井川葵の友達やってます 作:嘘ドタキャン束縛カニカマ犬こんにゃく
長くなったので分けました。
夏の匂いが鼻腔をくすぐり、虫の声が耳に届く。
ぱしゃぱしゃと撥ねる水音と共に、二人の子供の声が山に響いていた。
「井川、そっち行ったぞ!」
「わかってるよ。それっ」
「うおおおおお! ナイス井川!」
「僕にかかればこんなもんだよ」
網を片手に自慢げに胸を張る。
現在進行形で小川の中を走り回っている俺と井川は、手に持つ網の中に魚を捉えてはしゃいでいた。
二人の格好は半袖に短パンというラフなもので、どちらも水飛沫を浴びて水気を含んでいる。
夏の日差しを受けてキラキラと輝く水面が眩しかった。
「これで僕が捕まえた魚は3匹、如月はまだ0だ。向いてないんじゃない? もう僕に任せて帰りなよ」
「うるせぇ。何故かみんなお前の方に行っちゃうんだよ。けど、後で食べる分には十分じゃんか。ちょっと休憩しようぜ」
「あーあ。逃げちゃった」
「こういうのは逃げるが勝ちなんですよーっ。センス抜群の井川はそのまま魚獲りよろしく」
「このままだと如月のプライドがボロボロになりそうだからやめとくよ。それに、さすがに僕も少し休みたい」
「はいはい、っと。ほれ」
「ん」
軽口を叩きながら井川の手を取り川から出る。
すっかり重たくなった服の水気を絞ると、俺たちは木陰へと足を進めた。
どちらともなく座り込み、自然の音に耳を澄ませる。
木々の間から見える空には一面の青が広がっていた。
「ふぅ……こんなにはしゃいだのは久しぶりだよ。君の誘いに乗って正解だったね」
「俺もお前を誘ってよかったよ。絶対一人じゃ退屈だった」
「感謝するといいよ」
「急に何様だコノヤロー」
今の俺たちは絶賛夏休みの真っ最中だ。
俺と井川はとある事情で一泊二日で山の中に遊びに来ていた。というか、ほぼ俺の事情に井川が乗った形だった。
いろいろあって、今は川で魚獲りをしている。
実際にやる前は大量に獲るぞー、なんて意気込んでいたが、素手と網だけで本当に獲れるなんて思っていなかったし、川遊びができれば俺はそれで良いと思っていた。
そんな予想を覆したのがこの少女、井川葵だ。
普段からのダンスのお陰で反射神経がヤバいことになっているのか、驚くほど鋭いスピードで魚を網に捉えていた。大して反射神経のない俺はそれを見ながらちゃぷちゃぷしているだけだった。ちょっとなんとも言えない気持ちになった。
そんなこんなでしばらく
「せっかくこんな所に来たんだ。もっと遊ぼうよ。もちろん付き合ってくれるよね?」
「おう、望む所だ」
濡れた髪をキラキラさせながら井川は再び川へと向かう。
そんな友人の後ろ姿を眺めながら、俺は今に至る経緯を思い出していた。
● ○ ● ○
「おじいさんの家?」
「うん。毎年夏に遊びに行ってるんだけどさ」
小学五年生、夏。
クラス替えを経ても同じクラスになった俺と井川は、教室の窓から陽炎が揺らめく街を見ながら雑談していた。
夏休みを数日後に控えた教室は活気付いており、そこかしこでこの夏の予定を語る声が聞こえる。
窓際の席に座りながら、俺が井川に切り出した。
事の発端は数日前。
引っ越し先がどこであれ毎年夏に遊びに行っている祖父から如月家に電話があった。
内容は今年も泊まりに来るだろう、という確認のもの。
当然俺は行くと思っていたし、祖父も俺たちが来ると思っていた。
しかし親の口から出たのは断りの言葉。どうやら仕事が立て込んでいるらしく、両親揃って時間を作ることが難しいとのことだった。
そんな大人の事情を聞かされてしまえば子供の俺は頷く事しかできない。俺が我儘を言えば優しい両親が困ってしまうことを俺は知っていた。
だから俺は笑顔で頷いたのだが、その内心は複雑だった。そんな俺のことを知ってか知らずか、祖父は両親に待ったをかけた。
曰く、俺と俺の友達を連れて遊びに来い、と。
当然困った両親だったが、俺はその提案に乗りたくて仕方がなかった。
だから困らせることを覚悟して頼み込んだのだ。
結果、その友達の親が許可を出せば行っても良いという至極当然の返事が来た。
それを聞いた俺は何とか上手くやってやる、と意気込んで学校へ向かった。
「──それで今に至る、と」
「そゆこと。どう?」
来れない? と首を傾げる。
意気込んだのはいいものの、この時の俺はらしくもなく緊張していた。断られるかもしれないと思ったのだ。
何度も転校してきて緊張への耐性は付いていたと思っていたから、そんな自分に戸惑いがあった。だから、それを隠すようになんでもない風を装って必死に外を眺めていた。
黙って返事を待つ俺の顔を見て、何が面白いのか井川は笑い出した。
「君、結構わかりやすいよね」
「……? なんだよ急に」
「なんでもないよ。わかった。行ってもいいか聞いてみるよ」
「ん、わかったら教えてくれ」
それと、と井川が続ける。
「如月」
「ん?」
「楽しみにしててよ」
「?」
その時のあいつはやけに含みのある笑みを浮かべていた。
そして後日。俺は井川に外泊の許可が出たことを知らされた。
● ○ ● ○
そうして夏休みに突入したある日。俺はリュックを抱えて電車に揺られていた。雲一つないカラッと晴れた猛暑日だった。
隣には新鮮そうな目で外の景色を眺める井川が座っている。都会の灰色とは打って変わって緑に満ちた田舎の景色が新鮮らしい。黄金色の瞳がキラキラと輝いて見えた。
先日交わした約束通り、俺たちは祖父の家へ一泊二日で遊びに行くことになった。
夏休みに友達と二人で遠くへ出かける、なんて、言葉にすればそれだけなのに俺はどこか冒険に出かけているようでわくわくしていた。
のんびり車両に揺られていると、不意に肩に重さを感じた。
「ふぁ……如月、着いたら起こしてくれない?」
「お前……あんだけ寝坊しといてまだ寝るか」
「ん……僕は眠気と時間には縛られないんだ……すぅ……」
「しょーがないな……って言いたいけど井川、もう着くから降りるぞ」
「……」
「よし、引きずり降ろしてやる」
完全に俺に寄りかかっている井川の手を引いて電車を降りる。むせ返るような夏の暑さが体を包んだ。
「ん……暑いな。如月のおじさんの家までどのくらい?」
「そんなに遠くないよ」
「あんまり遠いと暑くて僕が死んじゃうから、頼むよ」
「骨は埋めてやるから安心しろ」
無人駅を出て日陰に沿って歩いて行く。
言葉通り祖父の家はそれほど遠くない。セミの一生がどうだとか、雲の中には何があるだとか、空が青い理由だとか。いつものように何でもないやり取りをしていれば、目的地にはすぐに着いた。
足を止めた俺たちの目の前には、絵に描いたような日本家屋が聳えていた。
玄関を開けると木と畳の匂いが出迎える。荷物を持って中に入ると、奥の居間で祖父は待っていた。
「おお、やっと来たか! 久しぶりじゃの、
「……久しぶり、じいちゃん。友達連れてきたよ」
「そうかそうか。そっちが大将の友達の……」
「井川葵。よろしくね、
「おい」
「葵ちゃんか。いつも大将と仲良くしてくれてありがとうな! ゆっくりして行くといい」
「そうさせてもらうよ」
「おいおい」
突っ込みどころしかなかった。
「井川、ぞわぞわするから名前で呼ぶなバカ」
「なんでさ。僕と
「今まで如月呼びだっただろ! 大体、下の名前はあんまり好きじゃないんだよ」
「まーたそんなこと言って。ワシはいい名前だと思うがのぉ」
「僕もそう思うよ。如月たいしょー……くすっ」
「笑ってんじゃねぇか! ああああ連れてくるんじゃなかった!」
笑い声が居間に響く。俺はその声を睨みつけながら、しかし内心はそんなに悪い気がしていなかった。
自分の名前が好きじゃないのは事実だし、呼ばれたくないのも本当だ。でも、何だか嫌じゃない。不思議とそう思った。
その後は井川と一緒に家の中を見て周り、縁側で祖父が切ってくれたスイカを食べた。
俺の学校での様子を井川が出鱈目に脚色して祖父に話すせいで、俺は訂正するのに必死だった。
やれ先生に怒られて号泣しただの、テストの点数でクラス中にマウントを取るだの、五年二組の大将を知らない生徒は学校にいないだの。本当にある事ない事を言いふらした。
祖父もそれに乗っかるせいで井川の口がさらに回るからタチが悪い。
「でね、如月ったら踊ってる僕の目の前で急に歌い出したんだ。あの時は驚いたね」
「わっはっは、奇抜なことをするの!」
「しかも初対面でだよ。おじさん、知らない人の前で歌っちゃダメってちゃんと教育した方がいいんじゃない?」
「そうかそうか! 後で言って聞かせておこう!」
「やかましい!」
一見失礼に取られかねないこいつの自由気ままな言論も、祖父は暖かい笑顔で受け入れていた。そんな顔を見せられれば俺は何も言えなかった。
そうしてしばらく時間が経ち、昼時になれば祖父が台所に立って料理を振る舞う。ただ待つのが嫌だった俺たちはそれを手伝おうと立ち上がった。
この時判明したのだが、井川は料理のスキルがあった。どうやら両親が忙しく、兄弟と共に台所に立つことが多いらしい。まだ小学生なのにすごいな、なんてことを素直に思った。
そうこうしているとあっという間に料理は出来上がった。
いただきます、と手を合わせ、食べ終わっても照りつける日差しの位置はまだ高い。午後の時間をたっぷり残した俺たちは、家のすぐそばを流れる小川で水遊びをすることにした。
どうせなら魚を捕まえて食べよう、なんて井川が言い出すから、俺も乗り気になってバケツと網を持って家を出た。
そして起こった激しい戦いの末、今に至る。
以上、回想。
● ○ ● ○
先に歩き出した井川に倣って俺も立ち上がると、木陰を出て川へ向かった。
「気持ちいいね。川の中で踊るのも悪くないかも」
「本当に器用なやつだな。転ばないように気をつけ……うぉお!?」
水飛沫と共に華麗なステップを決める井川に駆け寄った俺は、間抜けな声を上げて盛大に転けた。ダンスによって上がったそれより大きな飛沫が宙を舞う。
頭から水を被った井川は、川の中に倒れ込む俺を悪戯な笑みで見下していた。
「転ばないように──なんだって?」
「……こうならないように気を付けようね」
「まったく、気を付けてくれよっ、と」
「ぶふっ! 冷てっ! お前!」
「ドジな如月にはお似合いな行為だよ。ひんやりして気持ちいいでしょ?」
「ああ、どうもありがと、なっ!」
「うわっ、あはは、やったね」
「かかって来い」
お互いの顔めがけて水が飛び交う。時に飛び跳ね、時に体を水に伏せて回避をし、全力で水を掛け合った。
魚獲りの時とは比べ物にならないほど全身が水に濡れ、髪や服からはぼたぼたと雫が垂れる。
「はぁ……はぁ……まだまだだ、変身ッ!」
服が肌に張り付く感覚が不快で、俺はTシャツを脱ぎ捨てた。
開放感が身を包み動きやすさが格段に良くなる。日差しの暑さと川の冷たさが直に伝わる感覚が心地よかった。
「本気モードってことか。だったら僕もいくよ」
「なに!?」
そんな俺を見て井川もTシャツに手をかけた。そのまま服を脱ぎ捨てると、またもや不毛な水かけ合戦が再開される。
俺も井川も上半身に何も纏っていない。一応思春期の男女にとって異様な光景だったが、不思議とそんなことは気にならなかった。そういうところも含めて、なんだか自由な俺たちらしいと思った。
それからも俺たちはしばらく水遊びを続け、岩の上に干していたお互いの服が乾いたあたりで川から上がった。
この頃にはもうお互い上半身裸でいるのがすっかり普通になっていた。
家に帰って髪を乾かし着替えをすれば、時刻はおやつ時になっていた。
居間で昼寝をしている祖父の横を通り過ぎ、冷蔵庫からアイスを取った俺は畳の広間へ移動した。
「おじさんは?」
「寝てたよ。ほいアイス」
「ありがと」
行儀悪く寝転がりながら棒アイスを咥える。激しく運動した後の体に甘さが染みていくのを感じた。
「いいところだね、ここは。楽しくて、穏やかで、自由だ」
「だよな。俺、昔から引っ越しばっかで家に対する愛着とかないんだけどさ、ここだけは"帰ってきた"って感じがして好きなんだ」
井川の言葉に、素直な気持ちが口から出た。
そうだ。どれだけ引っ越しても、どれだけ住む場所が変わっても、どれだけ新しい家で暮らしても、この場所だけは変わらなかった。
この家があって、そこに祖父がいる。もしかしたらここが俺の中の実家なのかもしれない、なんてことを考えた。
ふと横を見ると寝ている井川と視線が交わる。何かと思ってそのままでいると、不意に井川は起き上がった。
「ん、どした?」
「なんでもないよ。ねえ、ここで踊っていい?」
「わはは、本当に好きだなお前。いいよ。いくらでも踊ってくれ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
川遊びの疲れなど知らないとでも言うように井川は広間で踊り出した。
「〜〜〜♪」
「あはは、君もノって来たね」
天井を見つめたまま、ただ思うように歌を口ずさむ。
お互いが好き勝手に歌い、踊る時間が俺は好きだった。そしてきっとそれは井川も同じ。ただ自由な時間が過ぎて行く。
居間から顔を覗かせた祖父が、そんな俺たちを見て優しく微笑んでいた。
■如月大将
オレ、ナマエ、キライ。
■井川葵
自由人という名の寝坊常習犯。
たいしょーがツボ。
■じいちゃん
今回の保護者枠。
仲睦まじい二人を見てニッコリ。
推しグループは
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月スト!
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サニピー! サニピー!
-
トリトリトリエル
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LizNoir
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ⅢX