──当たらない。
引き金をどれだけ引いても狙いを定めても、その身体に触れる事は敵わない。
金色がかった白髪を
確かにラインが見えていればそれは出来なくはない。
だが此方の得物は対物ライフル。
ただの自動小銃ではない。
人ではなくモノを壊す事に特化した最大火力の武器だ。
これは決して人に向ける武器ではなく、その速度もすさまじい。
ゲーム内での補正もあり、それは決して『見てから回避』を可能とするようなものではない筈なのだ。
なのに。
それなのに、当たらない。
「~~~っとに……化け物じゃないの?」
位置も変えながら銃撃戦に移行してからおよそ五分。
シノンは公式大会でも結果を残す実力者である筈なのに、全く無名の少女に追い詰められていた。
既に狙撃銃が威力を発揮する距離感ではない。
彼女の手に持ったサブウェポン、ロングマガジン仕様のグロック18を頼りなく握り締めて偶然見つけた廃墟に逃げ込んだ状態である。
背後の狙撃手にすら気が付き、正面からの狙撃を堂々と回避する化け物に勝てるわけがない。
剣で弾くとか、そういう事すらしない。
必要最低限の身のこなしで弾丸を回避する相手なんて初めてだ。
(都市伝説に偽りなしね)
それでもシノンは諦めていない。
相手が近距離戦闘に長けている事など百も承知だ。
狙撃手がこの距離に追い込まれた時点で負けと言っても良いだろう。
銃の腕が悪かったならば自責する事が出来たし、立ち回りが浅かったのなら経験不足を呪った。
そうではなかった。
シノンなりに最適解を導き出し、その実力は発揮されていた。
悪かったのは相手だ。
身のこなしが素人ではない。
スコープの中で時折軍隊じみた動きを披露していたのを視認していたシノンは、そもそも喧嘩を売っていい相手では無かったのかもしれないとまで思い始めていた。
「…………来るの、随分早いわね」
ジャリ、と。
僅かに砂を踏みしめる音が聞こえた。
入口は開いたままであり、シノンは朽ちたテーブルに身を隠している。
「ふんふんふふーん」
(本当に鼻歌うたってるし……)
ここまで来たら笑えてくる。
自分はとんでもない奴に手を出してしまったのと同時に、世界は広いと実感して。
少しは彼女を知ってみたいと思ったシノンは、場所がバレることも厭わずに声を出した。
「──ねぇ、【紅い死神】さん。あなた何者?」
「え、珍し。女の子の声じゃん!」
明るい声だった。
それもかなり嬉しそうである。
シノンは思わず変な顔をしてしまった自覚を持ちつつ、それをなんとか元に戻して会話を続けた。
「……あなたもでしょう?」
「いやいや、このゲームやってて初めて出会ったかも。なんかいつも行く先で男の人にしか会わないんだよね~」
「そりゃまあ……そうでしょうね。このゲーム女性人気ないし」
「あはは、やっぱりそうか。普通の女の子は銃バンバン撃ち合うのなんて得意じゃないしね」
それじゃあ貴女はなんなのと出掛けた言葉を必死にこらえて、会話にのってくれている事実に驚きつつもシノンは口を開く。
「【紅い死神】なんて呼ばれ方してるの、知ってる?」
「あー……大袈裟だよね。死神なんて大層なものじゃないのに」
「そう? 少なくとも今日のあなたは十分死神に相応しいものだったけど」
「ちょっと
「目がいいからってあんなこと出来る訳無いでしょ……」
「出来てるからいいのだ!」
妙に幼い人だと思った。
でもそれと同時に、自分のことを【一般人】としての認識もある、大人だとも感じた。
もし自分がそんな伝説扱いされたらどう思うだろう。
少なくとも多少の承認欲求は沸く。
姿を晒す事こそなくても、その事実を少しだけ噛み締めてしまうかもしれない。
(……人殺しで褒められてもね)
「それにさ。ゲームと言ってもやってる事は人殺しだし、そんなことで褒められてもねー」
「……………………えっ」
「えっ?」
「あ、いや、そのっ……」
びっくりした。
自嘲した内容そっくりそのまま告げられるとは思ってなかった。
少なくともGGOのプレイヤーに、人殺しをしているという意識を持っている人は殆ど皆無と言っていい。
「…………なんでこのゲームやってる訳?」
「あはは、さっき言ったじゃん。なんかやってみてって言われたからさ」
「それでその強さなの、なに?」
「んー……昔取った杵柄ってやつかな」
「なによそれ……」
そしてシノンの眼前まで少女が歩いてくる。
シノンはグロックを握り締めたまま座り込み、テーブルを背に顔を見上げた。
金髪がかった
赤を基調とした制服風の服装に身を包んだ少女は、その手に握った拳銃──グロック17の銃口を突き付ける。
「いい腕だったよ。私じゃなかったら倒せたかもねっ」
「…………やっぱりあんた、死神よ」
そしてその引き金が引かれる──その瞬間。
シノンは口を開いた。
「ああ、そうだ。一つだけ言い忘れてた」
「……ん、どした?」
「狙撃手がソロって、珍しいでしょ」
「──そうだねぇ。しかも女性だし、珍しいよね」
少女は僅かに目を細めた。
シノンもそれに気が付いた。
どうやら時間稼ぎは上手くいったらしい。
「だからね。今日は素敵な
「へぇ、それはまた────羨ましいですなぁっ!」
少女が机を出入口へと蹴り飛ばす。
扉は既になく空いたままとなっているが故に外まで飛び出るかと思ったが、それよりも先にテーブルを下から斬り上げる一つの線があった。
「────無事かっ、シノン!!」
フォトン・ソードカゲミツG4──光剣と呼ばれる接近戦特化の武器を握り締めたキリトが姿を現わす。
「いいね、カッコかわいいじゃん!」
少女が引き金を引く。
グロック17の先端に取り付けられたサプレッサーを通り抜け弾丸が射出される。
超至近距離での発砲。
仮にこれが現実世界ならばキリトに勝ち目はない。
しかし。
この世界はVRMMOの中であり、ゲームであり、彼がVRMMOを極めたと言っても良い程に慣れ親しんだ世界である。
ゆえに、少女の必然の勝利は、覆される。
「──ハァッ!!」
カゲミツG4を振るい少女の撃った銃弾を弾く。
光弾が後ろへと逸れていくのを見送って、僅かに目を見開いた少女はそのまま左手に手りゅう弾を取り出した。
「
「あ、ちょい待──!」
爆発と閃光が室内を満たした。
戦場は室内から外へと変わった。
スタングレネードで一時的にステータス阻害を受けていたキリトだがその間に追撃を受ける事は無く、窓を突き破って外へ脱出した少女を追いかける。
その姿は見失ってない。
ただやはり、身のこなしからただの素人では無いような予感があった。
(SAO
シノンの通信で聞いたが、正面から放たれた対物ライフルによる狙撃を首の一捻りで回避したらしい。
そんなことが可能なのかとキリトでも思う。
「よそ見厳禁ッ!」
「うわっ!?」
前を走っていた筈の少女が突如振り向き、拳銃を構えたまま突撃してきたのに対して慌てて回避をする。
剣で有効な距離よりも近く寄られれば、少女の取る独特な戦闘スタイル──C.A.R.システムには不利になる。
キリトに専門の知識はないが、剣の間合いは誰よりも詳しい自負がある。
故に距離を一度保ち冷静に銃を弾く。
この選択肢を選べた。
カゲミツG4を握り直し、改めてこちらに相対する少女に肉薄する。
その速度はこの世界基準ならばかなり速い。
生半な腕を持つプレイヤーでは対応する事も出来ないまま身体を断ち切られて終わるだろう。
キリトはそれだけの腕を有しているし、それを可能とする経験もある。
他のVRゲームで最強格と謳われていたプレイヤーすら打ち倒せるのだから、それは決してまぐれではない。
──しかし。
相対する少女もまた、
「──おおおおおっ!!」
剣戟が奔る。
一度や二度ではない光刃が煌めき、電子世界に残像を刻み続ける。
SAOという鋼鉄の城から生き延びた彼の斬撃はVRMMO世界に於いて随一と言っていい程に磨き上げられている。
(────当たらないっ!?)
キリトの振るう剣の軌道が読めているのか、少女はふわりと身を翻していとも容易く連撃を避けていく。
その動きに無駄はない。
本当に文字通り、紙一重で躱し続けている。
表情には笑みすら浮かんでおり、その内容に嘘偽りなど一つもない事が証明されていた。
「──まだまだっ!!」
しかし、キリトにも意地がある。
自分が生き抜いた二年間を、こんなに手玉に取られるなどと、許さないプライドがあった。
「すごいねっ! 滅茶苦茶早い!」
「く、そっ……!」
本来であれば二刀流を操るが故、一刀流で実力の全てを出し切れているとは言えない。
それでもその剣は甘くない。
この至近距離で防ぐ事すらせず、身のこなしだけで全て回避されるなど──!
「────キリトッ!」
「っ!?」
「おっ?」
少女の背後、十メートルの近距離で対物ライフルを構えたシノンが叫ぶ。
その指は既に引き金に添えられており、後は引くだけだった。
「────ごめん、なんとか弾いてッ!!」
そして、躊躇いなく──キリト諸共撃ち抜くつもりで、引いた。
「ちょま────」
剣を振るっている最中だったキリトが急に反応できる筈も無く。
少女がとてつもない速度で身を屈めたのに遅れて、慌てて身を捻るがその抵抗もむなしく。
キリトの身体にライフル弾が吸い込まれて────貫通するよりも早く、彼は大きく態勢を崩した。
「おわっ!」
「あっはっは、あの子やるねぇ~! 仲間ごと撃ち抜こうとしたのは初めてじゃないけど、対物ライフルでやってきたのは初めてだよ!」
カラカラ笑う少女に服を引っ張られ九死に一生を得た状態で、キリトはひゅうと息を吐きだした。
「……なあ。あんた、何者なんだ?」
すっかり戦う空気感を崩してしまったため、なんとなく質問を投げた。
地べたに這った状態でここから反撃もクソも無いだろう。
一対一で互いに負けて、二対一でも負けた。
純粋に敗北したとしか言えない。
「んー……ただの女子高生だった、かなぁ」
「女子高生だった……なんだそれ」
「あはは、なんだろーね! 私もよくわかんないけど」
「……キリトでも駄目だったの?」
「あー、うん。全然ダメだった」
正直自信無くすよ、と呟いたキリトに対し少女は明るく言う。
「まーまー! 世界は広いってことで、私以外だったら倒せてるからさ!」
「あんたレベルが来たら負けるってことじゃないか……ゲーマーとして負けっぱなしは……いやでも、うーん」
「そうよ。ていうか、何で私に気が付いたの?」
互いの名前も知らないまま──キリトとシノンは互いの名を呼んだために把握されているが──三人は話す。
「え? 制圧した後あれだけ広い場所だったら狙撃手の一人や二人いると思って」
「…………まさか、本当に肉眼で捉えたの?」
「うん。目が良いから」
「目が良いってレベルじゃないだろ……」
少女のおかしさに気が付き二人がドン引きしつつあるタイミングで、少女はハッと顔をあげた。
「あ、ごめんごめん。今日はもうやめないといけないんだ」
「……なら、フレンド登録はどう? やられたままなのは気に食わないし」
「おおっ、いいねいいねフレンド! 私友達少ないし」
「急に悲しい事言うな……」
「あなたも同じじゃないの? キリトくん」
「うっ、うるせい!」
シノン、そしてキリトも少女とフレンド交換をしてから、それじゃーっと言い残して消えて行った姿を見送った。
嵐のような少女だった。
都市伝説として囁かれる伝説のプレイヤー。
決して公式の大会に姿を現わす事は無く、荒野を歩いているなかで時折遭遇したスコードロンが被害に遭う怪異のような存在。
それと対面し、生き残った。
相手に殺る気があまりなかったとはいえ、十分な戦果じゃないかとシノンは思った。
「…………なんだったんだ、ほんと」
キリトの吐き出すような声。
しかしそこには緊張から解放されたような清々しさが込められていた。
「……さあね。少なくとも、都市伝説じゃなかったみたい」
フレンド一覧に刻まれた新たな名前。
プレイヤーネーム【Chisato】。
次戦う時こそは、その心臓を撃ち抜いて見せるとシノンは改めて誓った。
『──ちょっと千束ー! 降りてきて手伝ってー!』
「あーん、ごめんミズキ~! すぐ行くから!」
ドタバタと慌てながら少女──
ちょっとした休憩時間だった為、久しぶりにログインしようと思って装着したフルダイブ装置は一々扱いが面倒くさい。
和室に似合わぬ大量のコードをパパッと纏め上げ、和服の乱れた部分を手直ししながら千束は部屋をでて階段を駆け下りた。
ショートボブで切り揃えた金色がかった白髪を靡かせて勢いよく着地したあと、手洗い場で手を洗いつつ声を張り上げる。
「ミズキー! 店長ぉー! すぐ行くからー!」
「んも~、遅いし!」
「ごめんて! あ、たきなもごめんね!」
「問題ないです。千束一人分程度なら私とクルミでカバーできます」
「おい。ボクを酷使するな」
繁盛しているお店を切り盛りする仲間に混ざって、千束は元の生活に入っていく。
火薬と硝煙の世界。
彼女はこの国を秘密裏に守る特殊部隊に所属する戦闘員、だった。
既にその組織から卒業して久しく、かつてこの国を揺るがすような戦いを終えてから五年もの月日が経っている。
だからあのゲームをクルミに渡された時、正直驚いた。
(『人殺しの才能として扱いたくないなら、こういうのはどうだ?』──……余計な心配かけさせちゃったか)
戦いの感覚が鈍りそうに感じた時、千束は衰えないように維持し続けている。
制服を着ていない時はリコリスではない。
その鉄則を胸に、卒業しているのに時折届く上層部からの依頼にカリカリしながら参加する彼女にとってそれは欠かせない事だった。
「面白い二人だったなー」
「……どうしたんですか、千束」
「んーん、なんでもないよ」
胸の高鳴りは無い。
ドキドキもワクワクも、彼女の人工心臓は表現しない。
電子の世界で長く生きた彼らとは違い、千束は機械によってその命を長らえる事が出来た。
それにも、それなりの被害が出てしまっていた。
「……少し、楽しみかな」
殺し合う事ではなく、ただ純粋に強さを競う。
ゲームという競技の中だからこそできる事もある。
次戦う時は、なんて言われたのは初めてだった。
「これもまた、才能だよねっ」