百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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80話 うたかたの

「しかし、早めに孫の顔を見れそうだね」

 

 誕生日の祝いかたには地域、文化が色濃く出るようだが、では俺の住まうあたりはどうかといえば、『誕生日は家族と祝う』のが主流である。

 恋人がいる者は家に恋人を招いて両親と面通しをするのもまた伝統的なようで、その日、俺は実家にミリムをともなって戻り、俺の誕生日会をおこなっていた。

 

 百万回の転生で誕生日など迎え飽きた俺ではあったが、それでも誕生した日を祝われるというのは嬉しいものだ。

 なにせ『生きている』のである。

 二十歳の誕生日は『ああ、二十年も生きたのか』と思っていたし、二十一歳の時も、二十二歳の時も、一年一年着実に『ゴール』へ向かっているのだという実感があり、それを『誕生日会』というかたちで祝われるのは、なかなか感慨深いものがあった。

 

 そして二十三歳になったこの日、俺たちは結婚を目前に――とはいえまだ一年以上あるが――控えているため、自然と話題が『俺とミリムの家庭について』に及んだ。

 

 孫。

 

 正直なところ不意を突かれたと言える。

 俺は全然まったく、子供というものを意識していなかった。

 

 なにせ自分が生きていくだけで精一杯なのである。貯金はある。定職もある。技能もある。勉強もしてきた。しかし、『だから余裕だ』などと言えるほど、俺は人生というものを甘く見てはいないのだった。

 

 絶対、なにか起こる。

 

 状況が順調に推移していく時ほど、俺の警戒心はますます強まるばかりなのだ。今回の人生で『敵』が全然あからさまに行動を起こしていないあたりもまた、俺の警戒心を刺激する要素であった。

 

 そんな人生不安定な俺が、扶養家族を増やすというのはいかにも高望みで、そんな無茶な賭けに出る可能性は、無意識下で却下していたぐらいだった。

 

 しかし、世間体というものもある。

 

『結婚したら子供を作るもの』というのはひどく強固な暗黙のルールだった。

 文化は変わり、新たな技術が次々生まれ、社会制度が変化し、貨幣が新しくなっても、連綿と受け継がれるルールなのである。

 

 おそらくそれは、我々が生命体であるがゆえにかせられたルールなのだろう。

 

 たいていの生命は絶滅しないように行動する。

 それは個人の生命を長らえさせる方向ばかりではなく、種全体として絶えないように、行動していくものなのだ。

 

 考えれば考えるほど『結婚』の次に『子供』を望まれるのは自明の理で、この可能性について考慮しなかったのは俺のケアレスミスと言えた。

 そもそも俺の『結婚しよう』という着想の出発点が『養われたい』なので、子供というのは俺にとって同じ財布の中身を奪い合う敵たり得るのだ。作らなくてすむなら、それはもちろん、作らないほうが生きやすいに決まっていた。

 

 だからこそ両親や社会に対して『子供ができない言い訳』を早い段階から考えておくべきだったのだが……ううむ、迂闊。俺は内心で冷や汗をかいた。

 

 ちょっと論理的に物事を考えすぎていたかもしれない。

 結婚と子供は論理的には結びついていないのだ。

 けれど社会のみんなは望む。

 ……まあ、そのへんにある明文化しがたい『ズレ』を認識できただけでも、よしとしよう。ポジティブにものを考えなければ長生きはできない。

 

 とりあえず――『先送り』しよう。

 

 俺は両親に対しあいまいな笑みを浮かべて述べる。

 まあそのへんの話は、まだ早いって。俺もミリムもまだ籍を入れてはいないわけだしさ。

 

 両親は「それもそうか」と笑った。よし、うまくいった。この先もどんどん先送りして、両親があきらめ、社会がなにも言わなくなるまで先送りを続けよう。

 天寿をまっとうするその日まで先送りし続けられれば俺の勝ちなのだ。答えを急ぐ必要はない。

 

 だがここで隣席のミリムから、こんな発言があった。

 

「レックスはあんまり子供好きじゃない?」

 

 えっ?

 いやっ……好きか嫌いかで言えば……まあ、好きかな……

 

 正直に告白すれば、俺は『子供』という存在自体は好きなのだった。

 中学校教師という立場であるから、そのように自分を最適化しているだけかもしれないが、子供の元気さと騒がしさは嫌いではないし、言うことをきかないような、世間において『生意気』のレッテルを貼られている子供を見たって、興味深く、またおもしろく思っている。

 

 中学ぐらいの子供はまあ大きいから、どんな行動にも『子供なりの思考』があるのだ。

 彼ら彼女らの思考は興味深く、それを解き明かしていくことに楽しさを覚えもしている。

 

 そこまで大きくなくともやはり俺は『子供』を好ましく思う。

 というか、俺は百万回転生しているので、生まれた時点から常に『年下の子供』に囲まれているも同然の人生を送ってきた。

 子供に対し嫌悪があれば、とうてい耐えきれるものではなかっただろう。

 

 ただ、俺は将来的に『家事だけしてミリムの稼ぎで生きていく』という目標を捨てていないので、やはり『ミリムの稼ぎ』というパイを食い合う敵対者を増やしたくないというのも、また否定できない本音ではあった。

 

「レックスがなにを考えてるか、わかるよ」

 

 ミリムはかすかにほほえんで言った。

 

「でも、わたしはいつまでも働けないよ。だって歳をとるから」

 

 すげーな、『子供、好きか嫌いかで言えば、まあ好きかな』しか発言してないのに、なんで俺のモノローグが聞こえてたみたいに会話できるんだ……

 まあミリムにはかつて、俺の将来の夢が『ヒモ』であることを幾度となく語ったし、そのために女性心理についてのアドバイスを求めたりもした。

 俺たちのあいだには歴史があり、ミリムと俺の会話は互いに共通のハイコンテクストのうえに成り立っているところがある。

 

「子供は……わたしより長く働くよ」

 

 なるほど、『子供に養ってもらう』という方針か。

 それはわかる……だが、それは、賭けだ。子供が親の要望に完璧に応じる義務はなく、また、俺はどうしたって子供をそんな奴隷とか将来の外付け定期収入みたいに扱うことはできそうもない。なぜって、好きだから、子供。

 

 もちろん関係が良好なら、こうして一緒に食事をしたり、将来に色々世話をやいてもらったりも可能だろう。

 ……だが、それはあまりにも、ギャンブル性が強すぎる。なぜなら子供の人格や俺たちとの関係がどうなるかなんて、どれほど考えても読みようがないからだ。

 

 俺としてはある年齢まで多めに貯金をして、その貯金を切り崩しながら死んでいくというプランを立てていた。

 しかし『子供』に投資をするならばどうしたって貯金額は目減りする……事前に調査したデータがあるが、子供というのを大学まで進ませようと思うと、俺の年収にして軽く十年分ぐらいが飛んでいくのだ。

 もちろん教育および生活の水準を下げればもっと節約できるだろうが……それでも多大な額が子供の養育に消えていくのは否めない。

 だから俺はその賭けには乗れない……

 

 思ったこと全部こめて『賭けがすぎる』とだけ俺はミリムに言った。

 

「でも、幸せになれるよ」

 

 幸せ。

 そう言われて、俺は反論する言葉をもたなかった。

 

 なにせ俺は幸せをよく知らない。百万回の転生で『幸せのような幻』を見せられたことは幾度もあった。だがそれは泡沫(うたかた)のごときもので、握りしめればはじけて消えて、喪失感だけが残るものでしかなかったのだ。

 

 今回の人生もきっとそうなのだろうという覚悟はしている。

 覚悟はしているが――

 

 なぜだろう。

『この人生では、本当の幸せを得られるんじゃないか?』という可能性を、あきらめきれない。

 

 たぶん、幸せという言葉を口にしているミリムのほうにも、根拠はないのだろう。

 俺と同じだ。

 俺と同じで――なんとなく、俺たちは幸せになれるのだという可能性を、感じているのだ。

 

 そうかもな、としか、俺は言えなかった。

「そうだよ」とミリムはうなずいた。

 

 俺たちはこうして『子供』を意識し始めた。

 うなずきあう俺とミリムの正面で、両親が『この二人はなんでこれだけの言葉でわかりあった感じを出してるんだろう』みたいな顔をしていた……


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