百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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7話 できすぎた先輩

 後輩との関係性に悩んでいる。

 

 ミリムは本当におとなしい。基本的にペタンと座って、指をくわえて、じっとしている。

 俺がなにをしても全然動かない。遊びにさそっても動かない。くすぐっても動かない。食事もおとなしくする。ただ、静かにオムツを汚すのだけはやめてほしい。泣いて教えろ。

 

 この獣人の女の子は放っておいてもよさそうなぐらいおとなしくて、実際、もし俺がただの二歳児だったらミリムのことは放置して同期連中と交友を深めてそうなのだが、俺は百万回の転生をした転生者である。ミリムのおとなしい態度について理由を推測するぐらいはできる。

 

 ミリムは、俺を監視しているのだ。

 

 最近はどのような時も彼女の視線を感じる。食事もトイレもジッと見られている。

 遊ぶ時だって、こいつは俺がお気に入りの立方体を持たせてやってるのに、立方体になんか興味がないみたいに俺の顔ばっかりジッと見ている。

 

 しかしそれが悪辣な罠であることなど、もはやいちいち確認をとるまでもないだろう。

『油断』。

 それこそが人の判断力を曇らせるのだ。

 

 歴史を紐解けばわかるだろう。どこの世界での記憶だったか……関ヶ原の戦いというものがあった。開戦前での下馬評では西軍絶対有利で始まったこの戦いが、蓋を開けてみれば裏切りに次ぐ裏切りによって東軍の勝利に終わり、西軍の指揮官は処刑の憂き目に遭った──というのは有名な話だった気がする。

 なにが悪かったのか?

 そう、油断だ。

 戦力差というものによってなまじ上回ってしまったばかりに、将の配置を誤り、人心掌握を怠った。それが裏切りを許す空気を生んでしまったのだ。

 

 もちろん俺はそこまでの規模の軍を率いたことはないが、一兵卒としてこういった『相手より上回っているがゆえの油断』というものによる敗北を経験したことは、もちろんある。

 まさか俺以外の全員が知らないあいだに敵側に寝返っているなどと、予想だにしなかったのだ。

 開戦と同時に周囲を囲む味方だったものに袋だたきにされた俺はその人生を終えることになった。

 ここで学ぶべき教訓は『しっかりコミュニケーションをとらないと、自分を磨くだけではどうしようもない戦力が知らないあいだに自分を取り囲んでいて、死ぬ』ということだ。

 

 つまり、俺は今、目の前で、くりくりした目でこちらをじっと見る、無表情の赤ちゃんを味方にするように立ち回らねばならない状況にあった。

 

 こうなると俺は『なにか失敗をしたらいけない』とおびえて、一つも披瀝(ひれき)のないようにミリムの世話を完遂するのだが……

 

「……ねえ、レックスくんさ、ミリムちゃんのお世話完璧すぎない?」

「そうよね……手間がなくていいんだけど、二歳児の動きじゃないっていうか……見てて、なにかあったら知らせてもらうぐらいでよかったのに、すごく助かる……」

 

 ……罠だった!

 

 そうだ、俺は二歳児だ。二歳児相応の肉体を持ち、二歳児相応の感情発散をする。

 しかし俺は転生者だ。ひとたび強い意思をもって『ミリムのお世話を完遂しよう』とこころざしたならば、満足に体が動く今、できてしまうのだ。

 

 この意思力はたしかに怪しい。

 二歳児なんだからお世話とか放置して遊ぶべきだった……!

 

 ……今からやめるか?

 だが、今度は『噂したのを聞いて、あえてやめた』と思われてしまうだろう。

 

 くそう、油断した。

 このままミリムのお世話を完遂するしかないようだ。

 

 俺はミリムの背中をぽんぽんたたいてゲップを出させながら、今後の予定について思いをはせる。

 ミリムはそんな俺の顔を、黒い瞳でジッと見つめていた……

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