百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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老人です。最期までお楽しみください


158話 光陰

 孫が結婚したのは彼女が三十歳になった夏のことで、その冬にはもうひ孫が生まれた。

 

 八十を越えた俺はといえば覚悟していた通り活動時間が目減りして、相対的に見れば健康に問題はないが、若い時分と比べればやはり不健康になっている。

 

 最近は筋力トレーニングも休みがちだ。

 

 この年齢になって過度なトレーニングは関節がすり減るだけでいいことがない。だいぶ前から『筋力向上』ではなく『運動性能維持』のためのトレーニングに重点をおいていたのだが、どうにもそれも、いずれ難しくなる気配があった。

 

 最近は毎日誰かの訃報がないか確認するところから一日が始まって、そうして月に一度は同級生やら先輩やら後輩やらが亡くなったという話が入る。

 

 基本的には弔辞をメッセージとしてとどけるだけになったが、よほど親しい相手の葬儀には出向くこともある。

 その移動がなかなかきつくて、ブラッドに運転手と車を貸してもらったりもしているのだけれど、『ただ車に乗って移動する』というだけでけっこう体が重くなってしまうのには、苦笑しつつ『まいったな』と言うよりほかになかった。

 

 五十代半ばとなったブラッドは政治家として脂がのった年齢であり、その妻であるサラもまた忙しさがいや増しに増しているようだった。

 サラは無職を目指してブラッドに嫁入りしたと俺は記憶しているので、たいそう不満だろうと思ったのだが、どうにもそういうことはないらしい。

 

 俺は人がいつまでも無職を目指し続けられないことをよく知っていた。世界は労働を求め、労働する者を優遇し、労働しない者を冷遇する。

 そんな狂った労働世界では次第に人は『労働することが普通なんだ。労働しないと落ち着かない』と発狂していき、だんだんと『働きたくない。五千兆ほどのお金がほしい』と言っていたころの志を忘れていく。

 

 きっとこれもまた『敵』の陰謀だったのだろう。

 

 この世界の平和さに合わせたみみっちいスケールの『敵』ばかりかと思っていたが、やはり世界単位での動きもあったようで、今思えば生活のそこここにやっぱり『敵』の手があったような、なかったような感じだ。

 

 最近の俺は過去を思い返すのもおっくうなので、そろそろ老人ホームにでも入ろうかなと思っていたりする。

 しかしミリムが今さら住環境を新しくするのを好まない様子なので、八十代の老人二人、いつまでもミリムの父のものだった家で、毎日毎日、静かに過ごしているのだった。

 

 今月の死者は同級生が三名で、彼ら彼女らとはそこそこの付き合いを続けてはいたものの、やっぱりアンナさんほどの『空っぽ』は押し寄せてこない。

 

 メッセージを送るだけにとどめて、体調を理由に葬儀には出席しなかった。

 

 実際には同年代と比べれば俺はすさまじい健康体だと思うのだけれど、最近は気力のほうが目減りしていて、行動を起こすのにものすごい事前準備がいる。

 

 老人になってからの人生は『やりたくないことはやらない』というものだった。やれないのだ。やりたいと思えないことには気力がわかない。気力がわかないから無理して気合いを入れることもできない。

 

 ところが趣味のほうでは気力が萎えることもなく、俺は日がな一日お菓子作りをしているし、ひ孫がそれを口にする日を待ち続けている。

 

 最近の行動するかしないかの判断基準は『やる気』に一任されていて、すっかりリスクヘッジをしなくなっているのが自分でもわかった。

 

 だから久々にパッとやる気にまかせた判断ができなくて困ったのは、アンナさんの旦那さんの葬儀へ参列するかしないかだった。

 

 彼は顔と性格のいい音楽家で、やはりアンナさん同様、長いあいだ現役奏者として名をはせた人物だ。

 付き合いは深くもなく浅くもない。

 アンナさんを通しての交流がほとんどだったので、彼は俺にとっていつまでも『アンナさんの旦那さん』であり、けっきょく、他の立ち位置になることがなかった。

 

 まあアンナさんの忘れ形見であるルカくんからの連絡だったので、出よう、と決意する。

 

 参列した葬儀では、俺の中でアンナさんが永遠に若く美しい少女になってしまった影響で、五十代となったルカくんの姿におどろいてしまった。

 五十代となっても美おじさんではあるのだけれど、俺の中のルカくんは紅顔の美少年だったのだ。

『顔のよさだけで生きていけそう』というひどい評価をサラからされていたこともあったが、それはあながち否定もできないぐらいの、本当に中性的美しさを持った少年だった。

 

 だからびっくりした俺はつい『君も歳をとったねえ』と当たり前のことを言ってしまう。

 

 吐いた言葉は呑めないものだ。つい先日、アンナさんの葬儀で会ったばかりだというのにこんなことを口走る俺に、ルカくんはおどろいたようだった。

 しかし彼はこういうのにそつなく対応するコミュニケーション能力がある。

 

「……母の葬儀からもう二年経ちますからね。私も少し、変わったのでしょう」

 

 ……ああ。

 そうか。あれから、もう、二年も経っているのか。

 

 時間の流れの早さを改めて認識した気がした。

 つい先日と思っていたことは、二年も前の話で、俺の中での『年』がどんどん短いものとなっていっている。

 

 ぼんやりしているうちに時間がすぎていくというのは、こんな感覚なのだろう。

 

 なんだか胸をおさえた。苦しくなって、目頭が熱くなった。

 俺はまだアンナさんの死を受け止め切れていなかったのだ。

『綺麗な思い出』として心にとどめることで、どうにかおしよせてくる『空っぽ』をおさえているのだけれど、それは急場しのぎでしかなくって、正しく彼女の死を飲み込むには、まだまだ時間がかかりそうだった。

 

 この年齢での『時間がかかる』は、いったいどのぐらいなのか?

 

 二年前を『つい先日』と思ってしまうような時間感覚だ。……きっと、死ぬまで受け止めきれないのだろう。

 

 これから先、受け止めきれない死を抱えて生きていくんだな。

 

 理解して、納得して、ちょっとだけ受け入れた。

 

 俺はルカくんに『もう二年なのか。早いものだねえ』と笑って、彼に導かれるまま、妻とともに参列者の席に着く。

 

 椅子に腰を下ろす、という動作が、なかなかおっくうだ。

 

 杖でも持とうかなとぼんやり思う。

 

 それはとてもいい思いつきに感じた。杖を持った老紳士というのは、なりたいジジイの姿ランキングでかなり上位に入る。

 そうだ、どうせなら杖を作ってしまおう。木を削って、磨いて、塗料を塗る。きっと気に入るものができるだろう。

 

 そして俺が死んだら、一緒に煙にしてもらおう。

 

 死後に向けての準備をとっくに終えた八十代のある日、新しいライフワークを見つけた。

 

 楽しみを探して、悲しみを振り払おう。

 なに、先送りと引き延ばしは俺の信条だ。受け入れられない悲しみをいくつも抱えるなら、引き延ばして引き延ばして、受け入れないまま、煙となればいい。

 

 なに、時間の流れはこれだけ早い。

 だったら、もう十年もない『生存強要期間』は、きっときっと、ほんの一瞬で過ぎ去ることだろう。

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