井川葵の友達やってます   作:嘘ドタキャン束縛カニカマ犬こんにゃく

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第四話 ダンス少女との夏(後)

 

 

 

 気付けば時刻は夕飯時。

 豪華にするぞ、という祖父の言葉にテンションを上げた俺たちは再び台所へと向かったが、夕飯作りのお供に選ばれたのは井川だけだった。

 それに対して文句と共にブーイングをかます俺。折角なら一緒にやりたいと思うのは当然のことだった。

 しかし、そんな俺の頭を祖父は乱雑に撫でる。お前は外で薪割りをしてきてくれと頼まれ、仕方なく引き下がった。

 

「夕飯、期待してるよいいよ」

「すぐ割って戻ってきてやる」

「わはは! 結構大変だから頑張れよ!」

 

 何故か得意げにしている井川に恨みの籠った視線を投げて、俺は渋々外に出る。

 小屋から斧を取ると、切り株の上に木材を置いてそれを振り下ろした。

 

「おお、これは……」

 

 スコーン、と小気味良い音が辺りに響く。大して力を入れなくても綺麗に薪が割れて行く感覚が気持ちよくて、俺は夢中になって斧を振るった。

 

 それでも時折夕飯のいい匂いが風に乗って流れて来たり、祖父の楽しげな笑い声が外まで聞こえてきたりして。

 なんとなくやる気を削がれた俺は、積み上げた薪タワーに腰をかけて夕日を眺めることにした。

 

 思い出すのは今日一日のこと。俺や井川と話している時の祖父の楽しそうな笑顔が頭に浮かんだ。

 

「じいちゃんのやつ、すっかり井川のこと気に入ってるなぁ」

「僕がなんだって?」

「うわぁ!?」

 

 耳元で声が聞こえて体が跳ねる。薪タワーと共に崩れ落ちると、夕日を浴びて朱に染まる井川がいた。

 

「ひどいな、人を幽霊みたいに」

「そんな光り輝く幽霊がいてたまるか。心臓に悪いやつだな」

「ごめんって。そんなに驚かれるとは思わなかったんだ」

 

 一応申し訳なさそうな顔をして、井川は崩れた薪を拾い上げた。俺も立ち上がり薪を集める。

 

「すぐ割って戻ってくるって言ってたけど……まだかかりそうだね。何してたの?」

「もしかして俺煽られてる? 別に、ちょっと休憩してただけだよ。ほら」

 

 振り返って夕日を指差す。紅に金を混ぜたような強烈な色彩が木々の隙間から顔を覗かせていた。

 さっきまでずっと見ていたはずなのに、無意識のうちにため息が溢れた。それくらい綺麗な光景だった。

 

「綺麗だね」

「な」

 

 俺も井川もしばらく夕日を眺めていた。俺たちの間に会話はなかったが、それが無性に心地よかった。

 

「で、なんでこっち来たの? 料理担当だったろ?」

「おじさんが君を呼んでこいってさ。まったく、手伝えって言ったり呼んでこいって言ったり、人使いが荒いよね」

「なら、早く戻らないとな」

「僕も手伝うよ。これ、一度やってみたかったんだ」

 

 そう言って井川は斧を手に取り薪を割っていく。

 スコーン、スコーンという音がしばらく辺りに響き続けた。

 

 

 

 

 

 一通り割り尽くした俺と井川は、割り終わった薪を纏めて積み上げ家の中へ戻った。

 夕飯のいい匂いが鼻腔を満たす。祖父は器用に鍋やフライパンを捌いていた。

 

「遅かったな! おかえり、二人とも」

「ただいま、じいちゃん」

「ただいま。如月がサボってたんだ。僕が手伝わなかったら夜までかかってたよ」

「サボってねぇよ!」

「わはは! 仲良しで結構! それじゃあ、大将も葵ちゃんも早速だが手伝ってくれ!」

「はーい」

「なんでも言ってよ」

 

 頼もしいの、なんて言って祖父はまた笑った。

 

 それから俺たちはテーブルを拭き、食器を並べ、味見をし、ついでにつまみ食いもし、それを祖父にバラしバラされ、居間から笑い声が絶えることはなかった。

 

 完成した和食メインの料理をテーブルに並べ、最後に唐揚げなどを運べば全ての準備が終わる。

 一日中動き回ってお腹が空いていた俺たちは、いただきますと共に箸を持った。

 

 旨味が舌を満たしていく。夕飯を食べている間、俺の頬はずっと緩みっぱなしだった。ちら、と見た井川も美味しそうに食べていて、それがなんだか余計に嬉しかった。

 

 ごちそうさま、と手を合わせた体に広がるのは満腹感。

 少しやる事があると言って席を外した祖父の代わりに、俺と井川は片付けや食器洗いを始めた。

 残った料理にラップをしたり、それを冷蔵庫にしまったり、汚れた食器を運んだり。そういった何気ない作業から改めて井川の家庭力を垣間見た。

 対して俺は家事スキルなんてほとんど持ち合わせていないため、のんびりゆっくり皿を洗っていた。

 

 一通り片付けを終えた俺たちは座ってテレビを眺める。映し出されたアイドル特集みたいな番組の、名前も知らないアイドルたちのトークをぼーっとしながら聴いていた。

 なんでも、最近のアイドル業界は導入された新システムによって盛り上がっているらしい。アイドルに特に興味がない俺にはよくわからない話だった。

 

 そんなこんなでゆっくりした時間を過ごしていると、祖父が用事から帰ってくる。

 何をしていたのか聞くと祖父は俺たちを交互に見て、これまたいい笑顔で答えた。

 

「風呂の準備ができたぞ! 二人とも、外に行ってみろ!」

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

「うおおおおおおお! なんだこれすげぇ!」

「ドラム缶風呂……? すごいな、テレビみたいだ」

 

 すっかり薄暗くなった夏の空。外に出て家の裏へ回った俺たちを待っていたのは、テレビでしか見たことがないようなドラム缶風呂だった。

 

「わはは! どうだ、初めてだろう!」

「そりゃそうでしょ! というかなんでドラム缶なんてあるんだよ!」

「薪を割ったのはこのためだったってわけか」

 

 ドラム缶の下でぱちぱち、と薪が静かに燃えている。暗闇の中でその炎だけが暖かく光っていた。

 

「一応二つ用意したが、どうするかは二人に任せる。そういうのは恥ずかしい時期だろうしな。ああ、誰かに見られるなんてことはないから安心していいぞ!」

 

 嫌なら家に普通の風呂もあるからな、と付け加えて、祖父は家の中に入って行く。

 俺はわくわくでいっぱいになりながら祖父に続いて家へ戻った。

 

「どうする!? 俺ドラム缶風呂入りたいんだけど! 先に行っていい!?」

「うわ、すごい笑顔だな。好きにしなよ、順番なんて関係ないから」

「よっしゃ! じゃあ先行ってくる!」

 

 それだけ言うと俺は着替えやタオルを持って風呂場に向かい、頭と体だけ洗って勝手口から外に出た。ドラム缶風呂はすぐ目の前で依然火を灯していた。

 

 ざぶん、と音を立てて缶の中に入る。

 湯加減は最高にちょうど良かった。

 

「はぁぁぁぁぁぁ……天国だ……」

 

 全身が温まっていく感覚を味わいながら、満点の星空を見上げる。

 雲一つない夜空には満月が輝いていた。

 

 星を見ながら、今年もここに来れてよかったなぁ、なんてことをしみじみ思う。

 いや、それだけじゃない。井川と一緒に来れたことにこそ一番の価値があった。一人で来てもきっとここまで楽しくなかっただろう。誰かとここまで仲良くなったのは生まれて初めてのことだった。

 

 願わくば、またいつか一緒に来れればな、なんて。

 

「お、いい湯加減だね」

「本当、最高の温度だよなー……って井川!」

 

 声の方を向けば、隣に並んだドラム缶風呂に井川が入ってきたところだった。俺の時と同じようにざぶん、とお湯が溢れていく。

 

「ふぅ、気持ちいいね。今日は初めて体験することばかりだ」

「なあ、俺先に入るって言わなかったっけ?」

「言ってたよ。けど二つあるんだから順番なんて関係ないでしょ?」

「いや、確かにそうだけどさ……まぁお前がいいならいいか」

「僕は如月の裸を見ようが気にしないよ。兄弟でそういうのは慣れてるんだ。大体、川遊びの時も裸だったしね」

「わはは、違いない。ちなみに俺も気にしないぞ。友達だしな」

 

 そう、友達だ。だから裸を見られるくらい別に嫌じゃないし、見たところでそういう気持ちになったりしない。正直それで説明がつくかは怪しいところだったが、この時俺は子供ながらに本気でそう思っていた。

 

「というか昼間も思ったけど兄弟いるんだな。知らなかったよ」

「うん。兄と弟が一人づつね。最近は減ったけど昔はよく兄弟で一緒にお風呂に入ってたんだ」

「へー。俺は一人っ子だからそういうの羨ましいや」

「誰かとお風呂に入ることが? でも、今こうして一緒に入っているじゃないか」

「いや、そうじゃないけど……まあそうか。そうだよな」

 

 何言ってるんだ、とでも言いたげな表情の井川に『いーっ』と歯を出して返しておいた。言葉は不要。

 俺は再び空を見る。鈴虫の声と薪の鳴る音が耳に沁みた。

 

「今日は来てよかったよ」

 

 ぽつり、井川が静かに零した。澄んでいてよく響く声だった。

 まるで今日一日の出来事を振り返るように、ゆっくりと続きの言葉を紡いでいく。

 

「楽しいし、ご飯は美味しいし、おじさんは面白い」

 

 それに、と一度言葉を区切る。黄金の瞳と目が合った。

 

「如月がいる」

 

 どくん、と胸が鳴った気がした。

 虫の声も、薪の鳴りも、風の音も。世界の音が遠ざかって、井川の声しか聞こえない。

 

 俺は嬉しかった。井川のことは友達だと思っていたし、相手も俺を友達だと思ってくれていると、言葉にせずとも認識していた。それでも確証はなくて、昔のことを思い出すたび確かな言葉が欲しくなる。

 

 井川の言葉が頭に響く。

 俺がいるから楽しいと言ってくれたその言葉がどうしようもなく嬉しくて、気付けば自然と笑みが浮かんだ。

 

「……それはどうも」

「そっけないな。そんなにニヤニヤしながら言っても格好つかないよ」

「ニヤニヤなんかしてませーん」

「してるよ。そろそろ自覚した方がいいんじゃない?」

 

 わかりやすいなぁ、なんて呆れる井川を見て俺は笑い出した。井川もつられて笑い出す。

 夜の静寂を塗り潰すくらい、俺たちはずっと笑っていた。

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 一日の疲れが出たのか、風呂から上がった俺たちはその後すぐに眠りについた。楽しい夜は長いぞー、なんて考えてはいたものの、元々俺は夜更かしが得意なタイプじゃないから空想に終わった。

 ドラム缶風呂のせいか、はたまた別の要因か。俺はポカポカした気持ちのまま瞼を閉じたのを覚えている。

 

 そして迎えた翌朝。目が覚めた俺の視界に一番に飛び込んできたのは、未だ瞳を閉じて寝息をたてる井川の寝顔だった。

 普段ふわふわした癖っ毛はところどころ跳ねていて、まずそのことに小さく笑った。

 まだ寝起きで頭がぼんやりしている俺はそのままぼーっと井川を眺める。友人とはいえこうしてまじまじと見る機会はなかなかない。整った顔だなあ、なんてことを漠然と考えていた。

 

「……ん」

「よ、おはよ」

「……おはよう」

 

 ほぼ言葉になっていないような声と共に目が開かれる。

 しばらく焦点の合っていない瞳と視線を交わしていたが、眠気に負けたのか井川は二度寝を始めた。起きるまで放っておくか、と心で呟いて、俺はそっと部屋を出た。時刻はまだ早朝だった。

 

 縁側に座ってしばらく外を眺めていると、とたとたと足音が聞こえてくる。やがて足音は俺の横で止まり、音の主はすぐ隣に腰を下ろした。

 

「朝は苦手なんじゃなかったっけ?」

「……うん。まだねむい」

「寝てればいいのに。髪の毛跳ねてるぞ」

「んー」

 

 のんびりした時間が過ぎていく。俺は井川が眠そうなのをいいことに、髪の毛をぴよぴよ跳ねさせて遊んでいた。癖になる触り心地だった。

 そうこうしている内に井川の目は覚め、祖父も起きてきて一緒に朝日を眺める。家周りを少し散歩して、俺たちは朝食を摂った。

 

「二人とも、もっと泊まっていけばいいのに」

「俺もそうしたいけど、そういう約束だからね」

 

 遊んでいればあっという間に帰る時間がやってくる。

 荷物を纏め、帰る準備を整えた俺たちは駅まで祖父に見送られていた。

 相変わらずむせ返るような暑さの中に蝉の声が遠く響く。電車を待つ俺と井川の頭を、祖父は笑みと共に撫で回した。太陽のような笑みだった。

 

「またいつでも来い! 歓迎するぞ!」

「うん、また来るよ」

「元気でね、おじさん」

 

 そんな言葉を交わし合い、電車に乗り込む。発車までの時間がやけに長く感じられた。

 やがてアナウンスと共にドアが閉まっていく。

 

「大将、葵ちゃん──」

 

 電車が走り出す。

 最後、祖父が何かを言った気がしたが俺にはよく聞こえなかった。井川は聞こえたんだろうか。そう思って隣を見ると、ほんの僅か、うっすら微笑むあいつがいた。

 何を言ってたんだろう。気になると言えば気になるが、別に確かめなくてもいい気がした。

 

「……あ!」

「うるさいよ。急にどうしたの?」

「……なあ井川。俺たちの魚」

「あっ」

 

 ここが電車の中だということを忘れて二人して吹き出す。俺たちは昨日自分達で捕まえた魚のことを完全に忘れていた。

 

「わはは! あれ川に置き去りじゃねぇか!」

「確かに川遊びに夢中で忘れてたね。どうしようか」

「帰ったらじいちゃんに電話してみるよ。ぷふっ」

 

 遊ぶだけ遊んで置き去りにされた網とバケツ。思い出すとその光景がどうにも面白くて、俺たちはしばらく笑い続けていた。

 外の景色が流れていく。

 楽しい夏の一幕は、こうして過ぎていった。

 

 ちなみに、電話をしたら祖父にしっかり叱られた。魚は元気に川に帰っていったらしい。今後は片付けに気を付けようと胸に誓った。

 

 

 




■如月くん
トモ……ダチ……!

■井川葵
羞恥心さよなら少女。
将来有望な胸の成長を心待ちにしている。

■魚
ケテ......タス......ケテ......

■じいちゃん
多分今後登場することはない(無慈悲)

推しグループは

  • 月スト!
  • サニピー! サニピー!
  • トリトリトリエル
  • LizNoir
  • ⅢX
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