百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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主人公も歳をとりました
引き続き老成をご期待ください


111話 予定不調和予定調和

 人生は予定していた通りにはすすまないものだ。

 

 アンナさんファミリーとのプールをいよいよ明日に備えた日、俺のもとにとどいたのは父方の祖母が骨折したというニュースだった。

 骨折ぐらいなんだ、と近場で誰の骨も折れたことのない者は思うかもしれない。

 しかし骨折というのは大事だ。なんせ骨が折れているわけである。しかも祖母は階段で転んで足の骨を折ってしまったのだから、一人ではなんにもできない。

 

 そこで手伝いが必要となるわけだが、入院直後というのは色々と入り用で、『きちんと状況を整理しなにをすべきかわかっている人手』が必要になるのだった。

 

 俺は母に手伝いを頼まれた。

 

 当然ながらそっちを承諾してしまえばプールには行けない。

 しかしことわってしまうのはあまりにも薄情というものだろう――情というものは、生きていく上で不可欠だ。

 

 もっと冷徹に語るならば『情』ではなく『印象』と言い換えてもいい。

『誰かからの印象を損ねないこと』は生きていくうえでことのほか重要で、そして、つきあいが長い、自分にとって大きな存在からの印象は、なにを払ってでも良いものとしてとどめるべきである。

 

 そういった理由で母や父、父方の祖父母やそこに連なる親戚の印象を損ねないために『手伝いに行く』ことのメリットは大きい。

 

 一方で俺が控えていたのはアンナさんファミリーと俺ファミリーでの家族ぐるみのプール遊泳である。

 

 大人たちは事情を話せばわかってくれる。だが、ここで問題となるのは子供からの印象だ。

 特にサラに『一緒にプールに行くって言ったのに、行ってくれなかった。嘘つき』と思われることは、なにを犠牲にしても避けたいところである――『しょうがない』事情はそろっているのだが、八歳の子供に『感情より事情へ配慮しろ』というのは不可能だ。

 

 俺が祖母の入院まわりの手伝いに行ったとしても、ミリムとサラにはプールを楽しんでもらう予定だが、これは『究極の選択』と言えた。

 

 こんな状況で俺は……『そうだよな! こうだよな!』と思っていた。

 

 だって人生だぞ。

 

 不都合は起こって当たり前なのだった。『どうしても外せない二つの用事』がブッキングするのは当然なのだった。

 どれほど周到に計画を立てても、それがアッサリくつがえることはありえて当然だ。

 

 今までがうまくいきすぎていて、俺はすっかり『敵』への警戒心を薄れさせていたが……

 こういう不都合が起こると、やはりこの世界にも『敵』はいるのだという、妙な安心感を覚える。

 

 いや、いないにこしたことはないんだ。

 

 でも、いないわけがないんだ。

 

『敵』とは世界に実在する謎の組織や思想であり、そして、俺のいる世界にそれら『俺に不都合な巨大なもの』をもたらす運命そのものだ。

 全知無能存在のねじくれた寵愛こそ、俺が百万回の転生で戦い続けてきた『敵』なのだった。

 

 いないにこしたことはない。

 なん度でも思う。いないにこしたことはない。『敵』のいない人生がもしも存在するならば、それはすばらしいことだと思う。

 

 けれどいるのだ。いたのだ! 今まで存在を確認できず、ずっとしっぽを出さなかった『俺にとって不都合な運命』が、いよいよ世界の陰からわずかに漏れ出してきた。

 俺は、自分のしていた警戒が報われたようなうれしさでいっぱいだった。

 人知れず、人に言えずに続けてきた、無駄かもしれなかった苦労が、無駄ではないと証明されたのだ。こんなに嬉しいことはない。

 

 ……ああ、けれど一方でむなしさも覚える。

 

 俺は『敵』を求めていた。

 絶対にいないほうがいいに決まっているし、『いない』となんらかの信用できるモノから保証されたならば、安堵のあまり倒れ込むかもしれない。

 それでも俺が『敵はいない』という何者かの保証を信じることは決してないだろうし、『敵』がいないと認められないからこそ、『敵』の存在が匂い立つと、こんなにもテンションが上がってしまう。

 

 幾度も『この世界は安全で、敵なんかいない、幸せな場所だ』と思える機会があったけれど――

 それでも俺の心の底は、ずっと『敵』を信じることをやめなかったのだ。

 

 そういうわけでアンナさんファミリーに連絡をして、プールの予定を一週間ずらしてもらうことにした。

 向かう予定だった大型プール施設に入るにはチケットが必要だが、キャンセルによって半額返還してもらうことが可能だ。

 夏休みに入ってチケットをとりにくくなることが予想されたので、あらかじめとっておいた一週間後のチケットが役立ったわけである。

 

 そうして予定を一週間後にズラすことで、家族三人で俺の祖母の見舞いに行くことが可能となり、ひ孫のサラを祖母に見せることにより俺の印象がよりよくなる効果も見込めるのだった。

 

 だが、やはりすべてがうまくいくわけではない。

 

 俺は事務的にこなせるすべての手続きと、社会通念やロジックを解するすべての相手への根回しを済ませたあと、もっとも大きな問題にとりかからざるを得なかった。

 

 それはもちろん、サラとルカくんへの配慮。

 

『プールは一週間先になりました』と肩すかしを受ける子供たちのガッカリをどう埋めるのか、俺は半日ほど頭をひねらねばならなかった……


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