その年の夏は酷暑も酷暑で、記録的な暑さとなった。
すっかり夏本番ということもあり、全国的に出歩く人は本当に少ないようだ。
大学生の私は上京をして、そこそこ安い団地の一室を借りていた。
築25年というのもあり古さと前世代感はあるが、団地ということもあり、家族が住める広さを一人暮らしということもあってなんだかんだ住めている。
一人暮らしということもあり、光熱費やら何やら考えながら生活をしている。
去年は大学1年目で試行錯誤しながら生活をしていたが、今年は去年と同じようでいいやと思っていた矢先、この暑さだ。
ひどい暑さだというのにクーラーの設定温度は高めで耐え凌ごうと思っていたのだけれど、さすがに耐えられなかった。
毎晩汗だくになって翌朝を迎える。
せめて実家から扇風機を送ってもらうことにした。
自分で買えないのは暑さもあるし、何より一人暮らしかつバイトをしていないというところにあった。
つい最近までアルバイトをしていたのだが、この暑さのせいで外出が億劫になってしまい辞めたのである。
ピンポン。
少し音の外れたインターフォンが鳴る。
扇風機がようやく届いたのだろうか?
うちわを仰ぎながら、玄関を開けるとそこには配達員。
押印し、荷物を受け取ると、配達員はやや視線を外しにこやかに去っていった。
そして、隣家のインターフォンをにこやかに押していた。
このクソ暑い中、配達に回っていると考えると、やはり働くということは大変なんだと実感するが、どこか他人事のように思っていた。
そこで、自分がしでかした失態に気づいた。
上半身が下着姿だったことを。
だから配達員は妙に視線を避けていたのか。
合点がいくと同時に恥ずかしさが押し寄せていた。
これからは気をつけよう。胸にそう刻み込む。
しかし、受け取った荷物は細長く長方形の小さな箱だった。
到底、扇風機などが入っているわけでもなく、組み立てろというほどパーツが入りきらない大きさである。
あ、そういえば大学のレポートのためにネット通販でUSB頼んでたことを思い出していた。
幸い今は長期休暇中で、大学も休みだ。
近くのコンビニに買いに行けば良いと言われそうだが、とにかく暑いの一言だ。
最近の一日は朝起きて、すでに汗だくの身体をシャワーで流して、コンビニに行く。
そして、帰って来るだけで汗だくになるのだ。
汗を流すのと暑さに耐えかねて、水シャワーを浴びる。
それからは一歩も外に出ないというのが毎日だ。
そして、気がつくと日が傾き、室内には夕陽が差し込んでいた。
いつの間にかリビングの机に突っ伏して寝ていたようだ。
寝たお陰だろうか、少し身体が軽い。
うーんと伸びをすると、右手に違和感があった。
右手には宅配されてきたモノが握られていた。
USBですら無かったことに苛立ちを覚え、机に投げ捨てる。
そろそろ、夕飯をどうするか考えないと。
財布を手に取り玄関へと向かう。
少し重いドアを開けると、キレイに夕焼けに染まり茜色に照らされる。
お昼よりは暑さはマシだが、それでもまだ暑い。
実際にコンビニまでの道のりで出会った人は片手で数えられるほどではなかっただろうか?
それくらいまばらだ。
いざコンビニに着いても、人は少なかった。
お客どころか、店員まで少なくない。
いつもこの時間になればレジには2人はいたはずだし、品出しや発注をかけている店員さんももう一人いた気がするが、今は高校生くらいの女の子が一人で捌いている。
思わず、レジで暑いのでお客さんも来ないでしょと声をかけた。
「お客さんがあまり来ないので、今は私一人ですよ〜。私はここにいると涼しいから、続けているんですけど、最近は連絡もなしに辞めていく人が多いんですよね〜。こっちからかけても連絡取れないし…あ、お姉さんもここで働きませんか??」
人手不足ということもあったのだろうけど、アルバイトの高校生の女の子がワンオペできるくらいの暇さなのだ。
それに加え、勧誘までされてしまった。
大学の課題が忙しいからとか適当に答えて、労いの言葉だけかけて、そそくさと退店する。
ふと、階段の踊り場に差し掛かった時、団地の前の公園に人影が。
こんな暑いのに子供は元気だなと思って、よく見てみると隣の部屋に住む女の子だった。
最近よく一人で公園にいる気がするが、友だちは暑いから誘っても着いてこないのかなとか結構アグレッシブに動ける子だなとかを考えながら、しばらく見つめ続ける。
やがて、階段を降りる音が聞こえる。
見ると、女の子のお母さんだ。
いつもにこやかにしていて愛想もよく、いつか私もなりたいと思える、優しい雰囲気のお母さんだ。
ペコっと会釈をして、少し世間話をしてから立ち去る。
後ろから、女の子の名前を呼ぶ声がする。
さすがに暗くなるだろうから、呼びに来たのだろう。
それから数日。
その母親が階段の踊り場あたりで娘を呼ぶ声で目が覚めた。
どうやら隣はハンバーグだそうだ。
軽く両手を上げて伸びをする。
またリビングの机で寝ていたようだ。
この時間になれば涼しいだろう。
軽く汗拭きシートで身体を拭きながら今日のご飯を考える。
結論としてはこれと言って何も思い浮かばない。
今日もコンビニ飯だ。
コンビニに着くと相変わらず人は全くいない。
あのアルバイトの高校生の女の子がニコッと笑いかけてくれる。
適当にカゴに放り込みレジヘと向かう。
そういえば、最近毎日いるような気がする。
この前話しかけたおかげで会話する程度の仲になっていた。
「他のアルバイトはほとんど連絡が取れなくなってしまったんです。今は5〜6人でシフト回しているんですよ。それでもあまりお客さんが来なくなったので、大丈夫ですけどね(笑)ウチもお母さんだけになってしまったので、少しでも助けないとです」
どうやら離婚してしまったのだろうか、それぞれの事情があるのだろうからそれ以上は踏み込んで聞けなかった。
すっかり暗くなった自室に戻るとヴーーと低い音を奏でながら電子レンジが温めているのを眺めている。
すると、隣室から騒がしい声と音がしてきたのだ。
隣はあの母娘だ。
まさか強盗!?
一大事だ。
慌てて飛び出して、隣室へと駆けつける。
間取りは同じだ。
そんなことを後から考えたことを思い出した。
部屋へ飛び込むと女の子は私にすがりついてきた。
「マミちゃん!いったい何があったの?……それにあの人いったいなんなの?」
私は思わず震えてしまっていた。
声もだろうし、指も震えていただろう。
私が差した指の先にあったモノ。
一輪挿しが置かれたテーブルを挟んで向かい側にいたモノ。
奇怪なベルトにアーマーのようなモノを身に纏っているモノと誰だか分からない灰色の大きな怪人。
もしかして、こいつらが強盗なのだろうか?
お母さんはどこへ行ってしまったのだろうか?
「早くその娘を連れて逃げるんだ!」
アーマーのようなものを身に纏ったやつに言われる。
そうだ。きっとあれは強盗で、お母さんはもしかしたら…
そんなことを考えていると、私の腰にすがりついていたマミはさっきの私の問いに答えた。
「お、お母さんが怪物に変わっちゃったの。おねえさん、私どうすればいいの?」
ヒックヒックと泣きながらそう話すマミちゃんに私は答える。
「あら?それってこんな風に……?」
私はポニーテールを軽く振り回すように首を動かすと、瞳が怪しく灰色に光る。
身体の内側から沸々と湧き上がるような熱さを感じる。
まるで相手をこちら側へ誘うかのように、サッと両腕を前に差し出し掌を上に向け、妖しく私はニィと口元だけで笑う。
これが私が変身する時のお決まりのポーズだ。
私自身の身体が変わってゆく姿を目の当たりにすることができ、感情を昂らせるためだ。
準備は整った。
身体中の細胞が作り変わっていくのを感じる。
それが私の差し出した腕に現れた。
奇怪な模様が白い肌の下から浮かび上がる。
私の着ている鮮やかなブルーのタンクトップから覗かせた肩口から指先にかけて、胸元や顔にまでもその奇怪な模様は浮かび上がっていた。
まるで何らかのコードをずっと全身に巻き付けられていたかのような模様だ。
そして、それは私を包み込むように皮膚の下から突き破るように這い上がってくる。
模様がそのまま硬質化していく。
私は自らの身体をオルフェノクの姿へと変貌させた。
ブルーのタンクトップにネイビーのハーフパンツを着たポニーテールの女子大生はもうどこにもいなかった。
灰色の硬い表皮に覆われたその姿は、ゴツゴツとした鎧を着ているようだ。
どことなく冷たく、暖かみのない灰色のモノトーンに統一された肌。
一目でテーブルを挟んで向かい側にいるマミちゃんのお母さんと私は凡そ同じモノだと分かる。
マミちゃんのお母さんはもしかして初めて変身したのだろうか、少し落ち着きがなく理性もないように思える。
私は覚醒してから数日、何度かオルフェノクの姿へと変身していた。
最初はなんだか身体の調子が変だと気づいたと同時にオルフェノクの姿へと変身していた。
洗面台へと駆け込むと、今まで見慣れた姿どころか、異形の怪物のような姿にはびっくりしたが、不思議と畏怖などは無かったし、まるで初めからそうであったことのように身体も脳もなぜか受け入れられた。
そして、自分がすべきことまで理解していた。
「きゃあッ!!」
自らの母親と同じように変身した私を見て大声で悲鳴をあげるマミ。
すがっていた私から逃げるように離れる。
「まさか、この団地の住人が……全てオルフェノクに…!?」
マミちゃんのお母さんと対峙していた奴は苦悶の声を上げて、マミちゃんを抱き抱えると、まるでロボットのようなものを使って、私たちの足止めに使った。
多分そうだろう。
マミちゃんの家にも隣の私の家にも青いバラが届いていると言うことは、少なくともあの時に反対の隣家にも届いていた。
恐らくこの団地にはもう人間は住んでいないだろう。
それにもうこの街…世界全体がきっとそうなのだ。
人が疎らなのは暑さのせいもあるだろう。
でも少し涼しい夜まで人が疎らなのはなぜか、きっとほとんどの家にあの青いバラが届いている。
実家から送られてくるはずの扇風機がいつまでも届かないのはなぜ?大学の友人の一部から連絡が返ってこないのはなぜ?
いつも行くコンビニのことを考えれば必然的にそうだ。
アルバイトたちのほとんどが連絡付かなくなったのも、オルフェノクになれる資質が無く死んでしまったのだと思うし、アルバイトの女子高生だってほぼ間違いなくオルフェノクだ。
別に青いバラを触れてオルフェノクになったからと言って、お互いを詮索するわけでも無く、それが当たり前であって今まで通りに振る舞って生活をするし、相手が人間であればオルフェノクに変身して襲って仲間にするということだけだ。
彼女の家にもあのバラが届いていたのだろう。
そして、彼女とそのお母さんはオルフェノクになれたが、その他の家族は死んでしまったのだと思う。
実際に届いていなかったり、運良く触らなかったとしても、すでに私たちのようにあのバラを触ってオルフェノク化した人間は数え切れないほどいる。
私もすでにあのバラに触れてしまって、オルフェノクと化したこの数日のうちにいくらかの人間を手にかけていた。
オルフェノクになるか灰になるかは時間の問題だろう。
結果としてマミちゃんは誘拐されてしまったのだ。
人間の姿に戻ったマミちゃんのお母さんはペタンと座り込み項垂れてしまった。
その傍らには先ほどの先頭で床に落ちてしまった花瓶からこぼれ落ちた、青いバラの一輪挿しが横たわっている。
ーーーそう、これは私の部屋にもある青いバラだ…
いったい、これは何を暗示していたのだろうか。
青いバラの花言葉は不可能や奇跡、あとは…神の祝福だそうだ。
私の身体から熱が冷めていくのが分かる。
灰色のオルフェノクが立っていた場所にはブルーのタンクトップにネイビーのハーフパンツを着たポニーテールの女が立っていた。
そして、私はマミちゃんのお母さんに声をかけたことは昨日のように覚えている。
今も私の部屋にはその青いバラの一輪挿しは花瓶に挿されて飾られている。
不思議と私たちを変えてくれた青いバラは一年たった今でも枯れずにいる。
机に顔をくっつけて、色々と思い出しながら、青いバラを突っつく。
初めて触った時のように不思議な感覚は当然無かった。
この青いバラに触れた者はオルフェノクに覚醒する。しかし、資質を持たない者はその場で灰となって死んでしまう。
あの日届いた宅配便の中身は青いバラだった。
偶然にもその資質を持っていたおかげで私はそれに触れることでオルフェノクへと覚醒したのだ。
この一年で世界は支配するものが人間からオルフェノクへと変わったのだった。
世界のほとんど人間はオルフェノクと化し、ごく少数のわずかに生き残った人間たちはひっそりと隠れながら生活をしているらしい。
かく言う私は以前と変わらない生活を送っている。
大学の課題やレポートに追われて、息をつく暇もない。
そんな中、久しぶりにうたた寝をしてしまっていたおかげで、一年前の出来事を思い出した。
花瓶から青いバラの一輪挿しを取り出し、指先でクルッと回して、憂いを帯びた瞳でポツリとつぶやいた。
「マミちゃん……」
結局今もマミちゃんは見つかっていない。
〜fin〜
S.I.C HEROSAGA -ロスト・ワールド-内の登場人物の視点を変えて描いてみました。
きっとこんな感じの物語があったらいいなーと思いました。
パラダイスロストの前日譚の前日譚みたいなものですw
また気がついたら修正してそうな内容ですがw
ちなみに今までの世界線と違うので、話の連続性はありません。
さて、今後は月一で更新できたらいいな〜て思っていますので、また来月ですかね〜?
では。