ここに来て異世界転生者が出てきたレックスくんを引き続きよろしくお願いします
「なあレックス、人はなぜ働かねばならないんだろうな」
俺たちには安息日というものがあって、週に一度おとずれるその日には、マーティンと居酒屋で落ち合って語らうのが習慣と化していた。
もはや俺たちも立派に社会人だ。
とはいえ始めてからまだ二月と経っていない――現在は五月も半ば。ようやく業務に慣れ始め、仕事に自ら『楽しみ』を発見できるようになるころあい、だろうか。
そんな時期だというのにマーティンの顔が完全に世を
「来る日も来る日も意味のわからない過剰なタスク……上司に『ご教授していただく』営業のコツは犯罪スレスレ……過去ならそりゃあ通じたかもしれないけどさ、今の時代のモラルだと無理なもんばっかりで、しかも景気がよかったころの基準で『できる』『できない』を判断する。『じゃあお前がやってみろよ! 今の時代! 今の経済状況でさあ!』ってなん度叫びかけたことか!」
マーティンのつとめ先は誰でも聞いたことがある一流企業のはずだが、なるほど、中身はだいぶ古くてガタがきている様子だった。
俺はそんなマーティンの愚痴を聞きつつ、かつての人生を思い返していた。
俺にもあった。時代柄を見ることのできない上司のもと、絶対服従を強いられていた時期……その人生はいろんな不運が重なって火刑に処された。しかし上司は無事だったと全知無能存在から聞かされて、ハラワタ煮えくりかえったものだ。
「レックスは仕事、つらくないのか?」
幸いにも、つらいと思ったことはなかった。
そもそも俺が『教師』という職業を選ぶにあたってなんのリサーチもしないはずがなく、リサーチの結果、『そう大きなストレスがかからないだろう』と確信してのことだった。
世間一般の『教師』は聞くからにストレス職だ。残業代の出ない残業、上司からのパワハラ、生徒はクソ生意気で、みんながそんな状況なものだから職場それ自体がギスギスしているという……
しかし学園を保育所から大学までエスカレーターで駆け抜けた俺が『教師を目指す』というのは、『一般的な教師を目指す』というのとは、少し意味合いが違う。
教師になりつつ生徒でいることができるのだ。
なぜならば学園で教師になった者は学園の教師になる。
俺が出向することになったのは中等科課程とはいえ、当時の恩師はまだいらっしゃって、おまけに俺は教師たちから覚えがいい。
成績は優秀、品行方正。中、高と生徒会長をつとめた実績がある。
そうなると教師のみなさんは『優秀な生徒に接するように』俺に接してくれるのだ。
このメリットを一から説明しないとわからないほどマーティンは察しが悪いわけではないのだが、ストレスとアルコールで心がぐちゃぐちゃで判断力が落ちているので、かいつまんで説明すれば、『パワハラがない』というのが第一のメリットだ。
そしてデメリットになりそうだった『生徒との関係』も、アレックスという知り合いができたおかげでデメリットにはなっていない。
親しみやすい、というよりは、番長、みたいな扱いをされているのがじゃっかん気になるが、生徒との距離は遠すぎず近すぎず、みな俺の言うことを素直に聞いてくれる。
わかるかマーティン。
俺は――就職前に、職場環境を整えたんだ。
「そんなんチートだ!」
チートか。
まあたしかに『就職前に職場環境を整えておこう』だなんて発想、人生をなん周かしないと出てこないよな……
しかしマーティンよ、俺は今の職場に一つだけ不満がある。
それは同世代の知り合いがいないことだ……
いや、もちろん、同期はいる。いるんだが、なんか遠いっていうか、俺以外の同期は名字に『さん』付けで呼び合ってるのに、俺に対してだけ『レックスさん』なんだよ。
名前に『さん』付けってさ……
大人になると、逆に距離遠く感じるよね……
「いや……お前と同期だろ? それはしょうがないわ……」
なんで『レックスなら仕方ない』みたいな感じなのか全然わからないけど……
まあそんなわけで、俺とお前は……ズッ友だょ。
愚痴とか聞くから……
「そっか、お前もつらいんだな……」
二年ぐらいは休みの日にこうやって飲めると思うし。
「なんで二年なの?」
二年後結婚するから。
「えっ?」
ミリムと結婚するんだよ、俺。