井川葵の友達やってます   作:嘘ドタキャン束縛カニカマ犬こんにゃく

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第六話 ダンス少女とゲーセン

 

 

 

「……また早く着いちゃったな」

 

 スマホの画面に映る時刻を見てもう少し遅く家を出ればよかった、なんて後悔が僅かに頭を過ぎる。今まで何度も繰り返してきた思考だった。

 

 井川との約束の時間は11時。それに対して現在時刻はそれより10分以上前だった。別に、10分前に集合場所に来ることを悪いと思っているわけじゃない。むしろそのくらい余裕を持つ意識は褒められるべきものだと思う。

 が、しかし。相手が井川となると話は変わってくる。

 あいつといえば寝坊、遅刻の代名詞だ。基本的に約束した時間ぴったりに来ることが珍しいから、早く来てもあまり意味がないのだ。

 それでも今回は早く来てるかも、なんて期待を込めて俺は毎回早めに家を出てしまう。そして毎回時刻を見ながら思うことになるのだ。まあ、だよね、と。

 

 とは言いつつ、井川の遅刻癖はいついかなる時でもという訳ではない。昔から学校にはちゃんと遅れずに行っていたし、アイドルの仕事も寝坊で遅れたという話は聞かない。あいつが俺に話していないだけの可能性もあるが、まぁちゃんとするところはちゃんとしていると信じている。

 だから、この遅刻癖も俺への気安さ故のものなのかもな、なんて思うと悪い気はしなかった。もしかしたら俺は井川に完全に毒されているのかもしれない。

 

 スマホを眺めながら時間を潰す。昼時ということもあって駅前は多くの人で溢れていた。

 時折、視線が俺へ向けられるのを感じる。その事に若干の居心地の悪さを感じ、俺は自分の身なりを確認することにした。そして気づくことになる。

 

 ま、まさか。まさかッ……! 

 

 ──このリズノワパーカーに気づいたのか!? 

 

 俺が今日着ているのは先日行われたLizNoirのライブグッズのパーカーだ。黒い生地に青字のロゴが入っている至高の逸品で、リズノワを知らない人が見たら普通にデザインのいいパーカー、知ってる人が見たらファングッズだと一発でわかるのだ。

 そういうことだったのか。一気に納得した。俺をちらちら見てくるみんなこのリズノワパーカーに気づいたというなら無理はない。これは前回の物販で最優先で狙いに行って手に入れた奇跡の一着なのだ。オンライン販売や再販の予定もないから買えた人は限られている、まさにファンからしたら喉から手が出るほど欲しい一品。それを俺は身に纏っていた。

 

 ふふん、と注がれる視線に得意げな表情を浮かべて見せる。

 流石はLizNoirだ。こんなに色んな人に認知されているなんて。しかも見ろ、この女性ファンの多さを。俺を見てる人のほとんどが女性だぞ。やっぱりクールでカッコいいスタイルが男女問わずに魅了するんだろうか。

 

「あのっ、すみません」

「あ、はい、なんですか?」

 

 ほら、早速同志が声をかけてきた。俺より何歳か年上だろうか。興奮を隠しきれていないその表情は朱を帯びている。

 

「えっと、今お時間ありますか? もしよかったらそこのカフェでいろいろお話しとかできたらな〜、なんて……」

「あー、ごめんなさい。今友達と待ち合わせてて。けど待ち合わせまでの時間は暇なんで、それまででよければ語り合いましょう」

「語り合い……? なるほど、そうなんですね。それなら連絡先を交換しませんか? ほら、折角なら時間がある時にたくさんお話ししたいので」

「……連絡先、ですか?」

 

 急だな、なんて思いながらも期待の籠った視線を受けて考える。なかなかガツガツ来る人だな。それだけ熱心なファンなんだろうか。

 普通なら初対面の人と連絡先なんて交換しないし、したところで会話をするコミュニケーション能力なんて俺は持ち合わせていない。でも、同志なら……。そう思ってしまう程度には揺れる。

 結果、俺は交換を受け入れる事にした。寛容である。

 

「大丈夫ですよ。メッセージアプリでいいですか?」

「いいんですか!? うわぁ、ありがとうございます! じゃあ早速──」

 

「──お待たせ、如月」

 

 盛り上がっていたところに声が聞こえる。向くと、見慣れた私服姿の井川が立っていた。しかしその表情は俺の目の前にいる女性を見た瞬間見慣れないものへと変わっていく。

 

「お、やっほー。ちょっと待ってて、今この人と話してて……っておい、なにすんだよ、おい──」

「いいから。揃ったことだし行くよ。僕はお腹が空いているんだ」

「いやでも今話の途中で──」

「いいから」

 

 有無を言わさぬ様子で井川は俺の手を引いて歩き出す。先程まで話していた同志にすみませーん、と謝罪を入れ、されるがままに引っ張られた。

 ふと、人混みの奥に見えたピンク色の髪をした少女と目が合ったが直ぐに姿を見失った。やけに目を見開いていた気がするが、今の俺はそれどころじゃなかった。

 

 しばらく歩いて井川が立ち止まる。ため息と共に向けられた視線には大量の呆れが込められていた。

 

「君はいつも警戒心が無さすぎるよ。誰? あの人」

「え、同志」

「意味がわからない。というか多分勘違いだよ、それ」

 

 そんな馬鹿な、という反論が心に浮かぶが、しかし口にする事はなかった。

 井川はあの人がリズノワファンの可能性があることを知らないんだ。知らないなら友達が他人に絡まれているシチュエーションは心配に思うのも頷ける。実際、俺も井川に対してそう思った経験があった。

 

 だから、その心配は素直に受け取ることにする。

 

「勘違いなら仕方ないか。ちょっと惜しい気もするけど」

「僕が来るのがもう少し遅かったらどうなっていたことか。まあ、君はその方が良かったのかもしれないけど」

 

 やっぱり年上か……なんて呟きを拾うが、違うから。俺別に年上好きとかいう属性持ってないから。いつどこでそんな誤情報を掴んだのか知らないけど間違ってるから。勘違いしてるのお前の方だから。

 

 今度は俺がため息を吐く。その理由がわからないのか、井川はこてんと首を傾げていた。

 

「それより昼飯食べに行こうぜ。お腹減ってるんだろ?」

「うん。いつものところでいいよね?」

「おう」

 

 さっきまでの雰囲気は何処へやら。俺たちは何気ない会話を繰り広げながら一先(ひとま)ずお腹を満たすために歩き出した。

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

「ふう、ご馳走様」

「ご馳走様」

 

 ファストフード店で昼食を済ませた俺たちは手を合わせて店を出る。ポテトの味がまだ舌に残っていた。

 中学生くらいからだろうか。二人で遊ぶ時はここで食べるのがお決まりの流れになっていた。安いしね。高校生の財布には優しい場所だ。

 井川も一応女子だからオサレなカフェとかを好むかと思ったが、こういう場所も嫌いじゃないらしい。兄弟の影響で男らしい食事に慣れているのが大きいんだろうな、なんて思って勝手に納得していた。

 

「んじゃ、ゲーセン行きますか」

「そうだね。久しぶりに腕が鳴るよ」

 

 ぽきぽき、と指を鳴らす真似をしながら足を進める。

 こうして二人でゲーセンに行くのはいつぶりだろうか。最後に行ったのは1ヶ月ほど前だったように思う。一時期は毎週のように突撃していたから、そう考えると久しぶりだ。なんとなく浮き足立つような気持ちになる。

 

「まさか、お前がここまでゲームにハマるとは思ってなかったよ。スマホでも色々やってるだろ?」

「君のせいだよ」

「せいとか言うな」

「冗談。君のおかげだよ。ダンス以外にこれといった趣味はなかったからね。一応感謝してるんだ」

「それはよかった」

「それに、ゲーセンはみんなゲームに夢中になってて僕を見てこないからね」

 

 居心地よくて楽しいよ、なんて、本当に楽しそうに井川は笑った。そう言われると勧めた甲斐があったというものだ。なんだか俺も嬉しい気持ちになってくる。

 

「見てこないと言えばそれ、ちゃんと被ってるよな」

「ああ、これ? もちろんだよ」

 

 井川が被っている変装用のキャスケットに視線を向ければ、大事そうにそれを撫でた。

 そして、にこりと微笑んでぽつり。

 

()()、だからね」

「……ああ、そうだな」

 

 約束。そう言われて、ふと昔を思い出した。

 俺と井川が交わした、なんて事ない些細なものだ。

 沈黙の時間が続く。二人の靴音だけが響く中、もしかしたら井川もあの時を思い出しているのかも知れない。なんとなくそんなことを思った。

 

 そうしてしばらく歩けば目的地に到着する。中に入らずとも近づくだけで耳に入るあの騒がしさに、心が弾むのを感じた。

 

「如月」

「ん?」

「今日はとことん付き合ってよね」

「イエッサー!」

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

 ゲーセンに入ってはや数時間。俺たちは思いっきり盛り上がっていた。

 

「よし、またフルコンボだ」

「くっそ1ミス……! もう一回! 同じ曲でもう一回!」

「まったく、仕方ないな」

「次は全良狙ってやる……」

 

 太鼓のリズムゲームではノーミスを目指してはしゃぎ。

 

「一枚落とした。井川、これ一緒に前出ようぜ」

「いいよ。左の敵からフォーカスしよう」

「おっけー。俺のグレネード合図ね。せーの、3、2、1、Go!」

 

 協力タイプのFPSゲームではチャンピオンを勝ち取り。

 

「おー、相変わらず上手いな」

「アイドルだからね。この程度のダンスなら目を瞑ってても踊れるよ」

「なら次勝負しよ。ハンデは目を瞑るでよろしく」

「いいよ。負けた方はジュース一本ね」

「望むところだ」

 

 ダンスゲームではジュースを賭けて争い。

 

「意外な特技だよね。如月がクレーンゲーム得意だなんて」

「天賦の才ってやつかも。なんか欲しいのあったら取るけど、どう?」

「ううん、特にないよ。それに君が取ってくれるものならなんでもいい」

「よし任せろ、絶対要らないって思うやつプレゼントしてやる」

 

 クレーンゲームでは井川の嫌いな犬……ではなく、デフォルメされたバカっぽいアヒルのぬいぐるみを贈った。

 そうしてしばらく遊び回っていると、井川が服の袖を引いてきた。

 

「ねえ、次はあれをやろう」

「どれどれ、ってお前」

 

 興奮気味な井川が指差したのは、見るからに仰々しい色の機体。黒一色の中に血塗の文字で『絶叫体験』と書かれた、所謂ホラゲーだった。

 カップルがプレイ中なのか、機体の中からは男女の悲鳴が聴こえてくる。正直ゲーセンのホラー機体なんて大したことないと舐めていたから、どれほどのものなのか興味が湧いてきた。

 順番が空くのを待ってから二人で機体に乗り込む。案の定というか、暗闇が俺たちを包み込んだ。

 

「なるほど、こういう感じなのか……」

「こういうのは初めてだけど、意外と雰囲気あるね」

「子供騙しじゃないといいな」

「とか言って。本当はビビってるんじゃない?」

「まさか。お前こそビビって途中で逃げるなよ」

「如月じゃあるまいし。僕は怖いのは得意なんだ」

「いいね、じゃあ始めるか」

 

 硬貨を入れてゲームをスタートする。

 チュートリアルの説明を簡単に纏めると、これは襲ってくる化け物を倒しながら洋館の奥へ進んでいくゲームだ。化け物を倒すための武器──銃のグリップ部分にはプレイヤーの心拍数を検知する機能があるらしく、終わった後にビビった回数が表示されるらしい。なんて悪辣なシステムなんだ。

 さらに座席は振動し、スピーカーは立体音響で耳元から臨場感のある音が聴こえてくる。3Dメガネをかけているのもあって、チュートリアルの段階で俺はすっかりゲームに没入していた。

 そして、どうやらそれは隣の井川も同じらしく。

 

「如月」

「……」

「ねえ、如月? 聴こえてる?」

「……」

「如月ってば、ねえ──ひゃぁっ!?」

 

 隣から聴こえる情けない悲鳴に喉の奥で必死に笑いを噛み締める。

 怖いのは得意とか言ったのはどこの誰ですかねー、なんて思いながら、俺は黙って次々に現れる敵を倒し始めた。井川は未だ覚束ない操作で進んでいる。

 やがて、井川のキャラクターが敵に囲まれ始めた。少しずつダメージを受けていくが、反撃する様子はない。

 

「おーい、井川? 大丈夫か?」

「……」

「井川? おい、どうした?」

「……」

「え、おい井川!? 本当に大丈夫か──」

「──ふ、ふふっ」

 

 堪えるような笑い声で我に帰る。メガネをずらして横を向くと、悪戯な笑みを浮かべた友人(バカヤロウ)がいた。

 

「……やったな、コノヤロー」

「あはは、お返しだよ。ほら、続けよ」

「まったく、何事もなくてよかったけどさ」

「心配性だな、相変わらず」

 

 緊張感のある画面とは真逆に、気軽い会話を交わしながらゲームが進んでいく。元からゲームセンスのある井川は、あっという間に敵を倒して俺に追いついて来た。

 軋む床音、化け物の遠吠え、風に打たれる窓ガラス。加えてプレイヤーの息遣いが耳元から聞こえてきて、緊張が高まっていく。静寂が全身を包んだ。

 

「……嫌な感じだな、この時間」

「……うん、いきなり出てきそうだ」

「ホラーじゃなくてただ驚かせに来るタイプは苦手なんだよね、俺」

「僕もだよ。そうだ、次の敵に驚くかどうか勝負しない?」

「わはは、いいね乗った」

 

 グリップを握りなおして気を引き締める。驚いてたまるか。そう思えば思うほど、簡単に叫んでしまいそうな自分がいた。

 緊張が高まっていく。ゲーム内の音声は不自然なほどに静まり返り、息を呑む音だけがただ響く。

 

 結果、その瞬間はすぐに訪れた。

 

「「うわあああああああああッ!?」

 

 機体から絶叫が響いた。

 

 

 

 ● ○ ● ○

 

 

 

「……疲れた」

 

 どっと疲労感が体を襲う。ホラゲーを終えた俺たちは死にそうになりながら施設内の椅子に倒れ込んだ。一日遊んだ肉体的疲労というよりも、想像以上の恐怖体験による精神的疲労が大きい。

 そんな悔しくも満身創痍になっている俺は、休憩している井川を置いて自販機の前に立つ。ハンデありだったにも関わらずダンスゲームで惨敗した、あの時決めた約束を果たしていた。

 

「ほい」

「ありがとう」

 

 井川の隣に腰を下ろす。

 プシュ、とプルタブを開けて缶を傾ければ、強烈な炭酸とチープな甘さが口に広がった。疲れた体に染み渡るような味だった。

 

「結局引き分けだったなぁ」

「僕はまだ納得してないよ。如月はともかく、僕はあんなにビビってない」

「それを言ったら俺もそうだよ。微動だにしてなかったね」

 

「……くすっ」

「わはは」

 

 顔を見合わせて笑い合う。自分たちの最後の間抜けな絶叫が頭の中を離れなかった。

 しばらくあの時はあーだった、いやこーだったと一日を振り返りながら談笑する。ふと時計を確認すると、時刻は夕方になっていた。

 

 この後どうするかな、なんて考えていると、ふと井川が立ち上がった。

 

「ねえ、最後にやりたいのがあるんだけど、いい?」

「ん、いいよ」

「こっち、ついて来てよ」

 

 井川に言われるまま後を追う。

 やりたいのってなんだろう。またダンスか? それとも音ゲー? まさか連続でホラー……なんてことはないだろうし。

 うんうんと内心で行く先を予想する。しかし、井川が向かっていく先は普段俺たちが立ち寄らない方向。ゲーセンの隅に固まっているコーナーだった。

 

「これだよ」

「これは」

 

 白やピンクの色彩が辺りに広がる。ポップなBGMが流れるその場所は、俗に言う『プリクラ』が密集している場所だった。

 

「なんか意外だ。こういうの興味ないと思ってた」

「うん、あんまりなかったんだけどね。この前こころがやりたいって言ってリズノワのみんなで撮ったんだよ。これがなかなか面白くてさ。知ってる? 撮った写真に落書きができるんだ」

「ほえ〜」

 

 ほら、これだよ、なんて言って井川はその画像を見せてくる。

 そこには楽しそうに笑うLizNoirのメンバーが……メンバーが……。

 

「いや、なんだこれ」

 

 メンバーなんていなかった(困惑)

 

 そこに写っていたのは、まず猫耳と猫ヒゲが描かれて加工された赤崎さん、その隣にラーメンの丼を頭に乗せられて滝のように涙を流す小美山さん、垂れ耳と鼻を描かれてほぼ犬と化している井川、そして──

 

「可笑しいよね。それぞれのイメージに合わせて加工しようってなったんだけどさ、こころにとって莉央は鬼みたいなんだ」

「ぷっ、ふふ、わはは!」

 

 眉毛を吊り上げて金棒を持っている神崎さんがいた。

 

 あまりも好き勝手に描かれすぎていて酷いことになっている。普段雑誌やライブで見かけるような姿はそこにない。完全にフィクションに出てくる怪物のような見た目になっていた。

 しかし、素の素材のよさが影響しているんだろうか。混沌と化したプリクラでも、なんとなく輝いて見える。何より、全員楽しそうだ。

 

 というかすごいな。大人気アイドルLizNoirが四人でプリクラとか、場所が拡散されたらとんでもない人集(ひとだか)りになりそうなもんだけど。そこは民度の良さなのか、彼女たちが上手く溶け込んだのか。なんにせよさまざまな方向に感嘆の念が浮かんだ。

 

 そうこう考え込んでいると、井川が確認するかのように口を開く。

 

「それで、いいかな。メンバーのみんなとも撮ったんだ。折角なら如月とも撮ってみたい」

「いいよ、面白そうだ」

 

 友達にこんな風に頼まれて断るやつなんていない。俺は二つ返事で了承して、井川と共に機体の中へ入っていく。外のパネルで設定のようなものをしたが、お互い全然わからないため適当に終わらせた。なんにせよ撮れればいいのだ、撮れれば。

 

「うおお……プリクラなんて初めて撮るな」

「僕もこれが2回目だ。ポーズが指示されるから、その通りにしてれば大丈夫だよ」

「なるほど」

 

 親切設計だ、なんて呟きが溢れる。俺のような初心者にはありがたい機能だった。

 アナウンスが流れ、撮影の準備が始まる。最初の一枚の指示が音声と画面に表示された。

 

『ほっぺに手を当ててね!』

 

「おお、これが指示か」

「色んな種類があるみたいだよ」

 

 頬に手を添えた俺たちが撮影される。思ったよりテンポ良く撮影が進んでいくから、忙しない気持ちになった。

 

『次は猫耳! 頭の上で逆さにピース!』

 

「こ、こう?」

「あはは、上手いんじゃない?」

 

 次々に指示が進んでいく。カンフーのポーズだったりなりきりアイドルポーズだったり、奇抜すぎない写真が撮られていった。

 なるほど、これは意外と面白いかもしれない。何故プリクラの機体がこんなに多くあって万人に愛されているのかを少し理解した気がした。

 

『次は腕組み! 二人でくっついて、せーの!』

 

「腕組み!? そんなのもあるのか」

「ほら、やるよ」

「はいよ。面白い指示だなぁ」

 

 井川の腕を取ってくっつく体勢になる。もしこれが男友達と一緒だったら躊躇していただろうが、相手は井川だ。なんの気負いも躊躇もなかった。

 

 そこから怒涛の指示ラッシュが始まることになる。

 

『次は頭ぽんぽん! 優しく撫でてね!』

 

「如月って髪の毛硬めだよね」

「井川はふわふわだよな……あ、思い出した、そういえばお前今日集合した時髪の毛跳ねてたぞ」

「なんで言ってくれないんだ」

「いや状況が状況だったし。途中で忘れてた」

 

『次はハグ! 優しくぎゅーってしてね!』

 

「は? 急にレベル上げてくるじゃん」

「まあこれくらいならいいんじゃない? 僕は気にしないけど」

「俺も別にいいけどさ、ほれ」

「ん」

 

『次はキス! しっかり絆を深めてね!』

 

「……なあ井川、これカップル用の機体じゃない? 明らかに指示の内容がアレなんだけど」

「……うん、僕も途中で思ったよ。失敗したな」

「じゃ、この指示は無効ってことで──」

「うん、無効だから──」

 

「「──Dance!!」」

 

 あはは、と笑い声が響く。完璧なタイミングで決めポーズ、『Shock out, Dance!! 』が決まった瞬間だった。息がぴったりすぎてどんどん笑いが込み上げてくる。楽しい。こうしてふざけた時間を過ごしているのが楽しくて仕方がない。

 気付けば最後の指示が伝えらていた。

 

『最後は自由! 好きなポーズで撮ってね!』

 

「ここに来て自由か。どうする?」

「如月、僕の前で少ししゃがんで」

「? いいけど」

 

 言われるがままに軽くしゃがむ。なんのポーズを取るんだろう。そう思っていると、井川は俺の背後に回り込んだ。そして、腕を俺の肩から回して──

 

「いでっ」

「あはは、いい感じじゃない?」

はひふふんはよ、ひはわ(何するんだよ、井川)

「ほら、前向いて。撮られるよ」

 

 仕方なく前を向いて、シャッターが切られる。全ての撮影が終わった俺たちは機体を出て、側面にある加工用のパネルに移動した。

 撮影された写真が映し出される。なんというか、全体的に俺の表情がブレブレだった。対する井川は完璧に写っている。ここに来て撮影慣れしているアイドルと一般人との差が出てしまっていた。

 

 写真を振り返りながら、あーでもないこーでもないと加工をしていく。最初に見せられたリズノワのプリクラが悲惨すぎたせいで、俺たちのものはとてもマシに思えた。

 

「おい、ちょっと?」

「いいじゃないか。ほら、加工終了だ」

 

 引っかかる文字を目にして隣を見るが、井川は加工を終わらせた。

 恨めしげな視線を向けつつ、現像された写真を受け取る。スマホに転送したデータも保存して、遊び終えた俺たちは店を出た。辺りはすっかり暗くなり始めていた。

 

「ん〜、楽しかった。ひさびさにはしゃいだよ」

「なー。どこかで夕飯食べて帰るか。なにか食べたいのある?」

「あるよ。気になってるお店があるんだ」

「いいね、じゃあそこ行ってみよう」

 

 トントン拍子で話は進み、井川の目当ての店を目指して歩き出す。

 喧騒から抜けた街の音はどこか遠くて、髪を梳くように撫でる風が心地よい。相も変わらずくだらない雑談を交わしながら、俺はふとスマホの写真フォルダを開いた。

 

 映し出されるのは最後に撮影した一枚。しゃがみながら頬を(つね)られている俺と、満面の笑みでカメラを見る井川の写真。

『あおい』『たいしょー』とそれぞれ文字を加えられた一枚を見て、自然と頬が緩む。

 

 ──案外いいじゃん、これ。

 

 自分の名前も悪くないかもしれない。

 そんなことを思いながら、俺たちは静かな街を歩いて行った。

 

推しグループは

  • 月スト!
  • サニピー! サニピー!
  • トリトリトリエル
  • LizNoir
  • ⅢX
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