千を束ねる太陽 in GGO   作:恒例行事

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紅い死神

 

 VRMMOFPS、ガンゲイル・オンライン。

 

 アメリカの企業が運営するゲームであり、古今東西ありとあらゆる銃のデータが入っており、好みの銃を扱いフルダイブ状態で撃ち合う事が出来るガンマニアの夢。サービス開始からまだ半年程度しか経過していないにも関わらず、『プロ』が存在しており、RMTが認められている事からそれで生計を立てる人物までいる。

 

 その中で。

 プロでもない、ゲームに対するプレイ時間も少ない。

 しかしその実力は生半ではなく、公式大会に出場すればベスト4は確実とすら言われるプレイヤーがいた。

 掲示板でその噂は囁かれ続け、しかし決して公式の場に姿を現わさない事から『運営の仕込んだデータじゃないか』とすら言われるプレイヤー。

 

 紅を基準に染められた制服姿で時折現れては鼻歌交じりに敵を倒していくその姿が、『紅の死神』と恐れられていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「伝説のプレイヤー……?」

「ええ。と言っても、噂話でしかないけどね」

 

 荒野を歩きながら、黒光りする自慢の愛銃を撫でつけつつ女性──シノンは語る。

 

「サービス開始初期から時折掲示板に出てくるの。『紅い制服を着た女アバターに狩られた』って」

「女性アバター……って言っても、このゲームじゃ信用ならないだろ」

「……そうね」

 

 隣を歩くアバターはまるで女性にしか見えないが中身が男性な事を思い出し、シノンは蔑んだ目で睨みつけた。

 なんだかんだアクシデントがあったことは忘れていないのだ。

 

 それを思い出したのか隣の男性(・・)────キリトは慌てて話を戻した。

 

「あっ、そ、それでなんだったっけ?」

「…………曰く、『銃弾を避けられた』らしいわ。距離武器種威力奇襲──そのどれも関係なしに、まるで見えてるかのようにね」

「……銃弾を避けるなんて現実的じゃない」

「…………もう突っ込まないから」

「いや、だってさ。その話が本当だったとしたら、死角から撃たれるような弾すら避けてるんだろ? それはもうだって、プレイスキルとかそういう次元じゃ…」

「まったくその通りね。だからあくまで噂なのよ、『紅い死神』なんて名付けられるような都市伝説ね」

 

 隣を歩くキリトも十分お化けだが──と喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、シノンは話を続けた。

 

 まだシノンは見たことがない。

 だが、公式大会であるB.o.B(バレット・オブ・バレッツ)で一桁台にランクインしたことのあるような実力者が以前SNSで発言したことがあった。

 

『スコードロンをたった一人の少女に壊滅させられた』、という発言。

 それは決して訂正される事は無く、確かに壊滅したという現場に向かえばそこにはスコードロン一つ分の大量のドロップ品が散らばっており、その報告を知った数多のプレイヤーたちに根こそぎ奪われていったという悲しい事件があった。

 

 その後そのプレイヤーは自信を失い公式の場から姿を消したが……

 

「とにかく、噂だけじゃないのよ。あいつは確かにそれなりに強い奴だったし、そんな風に嘘をつくような奴でもない。その都市伝説が本当かどうか、確かめてみる価値はあると思わない?」

「……それで、当ては?」

「……今から探すのよ」

「途方もねぇ……」

 

 キリトは現在とある使命の元にこの世界に来ている。

 普段はアルヴヘイム・オンライン(ALO)という世界を中心にゲームをしており、FPS畑出身ではない彼にとって銃の撃ち合いは苦手なものがあった。

 装備しているたった一つの剣こそが彼のメインウェポンである。

 火薬と硝煙の世界で剣だけ? 

 シノンは呆れかえったが、その戦闘と強さに目が飛び出る程驚愕したのもまた、事実。

 

 もしも都市伝説の女が存在するのならきっと──この男と同じくらいデタラメなんだろうと思いつつ、シノンは歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 ガンゲイルオンラインにログインするおよそ三十分前の事だった。

 

 掲示板に何か情報がないかと検索しつつ、周囲を警戒していた彼女はとあるスレッドで手を止めた。

 

(【紅い死神】の目撃情報求──少しだけ伸びてる。釣り?)

 

 難しい顔をしつつ、そのスレッドに手を触れる。

 掲示板文化という既に若者が離れたネットの深層に入り浸る層とは少し違い、とにかく検索エンジンで同じ単語を入力し続けた結果インターネットの掲示板に辿り着いたシノンは既に複数回釣りスレッドに釣られており、その度に苛立ちと怒りを滲ませつつ最速でバックスペース連打(スマホの為正確には違うが)をする癖があった。

 

 今回もどうせ釣りだろうと予防線を張りつつ、スレッドから離れる準備をしてから飛び込んだ。

 

 

 

【急募】紅い死神の詳細【リベンジ】

 

 

1:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:00:06 ID:K96HuzJRb

 俺のレアドロ銃奪われた、絶対に許さねぇ

 誰か情報くれ、やられたのはついさっきだからまだ間に合う筈

 

2:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:03:04 ID:pDrK/8asI

 なんだこのクソスレ

 

3:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:06:44 ID:cPL+FyjyD

 夏休みだしキッズが立てたんやろなぁ

 風物詩やね

 

4:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:10:44 ID:K96HuzJRb

 いやマジなんだって! 

 ついさっきスコードロン丸ごとやられたんだよ! 

 

5:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:14:42 ID:DifiJHIeo

 スコードロン丸ごとってのが釣り針としてめっちゃデカくていいな

 暇だし付き合ってやるよ

 

6:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:17:53 ID:K96HuzJRb

 ありがてぇ、仲間みんな萎え落ちしちゃったから俺しかいないんだよね

 ボスのLAで手に入れた貴重な奴だからマジで取り戻したい。情報求む。

 

7:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:20:41 ID:LioQLrPBg

 と言っても都市伝説のアレだろ? 

 いやまあ実際にやられたっていうなら都市伝説じゃないわけだが

 

8:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:24:02 ID:Fev1kkdAR

 釣り乙。

 あんなの運営が用意したチートアカウントだから

 

9:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:27:04 ID:wc0lVRkxV

 それを運営が否定してるンゴねぇ……

 

10:名無しのガンシューター 2025/8/11 22:30:27 ID:1YpU8X6HM

 じゃあやっぱ存在自体が嘘っぽいよな。

 弾丸躱すとかどんなステータスしてんだよw

 

 

 

 

(…………何も無さそう)

 

 日付は八月。

 彼女がメインウェポンとなる愛銃を手に入れるより前のスレッドであり、とっくに落ちているものだった。

 大した騒ぎになってないのならきっとこれも釣りだったのだろう、そう思いながら最後まで適当にスクロールして──ふと、目が止まった。

 

『拳銃一本で全員やられた』。

 そう言えばだれもかれもが口を揃えて言うのはこれだった。

 このGGOというゲームに於いて拳銃のみでスコードロンを壊滅させるのは夢物語と言っていい。

 射程の長さ、遮蔽物の多さ、爆発物の多さ、ステータスの高さ。

 そもそも拳銃の火力では届かない距離が多すぎる。

 それこそ、剣で戦っているキリトのように、異次元の強さを持っているからこそ接近戦が通用するパターンもある。

 

「……もしこれが本当なら、B.o.Bに出ても優勝余裕ね」

 

 第一回B.o.Bを制覇した人物のような怪物ならば、きっとそれは可能だろう。

 だがこの紅い死神は少女のアバターであり、噂通りならば公式大会に興味すらない筈だ。

 強さを誇示する訳でもなく、お金を得る訳でもなく、ただただ通り魔的にログインしてスコードロン一つを単独で刈り取っていくプレイヤー。

 

 そんなものが実在するのならば────それは、悪夢と言って差し支えない。

 

 そしてそんな悪夢は今、シノンの身近な場所にもいる。

 

 剣一本で銃弾を弾き肉薄し、敵を斬り裂くある種の到達点。

 

 そんなのが実在するのだから。

 もしかして、本当に紅い死神は実在するんじゃないかって。

 彼女はなんとなく、なんの根拠も無いのに、そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「──ノン……シノン! 聞いてる?」

「っ──……ごめんなさい、ちょっと考えごとしてた。なに?」

 

 我ながら愚かな考えだと思いつつ、どうしてもその存在を否定しきれなかった彼女は、ログインした際にキリトを誘って探しに行くことにした。特に当てもなくブラブラと荒野を歩くだけの旅になったが、実際噂の死神も似たような行動パターンなので理にかなっていると言える。

 たかが三十分でその法則性を導き出せるなら、とっくに死神の正体は衆目に晒されているのだ。

 

「いや、それがさ。前の方で戦闘起きてるっぽいんだけど」

「……確認する。取れそうだったら取るわ」

 

 漁夫の利は基本。

 この広大な世界で隙を晒す方が悪い。

 スナイパーとして息をひそめ、時に狩られる事もあるシノンとしてはその鉄則が身に染みついていた。

 

「私は高所──……そうね。あそこの高台とるから、貴方は状況見ながら前に出て行ってもらっていいかしら」

「わかった。援護頼むぜ」

「任せなさい」

 

 手早く分かれたところでシノンは足を動かし、周囲に人影がない事を確認しつつ岩で生成された高台へと辿り着いた。

 

 確かに銃声は聞こえるが、その量は少ない。

 スコードロン同士がぶつかるような大規模な戦いではなく、個人同士での戦いの可能性が高まった。

 

 愛銃──ウルティマラティオ・へカートⅡ。

 対物ライフルであり偶然の縁で手に入れたレアドロップ品。

 いくら金を積まれてもこれだけは手放さないと決めている彼女にとって、この銃を握っている時は相手を必ず撃ち抜くと覚悟するときでもある。

 

 たとえプレイヤー同士での戦いだったとしても、この世界は弱肉強食。

 わかりやすい場所で戦闘をしたそちらが悪いと一方的に押し付けて此方が漁夫の利を得る。

 

「ごめんなさいね。そして、ありがとう」

 

 寝ころび狙撃体制を整えた彼女はスコープに目を通す。

 銃のマズルフラッシュが光った場所に狙いを定め、向こうの状況と数を数えようとした。

 

 そこで生じた違和感。

 

(……一人?)

 

 廃墟と遮蔽物があるにも関わらず、そんなもの知らないと言わんばかりの態度で戦場の中央を歩く一人の少女アバターを見つけた。

 

 金色がかった白髪に紅い制服。

 鼻歌でも歌ってそうな呑気な表情で、横断歩道を渡る様にゆっくりと闊歩する少女は、明らかに銃撃の雨に身を晒していながら無傷だった。

 

(マズルフラッシュはある。撃たれてる。それも正面から)

 

 胸が僅かに高鳴った。

 

 僅かに身を動かして、本当に紙一重で躱しているかのように見せながら少女は歩く。

 

 相対しているプレイヤーの数はおよそ五人。

 きっとそれだけじゃない。

 シノンの直感が囁く。

 あの少女は普通ではない。

 ARを正面から撃たれ続けれそれを歩きながら避けて前に進み続けるなんて、彼女の知る限り最強の剣士ですら難しいだろう。

 

 引き金に指をかけたまま、その動向を見守る。

 

『──シノン? こちらキリト、結構近付いたけど今どんな感じ……』

「……噂をすればなんとやら、って奴ね」

『……シノン?』

「気を付けて。貴方の目の前にいる少女は多分、噂の【紅い死神】よ」

 

 スコープの中では一方的な殺戮が起きていた。

 怯え叫びながら乱射するもその全てを身を一捻りするだけで避けられ、身体に数発拳銃を叩きこまれる男性アバター。

 武器の能力差など何も関係がない。

 プレイスキルなんて生易しいものでもない。

 目の前で撃ち続ける弾を避けながら歩いてくるのなんて恐怖でしかない。

 

 浮足立つ心を納めて、シノンは深呼吸をした。

 

(一発で決める。奇襲に対応したなんて話もあるけど、流石にこの距離でこの銃なら……)

 

 ゲーマーとしての心は捨てて、狙撃手としての冷徹な心を呼び覚ます。

 今この瞬間彼女は一端の狙撃手と成る。

 呼吸の一つも揺らさず、ただ淡々と敵を撃ち抜く一つの狙撃銃。

 人を撃ち殺すには過剰すぎる火力を有した愛銃に指をかけて、その瞬間を待つ。

 

 スコープ越しでは既に虐殺は終焉を迎え、落ちたドロップアイテムに目線すら向けず件の少女が背中を晒しているところだ。

 

 絶好のチャンス。

 噂や都市伝説とした語られない存在を撃ち抜く、生涯にもう一度訪れるかもわからない伝説の機会。

 

 その心臓部分に狙いを定めた。

 

(────撃ち抜け……っ!?)

 

 引き金を引こうとして──こちらに振り向いた少女と目が合った。

 

 あり得ない。

 この距離で気が付くわけがない。

 チーター? 

 噂通りの強さだとしたら。

 いや、この距離で音も出してない狙撃手に気が付く原理が不明。

 

 シノンの頭は一瞬にして混乱し、そんな訳は無いと判断する現実的な部分で反射的に、狙いが僅かにブレた引き金を引いた。

 

 ────バァンッッッ!! 

 

 大音量と共に射出された銃弾は瞬く間に目標の少女目掛けて飛来する。

 その速度はとてもではないが肉眼で捉える事など出来ない程の速度。

 ゲームの中だからこそシノンは反動を抑えられているが、これが現実世界ならば、その反動でまるごと身体が後ろに吹き飛んでいてもおかしくないだろう。

 

 そのエネルギーを籠められた弾丸が迫りくるのを、少女は目で捉え(・・・・)──首を捻って回避した。

 

「────うそっ!?」

 

 慌ててもう一度スコープを覗き込むが、既に少女は走り出していた。

 

 たった一度の射撃で場所を悟られた。

 それはしょうがない、打ち漏らせばよくあることだ。

 ただ、それに対して正面から突っ込むなど自殺行為も良い所。 

 狙撃手に対して喧嘩を売っている行動だった。

 

「上等……!」

 

 動揺した心を落ち着かせて、キリトから来る無線も無視して、その挑戦状を受け取った。

 

「私が撃ち抜くのが先か、あんたの脚が先か────勝負よ…!」

 

 

 


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