百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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84話 神と悟り

 俺たちはどれほど進化しようとも『神』を捨てることができない。

 

 もちろん定義の話はある。『神』をなにとするか――これはきっと議論すべきことではあるのだろう。

 俺の場合は『意味のわからない、不都合なもの』を『神』と呼んでしまうクセがあって、今回その存在を感じた『神』もまた、そのようなものだった。

 

「結婚式はなるべく派手にやりたいわね」

 

 このセリフの発言者がミリムであるなら『へえ、意外だな』と感心しつつ、滅多に自分の意見を言わない彼女の主張を尊重するのになんの迷いもなかっただろう。

 ところがこの発言をしたのは俺のママで、そこがちょっとよくわからない。

 さらに言えば俺とミリムのあいだではすでに『まあ区切り的なものは必要だし、簡単にすませられればいいよね』みたいな話になっていた背景もあり、俺たちは『おいおいおい』と思った。

 

 しかしここは実家であった。

 

 休みの日はたまに俺の実家やミリムの実家に顔を出すのが習慣となっている。

 もちろん婚前には色々相談もあるのでその都合もあるのだが、実家というのは両親にとって有利な補正が入る地形であり、ここでの我が母の押しの強さは、外のおおよそ三倍ほどはあった。

 

 ちなみに平均的な人類の押しの強さを『十』とすると、うちのママはそもそも『三十』ぐらいあるので、俺とミリムはたじたじになり、テーブルに身を乗り出すママの主張を聞くよりほかにないのであった。

 

「人をたくさん呼びましょう。資金は出します。私が働いていた時にためてたお金がそのままあるから」

 

 金がかからないならいいか、という話でもない。

 労力はかかるし、俺的には、俺たちに使える金があるなら『結婚式』なんていうものに使わずに、もっと実利的なことに使ってほしいというのが本音だった。

 

 ミリムもまた俺と似たことを考えているのだろう。

 彼女のしっぽが、腰の後ろで困惑を表している。

 

「あなたたち、わかっていないようね。結婚式はね……大事よ」

 

 大事。

 まあそりゃあ大事だろう……しかし俺はうったえる。ママ、そんなところに使うお金があるなら、もっとこう、実利のある方向に使ってほしい。たとえば……たとえばまあ、なんだ、急な病気とかそういうアレに。

 

「レックス、あなたはお父さんとよく似ているからそういうことを言うけれど、あなたたちは『結婚式って大事』という言葉の意味を理解していないのよ」

 

 うぐう……俺はうなった。

 この言い回し、完全に俺を説得しに来ている。

 俺たち理屈勢は、『意味を理解していない』と言われたら、もう説明を聞く体勢になってしまう。俺が感情論と勢いだけでは説得されないことを知っている者の言い回しだ。

 

 今のママには神が宿っていた。つよい。あまりにつよい。まだ具体的な説得をなにもされていないのに、このまま押し切られる予感がひしひしとする。

 

「結婚式の規模は今後の人生を決めるのよ。あなたには具体的に言うけれど、実はパパと離婚を考えた時があって」

 

 ………………えっ、マジで?

 

 今明かされる衝撃の事実だった。

 俺の目からは『こんなにラブラブな夫婦が実在するのか』とほとんど珍獣みたいなカテゴリで扱われていた両親が、なんと離婚の危機を迎えたことがあったのだという。

 

「ほら、パパが教師をやめて塾経営を始めた時があったでしょう?」

 

 あー……

 たしかに、教師としてそこそこ安定した収入を得ていたはずなのに、それを捨てて新しい仕事を始めるというのは、離婚原因になりかねないことだった。

 

「パパに塾経営をそそのかしたのが、マーティンくんのお母さんで……『どうして私以外の女の助言で人生を変えようとするの?』って思ってね」

 

 ……。

 続けて。

 

「もうマーティンくんのお母さんと結婚すればいいじゃない! って思ってね。別れようと思ったの。だって……いやでしょう? 私がいるのに、そんな、ねえ。三割ぐらい浮気じゃない?」

 

 それが三割浮気になるのか、そもそも『三割浮気』とはなんなのか、疑問はつきないが……

 隣でミリムが激しく同意しているので、気をつけようと思った。

 

「そんな時にね、結婚式を録画したものを、二人で見返したのよ。……そうしたら当時の感動がよみがえってきてね……パパも最初、規模が小さめの結婚式をやろうとしていたんだけれど、規模が小さい結婚式とか、あとから見返しても感動が薄めでしょう? だからひょっとしたら、結婚式の規模が小さかったら、あの時、感動が弱くて別れてたかなって思って――」

 

 その後もママの話は続いたが、俺には理解できなかった。

 

「――あと、親戚ね。結婚式の規模が小さいと親族になめられるのよね……ほら、旦那の家族の中での立ち位置って大事でしょう? 旦那の家族っていうか、旦那の家族に嫁いだお嫁さんたちの中でのランキングっていうか……低いとストレスがたまるのよ」

 

 そっちのリアルな話はなんとなくわかった。

 

 ママの話はその後もとりとめもなく続く。

 なんていうか、主題が……主題がふらふらしている。

 彼女の話は『結婚式派手にして』という感情を軸に展開されていて、論理的にこちらを説得にかかっているというよりは、結婚式を派手めにしたメリット(とママが感じる事象)をとりとめもなく列挙しているだけのように思われた。

 

 その列挙されるメリットの数があまりに膨大で、さらに話が全然終わらないこともあり、俺はもう長いこと「ああ」「うん」「はい」しか言えなくなっていた。

 隣で熱心に聞いてるミリムはすげえや。

 

「というわけなのよ。あとね」

 

 もうそろそろ夕ご飯を食べて家に帰りたい俺は、ついに『わかったよ。結婚式は派手めにするよ』と約束をしてしまった。

 

 ママは喜び、なぜか質素婚希望だったはずのミリムまで喜ぶ。

 

 帰ってきたパパは俺の肩を叩いて言う。

 

「これが結婚生活だよ」

 

 メガネの奥で笑うその人の顔には、悟りを開いた者特有の穏やかさがあった。

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