百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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17話 後輩の穴

 先輩園児を見送り俺が年長となった年、ミリムが幼稚舎に入ってきた。

 

 後輩との再会だ――俺は四歳に成長したミリムをじっと見つめる。

 大人びた立ち姿。スモックという大人ファッションに、乳児のころから変わらない無表情があいまって、なんだか俺の知らないあいだにミリムが成長してしまったような、そんな寂しさを感じた。毎週末遊んでいたというのに、女の子の成長は早いものだ……

 

 これから二年、ミリムは幼稚舎で過ごす。

 世界にはびこる『敵』は、俺たちにそうしたように、ミリムにも洗脳教育をしていくことだろう。

 闘争心を奪う洗脳教育……そうすることでなにを成そうとしているのか、『敵』の目的のはっきりしたところはまだわからない。けれどそれに従い続けていては『敵』の思うつぼなのはたしかだった。

 

 俺はミリムに『闘争心を忘れるな』と教えたかった。

 けれど俺は五歳でミリムは四歳だ。『闘争心』という言葉の意味がよくわからない……なんだよ闘争心って。そういう概念的な? 抽象的なの、困るんだよね。幼児は抽象がよくわからない。気持ち悪くてもやもやする。

 

 俺は不安からミリムを抱きしめた。スモックのゴワゴワした感触。高い体温。さらさらの黒髪からはミリムのにおいがした。

 俺たちが大人だったら事案だった。幼児だから許される熱烈なハグだ。

 

 ミリムは相変わらず無言で無表情で、しかし彼女のしっぽだけは雄弁で表情豊かだった。

 というかスモックにしっぽ穴が空いてる。

 しっぽ穴……俺は最近穴を見ると指を入れたくなる年齢なので、ミリムをぎゅっとハグしながらしっぽ穴に指をつっこんでみた。ふさふさしたしっぽの付け根の感触があった。

 たぶんミリムママがスモックの腰あたりに自分で穴を空けている。このへんは獣人がいないから、獣人向け衣服の確保は大変そうだなと思った。

 

「れくしゅ、だめ。しっぽあな、ゆび、いれたら、だめって、ままが」

 

 え、だめなの?

 

 しっぽ穴……今まで気づかなかったが、それはひょっとしたらとてもエッチなものなのかもしれない。

 というかもしかして『穴』ってエッチな言葉なのだろうか?

 俺はドキドキした。なんだろうこの胸の高鳴りは? ミリムのもじもじしたようなしっぽの動きが俺のドキドキに拍車をかけている。ぱたりぱたりと照れ隠しみたいに揺れる、真っ黒い毛に包まれた太いしっぽを見ていると、俺は本能的にそれをつかみたくなってくる。

 

 けれど俺は判断力のある五歳児だ。しっぽをつかみながら考える。しっぽ穴がエッチなら、しっぽもエッチなのかもしれない……わからない。なんだかドキドキが止まらない。

 ミリムはエッチなものを穴から出してゆらゆらしている。ミリムってエッチだ。俺は……俺はなんだかこわくなってくる。エッチなものはこわい。

 

 正直なところ、ミリムが赤ちゃんのころからミリムの服にしっぽ穴は空いていたし、俺は今までミリムを抱きしめるたびしっぽ穴に指を入れ続けてきた。

 だってしょうがないじゃん。抱きしめたらちょうど手がとどくところにしっぽ穴があるんだ。それはつっこむでしょう。でもダメなのか……どうしよう……俺はしっぽ穴に指をつっこみながら考えた。どうしたらいいんだ。俺はなにを考えようとしているんだ。わからない。

 

「あな、のびちゃうから、やめてって」

 

 穴がのびちゃう。

 俺はなんだかエッチすぎてこわくてたまらない。ミリムがエッチでミリムがこわい。

 

 俺はミリムを抱きしめるのをやめて彼女から半歩遠ざかった。するとミリムは半歩近寄ってくる。俺はミリムを抱きしめた。反射的な動作だった。

 

 俺は気づく。恐怖していた。エッチしていた。でもミリムはそれ以上に大事な後輩だった。エッチでこわいからと言って、ミリムを抱きしめることをやめられそうもない……

 俺はエッチをのりこえてミリムをぎゅっとした。ミリムも俺の胴に両腕を回して抱き返してくる。ミリムがエッチなら俺もエッチでいい――今はそんな気分だ。

 

 俺たちは幼稚舎の下駄箱で抱きしめあった。

 これはもう完全にエッチだった。


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