ついでに体を真横に向けて井川の全身を見てみるも、やはり答えは変わらなかった。

 

「それはそれで複雑だな。一応、僕も年頃の女の子なんだけど」

「この状況だとなんの説得力もないぞ。それを言ったら俺も年頃の男子だしな」

「ま、いいや。いつか嫌でも気になるようになるよ。僕のこの胸は将来有望だからね」

「わはは、ならどっちが先に気にするか勝負しようぜ。ちなみに俺は絶対に気にしない自信がある」

「それを言うなら僕もだよ。如月、僕と身長あんまり変わらないしね」

「これから伸びるんだよ! 今に見ておけ」

「あはは、ならこれも勝負だね」

 

 売り言葉に買い言葉、俺たちはそれからも次々に勝負をふっかけていき、お互いがのぼせてきた頃にはもうなにを競い合っていたのか覚えていなかった。

 どちらともなく一時休戦、と手を取り合い、ふらつく体を支え合って風呂から出た。

 

 並べあった肩は、ちゃんと俺の方が少し高かった。

 

 

 

 ●

 

 

 

「はぁぁぁ〜、涼し〜」

「ふぅ……流石に僕も身の危険を感じたよ。やっぱり君といるといつも散々な目に合うね」

「わはは、楽しいだろ」

「憎めないな、そういうところ」

 

 風呂上がり。茹蛸(ゆでだこ)のようになった体を冷ますべく、俺はリビングの窓を全開にして寝転んでいた。

 

 今までのぼせるまで湯船に浸かることなんてなかったから、慣れない疲労感が体を包む。そしてそれは井川も同じだったのか、ため息を吐きながら顔を見合わせてまた笑った。

 夜の涼しい風が頬を撫でる。さっきスーパーで買ったアイスを頬張っていると、足音が隣にやってきた。

 

「如月も飲む?」

「ん、ありがと」

 

 井川から水を受け取り、二人して外を眺める。

 よく見ると空には星が光っていて、それがやけに綺麗だった。

 

「似合ってるじゃん、それ」

「少しサイズは大きいけどね。悪くない感じだよ」

 

 そう言って胸を張る井川が着ているのは俺のTシャツだった。

 なにか井川の琴線に触れるものがあったのか、ど真ん中に「無気力」と書かれたダサめのものをチョイスしている。俺の私物のTシャツながら、素直にいいセンスだと思った。

 

「すんすん……如月の匂いがするね」

「そうか? 自分じゃわからないけど」

「どうしてだろう。なんだかすごく安心するよ」

「リラクゼーション効果の塊だからな、そのTシャツ」

「くすっ、なにそれ」

 

 適当な会話に笑みが浮かぶ。ちなみに俺が着ている方には「やる気」と書かれていた。当時、俺の中ではそういうちょっとダサいTシャツブームが来ていた。

 隣でもぞもぞと動いている井川に視線を向ける。なにかと思ってしばらく眺めていると、躊躇い気味にぼそぼそと喋り出した。

 

「……さっきの話題に戻るんだけどさ」

「さっき?」

「お風呂の時の話題だよ。まさか忘れちゃった?」

「え、なんだよ。別に忘れてないと思うけど」

 

 すっ、と息を吸い込む井川を見て、なんとなく俺も姿勢を正す。

 特に掘り返すような話題あったっけ? と首を傾げていると、意を決したような瞳が俺を射抜いた。

 

 

「深い意味はないんだけど……如月は胸の小さい女の子はどう思う?」

 

 

 ……うん! いいと思うよ!(ヤケクソ)

 

 

 

 ●

 

 

 

 一悶着あったもののなんだかんだ涼み終えた俺たちは、いつものようにやりたいことをやる時間を過ごした。

 

「如月は体が硬いね。手伝ってあげるよ。それ」

「いでででで! もうちょっと手加減しろ!」

「あはは、柔軟には負荷は付きものだよ」

「お前ちょっと俺でストレス発散してるだろ!」

 

 ストレッチをした時は井川に散々いいように遊ばれ。

 

「あ、そっちのエリア行ったぞ」

「わかった。罠を仕掛けておくよ」

「ナイス。結構時間かかったな。あ、これ捕獲クエストだから倒さないように──」

「あっ」

「ああああああああ!?」

 

 協力してモンスターを狩るゲームでは数え切れないほどの墓が並び。

 

「なににする?」

「僕はコーヒーにしようかな。微糖のやつ」

「じゃあ俺もそれにしよ。ほら」

「悪いよ。僕だってお金は持って来てるし」

「いいんだよ。なぜなら今日はパーティーだからな」

「くすっ。じゃ、お言葉に甘えて」

「くるしゅうない」

 

 散歩がてらふらっとコンビニに行っては、気が済むまで公園で雑談をした。

 

 これだけ一緒にいればもう話すことなんてなくなりそうなのに、不思議と俺たちの間に会話は尽きなかった。

 大抵は取り留めもないような内容だったが、なにも考えなくても自然と言葉が溢れてくる感覚が無性に心地よかった。

 

「もうすぐ夏も終わっちゃうね」

「あっという間だよなー」

 

 本当、あっという間の数年間だった。

 

 都会での暮らしも、友達の存在も、充実した日々も。それまでの俺には想像もできないようなことの連続で、ふとした瞬間に全てが夢なんじゃないかと思ってしまいそうになる。それくらい暖かくて、眩しい毎日だ。

 

 見慣れなかった灰色も、小さく見える四角い空も、今ではすっかり慣れてしまった。

 この幸せは一体いつまで続くんだろう、なんて考えて、少し寂しい気持ちになった。この瞬間まで忘れていた「引っ越し」という単語が頭に浮かぶ。

 

 いつか自分で決めたはずなのに、最後まで楽しんで終わろうと思っていたはずなのに、また全てを失ってしまう恐怖が離れない。

 まるで爆弾のような毎日だ。長く続けば続くほど、時間が経てば経つほど、その終わりが大きく口を開けている。

 

()()()()! 引っ越しても元気でね! お手紙いっぱい書くからね!』

『……うん! 俺も絶対書くよ! 元気でね!』

 

 ふと、いつかの記憶が蘇った。

 もう忘れてしまったと思っていた記憶だ。

 

 結局、手紙が届くことはなかった。

 俺から送った手紙だって、読まれているのかわからない。もう、なにを書いたのかも忘れてしまった。

 

 寂しい。いつか必ずいなくなることが寂しい。今こうして友達だと言ってくれている井川だって、いずれ俺を忘れるかもしれない。そのことが寂しい。そして、そんなことを考えてしまう自分が寂しい。

 

 折角楽しい気分だったのに、どんどん深くに沈んでいく。それが嫌で、空に浮かぶ星を見た。相変わらず四角くて窮屈な空だった。

 

「……やり残したことあったっけなぁ」

「宿題とか?」

「はは、それはもう終わらせてあるよ」

「……如月?」

 

 やり残したことはなんだろう。この瞬間にしかできないような、消えない思い出になるような──

 

「──あ!」

「うわっ、なんだよ急に。君、いきなり大声出すそれやめた方がいいよ」

 

 昔からそうだよね、なんて指摘を飛ばす井川を無視して、俺はベンチから立ち上がった。

 

「井川! ちょっと待ってて! すぐ戻ってくる!」

「え、ちょっと──」

 

 俺はダッシュで家に戻った。

 夏の終わり。やり残したこと。ちょうどいいのが残っている。

 廊下の突き当たりにある収納スペースからとある袋を取り出すと、道具を持ってまた公園へと走った。

 

 気分が高揚していくのがわかる。我ながら単純な頭だな、なんて自分を笑う声が出た。

 公園に着くと、井川は入り口で待っていた。街灯に照らされているせいか、その表情には影が差している。

 

「あっ、如月。やっぱり様子が変だよ。どうしたの……って、なに? それ」

「花火!」

 

 やろうぜ! と満面の笑みで道具を突き出せば、井川は面食らったように目を見開いた。黄金の瞳がまるで月みたいに丸くなるから、それがおかしくてまた笑った。

 

「……まったく、やっぱり変人だよ、君は」

「わはは、忘れない思い出ってやつだ」

「そんなことしなくても、僕は君を忘れないよ」

「──」

 

「友達、だもんね」

 

 そう言って笑う井川は、この世の何よりも綺麗に見えた。

 

 不意打ちのような言葉に体が固まるのがわかる。

 いつものようになにか言おうと口を開くも、まるで話し方を忘れたように小さく開閉を繰り返す。それがなんだか恥ずかしくて、誤魔化すように花火の準備を始めた。

 

「手伝うよ」

「……おう」

 

 袋を破き、蝋燭を立て、バケツに水を汲む。

 一連の準備が終わる頃にはなんとか平静を取り戻していた。

 

「それにしても花火か。家にあったの?」

「うん。家族でやろうって言って買ったんだ」

 

 結局忙しくてできなかったけど。そう言って蝋燭に火を灯す。星空とは違った暖かい光がゆらゆら揺れた。

 

「いいの? 僕とやっちゃって」

「いいんだよ。お前とやった方が楽しいし」

 

 それに、きっと両親は忘れてる。

 そんな想像に苦笑い一つ溢して、俺は花火に火を付けた。

 じゅっ、という音と共に火が噴き出す。俺はすぐさま走り出して、花火をくるくる振り回した。

 

「うおー、めっちゃ綺麗」

「如月、見てよ」

「ん?」

「花火の舞」

「うおおお!? すげー!」

 

 振り向いた先では井川が両手に複数の花火を持って跳ね回っていた。

 普通じゃあり得ないような軌道で光が宙を走る。それをなんてことない顔でやってのける井川がシュールで、俺も負けじと他の花火を手に取った。

 

「ネズミ花火手裏剣!」

「逆立ち花火」

「真剣ロケット花火取り!」

「花火の輪くぐり」

「うーんと……普通のヘビ花火!」

「花火宙返り」

「お前身体能力に物言わせるのずるいぞ!」

 

 笑い声が絶えず響く。

 思うままに花火を消費していればあっという間に数は減り、残すところは筒状の打ち上げ花火と線香花火くらいになっていた。

 

「よし、火つけるぞ」

「気を付けてよね」

「……なかなか出ないな」

「……しけてるとか?」

「そんなまさか。もう一回付けてみるか──うぉお!?」

「うわっ、あはは! すごいね」

 

 二人して尻もちをついて花火を見上げる。夜空に光が咲くのを笑いながら眺めていた。

 そうこうして他の打ち上げ花火も使い切れば、いよいよ残りは線香花火だけになった。

 やっぱ最後はこれだよな、なんて呟きながら二人で先端に火を付ける。どっちが先に落ちるかで勝負を仕掛ければ、当然のように井川は乗ってきた。

 

「綺麗だね」

「な」

「どうしてだろう。線香花火ってなんだか少し寂しい気持ちになるよね」

「な。わかるよ」

 

 少しずつ火が大きくなっていく。

 いつもの俺たちならお互いを笑わせ合ったり息を吹きかけたりして妨害しようとするところを、この時だけは静かに火の玉を眺めていた。

 ばちばち、と次第に音が大きくなっていく。手を揺らさないように気を引き締めていると、不意に井川が口を開いた。

 

「如月はさ、楽しい?」

「なんだよ急に」

「僕は楽しいよ。今までずっと退屈だったんだけどさ、君が来てからめちゃくちゃだ」

 

 視線を花火に戻して、思い出すように井川は続ける。

 

「何度も先生に叱られたよね」

「誠に遺憾な思いです」

「何度もふざけあったよね。怪我したこともあったっけ」

「誠に、遺憾な思いです」

「好きで踊ってただけなのにアイドルになることになってさ。正直めんどくさいって思う時もあるけど、やっぱり僕は楽しいんだと思う」

 

 一度言葉を区切る。その間の沈黙が気になって、俺は井川の方を見た。井川も俺を見ていた。

 

「如月は?」

 

 楽しい? なんて、もう一度同じ言葉を繰り返す。

 

「……楽しいよ。俺だってお前と会ってからめちゃくちゃだ。こんなにふざけ合ったのも、あんなに一緒に怒られたのも。全部お前が初めてだよ」

「あはは、お互い様だね」

「本当、楽しすぎて怖いくらいだ」

 

 つい、本音が口を吐いた。

 今まで散々くだらないことを話し合って来た俺たちだったが、こんなことを言ったのは初めてのことだった。

 クライマックスと言わんばかりに線香花火が光を放つ。どれだけ眩しくても、俺はその輝きから目を離さなかった。

 

 今、井川はどんな顔をしているんだろう。

 

 らしくない俺の姿に驚いているだろうか。

 それとも、興味なさげに花火を見ているだろうか。

 もしかしたら明日は雪でも降るのかな、なんて笑っているかもしれない。

 

 なんにせよ、井川にならどんな反応をされてもいいと思った。

 それがなぜなのか、この時の俺には説明が出来なかった。

 

「大丈夫だよ」

「……井川?」

「大丈夫」

「なんだよ、いきなり」

 

 やけに優しい声で言う井川に、困惑したのは俺の方だった。

 大丈夫。井川が言ったのはそれだけだった。

 一体なにが大丈夫だというんだろう。俺はなにも話していない。俺がずっと悩んでいることを、こいつは知らない。

 いつもどうでもいいことばっかり饒舌になって、肝心なことは言えないままだ。

 

 それなのに、井川は俺に大丈夫だと言った。

 なぜだろう。なにに対して言ったのかはわからないその言葉が、やけに心に沁みていく。

 井川が大丈夫と言うならきっと大丈夫なんだろう。思わずそう感じてしまうなにかが、この一言に込められている気がした。

 

「……そか」

 

 結局、口から出たのは短いたったの二文字で。

 こういう状況に弱いな、なんて自分を反省する俺に、しかし井川は一歩距離を詰めてきた。

 

「花火、もうすぐ終わりそうだね」

「だな」

「でも、そしたらまた新しいのに火をつけよう」

「……だな!」

 

 そこで初めて俺は花火から目を外した。ほんの少し顔を動かせば触れてしまいそうな距離にある井川の顔をじっと見る。

 強烈な光を見続けていたせいで視界は真っ白に染まっているが、何故だか井川が微笑んでいるのが見えたがした。

 俺も同じように微笑み返す。気付けば二人の火は地面に消えていた。

 

「どっちが勝ったか見てなかったな」

「僕も見逃したよ。この勝負は持ち越しだね」

「いつか絶対決着をつけよう」

「如月」

「井川」

 

「「楽しみだね(な)!」」

 

 そんな些細な約束を交わして、俺たちは立ち上がった。

 弾けるような騒がしさの後には痛いくらいの静寂が残る。

 そんな沈黙を破るように口を開いた俺たちは、道具を片付けて家に帰るまでずっと馬鹿話を繰り広げていた。

 

 飽きることなく、ずっと。

 

 

 

 ●

 

 

 

「ふぁあ……ねむい」

「もうこんな時間か。そろそろ寝ないとね」

 

 花火が終わり、家に着けば時刻は日付を跨いだところだった。

 中学生になったとはいえ、俺たちはまだ子供。元よりそんなに遅くまで起きている習慣がない俺はすっかり眠気に襲われていた。

 

「補導されなくてよかったな」

「そしたら僕は走って逃げてたよ。君を置いてね」

「お前あの流れでよくそんなこと言えるな。敵だ敵、喧嘩だ」

「あはは、いいよ。何度でも喧嘩しよう」

 

 そう言って井川は楽しそうに笑った。こいつは夜に強い方らしい。俺ばかり眠気を感じているこの状況に、無性に悔しさが湧いてきた。

 

「まだ卒業してから半年くらいしか経ってないのに懐かしいね。覚えてる? この写真、僕が君のパンを取った時のだ」

「覚えてるわ! 未だにちょっと根に持ってるからな」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら見ているのは小学校の卒業アルバムだ。

 さっきの一件でなんだか言葉にできない大切さが胸に溢れた俺たちは、どちらともなくアルバムを見ようと言い出した。

 現在は俺の部屋のベッドの上に並んで懐かしい写真を眺めている。

 

「これは水泳の授業で君だけプールに落ちた時のだ」

「お前が押したせいでな。先生のお手本中だったのに落とされたせいで最悪だったんだぞ」

「これは……修学旅行のやつだね」

「お前が財布無くしたって焦ってた時のやつじゃん。本当は自分で持ってたのにさ」

「うるさい。そういう君だってお腹が痛いって抜け出したから集合写真に一人だけいないじゃないか」

「緊急事態だったんだよ! 絶対あの旅館の人俺の朝ご飯に毒入れてた」

「そんなわけないだろ、ばかだな」

 

 それからもこの時は、あの時は、なんて思い出を振り返っていく。

 井川の言った通り、まだ卒業してから半年程しか経ってないのに、一枚一枚がやけに懐かしく感じた。

 

「楽しかったね」

「散々だったね、の間違いだろ」

「それも含めて、だよ。わかってるくせに」

「まあな」

 

 話しながらかくん、かくんと船を漕ぐ。どうやら眠気の限界が近いようだった。

 

「そろそろ寝ようか。電気は僕が消しておくよ」

「んー、たすかる……」

「普段は生意気なのに眠くなると別人みたいだね。ずっとこのままならいいのに」

「ん……たすかる」

「あはは、本当に見ていて面白いよ」

 

 おやすみ、と言われて意識を落とす。

 なんだかずっと髪を撫でられていた気がしたが、それが夢なのか現実なのか俺にはわからなかった。

 

 翌朝、目が覚めたら目の前に井川の顔があった。

 デジャヴだな、なんて呟きと共に祖父の家の朝を思い出す。

 夜に弱い俺と反対に井川は朝が弱いから、そのことが面白くて一人で頬を緩めていた。

 

 無意識に、すぅ、すぅと寝息を立てる井川の髪を撫でた。なんだか変な感じがしたが、次第に俺も眠くなって来て再び瞼を閉じた。

 最後におやすみ、なんて呟いて意識を落とす。

 

 井川が起きるまで、俺たちはずっと眠り続けていた。

 





※花火は安全に遊びましょう。

推しグループは

  • 月スト!
  • サニピー! サニピー!
  • トリトリトリエル
  • LizNoir
  • ⅢX
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