さっきまであちこちで聞こえていた悲鳴は5分に1回、10分に1回とあからさまに減っていっている。
我々の排除対象が減っているのであればいいが、それは間違いで庇護対象が減り、排除対象が増えているのであろう。
「隊長どうします?」
「ああ、こうなった以上もはや持ち堪えられないのは明確だな。撤退だ」
「撤退ですか…」
「見ろよ。この惨状を」
小柄な女性隊員は、あちこちで炎が上がり、まるで戦争で荒廃した都市の様を呈している。
そう。1時間前まではここに何万もの人が日常生活を送り、行き交っていた。
それは突然やってきた。
灰色の異形の怪人ーオルフェノクが突如として人間を襲い始めた。
ーオルフェノク。
死した人間がまれに蘇り、異形の怪人としての力を授かることがある。
その姿はまるでウロコのような騎士の鎧のような、分厚くて硬い灰色で統一された皮膚で覆われており、様々な動植物をモチーフとした能力を持ち、人間を遥かに凌駕する強大な力や特殊能力を備えている。
特に自ら蘇生して能力に目覚めた者は「オリジナル」と呼ばれ、さらに高い能力を備える。
その怪人が多くの人が行き交う都心部で人間を襲い始めた。
我々にその一報が入ったのは一時間と少し前で、直ちに出動した。
解析班が周りの監視カメラをハッキングし、情報を集めていた。
その結果、排除対象は3体であることが分かった。
地下に張り巡らされた通路や水路を辿り、現場には10分ほどで駆けつけることができた。
付近の警戒に当たっていた先発班もいるようだし、もしかするともう、排除できているかも知れない。
対オルフェノク用のマントを身に纏う。
その期待は不発に終わった。
いざ、マンホールの蓋を押し上げ、地上に出た隊員たちの目には、悲鳴をあげて逃げ惑う人間たち、襲われて殺害されたであろう人間たちの遺骸、オルフェノクに殺された人間は灰となって死んでしまう。
身につけていた衣服と共に大量の灰が残されているだけだ。
それが街のあちらこちらに、数えられないほどあるのだ。
逃げ惑う人たちを追いかける異形の怪人ーオルフェノクは3体どころでは無かった。
10体、20体…いや、100体以上いるかも知れない。
今いる地点の外からも悲鳴が聞こえる。
オルフェノクに襲われた人間は死亡する。
その多くは身体が灰となる。
だが、全てがそうなるわけではない。
オルフェノクは人間を襲う際に、オルフェノクエネルギーという特殊なエネルギーを人間に注入する。
そのオルフェノクエネルギーに適応できない人間は灰となって死亡するが、一部は自らもオルフェノクとなって蘇ることもあるのだ。
つまりは最初に襲い始めた3体のオルフェノクに殺された人間の中からオルフェノクに覚醒する者が現れ、その者も人間を襲い始めたということなのだろうか。
「くそ!先発班は何をしているんだ」
苛立ちを覚える。
覚醒したばかりのオルフェノクであれば、制圧することは容易い。
だが、こうも増えてしまっては我々だけで対処できるかは怪しい。
「隊長!映像が送られてきました」
その映像には、事の始まりが記録されていた。
青いチューブトップに白いミニスカ姿の3人のキャンペーンガールたちが販促物を配っていた。
黒髪のロングヘアー、亜麻色のロングヘアー、ブラウンのミディアムボブ。
なんら違和感のない彼女たち。
受け取る人もいれば、受け取らない人もいる。
なんら日常で見られる光景だった。
全て配り終えた彼女たちは疲れた様子でグーっと伸びをする。
どこからともなく風が吹き、彼女たちの髪を揺らす。
しかし、それが突如として、3人の女は人ではない異形の姿へと変化した。
周りの人間たちは悲鳴を上げて逃げようとするが、まず3人の人間が捕まる。
ある者は触手を口から入れられ、またある者は武器から発射された体液を顔にかけられ、そしてある者はレイピアのようなもので直接心臓を貫かれた。
最初の3人は灰となって崩れ去ったが、3人のキャンギャルー3体のオルフェノクはすぐさま次の獲物を捉える。
そして、1体また1体とオルフェノクに目覚める者たちが現れた。
その姿は色々な動植物を想わせるような姿をしており多種多様で、一見統一されていないようにも見えるが、灰色一色のその姿は、人間から見れば畏怖するのは明らかだ。
ある者は4足歩行の哺乳類のような、またある者は何か野菜のような、そしてある者は何か海洋生物のような意匠をしている。
そして、オルフェノクに目覚めた者たちは、人間を襲い始めるのだ。
そんな映像が端末に映されている。
「それにもうこれ以上、避難民を集めても、足枷になるだけだ」
我々の後ろで震えるように固まっている10人ほどの人たち。
彼らも訳がわからぬまま、ここにいる。
ここにいれば、少しでも死から逃れられるだろうとしていた。
「よし、撤退するぞ。なるべく音を立てずにだ」
オルフェノクは五感が人間に比べて発達している。
聴力も例外ではない。
オルフェノクの特殊能力は様々だ。
何キロ先もの音を聞き分けられたり、分厚い鉄板の先を透視したり、時速何百キロもの速さで走ったりできるのだ。
それも能力の一つにすぎない。
恐らく、この辺りの人間はもう狩り尽くされたのであろう。
例え、分厚い金庫の中に閉じ籠ったとしても、場合によってはオルフェノク1体でこじ開けることができるのだ。
人総研の開発した対オルフェノク用のマントは気配を完全に消すことができる。
そのおかげもあって、バレずにここにいるが、いつまでもいる意味はない。
何万といた人間の中で救えたのはたった10人ばかりだ。
もしかすると別働隊がもっと救助しているかも知れないが、それは淡い期待かも知れない。
「よし、下水を通って都外に出る」
郊外の荒れ果てた土地に緊急避難場所がある。
そこでやり過ごすしかないだろう。
ーー
「総隊長。映像を送ります」
「これは…」
解析班から送られてきた映像にはオルフェノクが人間を襲い始めた頃の半径1キロ以内の複数の防犯カメラの映像だ。
そこには逃げ惑う人に紛れて、オルフェノクに襲われている形跡が無いのにも関わらず、オルフェノクの姿に変化している人たちだ。
小さな母子。サラリーマン。OL。女子高生。
共通点のなさそうな彼らがオルフェノクとなって、人間を襲い始めていた。
「これは、すでにこれだけの人間がオルフェノク化して紛れ込んでいたというのか!」
「そのようですね…スマートブレインの計画は我々の知らないところで進んでいたという事でしょう…」
「撤退だ!全軍撤退だ!救助できるだけの人間を集めて、各地の緊急避難場所へ集合せよ!!!」
総隊長の怒声が響き渡る。
そしてこれが後に人間解放軍の結成となる瞬間でもあった。
〜fin〜