百万回転生した俺は、平和な世界でも油断しない   作:稲荷竜

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94話 居酒屋にて

『子供と過ごす時間』以上の価値ある時間を子持ちに提供するのは難しい。

 

 それでも俺が我が子とのふれあいの時間を削ってまでマーティンの呼び出しに応じたのは、俺が『今現在は価値を感じないことでも、将来的に価値が生じるケースがある』ということを知っていたからだ。

 

「結婚を考えてるんだ」

 

 木枯らしが厳しく吹き付け、世間が早くも聖女聖誕祭準備にうわつきだす十一月のことだった。

 

 俺がマーティンに呼出されたのはミリムと結婚するまでは週に一、二度は通っていた居酒屋だ。

 ここに来ると結婚前の若かったころを思い出す――そう、俺ももう、若いという感じではない。俺たちはもう三十歳をすぐそこに控えていた。

 

 まあ、実際に三十路になるまではまだ二年ほどあるのだが、子供ができてからいそがしくて毎日が爆速で過ぎていくのを加味するに、体感的には一週間ほどで三十路を迎えそうな気配がある。

 

 俺は語る――うちの子のサラはもう一歳半ぐらいなんだが、これが動き回って大変で、しかも今は寒い季節なものだから親としては厚着させたいんだが、子供は体温が高いせいか暑がってすぐ服を脱ぎたがって、脱いでは着せ、脱いでは着せのいたちごっこが我が家で繰り広げられて大変なんだ……あ、画像見る?

 

「なん度も見せられたよ! 子持ちはほんと、子供のことしか話さねーな!」

 

 子持ちが子供の話しかしないのには論理的な理由がある。

 

 そもそも『話題』というのは生活の中から拾い上げて提供するものなのだが、乳幼児・幼児がいるとその世話で毎日が終わっていくので、他の『話題』が生活の中から閉め出されるのだ。

 世で子持ちと非子持ちが乖離傾向にある現象の正体がこれである。

 この世界の人類は『共通の話題』で『仲間感』をたしかめあう。それも毎日たしかめあわないと不安でしかたがないときている。

 よって、『共通の話題』を持てない子持ちと非子持ちの距離は開いていき、疎遠になり、しまいには関係が断絶するのだ。

 まあ仲違いによる断絶ではないので、特にきっかけとかもなくまたつきあいが再開したりもするんだが。

 

「レックスの話はなんでいちいち『経験済み』みたいな感じなんだ」

 

 まあ経験済みだから――というのは黙っておこう。

 百万回転生している旨をマーティンに明かすのは別にいいし、日々の雑談の中でほぼ明かしたこともないでもないはずだが、今、主題は俺のことではない。

 

 なんだよ――『結婚を考えてる』って。

 相手でも見つかったのか?

 

「いや、婚活サイトに登録した」

 

 そうか。

 トラップに気をつけろ。

 

「なんだよトラップって」

 

 婚活サイトには『おとり役』がいる。

 これは別な世界の話だが……『サクラ』と呼ばれる存在があった。

 

 そいつらは婚活サイトを利用したお客さんに長くサイト利用料を払わせる目的で、『手応え』を感じさせる業務に就いていたんだ。

 ようするに『惜しいところまでいくお相手』を演じるわけだな。

 しかも演じる人は『収入の高い職業』を名乗っていたり、美人だったり、イケメンだったりするわけだ。

 

 こうして『惜しいところまでいった』という手応えを感じさせられたサイト利用者は、サイトに金をつぎ込み、さらにこうやって『惜しいところまでいったんだよ』とサイト外に宣伝までしてくれる。

 

 さらにおそろしいことに……

 そうやって『美人/イケメンの高給取りと惜しいところまでいった』経験が積み上がることで、利用者の中で相手に求めるハードルが上がる。

 すると理想的な相手に出会えても『でも、もっといい相手がいるかもしれない』という思いにとらわれ、『惜しいところまでいってやめる』ことになり、利用者自身がサクラになるという事案が発生するんだ。

 

 ところで、婚活サイトでいい人は見つかったか?

 

「話の流れェ! 見つかってても言いにくいわ!」

 

 俺は……悪い経験ばかりをしすぎたかもしれない。

 人を形成するのは経験だ。悪い経験ばかりすると、『どうせ次も悪いんだろう』とか『その行動にはこういう悪い結果が』ばかり気になってしまう。

 俺のことは気にせず、自分の人生を生きてほしい。

 

「お前、悪い経験ばかりしてきた? 本当に?」

 

 マーティンの知らない俺もいるのさ。

 

 俺はニヒルに笑ってジュースの入ったグラスをかたむけた。

 帰ったら子育てがあるので、アルコールは入れないのだ。

 

 ところでマーティン、いいのか?

 お前が話したいことをさっさとぶちまけないなら……俺は、子供の話をするぞ。

 いくらでもあるんだ、子供の話は。

 

「……結婚は人生の墓場だって話をな、職場ではよく聞くんだよ。でも……なんだ、お前を見てると『人による』としか思わないよな」

 

 まあこの世のすべては『人による』からな……『絶対にこう』というのは、どのような立場であっても言えない。

 しかし、結婚前にお前には『絶対に』しなければならないことがある。

 

 それは……家事だ。

 

 結婚後、専業主婦として契約を結んでもらって、家事を担当してもらうという手段もまあ、ないではないが……

 家事をしたことのない者は、家事にかかる労力を軽視しがちだからな。

 

 マーティンだって雇用主に『お前の仕事簡単じゃん。なんで片手間でできないの?』とか言われたら殺意の感情を取得するだろう?

 お前が専業主婦の家事にかかる労力を軽視する言動を一つでもとった瞬間、拠点の安保と貯金まで掌握した殺し屋が発生する……

 だから家事の苦労を知っておいたほうがいい。少なくとも子育てと家事は両立できないことを肌で感じておくんだ。

 

 あと、俺、もうお前の家を掃除しに行くの難しいから……

 なんでアラサーになってまで数ヶ月に一回ペースで幼なじみの家を掃除しに行かなきゃならんのだ。

 俺には妻も子供もいるんですよ。

 

「レックスが女なら嫁にした」

 

 そうですか……僕はいやですね……

 お前なにげに結婚したら無自覚に暴君化しそうな気配があるから。

 

「……まあとにかく、お前の発言は正論すぎてムカつくこともあるけど、言ってることは正しそうだから、聞く価値があるんだよな。結婚について教えてくれよ。あと婚活についても」

 

 まあ違う世界の話がどこまで役に立つかはわからないが……

 俺はかつて『サクラ』をやっていた記憶などを思い起こしつつ、マーティンに助言をすることにした。

 

 そうだな、まずは――

 お前が女性だと思っている相手は、おじさんかもしれないというところから、かな。


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