失楽園   作:若奈

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失楽園 〜女子陸上部の場合・後〜

「恵里香先輩、一体全体今日はどうしたんですか?」

 

集められた10人の陸上部員。

恵里香の背後には改修中の陸上競技場が聳え立っていた。

バスに揺られ3時間以上もかけて隣県の山間まで来たのである。

 

「ふふ。あの“事故”以来学校は再開したけれど、陸上部はずっと活動停止中だっただろう?ずっとそのままでは死んでいって部員たちもきっと浮かばれない。大会に出ていい成績を出すことがいい供養になりと思うんだ」

 

彼女が言う“事故”。

それは偶然発火した部室に居残っていた部員たち14名が焼死してしまうという痛ましい事故があったのだ。

その炎は凄まじく、骨も残らなかったそうだ。

 

「それより、羅南先輩とかが見当たらないですけど…?」

「あぁ、彼女たちなら後から来るんじゃないかな?さ、早速だけど中で練習をしよう」

 

10人の陸上部員たちは恵里香に連れられ、競技場内へと入る。

改修中ということで、さまざまな資材が残置されているが、機能としては問題なさそうだ。

 

「さ、今日は本番さながらに練習できるみたいだ。せっかくだユニフォームに着替えよう」

「ここで着替えるんですか?」

 

思わず部員は口にした。

それもそうだ。

更衣室でもなければ、トイレでもないなんの変哲もない通路だ。

 

「ふふ。恥ずかしがらなくていいだろう。ここには誰も来ないし、私たちしかいない。それに裸なんて普段からお互いに見ているだろ?」

 

部員たちはその場にカバンやリュックを置いた。

カバンからランニングシャツとハーフパンツを取り出し、各々着替える。

いざ、着替えると気が引き締まった気がした。

 

「みんな着替えは済んだかい?」

「あれ?恵里香先輩は着替えないんですか?」

「ん?ああ。私はこの下に着ているからね。トラックに入ったら脱ぐよ」

 

部員たちは少し違和感を抱いたが、歩き出した恵里香の後ろをついていく。

 

「それにしても、どうやってここを借りれたんですか?」

「ふふ。私たちの悲劇を知ったとある企業から、ぜひ私たちにと招待をしてくれたんだ」

「そうだったんですね。いったいどこの企業だろう…?」

「ふふ。さ、この先が私たちの練習場所だよ」

 

キィィッ

 

改修前なのか立て付けの悪い扉を開ける。

 

そこには日光照らされた陸上トラックが敷かれていた。

 

そして、見知った顔がズラッと並んでいた。

 

「遅かったじゃねえか」

「羅南先輩!?」

 

恵里香に連れられた10人の部員たちはキョトンとしていた。

別に先に来ていた羅南に驚いたわけでもない。

彼女たちのユニフォームが自分たちのと違ったものに驚いていた。

 

「ふふ。どうだい?新しいユニフォーム」

 

これまで自分たちが着ていたユニフォームとは大きく違っていた。

鮮やかな薄い青色と黒のブラトップと黒一色のレーシングブルマ姿。

明らかに今までのより肌色の面積が増えている。

 

「いい記録が出そうだぜ」

「羅南の言う通り、風の抵抗を減らすためにこのタイプにしたんだ」

 

10人の部員たちは対峙するかのように向かい合う部員たちを見つめる。

 

「おーい!さっさと始めようぜ!」

「ふふ。羅南もう少し待って」

「早くしろよー!」

 

少し離れた位置にいる羅南は大声で叫んでいた。

 

「あ、あの恵里香先輩?私たちもアレを着るんですよね?」

「ああ、言い忘れていたけど、今回大会に出るのは選抜されたメンバーにしようと思っている」

「選抜?」

「そう。選抜に選ばれればあのユニフォームを着ることになるんだ」

「じゃあ羅南先輩たちは…」

「彼女たちはすでに選抜メンバーとして選ばれているんだ」

「どうやって選抜するんですか?」

「ふふ。それはもう少ししてからのお楽しみだよ」

 

「恵里香〜」

 

背後から女性の声が聞こえる。

 

「ふふ。来たようだね」

「全く、こんな遠いところ部員たちだけでって」

「そう言いつつも来てくれたんだね。嬉しいよ」

「ったく。最後の大会だから、絶対に負けないからね!」

 

張り合うように恵里香に宣言する少女。

恵里香より少し背が高いが、恵里香と同じようにポニーテールを結っている。

 

「恵里香先輩、誰ですか?」

「ふふ。一年生はあまり知らなかったね。彼女は隣町の中学の陸上部のキャプテンなんだ。倉森 一夏(くらもり いちか)。せっかくこの場所でするんだから、大勢でやった方が私たちも都合がいい」

「なるほど!合同練習ってことですね!」

「さ、みんな」

 

恵里香に促され陸上トラックへ歩み出す10人の部員たちと一夏率いる部員31人。

 

「ふふ。これで準備は整ったかな?」

「俺もう待ちくたびれたんだけど」

「羅南。もう少しだから待ってくれ」

「さっきからずっともう少しばっかりじゃねえか」

「ふふ。一夏、私たちでデモンストレーションといこうか?」

「なーにー?私と走ろうっての?」

「ふふ。走るのは君だけだ」

「え?どう言う意味…?」

 

恵里香は学校指定のジャージをバサっと勢いよく脱ぎ捨てる。

鮮やかな薄いブルーと黒のブラトップとレーシングブルマ姿に変身した恵里香。

 

それだけではなかった。

グニャりと周囲の空間を歪ますような錯覚を覚える、嫌なオーラが恵里香から発せられる。

身体全体に奇怪な模様が浮かび上がると光に包まれ、変化を完了させた。

 

灰色一色の異形の怪人。

ーオルフェノクに。

 

一夏は驚きからその場に尻もちをつく。

恵里香と同じ格好をしている部員以外の他の部員たちは呆気に取られている。

2mを超す怪物の影が人間の形に縮まると、ボヤッと恵里香の裸身が浮き出てきた。

 

『ふふ。おどろいたかい?』

 

その口調は先ほどまでと何ら変わらない恵里香そのものだった。

 

『さ、デモンストレーションだ』

 

一夏は目の前のライバルが人ならざる者へと変化してしまった恐怖から逃げ出す。

怪物は一切それを追おうとはしなかった。

 

シュッ

 

怪物の顔部に空いた無数の十字形のスリットから2本の触手が飛び出てくる。

あともう数歩で屋内へ避難できるといったところで、背後から迫ってきた怪物の触手が一夏を追い越した。

触手は伸びた先端が180度向きを変え、一夏の口へと侵入してきたのだ。

あっという間に一夏の身体の内部から心臓へと突き立て、エネルギーを流し込む。

途端に一夏の鼓動を続ける心臓はいきなり青い炎を上げて灰化してしまった。

もがき苦しむ一夏から触手が触手が抜かれると同時に一夏はその場へ倒れ込んだ。

 

「一夏!」

「きゃああ」

 

何人かの部員は一夏へ駆け寄った。

他の大勢は一目散に屋内へと逃げ出した。

 

『さ、仲間(オルフェノク)たち、選抜試験を始めよう』

 

青白い影の恵里香のこの言葉が号令かのように、羅南たちの身体にも異変がはじまる。

 

形容しがたい音と共に身体を、冷たく分厚い灰色一色の皮膚へと変化させた。

その意匠は様々で、まるでナメクジやイノシシなど色々な動植物を思わせるような姿をしている。

 

怪物たちは散り散りになった部員たちをまず探すところから始まった。

 

最初に餌食となったのは一夏に駆け寄っていた部員たち3人だ。

一夏と同じ3年生の彼女たち。

 

『お前たちは逃げなくていいのかよ?』

 

羅南が変化したナメクジを思わせるスネイルオルフェノクはバッと顔上げた部員に触手を突き立てた。

恵里香が一夏にやったように、羅南も触手を通してオルフェノクのエネルギーを注入する。

やがて心臓は勢いよく青い炎を上げながら灰と化した。

 

「ひっ…」

 

『ふふ。君も逃げなきゃダメだよ?』

 

恵里香はもう一方の生徒を羽交締めにする。

ヘラジカを思わせるムースオルフェノクは、自らの顔に空いた無数の十字形のスリットから触手を出現させ、少女の心臓を貫いた。

 

『さ、あとは君だけだよ』

 

一夏に駆け寄った3人のうちもう1人しか残っていない。

その1人にジリジリとにじり寄る。

 

ペタンと地面に尻をついた格好で後ろへ後ろへ下がる。

やがて、手に触れるものがあった。

 

先ほど恵里香によって殺された一夏の遺体だ。

私もこうなるのか、恐怖に震える。

 

ガシッ

 

「え!?」

 

死んだはずの一夏の手が腕を掴んでいる。

よろよろと立ち上がる一夏。

 

「い…ちか?」

「うぅ…くそ…なによこれ…?」

『ふふ。お目覚めかい?一夏。これは世界の縮図なんだよ。ここにはまだ仲間(オルフェノク)は少ない。人間の方が圧倒的に数が多い。でもここから私たちは圧倒的な力で人間を減らしていくことができる。私が一夏にしたようにね

「恵里香…何言ってんの?」

『一夏も聞こえるだろ?自分の声が』

「自分の声?何言ってる…のっ!?」

 

突然、一夏の脳内にくぐもった女性の声が響く。

 

「何これ…?」

『ふふ。それが私たち(オルフェノク)の本能だよ。オルフェノクは死んだ人間のうち適性あるものだけがオルフェノクになることを許される。私たちはそれの手助けをしているだけなんだ』

「人間を襲え…?仲間(オルフェノク)を増やせ?」

『あれ?もうはっきり聞こえているんだ?さっきも言ったけれど、これからここで起きることは世界の縮図となる。今はまだ人間の方が多いけど、やがてそれはオルフェノクの方が多くなる。そして、オルフェノクだけになるんだ』

 

一夏の身体に異変が起きる。

健康な肌色は奇怪な模様によって、灰色の硬い皮膚へ、身体全体がまるで騎士の鎧のように変化した。

まるでモグラを彷彿させるようなモールオルフェノクに。

それが倉森 一夏の新しい姿。

 

『さ、今までの古い価値観は捨てて、私たちと一緒に新しい世界を目指そう』

『えあ…私は…』

 

一夏の脳内はひたすら『人間を襲え。仲間を増やせ。人間を襲え。仲間を増やせ。人間を襲え!』

 

グジュリ。

 

鈍い肉を貫く音が響く。

 

モールオルフェノクの鋭く尖った頑丈な大きな爪が少女の左胸を貫いた。

貫かれた少女は大きく目を見開いた後、全身から力が抜けた。

モールオルフェノクは自らの爪で突き刺したままの少女を軽々と持ち上げて不思議そうに眺める。

 

やがて、少女の身体は灰色に染まり、細かい粒子となって風によって飛ばされていった。

モールオルフェノクの突き上げた爪には少女が着ていた体操服とスポーツブラが突き刺さっているだけだった。

その瞬間、一夏の…モールオルフェノクのタガが外れてしまった。

 

その頃、競技場のあちこちから悲鳴が聞こえ始めていた。

オルフェノクは一夏を含めて12体。

対する人間は先ほど使徒再生で殺害された3人を除いて38人。

人間はまだ3倍以上の勢力を保っている。

しかし、それが目減りし始めるのはすぐだった。

 

ユラユラとスネイルオルフェノクとムースオルフェノクに殺された2人の少女が起き上がる。

 

『凛花、美希』

 

上体を起こしただけの2人は一夏の姿を見て驚く。

目の前の怪物の影には青白くポウっと一夏の上半身の裸体が浮かび上がっている。

自分たちが意識を失う前、一夏は同じような怪物に変化した恵里香に殺された。

そして、凛花と美希と呼ばれた少女も羅南と恵里香に襲われた。

 

「一夏…?」

「どうなってるの?」

『2人もわかるでしょ?』

 

モールオルフェノクは大きな鉤爪に突き刺さっている体操服とスポーツブラ。

体操服に書かれている名前はさっき一夏に駆け寄ったもう1人のもだ。

一夏の影は口元はが薄ら笑いを浮かべている。

 

「え…?死んじゃったの…?」

 

恐る恐る、目の前の怪物に問いかける。

 

『灰になって消えちゃった』

 

怪物の代わりに一夏の影が答えた。

モールオルフェノクは2人の背後へ周り、大きな鉤爪で2人と肩を組むようにしゃがむ。

 

『2人はもう怖がらなくて大丈夫でしょう?』

 

身体が硬直して動かない2人。

 

『早く変身しないと狩り尽くされちゃうよー?』

 

普段と変わらない口調で話しかけてくる怪物の姿をした一夏。

 

「変身…そうだ変身しないと…」

「え?何言って…」

 

先に異変が起こったのは美希の方だった。

すくりと立ち上がり、異形の模様が肌の奥底から現れる。

その形をそのままに模ったように美希の姿は一瞬にして、灰色一色の鎧を身に纏った。

 

「み、美希!?」

『凛花も早く』

 

美希が変化した、頭から2本の触角を生やした、昆虫のようなロングホーンオルフェノク。

その影に一夏のように青白く美希の裸身が現れた。

走る種目ではない美希の身体は陸上部員にしては女性らしい体つきで、部イチのバストを誇っている。

そのバストがちょうど突起物の見えない辺りまで晒されていた。

その姿は何やら神秘的にも思えたのだ。

 

『何かわからないけど、力が湧いてくる…』

『さあ、凛花も早く変身して、仲間を増やしに行こうよ!』

 

一夏の影に呼びかけられる。

 

ドクンと大きく心臓が飛び跳ねた気がした。

 

『仲間…?仲間かぁ…?仲間だ…そうだ。仲間を増やさないと…仲間増やすために襲わないと』

 

凛花の顔に異形の模様が出現する。

異形の模様は硬質化し、灰色の硬い表皮へと変化した。

凛花と呼ばれた少女は鳥の嘴を思わせる、装飾が頭部に張り付いている、ペリカンオルフェノクへと変化を完了させた。

 

あとはもう、競技場にいる部員たちを狩り尽くすだけだ。

いくら悲鳴をあげようも、山間にある改修中の競技場になんて誰も近づくことはなかった。

 

競技場に散り散りになって隠れた部員たちは14体のオルフェノクによってすぐに発見された。

どんなところに隠れようが、オルフェノクの鋭く発達した感覚を持ってすれば、発見することは容易い。

あるオルフェノクは微かな息遣いも捉え、またあるオルフェノクは分厚い鉄板をも透視し、怪力で捻るように扉を破壊する。

 

 

ペリカンオルフェノクは人間を見つけると、仮面のような顔部の何もない口に相当する部分から2本の触手が現れる。

それを部員の口から心臓へと突き立ててエネルギーを注入した。

ロングホーンオルフェノクは触角をそのままに触手へと変貌させたが、口を塞ぐ部員に対し、鼻から2本の触手を挿入させ、エネルギーを注入させる。

 

10分もすれば、悲鳴は聞こえなくなっていた。

トラックの隅に置かれた表彰台の上にはムースオルフェノクが立っている。

 

その前には10人の薄い青色と黒色のブラトップを着た部員と体操服を着た22人の2つの中学校の陸上部員たち。

 

『ふふ。全て終わったようだね。うちの中学の部員は後で新しいユニフォームを渡してあげるよ。一夏、こっちへ来てほしい』

 

ムースオルフェノクによって促された一夏は壇上へと上がる。

すでに一夏は緑と黒のブラトップと緑一色のレーシングブルマへと着替えていた。

眼下の部員たちに見せつけるように両手を腰に当てている。

そして、自らの姿をモールオルフェノクへと変化させた。

 

『私たちの中学もこの色違いのユニフォームにすることになりました。私たちの能力を最大限活かせるように設計されているものです』

『ふふ。一夏も様になっているよ。みんな心して聞いてほしい。今日ここでの出来事はこれから世界中で起きることなんだ。もうここにいるのはオルフェノクとなった私たちだけ。世界に目を向けるとまだまだ圧倒的に人間の方が多い。目に見えないレベルのほんの僅かな変化だけど、やがて世界中にオルフェノクが増えて、地球もここと同じようにオルフェノクだけのモノになる。そうするためには今日みんながされたことを人間にすれば良い。肩身の狭い思いをするかもしれないけれど、人間に紛れて何食わぬ顔で普段通りの生活を送っていれば、誰にも私たちがオルフェノクであることを知られることはない。だから、これは悪いことではない。愛なのだから…』

 

恵里香の影がそう締めくくると、部員たちは大きな咆吼をあげ、その身体には灰色の異形の姿を重ねていた。

 

 

数週間後。

県下で開催された陸上競技大会。

新しいユニフォームに身を包んだ彼女たちは、次々と新記録を打ち立てていた。

ほぼ全ての競技で表彰台は全て、最近頭角を現した陸上のトップアスリートたちと同じメーカーによるブラトップとレーシングブルマに身を包んだ少女たちだった。

 

〜fin〜

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