ある昼下がり。私は首都圏から郊外へ向かう電車に乗っていた。
乗車した当初は都心部内を移動する営業マンがせわしく入れ替わり、空席はわずかに立ち客も出るほど乗車人数だった。
幸いにも始発駅で先頭に並んでいたお陰で座席に座ることができた。迷惑であることは承知の上で、座った膝の上にパソコンを開き、溜まっている仕事を片付けようとしていた。
何人かの視線がこちらに刺さる気配を感じたが、申し訳ない気持ちはありつつも無視することにした。
本来であれば、特急列車に乗って、新幹線のように小さなテーブルを開いて、その上でパソコンで作業するつもりだったのだが、生憎にも丁度いい時間の列車がなかったのである。
急いでいるわけでもないので、普通列車に乗ってぶらり終点まで乗ることにした。終点までの所要時間を調べると、着く頃にはある程度仕事も片付いているだろう。
特急列車でくつろぎながら帰れるように、パソコンへ意識を集中させる。
特に用事があっての外回りではなく、広々としたフロアのオフィスで仕事しているが、出勤して朝からずっと室内に閉じこもりながらの作業は息が詰まる性格上、昼食を摂るついでに抜け出してきたわけだ。
フレックスタイム制を導入している我が部署では、コアタイムの朝の時間にさえいれば問題はない。それに加えて、足りなくなる労働時間が有れば有給休暇を使っても良いことになっており、私も含めた同僚や上司もそうやってやりくりしている。
大企業なだけあって、基本給も割といい感じに貰えているのもあって、残業代などを目当てに残業するまでもなく、そういった勤務体系でも普通以上の生活水準を得ている。
気がつけば車窓には開発の進む背の高いビル群も過ぎ去り、小さなビルがまばらに見られてきた。ふと顔を上げて車内を見渡した。
先ほどまで立ち客のあった車内は空席の方が多くなっていた。ザッと数えて10人くらいだろうか。始発駅を出発して20分と少し経ったぐらいだったが、両隣の車両もチラッと確認すると、同じかそれ以下の乗車人数だった。始発駅の段階でホームには8両編成の電車と案内していたが、どの乗車位置にもかなりの人が列を成していたのを思い出すと、やはり普通列車ということで、短距離の移動がメインで、私のように終点まで乗り通す人は急行列車などに乗るのだろう。
サラリーマンの方が多かった客層も下校中の高校生やデパートの買い物袋を持った主婦が目立つ。
その主婦の買い物袋を見ると、最近我が社の傘下に組み込まれたデパートであった。自分の会社のロゴが印刷されており、少し誇らしく思えた。
しばらくし、車掌の独特なアナウンスが聞こえてくると、やはり目測通り30分も経っていない。終点までまだ半分以上ある。
駅に着くと、車内にいた人の半数以上は降りてしまった。
数分すると急行列車がホームの向かい側に到着し、降りた人たちはそれに乗っていった。反対に急行列車から降りてきた人たちもこちらの列車に乗ってくると、車内には15人ほどと先ほどよりも少し増えた。
少し賑やかになる車内。
それもそのはず、急行列車から乗り換えてきた女子高生2人組が対面の座席へ座った。ドアの真横が空いていたので、そのまま吸い込まれるように着席する。
ドアの方にはブレザーの下にベージュのカーディガンを着た黒髪で肩にかかるくらいのミディアムボブの少女が座り、その隣には紫黒色のカーディガンを着た薄く茶色に染めたロングヘアの少女が座った。
空いているということもあり、座席には黒のスクールバッグなど、彼女たちの持ち物がいくつか置かれていた。
黒のローファーに黒のハイソックス、ひざ上15cmはあるであろうネイビーのチェック柄のプリーツスカートの間に挟まれた絶対領域には目のやり場が困る。
チラッと見る程度にしてパソコンの画面へと視線を移す。
しかし静かな車内と対面に座っていることこともあり、彼女たちの会話は自然に耳に届いてくる。
初めは今日の学校の話から始まり、好きな人がどうだのテストがどうだ、先生の悪口やらクラスメイトへの不満、週末に遊びに行く話など、会話は途切れることなくしばらく続いた。
その内容は外見通り、至って普通の女子高生たちだ。
派手なギャルでも内気なキャラでもない。
話題はいつしかプライベートな話へと移り変わっていた。
進路の話や学校中心の話は相変わらずだ。
やがて、片方の女子高生が小声で話始めた。
辺りを伺うかのように見回し、私と一度目が合ったことも覚えている。
そそくさと目をそらされたが、すぐに隣に座る友人に囁くように喋り始めた。
「ねぇ?最近
「えー?あー!莉恵子ねー。確かに来てない気がする」
「気がするって、同じクラスじゃん」
「で、その莉恵子がどうしたの?」
「実はね…」
気がつけば、深刻そうな話をする女子高生たちに夢中になっていた。
キーボードを打つ手はすでに止まっていた。
「オルフェノクに殺されたらしいよ」
オルフェノク。
以前なら聞き馴染みのない単語だった。
ここ2〜3ヶ月、世間を賑わしているオルフェノク。
オルフェノクというのは怪人で、人間を襲うことが問題となっていた。
普段は人間の姿に変えて、人間に紛れて生活をしており、見分けることは不可能とされている。
人間を襲う時に、本来のオルフェノクの姿へと変化するのだ。
その姿は2mを超える身長を持ち、全身灰色の分厚い皮膚に覆われ、銃撃などの攻撃もほとんど効かず、人間では考えられないような異形の特殊な能力や怪力を持ち合わせ、まるで騎士の鎧を身に纏っているような姿である。
それぞれに動植物の特色を持ち合わせ、それに応じた特殊な能力を発揮する。
騒がれ始めた当初、オルフェノクはどこから現れたのか全く分からなかった。やがて、以前から人間として存在していた人がオルフェノクに変身することもあり、オルフェノクが殺した人間に成り代わって生活していると推察され、世間はさらに混乱へと向かっていった。
時間が経つにつれて、それは少し違っていることも判明した。オルフェノクは死んだ人間が蘇るのだ。一番最初にオルフェノクに覚醒した人物は今となっては分からない。
分からないが、その人物が人間を襲ったのであろう。襲われた人間は死を迎えるが、オルフェノクとして蘇る。
オルフェノクは特殊なエネルギーを人間に注入することで心臓が灰化し、死を経験させることで強制的にオルフェノクへ覚醒させて、オルフェノクの数を増やすことが目的なのだ。こうしてこれが繰り返されることで、オルフェノクも生息数を増えているのであろう。
こうした行為をオルフェノクたちは使徒再生と呼んでいる。
オルフェノクのほとんどは使徒再生で誕生するが、ごく稀に病気や事故で死んだ人間が自力でオルフェノクに覚醒することもあるらしく、そう言ったオルフェノクはオリジナルと呼ばれ、オルフェノクの始祖的な立ち位置な上、使徒再生で覚醒したオルフェノクよりもさらに巨大な力を有している。
だが、それが分かった時に人類は人間とオルフェノクの共存を掲げた。
元は同じ人間ということが判り、対話での解決を目指した。
だが、それは建前の話であった。
元は人間であるオルフェノクを排除するにも人権の観点やら市民団体が黙っていないだろ。
穏便に済ますために人間とオルフェノクたちは共存することを基調に話を進めていこうとしていた。
「莉恵子がオルフェノクに?」
「そうらしいの。んでもって、莉恵子自身もオルフェノクになったんだって」
「え、それって灰にならずにオルフェノクにってことだよね?」
「そうらしい。莉恵子に連絡しようとしてるんだけど、怖くって…もし私が襲われたりしたら…」
オルフェノクに殺された人間は全てがオルフェノクに覚醒できるわけではない。オルフェノクになれる素質を持つ人間はあまり多くなく、半数以上の人間はオルフェノクに覚醒できずに身体が灰と化して、死んでしまうのである。
「ふーん。そっかぁ」
「ちょっと、
「えーそんなことないよ?
「で、でも…学校でも失踪した子もいくらかいるし、きっとオルフェノクになれずに灰になって死んでしまったんだよ!」
「こんな世の中なんだからもう誰がオルフェノクだっておかしくないよー?」
「だってオルフェノクなんか怪物じゃん!私も嫌だし家族とか像子がオルフェノクになるのだって嫌だもん。共存って手を差し伸べたのにまだオルフェノクは人間を襲ってるんだよ?仲間を増やすためとか人類の進化に貢献してるとか言って、自分たちを正当化しているけど、結局はただの人殺しじゃん。莉恵子だってきっと…?」
電車が減速し始め、駅に着こうとする。
そのタイミングで像子と呼ばれた女子高生はスクッと立ち上がる。
「像子?まだ降りる駅じゃないよ?」
そして、茉希と呼ばれた女子高生の前に立つ。
仕切り板にもたれる茉希の右腕を掴んだ。ヒィっという茉希の短い悲鳴が上がった。
その原因はすぐにわかった。
像子の後ろ姿が見えている。
ハイソックスとミニスカートの間から見える彼女の太ももはややムチっとしていて健康的に見える。わずかに見えるその肌色にときめく男子も多いだろう。
それはスゥっと浮かび上がるようにして現れた。彼女の太ももには異形の模様が描かれていた。
それがオルフェノクに変化する合図だ。
奇妙な音と共に彼女の身体が変化してゆく。
模様に沿って皮膚が硬質化されてゆく。肌色はだんだんと燻んで、灰色の硬い皮膚が形成される。
165cmくらいの彼女の背丈に覆いかぶさるように外殻が形成されてオルフェノクの姿が重なり、身体が膨張する。
茉希の眼前には先ほどまでの像子の姿はない。ひどく冷たく重厚な灰色のなりをしている怪物。
その姿はまるで象かマンモスだ。
重厚感のある姿をしている。頭部はやはり象やマンモスを模っているかのような牙や突き出した鼻。
恐らく像子はマンモスよりも象の特質を持つオルフェノクだろう。
都内の高校に通う、至って普通の女子高生だった。
そんな彼女もいつからか死の淵から蘇ったオルフェノクとなったのである。
「像子が
ひどく怯える茉希に像子の姿をした影は言い放つ。
『言ったじゃん。誰がオルフェノクだっておかしくないって。それに…
私は少しくぐもっているが、急な大声にびっくりした。
我にかえり、周囲を見渡す。
15人ほどいる乗客の反応は様々だった。
ふと近くには彼女たちと同じ制服を着ている生徒が何人かいた。
無関心に携帯を触る者、何も起きていないかのように友だちと喋り続けている者。正直、人間からしたら違和感しかないだろう。
しかし、彼女たちも反応を見るからにすでにオルフェノクとなっているのであろう。
彼女たちの高校にはすでに比較的多くの生徒がオルフェノクと化していることが伺える。
対照的にサッと目線を外し、火の粉が飛んで来ないように祈る様子の乗客もいた。彼らはまだ人間なのだろう。
割合的には後者の方が多い。
そう。共存という選択は失敗だったのである。
人間の数はまだまだ多い。オルフェノクはまだその数に及ばないだろう。
しかし、白昼堂々と人前でオルフェノクが人を襲っている。
そう。まだまだオルフェノクは少数派なのだが、スマートブレインは政府中枢を支配して、オルフェノクが世界を実質支配していると言っても過言ではないのだ。
スマートブレインもどれだけの人間がオルフェノク化しているかをすでに把握できていない。
仮に人口の0.1%が覚醒していたとしても、すでに12万7千人もの人たちがオルフェノクに覚醒している。
残りの99.9%が人間であっても、従来の武器ではあまり効果がないオルフェノクをそれだけ相手にできるとは思えない。
警察や自衛隊がいくら出動しようが、オルフェノクたちがある程度束になれば、そんなものなんて怖くないのだ。
それに加えて警察や自衛隊もすでにスマートブレインの管理下に置かれてしまい、そのほとんどがオルフェノクで構成され始めていた。
それゆえにオルフェノクたちにも余裕ができてきている。
残された多数派であるはずの人間はオルフェノクに怯えながら反撃をする気力も削がれて生活をしているのである。
「い、いつからなの?」
『さー?どうだっけ?あ、でもこれは覚えてるよ?私を襲ってオルフェノクにした人』
「誰なの?」
『そんなの誰だっていいじゃん。大事なのは結果だからさ?茉希も観念することね。ここで私から逃げられても学校にも茉希が知らないだけで、たーくさんオルフェノクがいるよ?それじゃあ…』
像子という女子高生が変化したエレファントオルフェノクは側頭部から伸びた牙を触手に変え、躊躇することなく、友人の茉希の心臓を貫いた。
低い唸り声と共にオルフェノクエネルギーを茉希の心臓へ注入する。
ドスッという音と共に茉希の心臓は青白く燃えるように消え去った。
大きく目を見開いた茉希はカクッと首を仕切り板に預けて、目を瞑る。
それはまるで眠っているようだった。
オルフェノクは再び奇妙な音と共に像子の姿へと戻った。
その瞬間、ドアが開くと、像子は何事もなかったかのように自らのスクールバッグを手に取り、下車していったのだ。
茉希はというと、本当に寝てしまっているかのようにグッタリとしている。
やがて、発車ベルが鳴ると電車のドアが閉まる。
まさにドアが閉まった瞬間だった。死んだはずの茉希はパチっと目を開き、ゆっくりと周囲を見回す。
何が起きたか分かっていないのだろうか?
しばらく、自らの手のひらを見つめ、握ったり開いたりを繰り返す。
まるで新しい身体を手に入れて慣らすかのように、ずっと繰り返している。
やがて、次の駅に到着すると、ダルそうに重い足取りと虚な目をしながら、ホームへと降りていった。
彼女たちがどうなったかは知らない。
でも茉希という子もオルフェノクに覚醒したのだろう。
自分や周りで襲われた人の様子と酷似しているからだ。
制服は覚えているから、調べれば学校も特定できるだろうし、会いに行くこともできる。
しかし、別に会いに行こうとも思わない。
オルフェノクが人口のほとんどを占めることとなった今、オルフェノクである像子もオルフェノクになった茉希もただの一般人なのだ。
〜fin〜
ちまちまと書いてようやく完成。。。
ただ最後は駆け足で適当になってしまったので、いつか修正します。。。