百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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感想ありがとうございます!
幼なじみのお姉さんが美人なのいいよね……
でも思春期を超えて距離ができるの……やっぱつれぇわ……


27話 夏の陣

「プール行こうぜ」

 

 忙しさのただ中で過ごすうちに、日々はいつのまにか過ぎていく。

 先日まで激しい春風と花吹雪の中を登校していたと思っていたのに、季節はいつしか陽光が厳しさを増す夏になっていた。

 

 生徒会の仕事とカリナへの教師役で忙殺されていた俺にとって、中等科二年生になってから夏休みをあと一週間後に控える今日までの日々はどこか夢のようだった。たしかに過ごした日常のはずなのに、『過ごした』という実感がきわめて薄い。

 

 そんなおり、俺が二学期にせまった文化祭の準備のことで頭をいっぱいにしていると、マーティンから声がかかったのだった。

 

 プール――この学園で『遊ぶために行こう』という文脈でその単語が用いられた場合、それは学園と駅のあいだにある大型遊泳アミューズメント施設を指す。

 入場料は学割がきくものの決してお安くはなく、行くのには多少の勇気を必要とする場所だ。

 また、市民プールとも違うので、学園指定水着で行くのはためらわれる。水着代と入場チケット、それから当日の飲食代と考えると、金銭的事情から、中等部の学生がおいそれと行ける場所ではない。

 

 そういった事情はマーティン側も認識しているはずだが、彼は言う。

 

「実はチケットがあるんだ」

 

 なんでも親戚に該当プール施設の株主がいるらしく、そこからチケットが流れてきたのだとか。

 その親戚は『彼女でも誘って行きなさい』と言っていたらしいが、マーティンに彼女などおらず、結果として俺を誘ったのだとか。

 

「なあレックス、こうは思わないか? 彼女はいなくてもいい。現地調達だ。わかるな?」

 

 でも俺にはカリナがいるからな……俺はぽつりと漏らした。

 案の定マーティンは食いついてきたので、俺はニヤニヤをおさえながら言う。いや、彼女とかじゃないよ。全然そういう関係じゃないんだけど、ちょっと三年生の先輩……女子の先輩とプライベート? で会っててさ。その関係でいそがしいっていうか……

 

 俺は女子の先輩と個人的関係を持っていることをマーティンに自慢したくてたまらなかった。

 

 もちろん彼女じゃない。彼女じゃないが……先輩女子とつきあいがあるというのは、同級生男子に自慢したい衝動がわくのである。

 俺はこの衝動をおさえきれなかったし、保育所からつきあいのあるマーティン相手だったら、まあ多少自慢げに話しても敵対関係にはならないだろうという打算もあったし、まあ敵対してもいいかなという気持ちもないではなかった。

 

 ただ、マーティンの応手はこちらのまったく予想外なものだった。

 

「お、俺だってそういうのいるし」

 

 お前にぃ?

 嘘だぁ。

 

 俺は疑った――マーティンというのはもちろんあの保育所で過ごしたから、一歳のころは三歳のおにいさんおねえさんに世話されていた経験がある。

 保育所からずっとエスカレーター式のこの学園において、そういった『一歳のころ世話してくれていた相手』とつきあいが続くケースは、実のところ少なくない。

 ただしマーティンの世話役は男性のはずだった。アンナに世話されミリムを世話した俺などは、マーティンによく『俺も女の子に世話されたかった』とうらやましがられていたのだ。

 

 そういった関係性の女子もおらず、さらにそれ以外にも女性の影がまったく見えないのがマーティンという十三歳男子だ。

 だから俺はマーティンに色々と先んじてるし、うらやましがられる立場だと認識していた。

 ……だというのにマーティンは断固として『個人的につきあいのある女子がいる』と言ってゆずらない。

 

 もしもそれが真実であれば、俺はマーティンという男のことを見誤っていたことになる。

 近しい者の認識を誤っているというのは放置できない。

 俺は言った。そこまで言うなら俺も金出すからチケットを二枚追加して、互いの『そういう相手』をつれてこようぜ。できるもんならな――俺はマーティンが引き下がるのを期待した。しかしマーティンは引かなかった。

 

 こうなると俺も策をめぐらせねばならない……

 カリナの名前を出した以上、それはもちろんカリナをつれて行かねばならないのだろう。

 

 しかし困ったことにカリナは闇属性だ。

 人の多い場所を嫌い、肌をさらすのを嫌う……学生でごったかえす夏休みのプールとか、カリナがもっともいやがりそうなスポットのうち一つに違いない。

 

 そのカリナをどう説得するか……あれ、これ無理じゃね? 俺の冷静な部分が『やめとけ。今からでも取り下げろ』とうったえてくる。しかしマーティンが言う。

 

「レックスこそ『やっぱナシ』とかナシだからな。お前が嘘ついてねーならちゃんと証明しろよ!」

 

 やってやろうじゃねぇか。

 俺は引き下がれなかった。

 男には意地がある。それは客観的に見れば『生きる』という目標のうえでいかにもちっぽけな意地かもしれないが、主観的には時に命より重い意地だった。

 

 俺とマーティンは互いに相手を見下すような笑みを浮かべる。

 

 これはたぶん、生まれて初めての戦い。

 男のプライドをかけた、中学二年生、夏の陣――




年末年始も毎日7時投稿です

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