オラリオに褪せ人さんがくるそうです   作:タロ芋

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お待たせ


14 猛る者、頂きを知り。白兎、頂きを目指す

 トレントを走らせ、貴方の行く手を阻む怪物を貫き、切り裂き、全てを灰へと還す。

 赤いオーラを纏わせ、宙を舞うエオヒドの宝剣が縦横無尽に宇宙を駆ける様はまるで赤い流星の如くと言えるだろう。

 

「───ヒンッ」

 

 唐突にトレントは短く鳴き、脚を停めた。貴方は友の首筋を撫でながら前を見据えると、そこには一人の男が佇んでいた。

 軽装の鎧を纏い、顔を隠す黒いバイザーをつけた頭頂部に猪の耳を生やす男が。

 

 傍らには無骨な大剣が置かれ、真っ直ぐと貴方を見据えており明らかに貴方の行く手を阻む意図が見える。

 

 この騒ぎを鎮める行動を起こさず、周囲に意識を向けず、ただ貴方だけを見据えていた。

 

 つまりは───

 

 ───この騒ぎの首謀者。若しくはそれに準ずる立ち位置か……

 

「……此より先は試練の場。お前を通らせる訳にはいか─────ッ!?」

 

 重々しい声とともに男は大剣を引き抜き、貴方へと切っ先を向けて何かを言おうとしていようだが、そんなこと知ったこっちゃない貴方は既にトレントから降り、踏み込み、走破し、剣で突く。

 

 ギャリリリリリリッッッッ!!!!! 

 

 耳障りな金属音をたてて貴方の一撃を受け止めた男こと"猛者"オッタルはバイザーの奥の目を驚愕に見開く。

 不意打ちによる一撃に、ではない。攻撃に殆ど反応が出来なかったからだ。一挙手一投足欠片も意識を外さずに向けていたというのに反応出来なかったという事実に。

 

 こうして受け止めることが出来たのも殆ど偶然だ。オッタルのこれまでの戦闘経験による体に染み付いた反射神経が貴方の攻撃による空気のゆらぎに反応。無意識に手を動かし、丁度心臓を塞ぐ位置へ移動させ剣先を受け止め、滑らせた。

 

 今も剣を交えているというのに相手からは殺気を感じることもないことに僅かな畏怖を感じながら胸の内で叫ぶ。

 

「(なんという重さッ……!)」

 

 猪人に加えて鍛え込まれた肉体はかなりの重量を誇り、踏み込めば現状どの存在が攻撃しても不動を貫く。

 だというのに、今の己は最初の位置から数メートルも下がっていることに加えて大剣を握る手には痺れが残っているという事実に加えて頬から血を流している事実に戦慄を隠せない。

 

 まず間違いなく現代最強は文字通りオッタルだ。己自身その称号が例え不相応だとわかっていても覆しようのない事実。

 

 その己が不意打ちを許し、あまつさえ()()()()()()()─────!!! 

 

「グォッ!!?」

 

 思考を強引に中断されるように煌めく赤金の軌跡。それをオッタルは大剣で受け止め、衝撃に再び呻く。

 全身を覆う見たことない意匠の赤みを帯びた金色の全身鎧。

 似た素材だと推測できる自身の装備している大剣よりも遥かに業物の赤金の剣を見ていて惚れ惚れするばかりの動きで振るうその姿。

 

 敬愛する女神からの使命で番人の真似事をし、向こうを知らずのうちに過小評価をし、奴は己に挑戦する側だと、格下だと無意識に烙印を押した。

 

 ロキ・ファミリアの凶狼を下したとはいえ、自分が負けるはずがない……だと? 

 

「(慢心していたッッ……!!)」

 

 辛うじて追える剣筋を逸らし、受け止める。

 けれど、1の防御をしたと思えば相手はその倍以上の攻撃を繰り出し、オッタルの体を幾つもの傷を生み出し、血煙が上がる。

 

 オッタルが斬りかかり、その攻撃を受け止められれば相手に反動を利用されその場で半回転からの横薙。

 大剣を動かし、首筋を狙っていた攻撃を防ぐが刀身から凄まじい衝撃が走り、表面に大きな傷を生み出す。

 

 世界で唯一のレベル7。それはオッタルを停滞という名の泥濘に沈め、思考を鈍らせる。

 

 ゼウスとヘラの強者たちは既に過去の遺物となり、自分だけが結果的に残り、世界の頂点となった。

 

 それが今やこうして無様に剣を受け止めては恥も外聞も投げ捨てて石畳の上をころがって必死に斬撃を避けていた。

 

「オオオオッッッ!!」

 

 切り上げを上体を逸らすことで紙一重で躱し、反撃に大剣を振り下ろ───さず、背中へとその分厚い刀身を翳した瞬間に衝撃が走る。

 つんのめりそうになるのを足の筋肉で無理やり押しとどめ、視界だけは貴方の姿を注視し続けると気がつく。無手だった左の手にいつの間にか杖が握られていたことに。

 

「(無詠唱で魔法だと……!?)」

 

 豊穣の女主人でこの人物が魔法を使っていたことは知っていた。

 だが、そもそも魔法は詠唱を行い、魔力を用いて事象を引き起こすことが常識。

 

 記憶にいる彼女(静寂)もそれは変わらなかった。

 

 どんな魔法だろうと必ず詠唱しなければならない。そんな常識を真正面から嘲笑うように現実に行うことになんの冗談だと言いたくなる。

 

「(無茶苦茶なッッ!!)」

 

 腹にめり込む爪先、腹筋を、内臓を潰していく衝撃に喉奥から血反吐をぶちまけながらオッタルは胸の内で確信した。

 自分が挑戦する側だ、と。

 

 路肩の石を蹴飛ばすかの如く、無感動に、無情に、ただ作業的に己の命を摘もうとする目を見ながらオッタルは吹き飛ぶ。

 

 

 

 ───コイツ、めんどくせぇな

 

 貴方は目の前で肩を上下させ、大剣を杖代わりにして立つ混種に向けてそのようなことを吐き捨てた。

 目的のクソ猿がいるらしき場所に立ち塞がるようにいた為に止むを得ず排除しようとしているが、無駄にしぶとく無駄に足止めを食らっている事実に辟易を隠せない。

 

 別に貴方は自分が強者だとは思っていない。寧ろ己は弱者の側に立つ存在だ。

 

 狭間の地において貴方の戦ってきた相手はどれもこれも欲をかいたり、攻撃に重きを置いた瞬間に容易く屠ってくるのが殆どだ。

 初見の攻撃も多く、攻めに転じることなどとてもではないが出来ない。

 

 よって、基本的に貴方は初見の相手は消極的に立ち回り、相手の動きを引き出し、少しずつ少しずつ対応するという詰将棋のような戦闘スタイルになるのは必然だった。

 

 長年染み付いたソレは中々抜け出すことは出来ず、目の前の存在が容易く殺せると思うことが出来ても、『相手がなにか手を隠し持っている』という考えがよぎり、どうしても仕留めきれない。

 

 加えて混種の方も割とタフなので貴方の消極的な攻撃も相まって無駄に時間だけが過ぎていく。

 

 ───コイツ、めんどくせぇな

 

 貴方はそんなことを思いながらサッサと終わらせるために剣を振る速度を更に早める。

 

 そんな思考の片隅で貴方はふと思う、『そういえばベル(アイツ)今何してんだ?』と。

 

 

 

 

「くっ!!」

 

「GRaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 ビリビリと空気を振るわせ、気の弱いものならショック死しかねない殺気が撒き散らされ。ベルは堪らず呻く。

 

 そこそこの広さの路地裏、複雑怪奇な人口迷宮"ダイダロス通り"

 複数ある路で君臨するのは白い毛並みが目立つ拘束具の取り付けられた"狒狒の怪物 シルバーバック"

 

 対峙するは私服姿のナイフすら持たない無手の"駆け出し冒険者 ベル・クラネル"

 そして、その背後にはその主神たる"炉の女神 ヘスティア"

 

 状況は絶望的、援軍は期待出来ず正に絶対絶命。

 

 けれど、ベルは逃げるという選択肢など端から浮かばなかった。

 

「(威力、速さ、重さ……どれも驚異的だ。それこそ駆け出しが相手するようなヤツじゃない……)」

 

 顎に伝わる冷や汗をぬぐうことはせず、冷静に慌てず状況をベルは把握する。

 詰みに近いというのにベルと心は驚く程に平常心を保っていた。

 

 確かにピンチだ。絶対絶命だ。殆ど死んだようなものだ。

 

「だけど」

 

師匠(あの人)に比べたらまだ簡単だ」

 

 思い出すのは時間の流れが隔絶された闘技場での死闘。

 文字通り死んでは生き返るを繰り返して行われた鍛錬とその相手に比べれば目の前の存在など十分に対処可能。

 

「Gaaaaaaaaaa!」

 

 シルバーバックが吠え、飛び掛かる。

 その姿がかつてのミノタウロス(トラウマ)と重なり、足がすくみそうになる……が、それを理性でねじ伏せて敢えて突撃を選択。

 

「Grua!?」

 

 まさか自分に向かってくるとは思っていなかったのか、怪物は困惑混じりの呻き声を上げる。

 慌てて立ち止まり、腕を振り上げて迎撃を選択。

 

 不安定な体勢に加え、意表を突いた為に速度と威力は乗らない。けれど、容易く人体破壊する程度には威力のある大振りな叩きつけ。

 

 ベルの目はそれを見据え、最小限の動きでかわす。

 体の真横を大木のような腕が通り過ぎ、風圧から皮膚にピリッとした痛みが走るがそれを無視し懐へ飛び込むと怪物の膝を足場にして跳躍。

 

 腹部、胸板を蹴り上げ拘束具に隠れた目と同じ高さに飛び上がる。ベルと目と怪物の目が合い、ベルは耳横まで振り上げた手の指先をピンと伸ばし、1本の槍のように見据えて打ち出した。

 

「シッ!!!!」

 

「ッッッッッッ!!!!!?」

 

 ズチュリ、思わず耳を塞ぎたくなる異音。立て続けに二の腕まで伝わる生暖かい圧迫感。

 ソレはベルの右腕が怪物の右目を貫き、潰したことを意味する。

 声にならない悲鳴を轟かせて怪物は激痛にのたうち、ベルを振りほどくためと痛みを紛らわせる為に暴れ始めたではないか。

 

「こっの……! あ・ば・れ・ん……なぁっ!!」

 

 貫手にしてきた指を広げ、ナニかを掴むと同時にベルの体に凄まじい圧迫感と共に景色が流れ、衝撃と激痛が走る。

 

 その中でブチブチという音ともに石畳へと叩きつけられ、ベルは喉奥から血反吐を撒き散らしながら何度も石畳の上をバウンドして転がり、建物の壁へとぶつかってようやく停止した。

 

「ゲボっ!? ごっぼ……! ギィ、アゥッッ……!!」

 

 何度も血を流し、視界が歪む。

 全身が刻まれ、擦りおろされ、塩を練り込まれたような激痛にまともな音として意味をなさない悲鳴がまろびでる。

 物陰に隠れていたヘスティアは泡を食ったように身の危険など厭わずに駆け寄った。

 

「ベルくんッッッ!!」

 

 その声を聞き、ベルは何とか立ち上がろうとするが上手く立ち上がれず無様に顔から伏せる……寸前にヘスティアか抱いた。

 

「かみ、さま……血が……よご、れ……

 それ、に……あぶ、な……」

 

「そんなこと、気にしてる場合か君は!?」

 

 明らかに自分の方が重体なのにこちらの身を案じる献身にヘスティアは不甲斐ない気持ちを抱かずにはいられなかった。

 小さな体でボロボロのベルの体を引きずり、何とか別の路地へと逃げ込む。

 目尻に透明な雫を浮かばせながらヘスティアは己を責めた。

 自分がデートと言ってベルを連れ回さなければ。自分が留守にしなければ。自分が───

 

「か、みさま。自分、を責め……な、で。くだ、さい」

 

 そんな彼女の手を握り、諭すようにベルは話す。

 瞼が切れ、上手く開かない片目も開いて紅玉のように澄んだ瞳がヘスティアの蒼い瞳を見据え、口角が引き攣りながらも笑った。

 

「僕、昔……たった、1人の家族のおじいちゃんがいたん、です」

 

 真っ白なお髭と老人とは思えないほどムキムキで、外見は怖いけどとっても優しくて茶目っ気のある大好きな祖父。

 

「ちっちゃい頃ゴブリンに殺されかけた僕を斧一本で助けてくれたそんな頼もしい、人なんです」

 

 今様始めるのは身の上話。

 ベルがオラリオに来る前の出来事。

 

 いつものように日常を過ごしていた。けど、そんな日は唐突に終わる。

 

 村人から告げられた突然の凶報。用事で村の外に出かけていたところを怪物に襲われ、殺されてしまったと。

 

 淡々と教えられ、実感の持てないまま弔うべき亡骸もない葬儀をこなし、広くなった家の中で突然ひとりぼっちになってしまったあの夜。

 

 いつも豪快に笑って、ガシガシと頭を撫でてくれるゴツゴツとした大きな掌、遠くても聞こえるくらい大きな声。

 

 それがもう二度と戻ってないことを改めて知って、一人で泣いた喪失感と胸の痛み。

 

「だか、ら……」

 

 ゆらゆらと力のこもらない腕に無理やり言うことを聞かせて立ち上がり、何度かふらつきながらもしっかりと踏みしめる。

 

「僕はもう、家族を失いたくないです

 怖いんです。家族が守れないで、無くなってしまうことが」

 

 祖父との約束の為にオラリオに来たのは間違いじゃない。けど、それは理由の一つだ。

 でも、もうひとつは家族(ファミリア)というものに憧れたから。

 

「……僕、家族が欲しかったんです」

 

 十字路を曲がり、緩やかな下り坂を下りると見つけた狭い地下道へヘスティアを押し込み、封鎖用の鉄格子をスライドさせた。

 

「ベル君!? 何を───」

 

「……ごめんなさい神様」

 

 この女神様(ヒト)が助かるなら僕の命は惜しくない。なんていったってこの街にはアイズ・ヴァレンシュタイン(あの人)がいる。

 あんな怪物なんてすぐやっつけてくれるだろう。

 

 それどころかもっと凄い師匠()もいる。素顔は見た事ないし、奇行も多いし、ぶっちゃけ何考えてるかわかんないよく分からない人だけど。でも、あの人は多分助けを求める声を無視はしないという確信はある。

 

 加えてなんでか分からないけど、近くにいる。そんな気がするのだ。言葉にできないがそんな繋がりが感じられた。

 

「だから、だからっ……! お願いします。僕に貴女を……家族(神様)を守らせてください」

 

 こんなボロ雑巾で何を言ってるんだ、そんな言葉が浮かぶ。だけど、出来ないからそんな理想めいた願望を口にする。

 

 ヘスティアがそんなベルの慟哭を聞き、呆然とした後に鉄格子を握りしめて顔を伏せ苦悶の表情を浮かべた。

 

「……多分、近くに師匠がいます。なんでかわからないですけど、そんな気がするんです

 ……だから、出来るだけここから早く離れて、助けを求めてください」

 

「待って! ベル君!!」

 

 背後から呼び止める声を無視してベルは背を向けて踏み出す。

 

「へへっ、こう見えて僕の"敏捷(逃げ足)"って凄いんです。師匠だって面倒臭いって言ってましたから」

 

 そんな強がりを残してベルは走り出した。

 

 何度も何度も叫びが聞こえてくる。その度に何度も謝る。

 

 幸い、以前貰っていたミアハのポーションがレッグホルスターに無傷の状態で残っており、ソレを取り出し一気に飲み干す。

 

 死にかけから少しマシ程度の死にかけに戻り、痛みもだいぶきついが耐えられない程ではなくなった。

 

「Uruareeee!!!」

 

 片目を潰され、ドクドクと赤い液体をこぼす怪物(シルバーバック)が通路の奥からやってくる。

 

「来い、こっちだウスノロ! お前のもう片方の目ん玉引っこ抜いてやろうか!? そう、お前に言ってるんだぞ薄汚いエテ公!!」

 

 こっちに気づいてないバカに敢えて挑発を行った。

 片目を潰した犯人を見付け、オマケにバカにしてくればどうなる? 

 

 …………ダメ押しとばかりに引っこ抜かれた自分の目を潰されれば当然。

 

「■■■■■■■■■■■■ッッッッッ!!!!」

 

 効果覿面だ。

 

 瞬時に沸点をぶち抜き、憎悪は青天井。

 あっという間に理性も知性も品性も全てを投げ捨てた畜生のいっちょうあがり。

 

 ベルは既に逃走を始めており、その後ろを見ていて笑えるくらいに激昂している怪物が追いかけた。

 

 曲がりくねった路地を赤い矢印頼りに走り続けていると不意にベルは観られていると感じ取る。

 

 息を潜めてことの成り行きを見守る住人たちとは違う不躾とも言えるような無遠慮な視線。

 

 粘つき、湿った嫌悪感を覚える吐き気を催すクソッタレな視線を。

 

 ───ふざけんなコノ"オラリオスラング"が! 

 

 ココ最近ヤケに口が悪くなってるような感覚がするが、悪態をつかずにはいられない。

 

 そんなのに意識を少しだけ割いてしまったからか、後ろの怪物の一撃を上手く避け損ないすぐ後ろを強打したことによる風圧で体が飛び上がり、前へと押し込まれる。

 

「ッツゥ……!」

 

 衝撃を受け流して立ち上がり、素早く周囲を見渡す。

 楕円形の広場の中心には粗末な作りの噴水が水を流し、無数の通路が集まったこの空間は恐らくは憩いの場なのだろうと推測ができた。

 

 現状そんな関係の無いことを考えてしまうのは恐らくはダメージのせいで思考が上手く纏まらないことから来るのだろう。

 

「Gyaaaaaaaa!!」

 

「っぶな!」

 

 最早知性の感じられない様子の怪物は苛烈にベルを責め立て、ベルはその攻撃を全て避け続けた。

 

「ラァッ!!」

 

 口に溜まった血液混じりの唾を吐き捨て、ベルは暴風めいた猛攻の嵐を掻い潜り、逃げる最中に拾った錆の浮いたナイフを握り締めて振りかぶる。

 

 ガリリリリィッ!! 

 

「チィ! やっぱりこんなのが歯が立つわけないよなっ!」

 

 表皮を僅かに傷つけるに留めた一撃に落胆はない。高レベル冒険者ならばガラクタだろうと有効打を与えられるだろうが、生憎ベルは最底辺のレベル1だ。

 格上に位置する怪物(シルバーバック)にはまともなダメージを与えられないで当然ともいえよう。

 

「(やっぱり眼球もしくは口の中をやるしかないか!?)」

 

 首を刈り取る軌道を描いていた鎖の振り回しを膝を折り曲げ、上体を地面に倒れるスレスレまで下げることで躱し、背中がいよいよ触れる寸前にナイフを持たない腕で地面に触れ、軸にして跳ね上がって着地。バク転を何度か繰り返した後に突撃して同じ箇所を切り続けた。

 

 数日前のベルだったら避け続け、反撃を行うなど出来るわけが無かった。けれど、異界の戦士たる褪せ人との殺し合いで体に叩き込まれた動きはベルの体の動かし方を無意識に最適化させ、ナマクラのナイフであっても怪物の硬い表皮を切っても壊すことなく振るい続けることを可能とさせる。

 

 何十切り続けたかは分からないが、ようやく錆び付いたナイフが表皮を切り裂き、その下の筋肉へ傷をつけるまでに至った。

 

「Gyau!?」

 

 悲鳴をあげ、僅かにたじろぐ怪物。2度目の有効打にベルは少しだけ喜ぶが……

 

「ゴハッ!?」

 

 警戒を僅かに怠り、カウンターの鉄鎖がベルの体を痛烈に打ち据えた。

 何度目か分からないが、再び石畳の上を転がった後に停止し、沈黙する。

 

「(いっっっ……てぇぇ…………これ、さすがにヤバい……?)」

 

 仰向けでベルは何処か他人事のように自身の状態を把握する。

 体を起こそうにも死にかけの虫のようにしか痙攣をするしかない手足。

 

 ぼんやりと見上げるとこんな状態でも変わらず、白い雲と青い空が広がるのみ。

 

 緩慢な動きで首を動かして自分をこんなことにした原因たる畜生を見やれば、噴水の傍で低く唸りトドメを刺すためなのか鎖をジャラジャラと鳴らしていた。

 

「(あー……クソ、死にたくない。まだなんも出来てないんだけど……)」

 

 そう思っても最早何も出来ないことを、頭のどこが理解している。

 

「(……そういえばあの時も)」

 

 怪物がゆっくりと近づいてくる中でそんな昔でもない昔に似たようなことがあったことを思い出した。

 彼女が、あの人が。アイズ・ヴァレンシュタインが助けてくれたのはこんな時だった、と。

 

 さすがに2度も同じことなんて起きるわけもない。

 

 ヘスティアは無事に逃げられただろうか? そういえば、せっかく師匠に鍛えてもらったのに無駄になったな……怒るかな? 怒るよなぁ……

 

 次々と走馬灯のように思い浮かんでは消えていく。

 

「死にたく、ない……なぁ……」

 

 最後にそんなことを呟き、出来れば痛くないといいなと思いながら来るであろう衝撃に身構えようとした瞬間。

 

 

 

 

「ベル君ッ!!」

 

 

 ─────声が、聞こえた

 

 

 消えかけていた意識が引き止められる。心臓が再び強く鼓動する。

 歪んでいた視界がクリアとなり、顔を上げて見た。

 

「な、ん……で───」

 

 来ちゃうんだよ。

 

 そこには息を切らしてこちらを見つめるヘスティアがいた。

 理解してしまう。わざわざ危険になるのも厭わず自分を助けにきたことを。

 

 これじゃあ、何のために自分が足掻いたんだよ、と思う気持ちと助けに来てくれたんだ、と嬉しく思う相反する気持ちが浮かぶ。

 

 けれど、事態は最悪へと転じてしまう。

 

「Guuu……」

 

 目当ての存在をようやくみつけ、怪物はベルからヘスティアへ意識を向けた。

 ヘスティアは目を見開き、まともに動くことも出来なさそうな彼女へ怪物は歩み寄る。

 

 ───うご、け

 

 ───うごけ、うごけ、うご、けよ

 

 力が入らない手足に無理やり命令を送る。

 呻き声にもならない空気が喉の奥から零れでる。

 全身が軋み、命が流れ出ていく。

 

 ───もう一度繰り返すつもりか? 

 

 ───また、家族をみすみす失うつもりか? 

 

 ───ふざけんな、ふざけんなよ……

 

 ───限界なんて越えろ、道理なんて蹴飛ばせ

 

 ───女の子一人くらい助けて見せろよ

 

「ベル・クラネルッッッ!!」

 

 瞬間、背中に熱が灯った。

 

「神様ァァッ!!!」

 

 手足を動かし、開いていた距離を一瞬で走破し怪物の腕がヘスティアに触れる瞬間にベルはその小さな体を抱いて走る。

 

 怪物のすぐ側を通り過ぎて小さな路地に飛び込み、その先の階段を転がり落ちていく。

 何度も回転する世界で決して離すまいとヘスティアを守るよう抱く力を強め、一段と強い衝撃と共にようやく転落は止まった。

 

「……ヅゥ、神様、無事ですか……?」

 

「う、うん……三半規管が割とやばいけど、だいじょぶだよ……」

 

 目を回した様子のヘスティアはベルに答えを返し、そのことにベルは僅かに安堵した後に声を張り上げる。

 

「んで……」

 

「なんで、ここにいるんですか!? 僕は直ぐに逃げて助けを呼んでくれっていったでしょ!? 

 これじゃあ、一体なんのためにッ!」

 

「馬鹿だなぁベル君」

 

 最後までいい終えぬうちにヘスティアはベルの言葉に自分の声をかぶせた。

 小さな手がベルの頬を撫で、労うように慈しむようにヘスティアは言う。

 

「僕が君を……家族を見捨てるわけないだろ?」

 

「──────」

 

 くしゃりとベルの顔が歪む。情けなかった。自分の命すら投げ出して助けに来てくれたこの人を救うことが出来ない自分の無力さを。

 

「すみません、神様……僕が、僕がもっと力があれば……武器だってこんな錆びたナイフだけじゃ……」

 

「おいおい、何諦めてるんだよベル君!」

 

 ペチリと頬を叩くヘスティアは背中の包を解いて中にあった箱をベルへ見せる。

 

「武器ならここにある。それもとびきりの─────あ、ヤベ……」

 

「うん?」

 

 子箱を見せようとしとヘスティアが唐突に動きを止め、錆びたブリキのように上を見つめて頬を引き攣らせた。

 ベルはなんぞや? と思いながらヘスティアの視線を追うように上を見てみると。

 

「うっっっっっわ……」

 

 首が痛くなるくらい長い階段のその先、散々人を追いかけ回してボコボコにした(にっく)きアンチクショウのシルエットが。

 流石のベルもゲンナリとした顔を隠さずに顔を歪めてしまう。

 

「Gyaaaaaaaaaaaaa!!!!」

 

「ひぃやぁぁぁぁあっっっ!!」

 

「神様ァー!?」

 

 助けに来たくせしてベルを置き去りに走り去るヘスティア。それを見て愕然としながらも走り出すベル。

 そしてその一秒後に膝に悪い着地法(ヒーロー着地)を決めるシルバーバック(エテ公)

 

「助けに来たって言っといて我先に逃げるとか酷くないですかぁ!?」

 

「それとこれは別───ぐあっ!?」

 

「か、神様ぁー!!」

 

 言い合う2人だったが、盛大にすっ転ぶヘスティアにベルは悲鳴をあげながら小さな体を持ち上げて横抱きに抱え上げた。

 背後から迫ってくる怪物から逃げるにはヘスティアの体力はあまりにカスだったため、四の五の言わずに逃げるためにお姫様抱っこをしてベルは走り出す。

 

「くそぅ! こんな状況だと言うのにボクは心の底からラッキーと思わずにはいられない!! カイロスのやつもたまにはいい事するな!!」

 

「何言ってんですか!? というか、カイロスって誰ですかソレー!?」

 

「ゼウスのバカの末子!」

 

「誰ー!?」

 

 コントを繰り広げながらも逃げに徹したからか、あっという間に距離を引き離して迷路を駆け回る。

 これなら撒けるか? と思えたところで、最後の最後にツキに見放された。

 

「……くそう、機会があったらカイロスの奴とっちめてやる」

 

「行き、止まり……」

 

 目の前にある袋小路。引き返そうにも道は一本道のみで逃げ道などあるわけも無い。

 藁にもすがる思いで見上げると、住人たちと目が合うが直ぐに建物の奥へと引っ込んでいく。

 

 巻き添えをくらいかねない危険を犯すほどお人好しなどいるわけが無い。これを責めるなど見当違いもいいところだ。

 

 今度こそ本当に終わり、そんな気持ちとともに項垂れるベルの横でヘスティアは好都合とばかりに顔を上げる。

 

「ベル君、さっきの続きだ」

 

「続きって……なにがですか?」

 

「ここでステイタスを更新して。君が、アイツを倒すんだ」

 

「ッ!」

 

「無理だ……って顔だね。ふっ、勝算があるからボクはこんなことを言ってるんだぜ?」

 

 項垂れるベルの顔を覗き込んでヘスティアは凛とした顔で言う。

 

「君は彼と修行をした。その成果は確かに出ている。なぜ分かるんだ? だって? 

 それはもちろん君のその傷が証拠さ」

 

 血だらけの片腕と錆び付いたナイフ。身体中の生傷を見つめたヘスティアは手にしたケースをゆっくりと開いて中身をベルへと差し出した。

 

「数日前の君だったら確かにアイツの目玉をほじくり出したり、そんなナマクラで傷なんてつけることすら出来なかった。

 けど、今はどうだい? ステイタスを更新しないでアレだけのダメージをアイツに与えている……」

 

「それなら、新しい武器と新しい力を手に入れたらどうなると思う?」

 

 取り出された鞘に収まった漆黒のナイフをベルは呆然としながらも受け取り、収められた鞘から引き抜く。

 鞘や柄、刀身までもが漆黒のナイフは刀身に細かく刻まれた複雑な刻印が成され、ベルの鼓動に呼応するかのごとく紫紺の光沢を宿し始めた。

 

 自分の中の貧しい記憶の中でこれだけの業物に匹敵する武装はそれこそアイズ・ヴァレンシュタインの細剣。いや、あの細剣以上。それこそ、師たるあの人の振るっていた剣と同等なのではないか? 

 

「ボクは君を信じている。君とこのナイフがあればヴァレン何某どころか彼だって越えられるくらい強くなれる。

 なぁ、冒険者ベル・クラネル? 君にとってこの状況は冒険に入るかい? 

 いいや、この程度なんて君ならチョチョイのちょいさ」

 

 ニヒリ、と笑いヘスティアは言い放った。

 

「どれだけ君が君自身のことを信じられなくたってボクは代わりに信じてあげる。信じて見せよう。

 だからさ、この炉の女神ヘスティアを信用してくれやしないかい?」

 

 ジワリと視界が歪み、鼻の奥がツンとする。

 だけど、ベル・クラネルは決して零さずに飲み込むと乱暴に目元を拭い、震えながらも力強い声で空気を震わせた。

 

 

 

 〇

 

 

 

『■■■■■■■■■───────…………』

 

 遠くから響く遠吠え、ソレは獣が命を失う直前に放つ断末魔だった。

 

 貴方は振り下ろそうとしていた手を止め、ゆっくりと視線を音のしてきた方へと向ければ微かに笑う。

 

 どうやら教え子がやったようだ、と。

 

「グッ……ぬ、ぅ……」

 

 そして、その足元には全身に無数の切り傷や刺し傷。矢によってハリネズミのような有様のオッタルが地面に伏していた。

 勝敗は決し、貴方は視線を戻してトドメを刺そうと掲げたエオヒドの宝剣を振り下ろ────す寸前で後ろへ飛ぶ。

 

 その数瞬後に貴方のいた場所に剣、大槌、大斧、大剣が突き刺さり、倒れていたオッタルの姿が見えない。

 

「チッ、勘がいい」

 

「確かに仕留めたと思ったが」

 

「まぁ、猪があんだけやられてるから避けて当然か?」

 

「フッ、ざまぁ」

 

「「「それな」」」

 

 突然の乱入者に貴方は眉を潜めながら立ち上がり、剣を構え直す。

 

「グッ……お前たち……何故、ここに……」

 

「フンッ、態々テメェなんぞ助けるつもりはなかったが、あの方が言ってたからな。

 ……にしても随分と遊ばれたみたいだなァ?」

 

 小柄な混種の青年が死に体のオッタルを嘲るように言うが、それにオッタルは返す気力もわかないのか僅かに唸るのみ。

 言い返せないほど弱っている様子のオッタルに混種の青年"アレン・フローメル"はつまらないそうに鼻を鳴らした後に貴方を見据えて口を開いた。

 

「既に目的は終えた。あの方は大変満足している、これからもあの小僧を高めておけ。じゃあな」

 

 それだけ言い残し、乱入者たちは闇へと姿を消していく。

 姿が完全に見えなくなっても貴方は構えを解くことはなく、気配も感じられなくなると漸く貴方はゆっくりと剣を下ろして肩の力を抜く。

 

 今度こそ完全に終わったらしい。貴方は建物の隙間から見える摩天楼を一瞥し、踵を返して歩き出す。

 

 弟子を迎えに行く為に。

 

 




最後にあと1話で原作1巻は終わりですかね。

ラニ様を出す?

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  • イマジナリーラニ様なら居るだろバカ
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