失楽園   作:若奈

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失楽園 〜防波堤〜

潮風が心地よい。

過疎化がそこそこ進み、人口も4万人を少し超えるくらいしかいない穏やかな、この海沿いの街で育って16年。

あの日、私たちは防波堤の上を自転車に乗って下校していた。

 

まだまだ寒い季節。

冬服のセーラー服に加えて、マフラーを巻いたりスカートの下にはジャージや体操服のハーフパンツを防寒具代わりに履いていた。

 

高校2年生も終盤、もうすぐ受験モードに切り替わるという時期だったのを覚えている。

3人でいつものように下校していた。

他愛のない話、どんな話をしていただろうか?正直中身なんてなかったような気もする。

エメラルドグリーンの自転車を走らせているのが杏子(きょうこ)、黒色のは美希(みき)で、シルバーのが私の自転車だ。

 

最初に声を上げたのは先頭を走っていた杏子だった気がする。

 

「ね、なにあれ?」

「えー?どしたの?」

 

その後ろを並走していた私と美希はそれに全く気付いていなかった。

 

「あれだよ、バ・イ・ク!」

 

強調するように杏子が言うので、覗くように前方を注視すると、バイクが行く手を阻むかのように横向きに止めてあったのだ。

防波堤の上に設けられた簡易的な通路は自転車がすれ違うことのできる幅より少し広めにあるかなくらいだった。

 

やがて私たちはそのバイクの数メートル手前で強制停車されられる。

そのバイクにはベージュのロングコートを着た男性が私たちに背を向けて座っていた。

 

「ねぇ、どうする?」

「引き返す?」

「でも引き返すにしても結構戻らないと防波堤から降りられない」

 

ヒソヒソと3人で作戦会議をするが、結局声をかけることにした。

 

「あ、あのすみません。ここを通りたいので退けてもらえますか?」

 

杏子がエメラルドグリーンの自転車を降りて、押しながらロングコートの男へ近づく。

それに気づいた男は腰掛けていたバイクから立ち上がり、ゆっくりとサングラスを外しながらこちらへ振り向いた。

 

羽織っているロングコートの下には上半身にはなにも身につけていなかったのだ。

明らかに不審者だ。

 

「え…」

 

思わず私たちは2、3歩後退りした。

 

「ねぇ、ベルト知らない?」

 

男は私たちにベルトを知らないか聞いてきたのだ。

何の話か全く分からなかった。

外見も不審者であることは間違いないのだが、言動もよく分からない。

自然と自転車のグリップを握る力が強くなる。

 

「ベルト?何の話ですか?知りませんし、ここを通してください」

 

杏子はキッパリと言い切った。

 

「はぁん、ベルト知らないかぁ」

 

男はにじり寄ってくる。

 

「ちょっ…」

 

私たちはさらに後退る。

 

「じゃぁ、命ちょうだい」

 

その瞬間男の身体に異変が起こった。

奇怪な模様が顔やロングコートから覗く上半身、見える肌全体に浮き上がってきたのだ。

さらにその模様が膨張するように膨らみ、身体を包み込みように覆いかぶさった。

男が立っていた場所には重厚感のある2mはゆうに越す怪人が立っていた。

天を向くように長い鼻や口の両側に備えられた牙はまるでマンモスや象のようだ。

特に身体全体が私のシルバーの自転車よりも濃く、灰色やグレー調の濃淡であるためか、象だと一目で認識できた。

 

灰色の怪人は杏子の持っているエメラルドグリーンの自転車を奪い取ると、頭上に掲げて、両手で破壊し始めてた。

ある程度の強度のある自転車をわずか数秒で球体に丸め込んでしまう。

ガシャンとそれが地面に落とされた瞬間、今度はその自転車の持ち主である杏子は胸ぐらを掴まれる。

2m以上もある怪人と160cmくらいの杏子とならば、逃れようと足をバタバタさせるしかほかない。

 

「やめて、嫌だ、ごめんなさい、許して下さい、死にたくない」

 

怪人に捕まった杏子は必死に懇願している。

あれほどの異形の力を見せつけられた手前、次にああなるのは私たちだと嫌でも分からせられた。

 

「いやあああ」

 

隣で私と同じで立ちすくんでいた美希は自転車を放り捨てて駆け出す。

 

「美希!」

 

怪物は掴んでいた杏子を地面に投げ捨てる。

そして虚空からその怪人の体色と同じ大砲のような筒を生成させた。

 

ドンともボンともいえる音が鳴り響いたかと思うと、背を向け逃げる美希の背後に着弾する。

背後から覆いかぶさるように美希の身体には粘着質のある白っぽい透明に近い液体がセーラー服と地面を縫い付けるように付着している。

冬服の紺色のセーラー服に白色がとても映えているのがとても印象に残っている。

まるでゴキブリホイホイに捕まったかのように身動きが取れない。

粘着質のある白い液体は生きてるが如く表面が奇妙にウネウネと動いており、やがてそれが美希の紺色のセーラー服を這っていき顔面を覆い尽くそうとする。

 

「うっ、なにこれ、いや、クサイ、やめ…」

 

美希のそばに駆け寄ると、美希の顔面は白い液体に覆われており、その表面はウネウネと動いている。

そして、あたりには青臭いニオイが立ち込めていた。

やがてビクンビクンと2度身体を痙攣させると、美希の身体は動かなくなった。

それからすぐに美希の顔を覆っていた白い液体は役目を終えたかのようにサラサラの液体となって、美希の顔から剥がれ落ちて、コンクリートでできた防波堤に吸い込まれてシミを作った。

 

「ねえ!美希!美希ってば!」

 

泣きながら美希の身体を揺するものの全く反応がない。

 

ドサッと音がする。

杏子が地面に落とされた音だった。

 

「きょ、杏子…」

 

恐る恐る杏子の名前を呼ぶが美希のように全く反応がない。

もうダメだ。自転車は怪人の目の前だし、走って逃げても美希のように殺されてしまう。

その時だ。

背後で死んだはずの美希がスクッと立ち上がったのだ。

 

「え…美希…?」

 

安堵の感情もなく、それは絶望に変わった。

 

美希の顔にはあの怪人のように奇怪な模様が浮かび上がる。

象怪人のように模様が美希の身体を包み込むようにして、美希を肥大化させる。

 

幼稚園の頃から付き合いのある美希だが、その姿は一緒に成長を共にしてきた見慣れた姿ではなかった。

頭頂部から長い触覚を備え、背中には2枚の羽が付いている怪人だ。

それも灰色の濃淡だけで表現された体表を持つ。

 

ボヤッと怪人の影に美希の裸身が青白く緑っぽく投影される。

 

『ア…アハハハ。私の身体どうなったの』

「み、……き?」

優花(ゆうか)、なんか力が溢れてくるんだよおお』

 

私の名前を呼ぶ声は紛れもなく美希そのものだった。

ポンと肩を叩かれる。

 

バッと振り返ると、やはり死んだはずの杏子が立っていた。

どこか虚な表情だが、私が後退りした瞬間だった。

杏子の顔にはもちろん変な模様が浮かび上がり、身体を灰色の鎧が包み込む。

 

「あ、あ…いやああああ」

 

2人の友人を失ったばかりか、その友人が怪人へと化してしまったのだ。

 

『優花ぁ、すごいよこれえ』

「来ないで!」

 

思わず突き飛ばしてしまう。

 

『なんで、なんでなの?』

『ひどいよ優花。私たち友だちだったのに、怪物と同じになったから差別するの?』

「ご、ごめん、違うの!だって!」

『もういい、でも優花も友だちだもんね、きっと私や杏子みたいになれる』

「いやあああああ」

 

どっちに襲われたかは覚えていない。

次に気がついた時には自室のベッドの上で寝転がっていた。

そうして私はオルフェノクに覚醒していた。

 

それに私自身が気付いたのは何日かしてからだった。

当初はあの出来事のこともボヤッとしていて、夢だと認識していたし、週明けに学校で杏子と美希にその話をすると、2人は顔を見合わせて、一瞬の間を置いて笑い出した。そっと小声で私たちに起きた出来事を教えてくれたが、2人が私の夢の話に適当に合わせて揶揄っているのだと思った。

 

下校する時間になり、校舎裏の駐輪場へ3人で向かう。

丁度、授業が終わってからしばらく経っているのもあり、ほとんど人はいなかった。

自分の自転車を押しながら3人で他愛のない話をするいつもの光景だ。

そして、同じ紺色のセーラー服を身に纏った5人の生徒とすれ違う。

これから自転車を取りに行くところだろう。

パッと顔を見ても名前も出てこないし、学年も違うだろう。

すれ違ってもお互いに挨拶をするわけでも会釈するわけでもない。

それぞれのグループの会話に夢中になっている。

 

だが、すれ違って数秒の後、美希と杏子は自転車のスタンドを立ててクルッと振り返った。

 

2人が妖しくニィッと笑うと…

 

 

そう。私が夢だと思っていて、現実ではないもの。

変貌を遂げた。オルフェノクという怪人に。

 

美希…の変身した怪物は駆け出すと、あり得ない跳躍力で5人の生徒をまるでスタントマンのように空中で1回転して飛び越え、眼前にその姿を現した。

すぐに触角を触手のように伸ばして1人の生徒の体内へと浸食させると、命を刈るために新しい命の素を注ぎ込む。

即座にバタリと倒れこむと、1人が悲鳴をあげようとするが、杏子…いや杏子の変身した怪物が背後から押さえ込むと、同じように触手を鼻から挿入させる。

 

1分とかからずに5人の生徒を手にかけた美希と杏子。

全てが終わると、何事もなかったかのように人間の姿へと戻り、自転車のスタンドを上げると、行こっと言わんばかりな仕草を見せると歩き始める。

私も釣られて歩き始めた。

 

ここでハッとしてようやく夢ではなく現実で起こったことだったと認識させられた。

 

杏子と美希はすでにオルフェノクの力で家族やら見知らぬ人など何人かの人間を襲っていたみたいだったが、私はしばらく躊躇していた。

2人は全ての人間が私たちのようにオルフェノクに覚醒できるわけでなく、灰になって死んでしまう人間もいることに気がついたみたいだった。

あの生徒たちはどうなったかは結果を見ていないからまだ分からないが、その話を聞いて余計に躊躇することになった。

 

翌日、授業の前に行方不明の生徒が何人かいるという話をされた。

ああ、ダメだった人もやっぱりいるんだ。

そう思ったと同時に、教室の窓際の最後列に座る私には教室の全体が見える。

ここで不思議な感覚を覚えた。

同じ紺色のセーラー服を着た同級生たちが授業に臨んでいる。

眠そうな目で黒板を見つめる生徒、別の授業の内職を進める生徒、教科書を盾にして突っ伏して寝ている生徒…

今まで見てきた景色と何ら変わりはない。

きっと彼女たちは人間だろう。

でも、もしかするとオルフェノクかも知れない。

実際、廊下側の中列あたりに座っている美希と教室の真ん中あたりに座る杏子はそうなのだ。

周りにいる人と同じく全く違和感のない振る舞いをしているが、ひとたび変身すれば全く違う存在(オルフェノク)となるのである。

美希と杏子はあのコートの男によってオルフェノクにされた。

そして美希と杏子は私と昨日の5人の下級生を襲った。

担任は3人の生徒が行方不明だと言っていた。

つまり、あとの2人は…

ハッとさせられた。

知らず知らずのうちにオルフェノクは少しずつ広まりつつあるのだと。

ボーッと形式的にノートを取る前の席の子が明日も人間である保証はない。

椅子に浅く座り、うつらうつらしている右の席の子も明日も人間である保証はない。

 

こうやってオルフェノクはまるで伝染していくかのように増えるのだと。

 

何かすごく恐ろしい気がして、何も気づかないふりをしていた。

やがて、数ヶ月が経ち高校3年生に進級し、暑い夏がやってきた頃、受験勉強のストレスもあっただろう。

その日は異様にむしゃくしゃしていた。

ついに人を手にかけてしまったのである。

 

模試の判定が悪かったこと、真夏の夜の蒸し暑さによる不快感など色々なことがあの時重なった。

多分、部活帰りの中学生2人組だったと思う。

気持ちが昂っていたのを覚えている。

襲うと決めてから、身体が妙に緊張して手汗も凄かったし、人通りや民家が少ない場所へ向かって欲しいことを祈りながら後をつけ、防波堤の近くで決心がついた。

波の音で叫び声など打ち消されるだろうし、今しかない。

 

気がついた時には灰色の鎧を身に纏い、片方の中学生が私の右手で掴まれて絶命していて、声にならない嗚咽を漏らしながら私を見つめるもう一方の中学生。

遠慮などいらない、君たちももしかすると仲間(オルフェノク)になれるかもしれない。

掴んでいる方を投げ捨て、へたり込んでいる方を襲う。

全てが終わり人間の姿に戻った時、そこで感じたのは妙に体が軽かったのと解放感や爽快感を感じたことを覚えている。

グーっと伸びをして高揚感に包み込まれ、さらには何かいいことをしたかのようにも感じられたのだ。

 

それからというもの、虫の居所が悪い時はそうやって人間を襲って、ストレスを発散していった。

そうしているうちに、また冬がやってきて私たちは高校を卒業する。

その頃にはもう私たちの高校はオルフェノクの巣窟と化していた。

 

杏子は東京、美希は関西、私は地元の大学へと進学することになった。

それぞれがバラバラにはなったが、最後に卒業旅行で日本各地を巡ることにした。

まだ高校生の私たちはオルフェノクになって1年が経過し、すっかりオルフェノクとして生きることに慣れていた。

行く先々でひっそりと人間を襲うことで、宿泊費などの費用も心配する必要もなかったし、仲間(オルフェノク)も増やせることで一石二鳥だ。

進路はバラバラにはなったが、さらに絆を深められた。

 

確実にオルフェノクは世界を侵食しつつあった。

春になり大学生となった私は、友だちもできて、キャンパスライフを満喫していた。

もちろん何人かの友だちも襲ったし、さらにそのうちの何人かは仲間(オルフェノク)にもなった。

夏にはオルフェノクが都市伝説のように語られていたことを耳にしたこともある。

そして、秋になった頃にはオルフェノクの存在が世間に知られてしまい、人間を襲うことが問題視されていた。

あの頃の人間たちはみんな疑心暗鬼になっていたのを思い出す。政府は対オルフェノク組織を結成やら対オルフェノク用の武器を開発を目指すとか言っていたが、その間も人間はオルフェノクに殺され、殺された内の一部は仲間(オルフェノク)となって蘇り、これが繰り返されて、日を追うごとにオルフェノクは増えていった。もちろん私も数えきれないほどの人間を襲ったし、私がオルフェノクにしてあげた人たちも人間を襲っていた。

時が経つにつれてさらにオルフェノクの数は増え、私がオルフェノクとなって2年が経つ冬を迎えた頃には、オルフェノクの方が多くなっていた。

もはや政府は機能を失い、スマートブレインが世界の主導を握り始めており、これがオルフェノク社会の本格的なはじまりとなった。

そして、次の春を迎える頃には、世界は完全にひっくり返っていた。オルフェノクを排除する声など全く無くなり、人間を排除する声がほとんどだった。

そう。すでに人類のほとんどはオルフェノクと化していた。

街中至る所にスマートブレインの関連会社のロゴや商品が溢れ、プロパガンダのポスターがあちこちに貼られていた。

 

ピッ

 

「これで生き残っている人間の数は2433人!あともう少しで世界は完全にオルフェノクのモノになります。みなさん頑張ってね!」

 

テレビの画面にはスマートレディが映し出され、スマートブレイン本社が人間解放軍に襲撃されたニュースを報せていた。

 

「ちなみに今回お亡くなりになった人の中でオルフェノクになった人は誰もいませんでした。ざーんねん」

 

クーラーの効いた涼しい部屋でキャスター付きのイスを左右に振りながら、脚をバタつかせてミルク味の棒アイスを頬張りながら呑気に眺めて、昔を思い出していたのだ。

確率から考えて、3人ともオルフェノクに覚醒できたことは奇跡に思えた。

 

スマートレディは犠牲になった兵士たちの名前と年齢を読み上げる。

その多くは私と同年代の兵士たちだった。

彼らはオルフェノクにもなれずにこの世にどんな想いを残して消え去っていったのだろう。

ふふっと笑い、私の瞳が鈍色に光り、異形の模様が一瞬だけフッと浮かび上がった。

明日の授業の準備をする。

私たちには明日があるのだ。

 

〜fin〜

 

 




書き溜めていたのを投稿するの忘れていました。
ちょっと修正してから出してもよかったのですが、4月1本も投稿していなかったので、後々修正入れます。

モデルはドラマ2話で真理と巧がバイクで走破していた防波堤で、ほんの一瞬出てきた女子高生たちです。
めっちゃめちゃニッチ。

追記
即加筆修正入れました。
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