ダンジョンに「くっ、殺せ!」を求めるのは間違っているだろうか。 作:最強オーク
私こと、アイズ・ヴァレンシュタインには守りたい相手がいる。
誰よりも優しくて、誰よりも強くて、誰よりも危なっかしくて。
泣いている迷子がいるならば手を取って導き、
危険なモンスターが相手でも勇敢に挑み、
助けを叫べば例え遠く離れていても駆け付ける。
皆が憧れる偉大な英雄クロナ・コロン。
私がフリュネ・ジャーミルに襲われた時、盾になるように守ってくれたクロナに、亡くなった両親の背中を重ねてしまった。そこからは止まれなかった。
都市外に出掛けると言えば、周囲の目を気にせず駄々こねたり。
地獄と化した27階層で左腕を切られたと聞いた時、主神団長を無視してクロナにくっついたり。
【猛者】と深層の階層主バロールに挑んで右腕潰されたと聞いた時は、部屋に連れ込んで数日間籠ったり。
今思えば嫌われてもおかしくない行動だ。それでも彼女は怒ることも、呆れることもなく付き合ってくれた。
『心配をお掛けしました。なので、私に出来る範囲でお願いを聞きますよ』
クロナが欲しい。
この一言が言えなかった。
『······じゃが丸くん』
『分かりました。今から全店制覇しましょう!』
夕食が食べられなくなって、二人してリヴェリアに怒られたのは良い思い出だ。
そんなおり、
『······くっ、殺せ!』
クロナの部屋で一緒に寝た時。何か悪い夢を見ているのか、うなされているクロナが発した言葉。その声は苦しそうで、何かを嘆いているとも聞こえた。
クロナに伝えてみたら、
『······私の、私が乗り越えなければいけない試練みたいなものです。この事は誰にも言わないでください、お願いします』
そう言ってクロナは頭を下げた。その表情にはいつもの明るさがなかった。それがひどく悲しかった。
彼女は今も苦しみの中にいるのなら。彼女に助けられた私は、彼女のためなら命を懸けられる。
だから、クロナを守りたい。自身の復讐を先延ばしにしてでも、クロナの闇を晴らしたい。
そのために愛用の剣を握る。彼女を守れるぐらいに強くなるために。
場面は変わって。
先の戦いで命令を無視して先走った私は、団長のフィンから呼び出され説教を受けていた。
副団長のリヴェリアとガレスからのフォローがあり、何かしらの罰を貰う事もなく終了した。
「ええ。そのテントはあちらにお願いします······おや?説教は終わりましたか?」
「うん」
ここは深層の50階層でモンスターが生まれない休憩地点。憧れのクロナ・コロンは拠点作りの手伝いをしていた。
ベートさんからは他の奴にやらせとけ、ラウルさんからは自分達でやるッス!と言われていたのだが、テコでも動かないクロナにもう諦めたのか何も言わない。
手伝いに一段落ついたのか、私を見つけたクロナは微笑みながら話し掛けた。
「そうですか。フィン達から言われたかもしれませんが、無茶はいけませんよ。貴方に何かあったら悲しいですから」
「ごめんなさい······でも、クロナも同じだよ」
「うぐ、そ、そうですね。私もアイズと同じでした」
気まずそうに苦笑いを浮かべるクロナに、思わずクスリと微笑む。
ちゃんとしているようでどこか抜けている。私が気付いた彼女の性格。私だけの秘密にしたかったが、主神のロキが言いふらしたせいで最早誰もが知っている性格になった。
この後の予定は食べて寝るだけ。だから、同じテントで寝たい!小さい私も添い寝!添い寝!と叫んでいる。
思い立ったが吉日。アイズの行動は都市最速よりも速かった!
「あの、クロn「おーい!クロナーアイズゥー!!」···」
「あ、ティオナ」
失敗。
自分と同じレベルであるアマゾネスのティオナ・ヒリュテに阻まれた。彼女の後ろにはティオナの姉のティオネ。後輩であり、リヴェリアの後任のエルフであるレフィーア・ウィリディスが、こちらに歩いてくる。
「私ももっと勇気があれば···」
「貴方はよくやってますよ。」
相談に乗ったり、談笑を始めたりするクロナを見て私は察した。今日はもう二人で話せないと。
クロナとは別のテントになってしまったと落ち込むが、
「そうだアイズ」
「?」
「もしよければ一緒に寝ませんか?」
「······え?」
「人肌恋しいのですが······アイズが嫌なら別に「大丈夫。一緒に寝る」ええ。貴方ならそう言うと思ってました」
食いぎみに答えた事が恥ずかしくなり、顔が熱くなる。クロナはニッコリとしていた。
今晩はぐっすり眠れた。
次の日。
懇意にしている派閥からの依頼で、51階層で湧き出る泉の水を採取する事になっている私達は、少数に分けて目的地に来ていた。
「何あれ······」
「カドモス、よね···?」
泉の水はカドモスと言われる強力なモンスターが陣取っているので、泉の水を得るにはカドモスを倒す事になる。
なるのだが·····。
「いつもと肌の色が違う。あの爛れた痕は火傷痕。周りの灰を見ると、多数のモンスターと戦闘して勝った事になる」
「え~と、つまり?」
冷静に分析を始めるクロナにティオナが尋ねる。
「強化種です。それも、カドモスを負傷させる力を持つ魔石を取り込んだね」
その言葉に重たい緊張感が漂う。
カドモスは出会ったモンスターの中でも強敵の部類に入る。そんなモンスターを負傷させる?無理だ。少なくとも51階層には存在しない。
今より下の階層に潜む未知のモンスターならば、それ以外で強化種なら可能なんだろう。
憶測しか立てられないが、あのカドモスは魔石を取り込んだ事は分かる。
「撤退します」
「ええ。団長からも言われてるしね」
そんな矢先。
「うああああぁぁぁぁ!!」
「「「「「!?」」」」」
悲鳴が鳴り響く。同じく泉の水を採取しに向かった他のメンバー。
声からして第二級冒険者のラウルだ。
「急ぎましょう!!」
クロナが切羽詰まった声で号令を掛けるが、
「ガアアアァァァァ!!」
悲鳴に反応した強化種のカドモスが怒声を上げ、全身の毛を逆立て今にも襲い掛かってくるのが分かる。
急いで武器を構えるが、
「急いでフィンと合流を!私が時間を稼ぎます!」
「なっ!?」
「だ、駄目だよクロナ!あれが強化種なら一人で戦える相手じゃない!」
「私も戦う······!」
ティオナが否定するが、
「向こうで現れたのは、カドモスを傷付けるほどのモンスターです。それがフィンのチームだけでなく、待機のリヴェリア達の前にも現れたとしたら相当不味い」
「で、でも···」
「最悪なのは、このカドモスに時間を費やして壊滅的な被害を被ることです。急いで!」
「~~~ああもうっ!!行くわよ!クロナの判断に従うわ!!」
「ティ、ティオネ!?」
ティオネが撤退を促す。想い人が絡まなければ持ち前のリーダー気質を発揮する彼女は、クロナの最もな意見を聞き入れたのだ。
ティオナはティオネに引っ張られ、アイズは自分の気持ちを押し殺し、レフィーヤは自分の無力を呪いながら指示に従う。
「助かります」
「必ず戻って来なさい。あんたに何かあったら、この先団長に合わせる顔が無いんだから!」
「ええ。約束します」
ティオネに礼を言い。目の前のカドモスに集中する。
カドモスは背を見せる冒険者を喰い殺そうと、血の付いた鋭い爪を前に出すが。
「来い!!この先には一歩たりとも行かせない!!」
自分より背丈が低い女の威圧に動きを阻まれる。雌だろうと、体格が劣ろうと、格下だとは思わない。侮れば喰われるのは自分だと本能で察したから。
英雄たる女の冒険が始まった。
ティオネは良きリーダーになれるよなぁ、とつくづく思う。