百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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114話 在りし日のこと

 その夏、母方の祖母が亡くなった。

 

 これぐらいの年齢になると、やはり祖父母が亡くなることが多い。マーティンなんかも葬式が重なってしまったようで、仕事を休めることをうれしがる一方、仕事先に休みをとる旨を告げるのが憂鬱だと笑いながら話していた。

 

 我が家の祖母の死はある程度みんな――亡くなる祖母自身もふくめて――が覚悟していたし、準備もしていた。

 だからつつがなく終わり、俺たちはいつになくのんびりと葬儀後のモラトリアムを過ごしていた。

 

 祖母の住んでいる場所は、ずいぶん田舎だった。

 

 最寄り駅まで車で四十分という僻地にその家はあった。

 二車線の道路を走り続けて、曲がるのに少し気を遣う狭いカーブを抜け、とても急な坂をのぼったところだ。

 この坂があんまりにも急なもので、徒歩だろうが車だろうがここを通るのはたいそうこわい。少し足を滑らせて転んだら一気に坂のふもとまで転げ落ちそうなのだ。しかも左右には川があって、下手するとそこに落ちるかもしれないということも危惧しなければならない。

 

 家は広く、どこか寂しい。

 

 二階建てではあるのだが二階は二部屋しかなく、そのどちらも今は使われていない。

 かつて、俺の母が私室として利用していたそこは、今、客間となっていた。俺とミリムとサラは、祖母の葬儀が終わって家に帰るまでのあいだ、そこで寝泊まりをすることになる。

 

 夜中、部屋の窓からはなんにも見えなかった。

 

 暗すぎるのだ。街灯さえない田舎の景色は、『星がまたたいて綺麗!』なんていうことは全然なくて、ただただ暗い。

 第一、星程度の光量で夜の道を照らせるのであれば、人類は街灯なんか発明していないだろう。

 

 その暗闇からはカエルやら虫やらの声が無限に聞こえ続けていて、サラなどはこの声や窓に反射する自分の姿にさえおびえてしまい、この部屋での寝泊まりはイヤで早く家に帰りたいのだと、有言無言で俺に表明してきた。

 

 俺はそのたびに言う。

『まあ、これで、最後だから』。

 

 俺の祖父母はみな亡くなった。

 ミリムのほうは、一人を残して亡くなっているとかいう話だった。

 

 彼女の祖父母は遠い遠い東方の国にいるのだ。

 ミリム自身はあまり会う機会もなく、中等科ぐらいからとっくに疎遠で、葬儀に出るのには手間もお金も莫大にかかることもあって、色々と免除されているらしい。

 こっちの国にも祖父母はいるようなのだが、そちらの話はあまり聞いていない。

 

 俺たちは互いの性格を信用しているので、必要があるなら相手は話すだろうと思っている。ミリムの祖父母について話が出ないのは、『必要がない』という判断をミリムがしているのだと、俺は考えていた。

 

 さて、俺は祖父母の死にわりと思うところがあるのだが、そんな感傷は子供にはわからない。

 サラと俺の祖父母との交流はそこそこあったが、それでも物心つく前もふくめて十回ほどしか接触していない。

 そんな相手に哀悼の意を捧げるよりも、早いところなにもかもがある都会に戻りたいと子供が思うのは、仕方のないことだと思う。俺のセンチメンタルに付き合え、と強要するのは傲慢というものだろう。

 

 大人は強い。

 だから、傲慢になってはいけない。

 

 肉体的に子供より強い。経済的に子供より強い。

 子供を経て大人になった俺は今さらながら痛感する。子供というのは不自由だ。親の庇護なくして生きていけず、特にまだ法的に働けない年齢である我が子は、たとえ行きたくもない場所だって、親の都合によっては行かざるを得ないのだ。

 

 俺はこの世界に生まれ落ちた時、真っ先に周囲の生き物を警戒したが――

 

 警戒したところで、周囲の者たちが本気の殺意をもって向かってきたら、なんら抵抗できずに殺されていただろう。

 

 大きすぎる力の差があった当時を思い出す。

 その当時、俺は『力の差』をまったく感じることもなく、のうのうと生きていた。

 

 力の差は、相手が強権を行使して初めて実感するものなのだ。

 

 そしてうちの両親は、強権を行使しなかった。

 あるいは、行使の仕方が、うまかった。

 納得への配慮。

 

 ふと、俺は大事なことに気づいた気がした。

 

 大人は傲慢になってはいけない――それは正しいと思う。

 大人は我慢をしなければいけない――それは、間違いだと思う。

 

 子供のようにわがままを言ってはいけないだけだ。

 きちんと配慮して、周囲を納得させるように立ち回って、わがままを通す――それが、大人の、わがままのやりかただ。

 

 だから俺は、娘の感じている恐怖と退屈に配慮しつつ、感傷にひたりたいというわがままを通す方法を考えた。

 

 話をしよう。

 

 お前はきっと、全部のものがこわく思えるんだろう。

 田舎の真っ暗な夜。そこらじゅうから聞こえるカエルや虫の声。窓をのぞけば自分の姿が反射していて、そいつがなんだか、よくわからない化け物に見えるんだろう。

 あるいは家鳴りや、この家に漂う空気そのものが、お前を恐怖させるのかもしれない。

 

 けれどね、知ることでやわらぐ恐怖もある。

 

 だから、パパがお前に聞かせよう。

 ここであったこと。ここにいた人のこと。

 お前のひいおばあちゃんと、ひいおじいちゃんが生きていたころ――

 俺がこの家で経験した楽しかったことを、お前に話させてほしいんだ。


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