百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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38話 連休は勉強ができない

 異世界の話だ。

 

 俺はこの世界の人類が想定しうるあらゆる生命体になったと思う。雌雄どちらもあったし、定形・不定形も問わなかった。

 そもそも生物でさえない『概念』そのものとして生まれ、永劫に近い時を過ごし、けれど天寿をまっとうできなかったこともあった。

 

 そうして生まれ変わるたびに思うことがある。

 

『俺には他の生命体の気持ちがわからない』

 

 メスの生き物だった時には、オスの生き物の気持ちがわからなかった。不定形であった時には定形の生き物の気持ちがわからなかった。

 繰り返し繰り返し生まれ変わり続けた俺の魂は、蓄積された記憶からほか生命体の気持ちをなんとなく察することができる――俺はそう思っていたし、実際、過去の経験から他生命体の気持ちを予想してきたこともあった。

 

 けれどことごとくを外した。

 

 世界が違うのだ。たとえ『女』と呼ばれる生命体に生まれたことがあっても、それは同じような呼び名であらわされる別なナニカなのである。

 そもそも――今、俺が生きている世界は特に多様だ。同じ生物だから考えが同じとは限らない。

 立場、風潮、そういったふたしかで、けれど大きな影響を及ぼす要素が複雑にからみあい、人の思想を多様化させているのだ。

 

 だから俺には、シーラの気持ちが全然わからない。

 

「だから映画見に行こうって言ってるだけでしょ!?」

 

 言ってるだけじゃねーだろ! 怒鳴ってるだろ!

 俺たちはなんだかケンカしていた。これが本当に『なんだか』始まったケンカで、明確な理由がさっぱり思いつかない。

 

 発端はシーラと彼女が率いる外部入学組女子二人と、俺、マーティン、そしてもう一人のエスカレーター組合わせて三人とで、五月の長期休暇中に映画を見に行こうという話が持ち上がったことだった。

 

 そもそもシーラが外部入学組代表みたいな感じなのが最初から解せない――こいつ幼稚舎から初等科まではエスカレーターだったし、いなかったの中等科だけだぞ。

 いいのかよ外部の連中。こいつは外部みたいな顔して実質エスカレーターなんだぞ。

 

 まあそれはいいんだ。

 そんなことよりこの怒鳴り合いだ。

 

 俺はマーティンたちとともに、五月の連休、映画に誘われた。

 俺は『いや、連休は勉強したいから』と断った。

 そうしたらシーラにガチギレのトーンで怒鳴られた。

 

 意味がわからない。

 もちろん俺は『学生の本分は勉強だ』なんて言って、他者にも予習をしいるつもりは一切ない。

 俺が勉強を熱心にするのは『しないより自分の可能性が広がるから』であり、『学力なんか予習をやめた瞬間に下がる』という恐怖があるからだ。

 

 つまり完璧に俺の個人的事情であり、連休中の予習復習をおこたる連中を責めたりはしない。

 むしろどんどんおこたってほしいと思っているぐらいだ――なぜって、他の連中がサボればサボるほど、競争相手が減るから。

 

 ようするに勉強したいのは俺の個人的事情である。

 その個人的事情で俺が個人的なスケジュールを決定しているだけなのに、なぜ怒鳴られなきゃいけないのかが全然わからないのだ。

 

 シーラのコミュニケーションはだいたい『怒鳴る』か『怒る』なので、それはまあ慣れてる。

 俺たちの怒鳴り合いはじゃれあいみたいなところもあって、俺もシーラにはかなりひどいことを言ってきた自覚がある。それこそ、俺たちのあいだがらでなければ許されないような罵詈雑言をお互いにかけあった。

 

 だが、俺たちには信頼があった。

 

 その信頼がなににより担保されてきたかといえば、『引き際』である。

 俺たちは互いに『これ以上言ったらまずい』というラインをなんとなく把握していて、そこを超えてまでしつこくものを言うことがなかった。

 また、まったく事実と異なる理不尽な文句を言うこともない――俺はシーラにけっこうひどいことを言っているが、『ハゲ』とか『デブ』とか『バカ』とか『ブス』とか、事実と異なる罵詈雑言は吐かない。シーラ側もそれは同じだった。

 

 目に見えない協定により俺たちの関係は成り立っているのだ。

 今回のしつこいガチギレは、あきらかに協定違反である――俺はさすがにシーラがなにを思ってこんなにキレてるのか理解できず、困惑しつつ、売り言葉に買い言葉で怒鳴っていた。

 

「ちょっと、ちょっと、こっち」

 

 怒鳴り合いがきわまってきた時、シーラに招かれる。

 表に出ろということか。

 いいだろう。世間には『男性が女性に対し物理的な暴力を働いてはならない』という風潮があるようだが、俺たちのあいだにそんなものは無効だよなあ!

 俺はなん度か前の人生で習得した軍隊式格闘技の型を頭の中で復習した。

 その時は人型ではあったものの腕が四本だったので今生と勝手は違うが、応用できることは初等科時代に実証済みだ。

 

 そうこうして教室から廊下に連れ出された俺は、シーラに耳打ちされる。

 

「マーティンを連れ出す口実がほしいのよ」

 

 どうやらシーラが本当に殴りたい相手は俺ではなくマーティンのようだった。

 俺は承諾してシーラにもちかける。わかった、俺がヤツを後ろから羽交い締めにする。お前はマーティンが助けを呼ぶ前に意識を刈り取れ……

 

「そういう話じゃなくて! ……なんていうか……」

 

『これ本当にレックスに言っていいのかな』――そんな葛藤を感じさせる歯切れの悪いシーラの発言を総括すると、以下のようになる。

『友達Aがマーティンのこと気になってるので、どうにか二人が話をする場を作ってあげたい』

 

 事情を知った俺はクラスメイトの恋愛仲介人なんぞさせられているシーラに同情した。彼女の力になってやりたいと思った。

 でもそれはそれとして俺は連休、予習復習したいので、俺抜きで話を進めろ。

 

「手伝ってくれてもいいでしょ! 一日ぐらい!」

 

 わかった、本音を語ろう――俺はマーティンが幸せになるのが許せないんだ……

 

「それはちょっと最低じゃない!?」

 

 だいたい論理的ではない。マーティンとその子をくっつけたいなら、俺を通す必要性は皆無なはずだ。なにせ今、俺とマーティンともう一人いるところにお前は声をかけてきた。つまり、俺がいなくても、マーティン以外にもう一人いる。

 青春的配慮で一対一という状況を避けたい気持ちは想像できなくもないのだけれど、二対二なら充分俺たちの中の青臭い部分への配慮もできるはずだ――

 

 そう語る俺にシーラは打ち明けた。

 こちらのもう一人とそちらのもう一人もまた、くっつけたいのだと。

 つまり俺とシーラを緩衝材にしたダブルデートを画策しているのだという。

 

 俺はシンプルに思った――リアルが充実してますね。死ね。

 

 というか最近甘酸っぱい系空気が蔓延してないか? 学生の本分は勉強だぜ。勉強しろよお前ら。連休なにするの? デート? ううん、予習復習。

 俺は勉強に連休を費やさない学生どもをどうかと思っていて、そういうやつらを見かけるたびに『学生の本分は勉強だろうが!』と怒鳴りたい気持ちでいっぱいになる。今この瞬間からそんな感じだ。

 

 だがシーラには同情の余地がある……

 俺たちはクラスで成績一位と二位だ。互いに対抗心を持っており、成績ははっきり言って拮抗していて、いつ順位が逆転するかわからない状態だ。

 

 だというのにシーラはクラスメイトの恋愛相談なんかで重要な勉強時間を浪費しているのだ。なにが悲しくて他者の幸福のために尽くさねばならないのか。

 自分を幸せにすることで精一杯の俺には、シーラが聖女あるいは頭のおかしいやつに見えた。その二つは同じものかもしれない。

 

 だが説得を繰り返されるうちに、ここでシーラに恩を売っておくのは悪くない選択のように思えてきたのも事実だ。

 俺の勉強は五割ぐらいシーラに勝つためにやってる側面もあるので、シーラが俺と同じだけ勉強時間を失うなら、差し引きはゼロというふうにも考えられる。

 

 俺は仕方なさそうに承諾した。やれやれ。やれやれやれ。やれやれ、やれやれ――

 

「ありがとう。なんかでお礼するから」

 

 やれやれ? やれ。やれやれ。

 やれやれ。


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