百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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いっしょに過ごす時間がきみへの殺意を自覚させてくれるRPG
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54話 労働のよろこび

 金銭とは生命であり、預金残高はHPだ。

 

 俺は仕送りで生きている。

 それは家賃など生活必需支出を払っても充分に生きていけるだけの金額だ。

 しかも俺は倹約技術を知っているし、そのうえに金のかかる趣味というのもない。

 

 だというのに俺がアルバイトを決意したのは『生きていくため』だった。

 

 まずこの世界の大多数は間違えて認識していることがある。

 多くの者は『人は働かなければ生きて行けない』と思っている。

 だが、それは間違いなのだ。

 

 それはここが魔法世界で、エネルギーが個人の中にあり、それを家の各施設(照明とか炊事場とか)に回す技術をきちんと研鑽すれば、ライフライン会社にさえお金を払う必要がない――

 ――という意味では、ない。

 

 たとえば科学世界。

『料理に火を使う』場合、『ガス管につなげたガスコンロを使う』という方法がとられることがあった。

 そのためにはガス管およびそれを管理する会社との契約が必要で、ガスコンロが必要で、他に『料理をする』ならば、フライパンや鍋などが必要で、もちろん、材料となる野菜や肉が必要だ。

 

 ではこれらすべてを他者の手を借りずに用意することはできるか?

 もちろん、できる。

 

 火おこしはガスに頼る以外にも方法があった。

 フライパンなぞいらない。直火でも料理は可能だ。

 動物も森などに入ればいないでもないし、野草はそこらへんに食べられるものが生えていたりする。

 

 だが、その生活は大変だ。

 

 それらの手間を他者に肩代わりさせることで、社会性を持つ生物は日々余計な苦労を負わずに生きることができる。

 

 この魔法世界においても同様だ――人は一人で火おこしから水の精製から鍋作製、はたまた獲物を狩ることまでできる。

 できるが、それはあまりにも大変で、文化的ではない。だから、金を払って他者にやってもらう。

 

 そして金を獲得するには働くことが必須だ。

 それでも俺が『働かなくては生きていけない』という言葉に異を唱えるのは、ある前提が意図的に抜かされているのだと、見抜いたからだ。

 

『金さえもらえるならば』働かなくても、生きていける。

 

 ところが労働の対価として金銭を受け取る以外の手段が、この世界にはない――これは明らかになに者かの悪辣なる意図を感じる。

 たとえば肉を得たいなら、狩り、購入、その他複数の手段が考えられるだろう。

 だが、金がほしければ、必ずなんらかの労働をしなければならないのだ。

 

 なるほど、この世には『敵』がいる。

 人々に労働せざるを得ない環境を用意し、それ以外にないと信じ込ませることで、全人類の寿命をストレスと過労で縮めさせようとする『敵』の存在を、俺はこの社会システムの裏側にたしかに感じ取ったのだ。

 

 そして俺は『敵』に勝利することを目的としているが――

 俺の勝利を『敵』に悟られないように、注意をはらっている。

 

 つまり俺は……働かなければならない。

 

 だが『働く』というのは聞くだにストレスだ。

 ネット社会には違法に従業員を酷使する企業の話が尽きず、国家はこれに対してなぜだか刑罰を執行しない。

 もちろんそれは『敵』の意図通りだからで、『敵』はやはりこの国家の、いや、世界の裏側で強権をふるっているのだという俺の予想はますます確固たるものとなっていく。

 

 だから俺は、敵の意図に乗って――働く。

 第一目標は専業主夫だが、それとて『仕事』の一つと俺は認識している。

 

 だが、突然、社会に出てしまった場合、急激にかけられるストレスは俺の寿命を縮めるだろう。

 そこで避け得ない『労働』という名の残酷な運命に備えて、俺はじっくりと、この精神をストレスにならしていくことを決めた。

 

 その手段こそが『アルバイト』であった。

 

 しかしここでなにも知らない環境に突然飛び込んでいっては、『少しずつストレスになれる』という目的はかなわない。

 適切な職場選びが必要だ……そんな時、俺にとある誘いがあった。

 

「私のアルバイト先、私が抜けたあとを埋めるホールスタッフを捜してるんだけど、来ない?」

 

 それは大学三年生になったアンナさんからの誘いであった。

 

 彼女の後釜におさまる――それは俺が人生においてなん回もしてきたことであった。

 アンナさんの期待に応えることによって、俺の人生はうまくまわってきたのだ。

 今回もまた、応えない理由がなかった。

 

「ありがとう。半年ぐらいだけど、私がつきっきりで仕事教えるからね」

 

 アンナさんがつきっきりとかすごい嬉しい。

 謎のワクワク感だった。ひょっとして仕事って楽しいんじゃないか? という錯覚さえしてしまう。

 

 こうして俺はアンナさんと同じ職場で働くことになった。

 俺の大学生活と――勤労生活が、今、幕を開ける。


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