「くそー。また補習かよー」
「ちっ…私もだ」
「なんで雫は補習じゃないんだよー」
昼下がりの高校の教室。
数年前まで女子校だったこの学校も共学化されたものの、未だに95%が女子生徒だ。
3-3と書かれた教室で、3人の女子生徒が昼休みにお弁当も食べ終わり、他愛のない話をしていたのだが、勉強の話になると2人が1人対して嘆いていた。
高身長の黒髪ポニテの少女は机に突っ伏し嘆いている。
その顔を上げると、女子ながら女性にもモテそうなイケメンの雰囲気を醸し出している。
隣に座る金髪のロングヘアーにピアスの女子生徒は脚を組んで素行からも感じ取れる不良っぽさも醸し出しながらも、北欧系とのハーフだろうか、こちらもかなり美形だ。
一方で雫と言われた少女は至って普通の少女。
少し茶色に染めたボブカット。
ほんの少しぽっちゃりしていて運動は苦手そうな雰囲気だが、勉強はできるのだろう。
得意げな顔をしている。
「今回は赤点ぎりぎりだっただけだろ」
金髪の少女がツッコむ。
「ち、違うよっ!3年になってから赤点一回もないから!」
「ちぇー。雫は最近バイトも始めたんだろ」
「いい加減なんのバイトか教えろよ」
「えーなんだっていいじゃん」
雫はバツが悪そうにはぐらかそうとする。
「ねっ、あーちゃんは今度バスケの最後の大会なんでしょ?」
「練習参加したいのに補習ばっかだー」
あーちゃんと呼ばれた少女。
黒髪ポニテの方だ。
首をガクッと落とすとポニテが揺れる。
「ね、今度勉強会しようよ!はるちゃんは何もないでしょ?」
「卒業できればいいし、パース」
「アタシもパスー」
雫はなんでだよと言う顔をする。
これがこの3人のいつもの風景。
そして午後の授業を終え、他の生徒は部活や家路に着く。
「帰りが遅くなるの嫌なんだよな」
「ほんとー」
「お前ら、ちゃんと補習受けろよ!」
背後から2人を牽制する。
ジャージ姿の女性の体育教師。
このクラスの担任であり、まだ20代と言うこともあり生徒たちと年齢も近かった。
「えーだって、帰り遅くなったら、ほら最近あれじゃん」
「そうだぞー」
「お前らなら大丈夫だろ。身体能力に割り振ってるから」
「そんな、人を脳筋みたいに扱って」
「勉強できなきゃ脳筋だろ」
「でもなんだっけ?あの人を襲う怪人?」
「あれだよオルニチンだろ?」
「そんな名前だったっけ?オルフェウスじゃない?」
「全く…オルフェンズだよ」
「全部違うじゃん!オルフェノクだよ。先生も間違ってるし」
雫が呆れ顔で3人の間違いを正す。
オルフェノク。
最近巷で噂されている。
人間を襲う怪物がいるそうだ。
実際に社会問題にもなり始めている。
日本では年間8万人ほどが行方不明になっている。
だがそのうちのほとんどは所在が明らかになるそうだ。
それでも見つからない場合、何かの犯罪や自ら死を選んだ人々だそうだ。
その人間を襲う怪物たちは普段は人間の姿をしていると言う。
襲われた人は死を迎えることになるそうだ。
実際に都会ではなんの前触れもなく行方不明になる人がジワジワと増えているらしい。
それがワイドショーや週刊誌で騒がれ始めた頃に、こういった噂が流れ始めた。
噂程度になっているのは、目撃者がごく少数であること。
多くの民衆は都市伝説として楽しんでいると言うレベルだ。
あれこれ尾鰭がついて、一つの都市伝説として完成されつつあるのである。
「ま、そんな怪物が人間に紛れているってのはヤダな。とっとと、自衛隊とか警察がやっつけてしまえばいいのに」
「そうそう。茜音の言う通り」
「もう、つまんないこと言ってないで補習始めるぞ」
「「はーい」」
「…じゃあ、私は帰るね」
「おう。また明日なー」
「またあしたー」
ピシャリとドアを閉めて雫は下校する。
そして、あーちゃんこと茜音とはるちゃんこと晴香はすぐに現実に向き合うこととなる。
補習には2人以外にも10人ほどが受けていた。
さきほどの担任が1人ずつプリントを何枚か受け渡し、終わって職員室に戻った先生に採点をしてもらい8割くらい正解すれば解放ということらしい。
時計は15:45を指している。
1時間くらいで終われば部活に参加できるだろうと考えていた。
また一人、また一人と教室を後にしていく。
夏ということもあり日は長いが、少しずつ陽が傾き始めている。
そして、夜の闇が迫った頃にはついに茜音と晴香の2人だけになってしまった。
「おい、あと何枚だ?」
「あと、1枚…」
まるで体力勝負をしているかのように消耗している2人。
ついに時計は18:30を指していた。
何度か職員室へプリントを持って行ったものの、
「2人とも不合格だが、答えが違うのを見るとカンニングとか相談はしていないみたいだな。ちなみに今回は2人だけ特別に難しくしてあるからな」
と言われる始末だった。
これまでの経験上2人はお互いを理解しあっている。
2人で考えても正解は導けないということだ。
それに加えて、お前らを返さないということだろう。
もっと勉強に目を向けろと言う担任からのメッセージだったのだ。
そして、19:00を迎える。
さすがにもう、先生に許しを得ようと、職員室へと向かう。
「なんか夜の学校って不気味だよなー」
「茜音って意外とそう言うところあるよな」
「そう言うところって何がだよー」
薄暗く蛍光灯が点く廊下を2人で歩く。
「なあ、なんか妙に静かじゃね?」
「そ、そうかな?」
教室の電気は2人のいた教室しか着いていなかった。
まあ、もう19:00ともなれば普通であれば教室にいる生徒や先生などいない。
部活動の生徒は普段なら校内に残っていても不思議ではなかったが、何やら今日はその気配もない。
30分ほど前までは部活動に励む生徒たちの声も聞こえていたが、今はその様子もない。
2人の廊下を歩く足音だけが校舎に響いている。
やがて明かりが見えてくると、そこには職員室と書かれている。
コンコン。
「失礼しまーす…って、あれ?」
職員室の扉をノックしてから開けると、明かりがついているものの中には誰一人といなかった。
「は?何だよ帰ったのか?」
「電気着いてるってことは誰かいるんだろ?」
「すみませーん!おーい!」
2人が叫ぶように呼びかけるが一切の反応はない。
「もう帰ろうぜ」
晴香が茜音を促し、職員室の扉を閉めて、元いた教室へと帰ろうとする。
ガラガラ。
2人が振り返ると、そこにはジャージ姿の担任。
「なんだ先生いるじゃん」
「もう今日は帰ってもいいだろー?」
様子がおかしい。
2人の位置から担任の顔の様子は窺いしれない。
ズッ、ズッ、ズッとすり足で2人に近づいてくる。
茜音と晴香は怪訝そうに見つめ、茜音が近づく。
「せんせー、体調悪いの?」
不意に担任の膝がガクッと折れ曲がる。
そして、そばに近づいた茜音が肩に手を触れた瞬間、担任の身体は灰色へ変貌し、その一つ一つが細かい灰色の粒子へと変わり果てた。
茜音を灰色の粉塵が包み込む。
ペタンとその場に尻もちをつく。
やがて、粉塵が消え去ると、担任の着ていたジャージや下着などと一緒に何かを燃やした程度ではできないほどサラサラで綺麗な小高い灰の山ができていた。
「わああああああ」
少し理解するのに時間はかかったが、茜音の叫び声が薄暗い廊下に響いた。
呆気に取られていた晴香だったが、その叫び声で正気に戻り、茜音の腕を引っ張り上げて、教室へと戻った。
「なんだよあれ…」
「思い出したぞ…」
「何がだよ!」
少し震えながら茜音が聞き返す。
「夕方に言ってた怪物の話だよ!」
「えぇ?オルフェウスだっけ?オルニチンだっけ?」
「そんなのどっちでもいい!いいか、それに襲われた人間は灰になって死ぬんだよ!」
「それってせんせーのようにか?」
「そうだ…」
「この学校にその怪物がいるってこと?」
晴香はコクっと頷く。
「警察に言わないと…」
「言ったところでイタズラだと思われる」
「じゃあ、どうすんだよ!」
「早く学校から出るしかねぇ」
2人は急いでカバンに全てを包み込むと、廊下へ飛び出す。
正面玄関の下駄箱へ走り出した。
「ひっ」
2人が3階の教室から1階にたどり着くまで幾つかのセーラー服とスカートやら下着やらカバンが散乱していた。
その持ち主たちはもれなく担任のように灰と化して、それぞれ人の形を成していなかった。
角を曲がりもうすぐ下駄箱だと言うところで、茜音が衝撃を受けて、尻もちをついてしまう。
「「痛い!」」
ゴツンと言う衝撃から、相当痛いだろ。
「いてて?」
「雫?何やってんだよ」
「え、2人はまだ残ってたの?」
「早く、ここから出るぞ!」
「どうしたのそんなに急いで?」
「説明は後でするから!」
「まって、忘れ物が…」
どうやらバイトで帰った雫は忘れ物をしたようだ。
バイトが終わって学校へ戻ってきたのだろう。
「そんなの明日でいいだろ!」
立ち上がった茜音が雫の腕を引っ張る。
「ま、まって、あと2人だけだから!」
雫が腕を引っ張り返す。
「2人だけ…?」
晴香が雫の言葉に引っかかる。
「そう2人だけ…」
暗い陰を落とす雫。
やがて、それは嫌なオーラが包み込んだ。
ふふっと薄ら笑いを浮かべると、雫の瞳が怪しく銀色に光った。
それが雫の全身に広がると奇妙な模様が浮かび上がり、それが隆起し灰色の鎧を身に纏った。
「「うわああぁぁぁぁ」」
雫と呼ばれた少女が立っていた場所には鼻の長い動物を模したような灰色一色の怪物が立っていた。
茜音は掴んでいた腕を振り払うと一目散に逃げ出した。
出口まであと100mないだろう。
2人の運動神経ならば、運動音痴の雫からなら逃げれる。
後ろを振り返ると、ゆっくりとあの怪物がゆっくりと迫ってきているのが視認できた。
晴香と茜音は携帯を取り出し、どこかへ掛けようとした瞬間だった。
横並びで走っていた茜音が視界から消えた。
そして、茜音の携帯が晴香を追い越すようにカラカラと廊下を滑っていく。
携帯を急いで拾い上げ、この時晴香は単純に転けただけだと、思っていた。
しかし、茜音の様子を見ると表情は青ざめている。
そして、必死に右足で左足を蹴っており、這いつくばる廊下をしがみつくように指に力が入っている。
よく目を凝らすと、あの怪物はノッソリと近づいて来ていた。
先ほどに比べて鼻が伸びている…
それを辿っていくと茜音の左足首に巻き付いてる。
怪物がそれを巻き取るように首を後ろにそらすと、茜音は一気に怪物の方へと引き摺られていく。
「いやぁあああああ」
茜音の悲鳴が響き渡る。
やがて、怪物の元へと引き摺られた茜音は逃げ出すこともできず、怪物に首を掴まれる。
パリンと頭上の蛍光灯が割れ、月明かりが茜音と怪物を照らしている。
175cmと女子にしては高身長の茜音だが、怪物は遥かにそれを超えている。
ググっと茜音を掴む腕に力が入っているのだろう、晴香から見た茜音は後ろ姿姿しか見えないが逃れようと体を動かして、それに釣られてポニーテールもまるで馬の尻尾のように左右にバサバサと揺れている。
やがて、月明かりに照らされた怪物の黒い影がボヤッと小さくなった。
青白く小さく笑う少女の裸身が映し出される。
それは紛れもなく雫と呼ばれた少女だった。
笑うと共に豊満なバストが揺れ動くが、雫はそれを気にする素振りも見せない。
『あと2人を片付けたら終わりだから』
その瞬間、晴香は先生も他の生徒も雫が全部やったことだと理解した。
「全部、お前がやったんだな」
『うーん。半分正解かな?』
「半分…?」
廊下の奥から、セーラー服を身に纏った女子生徒が3人ほど近づいてくる。
やがて、女子生徒たちも雫と同じように奇怪な模様と共に灰色一色の怪人へと姿を変える。
同じような灰色一色だが、それぞれ雫とも違い、わずかに濃淡の差や意匠の差もあり、小柄な少女は何かの小動物のような、小麦肌の少女はサバンナを駆け回る狩猟動物のような、おしとやかな少女は昆虫のような印象を受ける怪物へと変貌を遂げた。
晴香がわずかに後ろへ下がる。
それに気づいたわけでもないが、茜音が少し顔を後ろへ向けた。
「は…るか…たすけ…て…ぇ…」
『晴香じゃなくて、私が助けてあげる』
雫だった怪物が側頭部にある牙のようなものをシュルシュルと触手のように伸ばす。
それを茜音の口へと挿入しようとしている。
晴香は我慢出来ずに茜音を置いて駆け出した。
後ろからは
「うわああああああああああぁっ…」
茜音の叫ぶ声とそれが途切れたと同時に校舎を飛び出した。
『あーあ晴香だけ逃げちゃった』
怪物はそう言うと、茜音を地面に落として雫の姿へと戻る。
他の3体もそれぞれ、セーラー服の女子高生の姿へと戻り、まるで何も無かったかのようにその場を去った。
数秒ののち、茜音が目を見開き上体を起こす。
口角をわずかに上げた雫が後ろから近づき、何やら茜音に耳打ちをする。
やがて茜音立ち上がり頭を押さえ込むように、必死に頭を揺らす。
一方の晴香は必死に走り、気がつけば人通りの全くない山道に迷い込んでいた。
草むらへ飛び込むとその場で座り込み息を整え、両手に持った携帯に気づく。
一つは自分ので、もう一つは茜音のだった。
茜音の携帯の待ち受け画面には3人で撮った写真が設定されていたが、画面にはヒビが入っていた。
「茜音…」
名前をつぶやく。
茜音の携帯を握りしめ、顔を下へ向ける。
どれくらいその場にいただろうか。
「こんなところにいたのかよ」
聞き覚えのある声に思わず顔をあげる。
そこには握りしめている携帯の持ち主が立っていた。
「おい、それアタシのだ。返せ」
茜音に差し出す。
「あーくそ、画面割れてんじゃんか…」
「お、おい、お前大丈夫なのか…?」
携帯を操作する茜音に問いかける。
「うー?何がだよ」
操作に夢中になっている茜音は晴香の問いかけに話半分にしか聞いていない。
「よし。画面以外は大丈夫だな」
携帯画面から顔を上げて晴香の方を見る。
「なあ?」
「な、なんだよ?」
「なんでアタシを置いて逃げたんだよ?」
「え、いや…っていうか、なんで無事なんだよ!」
「無事…?ん、まあ無事っちゃ無事かな?」
躙り寄るように茜音が一歩近づく。
晴香は動物的本能で後ろへ下がった。
やがて、後ろには金網が設置されており、ガシャンと晴香の背中にひっついた。
「教えてやるよぉ。晴香ぁ」
いつもとは違う喋り方の茜音。
その瞳が雫のように銀色に光った。
身体全体が異形の模様と光に包まれ、その身が膨張した。
形容し難い音と共に茜音は灰色の怪物へと変貌したのである。
腕を開くような姿。
上半身は棘に覆われている、何かのみたいに植物に思えた。
『晴香ぁ、力が溢れてくるんだよぉ』
怪物の影が青白く茜音の裸身を映す。
間違いなく茜音の姿だ。
豊満とは言えないが、綺麗な形のバストを揺らしながら蔑むように笑う。
『声が聞こえるんだよぉ…人間を襲え、仲間を増やせってなぁ』
晴香に逃げ場などなかった。
さっきの茜音と同じように首をがっしりと掴まれると、頭を覆う籠のようなものに生えている棘のうち2本が触手のように晴香の口から体内へと侵入すると、心臓を貫いた。
ドサッと晴香を地面に落とす。
茜音だった怪物はくるりと踵を返し、道のある方へ歩き出した。
やがてそれは形容し難い音と共にセーラー服を着たポニーテールの少女へと変化したのである。
〜fin〜
明けましておめでとうございます。
即興3時間半クオリティです。
少しずつ修正してい期待ですねー。
いいタイトル思いつかなかったので、適当。
ウサギ年だからってウサギは出ない…
すみません。
本年もマイペースに更新していきますのでよろしくお願いいたします!