百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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ここがあの女のハウス
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79話 新しい我が家

 持ち家という手段は、二十年ほど前ならアリだったかもしれない。

 

 うちの両親はその両親(つまり、俺にとっての祖父母)に頭金を出してもらって家を買った。

 俺も『家を買うなら頭金ぐらいは出す』と言われてはいたが、相手が誰であろうと金銭的な借りを作りたくないので、それは辞退して借家とした。

 

 幸いにも後見人である両親の身元がしっかりしていたので、スムーズにことは進む。

 俺たちはかくして、とある低めのマンションの上層階にて二人暮らしを始めたのだった。

 

 ベッド。

 保冷庫。

 室温調整機。

 洗濯機。

 魔導映像板。

 テーブル。

 椅子。

 調理器具。

 それから……

 

 そろえるものが多すぎる。

 

 ライフライン契約。

 転居とどけ。

 転居にともなう郵便物の配送とどけ。

 転居にともなう免許の住所変更とどけ(俺ではなくミリムの)

 転居にともなう……

 

 転居にともないすぎ。

 

 社会のシステムにはやはり『敵』の意図が見える。

 おそらく『敵』はあまりコロコロ引っ越されるのがイヤで、だからわざと手続きを煩雑にしているに違いなかった。

 

 闘争心を削るという方針から考えれば、『敵』は住所の固定化、すなわち身分の固定化を目指しているのだろうと考えられた。

 住所というのは収入によって変わり、収入というのは身分によって変わる。

 

 貴族制が廃されて久しいが、やはり貴族制の名残が息づいているのはそこらで感じる。もともといい家で生まれなかった者がチャンスをつかむのは大変だし、チャンスをつかんで立場をつかんだところで、それを維持するための苦労も多大なものになる。

 

 どこを見ても『ジッとしてろ』という意図を感じるこの世界は、やはり『敵』が一枚噛んで、なにもかもを安定させようとしているのだろう。

 ということは、『敵』は通俗的な『権力』を求め、保持せんとする者――なのだろうか?

 

 引っ越しを通してまた一歩『敵』の正体に近づいたかもしれない。

 なるほど政治の中枢――ちょっと前に父が『父さん、立候補しようか迷ってるんだ』と相談してきた時に、やめとけやめとけ、と忠告したのは間違っていなかったようだった。

 

 いそがしい手続きまわりを終えて、それから家具をある程度そろえる。

 結構な額の貯金が消し飛んでいて、やっぱり『敵』は引っ越しをさせないよう引っ越しにともなう労力を多めに設定しているのだろうと確信した。

 

「わたしも学校、休みでよかった」

 

 俺たちは引っ越しのせいでクタクタだった。

 大きなベッドに隣り合って寝転がり、家の天井を見る。

 新居というわけではないけれど、目を閉じて寝転がっていると、かぎなれない家のにおいがした。

 

 俺の右手に、ミリムの左手がふれる。

 俺はその手を握って、なんだかぼんやりと考えていた。

 

 そっか――

 家に、女子大生いるんだ――

 

 一歳差なので、ミリムはまだ大学に通っているのだった。

 

 一歳差というだけで、なんにもやましいことはないんだけれど、『家に女子大生がいる』という響きには謎の魅力がある。

 とりあえず俺の勤めている学校にはまだミリムとの同棲は言ってないんだが、これひょっとしたら無自覚に綱渡りしてるんじゃないか? と今さら思った。

 

 まあ世間もそこまでゴシップ好きではないので、名門とはいえ新米教師が、一歳年下の結婚を前提におつきあいしている相手と同棲していたところで、とやかくは言われないだろう。

 

 このあたりの『変なモラルへの警戒』はいつだかの前世が影響している。

 たぶん俺が一番最初にいた世界だっただろうか? あそこには妙なマナーと妙なモラルと、それから『なんでもいいから人に説教したい人たち』があふれていた。

 

 俺は転生の多くを歓迎していないけれど、一番最初だけは、『転生できてよかった』という感慨がある。最初に過ごしていた世界は安全ではあったけれど、妙な閉塞感が常にあって、そこから逃れたい気持ちでいっぱいだったのだ。

 まあ――その後百万回も人生を歩まされると知っていれば、そんな気持ちは消し飛んでいただろうけれど。

 

 ……ああ、俺は、早く死にたい。

 天寿をまっとうするという条件を満たして、さっさと、あとくされなく、死にたい。

 そればかりを願い続けてきた。今もそれを願っている。『この次の人生』なんかほしくないし、なんども人生を繰り返してきたことには、暗い気持ちしか抱けない。

 

 けれど、今、この瞬間だけは――

 

「この世界に生まれてよかったかもしれない」

 

 心から、そうつぶやくことができた。


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