百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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149話 偲ぶ、誓う

 父が亡くなったのは俺が六十歳を間近に控えたある秋のことだった。

 

 穏やかな気候が続く、静かな日々のことだ。

 普段はやかましく世間を騒がせるニュースも、その時期には少なかったように思われる。

 

 大病なく大けがもなく、父はその物静かな気性同様、静かに、穏やかに、息を引き取った。

 

 九十歳を迎えることはかなわなかったけれど、それは全知無能存在の『大往生』判定があまりにも人の基準から外れているだけのこと。

 八十半ばで亡くなった父はまぎれもなく生ききったし、それに異を唱える者があるならば、たとえ神でも論破する自信がある。

 

 いくつになっても葬儀前後はいそがしいもので、冠婚葬祭における手続きを整理しリストアップしている俺でさえ、あいさつや手続きに追われ、葬儀前後は父の死を悼む暇さえなかった。

 特に父は教師、塾講師としていたこともあり、参列者には生徒さんが多い。

 

 様々な職業に就き、長く父の教えを離れ、それでも参列してくださった方々には頭が上がらない。故人の人望がしのばれるその事実は、俺を忙殺もしたけれど、俺の胸にたしかな誇らしさを抱かせもした。

 

 葬儀後しばらく経って、ようやく父の遺品を整理する余裕ができた。

 

 着替えなどの日用品のほかには釣り具と、誰でも遊び方を知っているようなボードゲームがあった。

 もっとも多かったのは勉強のための資料だ。

 高校、大学受験用の参考書は特に膨大で、それは父が塾講師を始めてから、亡くなる前年度分まであった。

 対策と傾向をまとめた、受験生にとってはなんとしても手に入れたい虎の巻となるであろう父のノートは、七十九歳だったころで更新が止まっていたけれど、それでも習慣として、あるいは力が及べばまとめるつもりで、参考書だけは買い続けていたのだろう。

 

 一次資料にとぼしい父の蔵書たちは『学者の部屋』という感じではないけれど、生涯現役を貫いた教育者の部屋のように見えた。

 

「捨ててしまうのもねえ」

 

 母は寂しげにつぶやいた。

 ……シワの多くなった顔からは、その内心をうかがうのが難しい。感情表現のハッキリした母ではあったけれど、やはり歳には逆らえず、最近は表情の変化にとぼしくなっていた。

 

 書斎に集まった父の遺品をながめ、俺たちはその処理をする必要にかられている。

 参考書のたぐいと、父のまとめた受験対策ノートは我が校で活かせるだろう。俺が継ぐことにした。場所があれば、学園の図書館に蔵書してもいいだろう。

 

 ただ、釣り具は型も古いし、俺には整備方法もわからない。

 釣りを趣味とする誰かにゆずろうにも周囲にそんな心当たりもなく、今から釣りを趣味にするには俺も歳をとりすぎている。釣り場までの移動がしんどい年齢になってきていた。処分するしかないだろう。

 

 ボードゲームは父が『釣り以外の趣味を探そう』とした名残のようで、比較的新しいものが多い。

 ……現代、ゲームをしたければ携帯端末のアプリで事足りる。

 もちろん父だって携帯端末のアプリを扱えたはずだ。それでもこうして物質の、というのか、実際の、というのか、リアルボードゲームを手元に置いたのは、父なりの考えがあったのだろう。

 

 ネット上には父の遺品はほとんどないようだった。

 父は、その世代でも珍しいぐらいアナログな男だった。書き物は紙のノートにおこなう。SNSはやらない。写真なんかはそもそも写るのも撮るのも恥ずかしがってしまって、母が撮影したいくらかの写真が、母のクラウドにあるのみだった。

 

 父のまつられた祭壇から、煙の香りがする。

 

 人が死して煙になるのだという信仰がある世界だ。だから供養も煙を用いておこなう。

 死者の祭壇の前で弔いの想いをこめて煙を焚くことで、それが死者の向かう先にとどくのだという。

 

 ……まあ、実際に家の中に置いてある祭壇で『空にとどくほどの煙』なんか焚く習慣は、今はもうない。そんなことをしたら、家の中が煙くてたまらないから、上がる煙はほんのわずかだ。

 だから俺が生まれた多くの世界がそうであるように、この宗教も『生者の気持ちのため』におこなうものとなっている。

 

 俺は父の遺品の前でもっとぼんやりしていたかったのだけれど、ふとやることを思い出した。

 それはもちろん遺品などの整理もあったし、それ以上に、一人になってしまった母のそばに来るべきかどうか、来るつもりなら今の生活をどう変えるのか、そのあたりを考え、妻や義父に相談せねばならないということだった。

 

 もちろん最近の俺はよく実家に顔を出すようにはなっていたけれど、母ももう八十を超えているのだ。

 うっかり転んだだけでも重傷になりかねない年齢だし、そもそも、父を亡くした彼女をたった一人きりで家においておくということは、あまりしたくなかった。

 

 だいたいにして俺とミリムがミリムの実家で暮らすようになった大きな要因の一つが『義父が義母を亡くしたばかりで一人きりだったから』というもので、うちの父が亡くなった現在、その要因は消え去ったと言ってもいいだろう。

 

 前提条件に大きな変化があったならば、その前提をもとにした行動は再考すべきだと思う。

 

 ……もちろん、そこに息子としての想いがあるのは否定しない。

 母を一人きりにしておくのはかわいそうだという気持ちと、一人きりの母を放っておけないという気持ちが、あった。母への思いやりと、俺の危機感が、あったのだ。

 

 もうめんどくせーからみんなで同じ家に住んだらいいのになあとかも思った。

 いちおう提案はするつもりだが、受け入れられることはないだろう。人はどれほど不便になったとしても慣れた場所を離れたがらないもので、その想いは年齢とともに強くなっていく。

 

 父はいなくともこの家に父の思い出があるように、義母はいなくともあの家には義母の思い出はあるのだ。

 廊下を歩きながら、あるいは寝室の扉のノブを握った時、もしくは食卓についてふと正面を見た時、ふと感じる『空白』の中に故人は存在する。

 

 オカルトでもスピリチュアルでもない。人の記憶の話だ。

 

 香りや物体とひもづけられている人の記憶は、ふとした瞬間によみがえる。

 生前に故人がいた場所、使っていたもの、故人とともに嗅いだことのある香り……とてもリストアップしきれない様々な『環境』を通して故人を思い出し、そうして記憶に亡くなった人の影をよぎらせることを『偲ぶ』と表現する。人が人を思うことこそが、偲ぶと表現される行為の正体だ。

 

 歳をとるとおどろくほど記憶力が悪くなる。

 昔の思い出ばかりが輝いていて、その輝きにくらまされ、最近のできごとを忘れてしまうことが増えるのだ。

 だから、母は、若いころの父を思い返すことは目を閉じていてもできるだろうけれど、亡くなる寸前の父を思い返すことは、この家にいないと難しいだろうと思う。

 若き日の美化された記憶ばかり偲ぶのはいいことかもしれないが、俺はそんな物語の登場人物みたいにではなく、最近の、歳をとった、リアルに生きた父を偲んでほしいのだと、きわめてエゴイスティックに思うのだ。

 

 考えるべきことが山積みだ。

 人の死は様々なものを遺す。

 それはプラスばかりでなく、マイナスばかりでもなく、プラスともマイナスとも割り切れない、実に様々な実際的な問題であったり、心情的な(きず)であったりする。

 

 母にこの種々の問題について思考させるのは負担が大きいように思えた。

 思考する、というのは体力を削るのだ。若いころは『思考により消費した体力』と『肉体を動かす体力』がまるで別物のように感じられるのだが、年齢を重ね、体力の最大値がおとろえてくると、この二つの体力の合一が進む。

 だから、母に比べればまだ若い俺が考えなければならないだろう。

 

 ……まあ、そうは言っても、俺だってもう歳だ。

 

 少しだけ考えることをやめて、祭壇をみやった。

 書物に囲まれた場所にある祭壇の上で、父の遺影が笑っている。

 

 俺は両手を組み合わせて祈りの姿勢をとる。わずかにくゆる煙を鼻で感じながら目を閉じて、故人へと誓う。

 

 きっと。

 ……必ず、いずれ、俺もそちらに行きます。

 

 この世界で俺も煙になります。

 あなたたちのいた世界で、俺も。


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