(ウンヶ月ぶりの更新だしもう誰も気づかんじゃろ…後編だけで…1万6千文字超えちゃったけど大丈夫じゃろ…うん…)
(ゆるして…)
「アギャーッス!」
「うぉぉぉぉっ!?」
「あははははっ!はやいはやーい!」
リーグ本部での罰則を終えたボタンは、迎えにきたハルトとともにミライドンの背中に跨り、初夏に差し掛かったパルデアの夜空を豪快にフライトしていた。
「風がきもちぃーっ!」
「アギャギャ!ギャース!」
頭から光のグライダーを生やしたミライドンが、おおはしゃぎで夜空を飛びまわる。
エリアゼロでの大冒険でチカラと自信を取り戻したミライドンは、今日も今日とて絶好調。後ろ脚のノズルから轟々とジェットを噴射して、夜のパルデアを元気に飛びまわっている。そんな相棒の見事な飛びっぷりに、ハルトも大喜びだ。
「いいぃぃぃぃっ!?」
たが、ハルトの後ろに跨るボタンは本気で死の恐怖に絶叫していた。
ハルトたち三人とエリアゼロの大穴に飛び込んだ時も相当だったが、今夜のフライトはそれ以上にスリリングでデンジャラスだ。全身に叩き付けられる激しい突風にイーブイバッグの耳がバタバタとはためき、今にもちぎれ飛びそうになっている。
「ハ、ハルトー!ハルトー!スピード落としてー!」
「えーっ!?」
「スピーードーーッ!」
自分の前に座るハルトにぎゅっとしがみつきながら、風の音に負けない様必死に怒鳴りあげるボタン。
だが、残念ながら彼女の控えめな声量では、台風の様に押し寄せる豪風を遮る事は出来なかった。
「スピードー!?わかったー!ミライドン、ゴーッ!」
「アギャッギャーッ!」
「だぁちがぁぁァァァァァッ!?」
少女の想いは全く伝わらず、二人を乗せたミライドンは更に速度をあげた。
グルグルと宙返りやバレルロールを繰り返しながら、大喜びで夜空を舞うミライドン。大好きなボタンとハルトを喜ばせようと、ウキウキ気分でアクロバット飛行をエスカレートさせていく。
「いやっほぉぉぉぉうっ!」
手綱を握るハルトは、まさに大喜びだ。しっかりと握られた二本の触角からハルトの喜びの感情がもりもりと流れ込み、ミライドンの胸が溢れんばかりの多幸感で満ち満ちていく。
「ギャッオォォォォッ!」
それがたまらなく嬉しくて、ミライドンは更に速度をあげてしまう。お調子者のテツノオロチは、愛するハルトにもっともっと褒められようと、無限にテンションを上げ続けていた。
そして、そんなミライドンがこれまた大好きなハルト少年も、相乗効果でよりテンションアップしてしまうのだ。
「やっふーうっ!」
「やっふーじゃないがぁぁぁぁぁっ!?」
家々の優しい灯りと虫ポケモンたちの鳴き声が、なんとも温かく牧歌的な色を醸す夜のパルデア。その上空に、ボタンのゼンリョクの絶叫がハイパーボイスの如く響き渡った。
「アギャ?ギャーッス!」
そんなボタンの悲鳴を歓声だと勘違いしたミライドンは、更にスピードアップ。よりアクロバティックな曲芸飛行で、パルデアの夜空を舞い踊るのだった。
◇
ところ変わって、ここはテーブルシティから少し南に外れた場所にある小さな町、コサジタウン。名前の通り、ほんの小匙一杯ほどの大きさしかないこじんまりした町だ。
爽やかな木々と美しいオーシャンビューに囲まれたその町の、最南端近くの崖近く。潮の香りを含んだ優しい夜風が吹くその場所に、とある小綺麗な民家が建っていた。
可愛らしい花壇と瑞々しい菜園で明るく彩られたその家の、それなりの広さを誇る家主自慢の裏庭で。
「ふぅ、ふぅ…いいぞ、いい感じだぁ…!」
庭の景観にあまりにも見合わない巨大な鉄鍋を、これまた巨大な木製のオタマでぐるぐるとかき混ぜながら、ペパーは額の汗をぐいっと拭った。
レンガブロックで手作りされた特製の焚き火台にかけられた、子どもの身長程もある特大の鍋。その鍋の中では、様々な具材がゴロゴロ入った超大量のカレールーが、ぐつぐつと小気味よく煮立っていた。
「よーしよしよし…っと、パルシェン、頼むぜ」
「シャッ!」
側に控えていたパルシェンが、ほんの少しの水を焚き火に吹きかける。ジュワッと白い蒸気があがり、火の勢いが少しだけ弱まった。今夜のパルシェンは焚き火の調節係なのだ。
「ん、サンキューな」
「シャ〜」
「ってアッチィ!?」
「シャッ!?」
労う様にパルシェンの貝殻を撫でたペパーが、あまりの熱さにビクッと飛び跳ねた。
焚き火の熱を至近距離で浴び続けていたパルシェンの貝殻は、つぼ焼きじみた高温状態になっていたのだ。
「シャーッ!」
愛する主人をケガさせまいと、慌てて冷水を吹き出すパルシェン。ペパーは遠慮なくヤケドした左手を差し出した
「うおぉぅ、しみるしみる…うひゃぁ、こりゃママさんにヤケド治しもらわなきゃだぜ。はははっ、ばっかみてぇ!」
みずタイプとこおりタイプ、ふたつの特性を併せ持つパルシェンが生み出すキンキンの氷水が、ヤケドのキズにキリリとしみて中々に痛む。ペパーは可笑しそうにワハハと笑った。こういう思わぬハプニングも、屋外調理の醍醐味なのだ。
「応急処置完了!ありがとなパルシェン」
「シャ!」
冷やした左手に手拭いをグルグル巻きにしたペパーが、パルシェンに礼を言いつつ再びオタマを手に取った、その時。
「うおっ!?」
ペパーの頭上を、謎の青白い電光が猛スピードで通り過ぎて行った。
「な、なんだぁ?」
「シャ?」
丸い両目を更に丸くしたパルシェンとともに、突如現れた空飛ぶ雷を目で追うペパー。
謎の光は、月明かりに照らされた夜の海原の上空を、くるくると輪を描く様に飛び回っている。
そして聞こえてくるのは、ペパーが子どもの頃から何度も聞いてきた、ハチャメチャに元気な甲高い鳴き声。
「アギャァァス!」
「ってなんだよ、アイツかよ。ビビらせやがって、なぁ?」
「シャ〜」
崖の向こうで空中遊泳を楽しむミライドンの姿に、慣れた様子で苦笑するペパーとパルシェン。一見コワモテな風体の二人だが、その表情は空飛ぶ友人への親しみにゆるりと綻んでいた。
「ギャアァァァァンス!」
「っし、アイツらも到着した事だし、そろそろ仕上げるか!パルシェン、いいとこで合図出してやってくれ。ボタンがヘロヘロちゃんになっちまうからな」
「シャッ!」
そう言ってペパーはカレーの仕上げに戻り、パルシェンは心得たとばかりに頷いた。
大きな貝殻を鞠の様に器用に弾ませ、崖側まで歩を進めたパルシェンは、上空に向けて青白く光る『れいとうビーム』を二度三度と撃ち上げた。ミライドンに帰還を促すサインだ。
「アギャ?ギャス!」
合図に気づいたミライドンが、その場で大きく宙返りを決めてから、ゆったりとパルシェンが待つ裏庭へと滑り降りてゆく。
「おーい!」
ミライドンの背中に跨ったハルトが、ぶんぶんと元気よく手を振っている。
「シャシャ」
ミライドンと同じくらい無邪気で疲れ知らずな友人の姿に、くすくすと笑うパルシェン。
「オエェェェ…」
ハルトの後ろに跨っているボタンは、今にも吐きそうな顔でぐったりとしている。
「シャシャ…」
無尽蔵の子ども体力を持つ二人に振り回され疲労感マックスな友人の姿に、パルシェンはあちゃ〜っと貝殻をすくめるのだった。
◇
無事に…とは言い難いが、とりあえず五体満足でハルトの家に辿り着いたボタンは、もはや初めてのお泊まりに緊張する余裕もなく、リビングのソファに寝そべってもの言わぬ置き物と化していた。
「あ"ぁ〜……」
「むちゃぁ?」
住人のひとりであるホシガリスが、物珍しそうにボタンの顔を覗きこんでいる。
「むちゃ」
その小さな手には、瑞々しいオレンの実が握られている。どうやらボタンに食べさせようとしているらしい。
そんなホシガリスを、ブラウンの髪をゆるりと纏めた優しげな女性が、後ろからそっと抱き上げた。
「だーめ、そっとしとくの」
「むちゃ?」
この家の家主の妻、ハルトのママである。
「もう、ダメじゃないハルト。女の子にこんな無茶させて。ねぇ?」
「むちゃ!」
「あ、あはは…ちょっと楽しくなっちゃって、つい…」
ホシガリスを抱えた母にちくりと注意され、ハルトは気まずそうに頭を掻いた。あははと笑ってはいるが、口元は引き攣り目は泳いでいる。
「つい…そのついでウチは死にかけたんだが…?」
「うっ……」
メガネを外してソファに横たわったボタンが、グレーの瞳を細めてじっとりと見つめてくる。傍らに立つ母と、その母の腕に抱かれたホシガリスも、同じ様なジト目をハルトに向けていた。
「ご、ごめんなさい…」
頭頂部のくせ毛をしゅんと萎ませながら、もじもじと頭を下げるハルト。
『ギャス』
彼の腰に下げられたミライドンのモンスターボールも、追従する様にカタリと揺れた。どうやら一応反省はしているらしい。その割に鳴き声は軽い響きだったが。
「まったくもう、ごめんねボタンちゃん?ハルトったら誰に似たのか、新しいお友達が出来たらいっつも調子乗って舞い上がっちゃって。小さい頃もね?」
「へぇ」
「ちょ、ちょっとママやめてよ!恥ずかしいよ!」
突然ボタンに自分の恥ずかしい過去を語り出した母に、ハルトは顔を真っ赤にしてワーワーと縋りついた。
ただでさえ恥ずかしいのに、聞かれる相手が仲の良い女の子と来れば、流石のハルトもいつもの飄々とした態度を崩さざるを得なかった。
「『ハルちゃんクチバシティで待ち合わせなのー!』なんて言って玄関飛び出してね?飛び出した一歩目で派手に転んじゃって『ハルちゃんしんじゃうー!』ってもう泣くわ騒ぐわの大騒ぎで」
「ママーッ!!」
「ぷはっ。なんそれ、ダッサ」
「あーもー!いーいーかーらー!」
火が出そうなくらい真っ赤な顔でワーワー叫ぶハルトの、珍しく狼狽しきったマヌケな姿に、ボタンはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
今こそ、さっきまでの所業の恨みを晴らすチャンスである。
「ふーん。学校ではいっつもニコニコして、みんなの人気者〜みたいな顔してんのに」
「な!?そ、そんな顔してないよっ!」
「ふふっ、ホントはお子ちゃまなんだ?」
「〜ッ!?」
声にならない声をあげるハルトの顔は、いよいよ『だいばくはつ』を起こしそうな赤さになってしまった。涙目でワナワナと全身を震わせる小さな少年の姿に、ボタンの口角がニィッとあがる。
「かわいいでちゅねぇ?ハルちゃん?」
「んなぁっ!?」
ニヤニヤ笑うボタンにトドメを刺されたハルトは、オクタンの様に真っ赤な顔で口をぱくぱくさせた。普段の無邪気ながらも大人びた自身たっぷりな振る舞いなど、もはや面影一つ残らず吹き飛んでいた。
そんなコイキング状態のハルトの元に、またまた新たな女性が現れる。
「お風呂ありがとうございましたー!って、なになに?なんの話?」
髪を下ろしたお風呂あがりのネモが、ほかほかと湯気をたてながらリビングに入ってきて、ハルトはビクッと小さく跳ねた。
「あ、ボタンおかえり〜って私の家じゃないけど!リーグのお仕事大変?ヘトヘトだね」
「ん、仕事は全然。ハルトのせいでヘトヘト」
「あぁネモちゃん、ネモちゃんも聞いて?ハルトったら」
ここぞとばかりにハルトイジリを再開する母とボタンに、少年のメンタルは完全に敗北した。
「あーっ、もうっ!お風呂入ってくるッ!」
ぷんすこ!と肩を怒らせてずんずん横切っていくハルト。ネモははて?と首を傾げた。
「どしたのアレ?」
「お子ちゃまが拗ねた」
「へ?」
「うふふっ!ほんとお子ちゃまで恥ずかしいわぁ」
「むちゃあ」
真っ赤な顔の少年が居なくなったリビングは、女性陣の楽しげなクスクス笑いで溢れた。
◇
「ぶぅ…」
「あっはっはっは!まあまあそう拗ねんなって、なあニャオくん?」
「ハニャ」
ハルトのママが腕を奮った豪勢な夕食を、集まった友人たちみんなで食べた後。
ハルトの部屋にあがったペパーは、ホシガリスのぬいぐるみを抱きしめてぶすっと頬を膨らませたハルトの隣に腰を下ろし、すっかりヤケドが治った大きな手でハルトの小さな頭をワシワシと撫でていた。ハルトの背中にべったりと抱きついて離れない、マスカーニャのニャオくんと共に。
「ニャ」
怒ったプリンの様に膨らんだハルトの頬を、ぷにぷにと突いて遊ぶマスカーニャ。少年の事が大好きなニャオくんは、彼の拗ね顔も大好きな様だ。
「バフ」
ペパーの相棒であるマフィティフも、そんなハルトの珍しい姿を可笑しそうに眺めている。もはやこの家に、彼を面白がらない者は一人もいなかった。
「ほら、機嫌なおせよ兄弟。俺が明日、サイキョーに絶品ちゃんなカレー、腹いっぱい食わせてやるから。な?」
「ん…」
ハルトの頭に手を置きながら目線を合わせ、ニッと快活に笑うペパー。まるで歳の離れた兄の様である。
友だち付き合いを続けていくうち、互いに一人っ子なペパーとハルトは、自然と甘やかす兄と甘える弟、という擬似家族的なノリになる事が増えていた。そのノリは今夜も健在である。
「…喜ぶといいね、ボタン」
「ん?あぁ、そうだな」
ちょっとだけ顔の赤みが引いたハルトが、ぬいぐるみに口元を埋めたまま呟く。ペパーはハルトの頭をポンと優しく叩いてから、ごろりとその場に寝転んだ。
「ま、大丈夫だろ。お前とネモが集めてくれた食材で、この俺が料理したんだ。アイツもきっと喜んでくれるさ」
「ギャフンって言うぐらい?」
「ギャフンって言うぐらい!」
「ふふっ、そっか。そうだね、みんなで作ったカレーだもんね」
コロコロと小さく笑うハルト。どうやら調子が戻ってきた様だ。背中に張り付いたニャオくんも、嬉しそうに彼に頬ずりしている。やはりぶすっとした拗ね顔よりも、いつもの優しい笑顔の方が好きらしい。
「ねぇ」
「ん?」
寝転がったままグイーっと身体を伸ばすペパーの隣で、ハルトもコロンと寝転んだ。枕兼敷布団にされたマスカーニャが、ニ"ッ、と鈍く呻く。
抗議する様にほっぺたをツンツンしてくるニャオくんの手を撫でながら、ハルトは続けた。
「なんかさ、今回僕らだけですっごい盛り上がっちゃったけど、ボタンはどうなのかなって。ちゃんと楽しんでくれてるかな?迷惑じゃないかな?ってさ、今更気になってきちゃった」
どうかな?とペパーに顔を向けるハルト。
「…そうだなぁ」
ペパーはよっこらせと上体を起こし、胡座を組んでトントンと膝を叩いた。マフィティフを呼ぶ合図である。
ノソノソと彼の膝に収まったマフィティフの背中を撫でながら、ペパーは静かに語った。
「アイツからすりゃあ、そりゃまあ迷惑ちゃんな話かも知れねぇけど…」
マフィティフの温かい体温を感じながら、ペパーは天井を見上げた。
「…アイツさ、普段からあんま外にも出たがらねぇし、メシも色々偏ってるだろ?多少ウザがられたって、俺たちがちゃんと注意してやらねぇと」
まぁ言って聞く様なヤツでもないけどな?と笑うペパーから、ハルトは目が離せなかった。
「俺、今まであんま友達っていたことなかったらさ、正直よくわかんねぇけどよ。ただ仲良しこよしやってるだけじゃ、友達のやり甲斐もないって思うぜ」
そう言ってマフィティフをそっと抱き寄せるペパーの横顔に、ハルトは思わず見入ってしまった。
複雑な家庭環境を持ち、パートナーを失いかけた経験もあるペパー。きっと彼は、身近な人がケガをしたり病気になったりするのが、本当にイヤでイヤでたまらないのだ。
親しい相手だからこそ、不摂生には口煩いくらいに注意し、時には多少強引にでも振り向かせる。一見横暴な様にも見えるペパーの行動だが、それは全て彼なりの、大切な友人に対する深い親愛と思いやりの結果だった。
「やっぱりすごいね、ペパーって」
「ニャ?」
首に巻きつくマスカーニャの腕にそっと頬を寄せながら、ハルトは目を細めて呟いた。
あぁ、僕の親友はなんて不器用で言葉足らずで、最高にかっこいい人なんだろう、と。
「楽しみだなぁ」
物置でじっくり寝かせてある特製カレーと、件のインドア少女のまだ見ぬ笑顔に想いを馳せながら、ハルトはマスカーニャの体温にゆったりと身を委ねた。
ペパーのぶっきらぼうなまごころが、ボタンのひねくれ気味な心にしっかり届く様、そっと神様にお祈りしつつ。
「ニャフ」
そんなハルトの白い頬に、マスカーニャは優しくキスを落とすのだった。
◇
少年たちがまったり穏やかに就寝前のひとときを過ごしている頃。
別の空き部屋に泊まる事になったネモとボタンは、並べた敷布団の上で色とりどりのブイブイたちと賑やかに戯れていた。
来客用の布団が見事に抜け毛だらけになってしまっているが、それを承知のうえでハルトのママはポケモンたちとの触れ合いにOKを出していた。ポケモン大好きボーイな一人息子と同じくらい、彼のママもポケモン大好きマダムなのである。
「ブイブイブイブイブイ!」
「んははははっ!」
「くすぐったいっしょ?」
「うん!ツンツンパチパチ!」
人懐っこくぶいぶい擦り付いてくるサンダースを抱きしめたネモが、硬く尖った静電気たっぷりの体毛に首元をくすぐられてケラケラ笑っている。
両膝に左右から頭を乗せてくるブースターとシャワーズのコンビを撫でながら、ボタンはネモのリアクションを楽しんでいた。
普段は中々に凸凹な二人だが、ポケモンたちを愛でている時は別の様だ。二人ともリラックスしきった表情で、個性的なブイブイたちとの触れ合いを楽しんでいる。
「リーフィア」
「フュ?」
柔らかい布団をふみふみと揉んで遊んでいたリーフィアが、ボタンの声になになに?と耳を立てる。
ボタンがおいで、と両手を広げると、リーフィアは嬉しそうにボタンの胸に飛び込んだ。両膝のブースターとシャワーズが、撫でる手を止めた主人にムッと抗議の目を向ける。
そんな二匹の主張はボタンに届かず、ボタンはリーフィアの身体をぐっと持ち上げ、クリーム色の柔らかなお腹にむぎゅっと顔を埋めた。
「すぅー、はぁー。すぅー、はぁー」
若草の様な独特の匂いを、胸いっぱいに吸っては吐き、吸っては吐く。
「あ、また吸ってる」
「はぁー…ブイ吸いは淑女のたしなみだから。すぅー…」
「フュウ…」
『なんだかなぁ』と呆れた様子でされるがままになっているリーフィアの背中。きっとイーブイの頃から吸われ続けてきたに違いない。
「サンダース、ちょっと吸ってみていい?」
興味が湧いたネモが、胸の中のサンダースに尋ねてみる。
「…ブイッ」
サンダースはブイッとひと鳴きしてネモから離れ、ボタンの布団にモゾモゾと潜ってしまった。淑女のたしなみ、明らかに不人気である。
トレーナーとポケモンたちの間にある若干の温度差に苦笑しつつ、ネモは明日の一大イベントに胸を高鳴らせた。
「はぁー。楽しみだねぇ、明日」
そうネモが切り出すと、ボタンはリーフィアの身体を顔から離し、ぎゅっと胸に抱いた。
「楽しみって感じは、別に…」
「えー、ボタンドライすぎー」
ネモはぶーぶーと唇を尖らせた。
「私も頑張って食材集めたのにー」
「プロテインとか?」
「ちがいますーっ!」
ボタンの茶化しにむーっ!と頬を膨らませるネモ。歳の割に子どもっぽい仕草が、髪を下ろしたパジャマ姿も相まってなんとも可愛らしい。
活発で頼り甲斐があるお姉さん、といった初見のイメージと相反する、どこか妹っぽい幼さと無邪気さ。
ネモ本人には言えないが、ボタンは彼女のこういった気質がなんだかんだ気に入っていた。
「ちゃんと食べれるヤツとってきたん?進化の石とかじゃなくて?」
「そんなワケなくない!?」
故に、ついついこうして茶化してしまうのだ。ネモ相手なら好き放題言っても受け止めてくれると、無意識に彼女のおおらかさに甘えているのかもしれない。
「ふふ」
「もう…あははっ!」
クスクスと可笑しそうに笑い合う二人。周りのブイブイたちも嬉しそうに尻尾を揺らしている。部屋の隅っこにひとり寝そべったブラッキーだけが、ぶすっと無関心を決め込んでいた。
「ねぇ、ボタン」
トコトコと寄ってきたニンフィアを膝に乗せたネモが、白い毛なみを撫でながら呟いた。
「ペパーの気持ち、わかってあげてね」
「え…」
思わずネモの顔を見るボタン。ネモはニンフィアのリボンの様な触角を弄びながら、何事も無かった様に柔らかく微笑んでいた。
「フィア?」
「ふふ、気持ちいい?」
「フィー♪」
歳上らしい包容力のある笑みで、ボタンの相棒を愛でているネモ。ご満悦な表情で彼女の胸に頬擦りしているニンフィアに、ボタンは小さく『浮気もの』と毒づいた。
「ブゥ」
部屋の隅っこに寝そべるブラッキーが、小馬鹿にした様に鼻を鳴らした。全身に散らばる黄色いリング模様を、ほんのりと柔らかく光らせながら。
◇
朝がきた。軽い朝食を済ませたハルトたち一向は、ネモの自宅の裏にあるプライベートビーチで、せっせとお昼のセッティングに勤しんでいた。
「よし、そこだ、オッケー!ありがとなキョジオーン!」
一晩寝かせた特製カレー入りの大鍋をしっかり運んでくれたキョジオーンに、ビシッとサムズアップするペパー。
「ズズッ」
ゴツゴツした白い手で、同じ様に親指をあげるキョジオーン。無機質なつくりの顔面にはこれといって変化がないが、ぐっと立てた親指からは彼の生来の気の良さが滲み出ていた。
ちなみに、このキョジオーンの身体から採れた岩塩も、今回のカレーにしっかり使われていたりする。愛するペパー渾身のカレー作りとあって、キョジオーンは大喜びで自身の塩を彼に提供したのだ。本当に気の良いヤツである。
「スコヴィラン、着火だ!」
「ボッ!」
ネモの家の使用人たちが用意してくれた巨大な焚き火台に、待ってましたと言わんばかりに火を吹き付けるスコヴィラン。質の良い焚き木がパチパチと音を立てて燃え出し、台に置かれた大量のカレーをまんべんなく温めはじめる。
凶暴な気質を持つハバネロポケモン、スコヴィラン。彼の身体からとれるハバネロエキスもまた、やはり今回のカレーにしっかりと使われていた。あまりに激辛過ぎる為、あくまでごく少量にではあるが。
尚、スコヴィラン本人は『どうせならもっといっぱい使えよ!』とかなり不満げであったとか。耐えきれずに昨日の調理中に暴れ出しそうになった彼をしっかり取り押さえたキョジオーンは、間違いなく今回のMVPである。
そんな彼らの隣では、ネモとボタンが大量の飯ごうにわっせわっせと米をセットしていた。
「私飯ごうってはじめてなんだよねー。うーん、ホントにお米これしか入れないの?少なくない?」
「…炊飯器とか使わんの?」
楽しげに瞳をキラキラさせるネモと、若干めんどくさそうなボタン。控えめに発されたボタンの意見はさらりとスルーされた。
「お水お待たせ〜」
水の入った巨大なポリタンクを両手に持ったハルトが、ニコニコ笑顔でネモたちのもとへ歩いてくる。華奢な身体でゴツいタンクを軽々運ぶハルトを、ボタンは若干引いた目で見やった。
「ありがと!重かったでしょ?」
「ううん、へーき」
ネモの労いにケロっとした笑顔を返しつつ、二つのタンクを砂浜に置くハルト。ドスンッ!と重い音が砂浜に響き、ボタンはますます引いてしまった。
「カントー人のフィジカルって…」
「うん?」
「いやなんも…」
「ハルト、水ってどれくらい?」
「えっとね、中指の…って、まずは軽く米研ぎしなきゃ」
「「コメトギ?」」
経験者のハルトを中心に、わいわいと準備を進めていく飯ごうチーム。はじめは乗り気じゃなかったボタンも、気づけばそれなりにアウトドアを楽しんでいた。
(…案外、悪くないんよな。リアルで友達と集まるのも)
スター団の面々との集まりとはまた違う、気の置けない友人たちとの戯れ。青空の下でシャカシャカと米研ぎをしているうちに、自然とボタンは笑顔になっていた。本題であるペパーとの対決などとうに忘れ、友人たちと過ごす休日の午前を、充実した気持ちで楽しんでいる。
「こんなもん?」
「うん。それくらいで一回お水捨てて、もう一回でいいかな。お米まで捨てちゃヤだから、ゆっくり流してね」
「は?ムズ…」
おっかなびっくり、ちょろちょろと研ぎ汁を捨てるボタン。隣のネモも、そーっとそーっと、と唇を尖らせている。
「っし、できた」
「うん、じょーず」
「私もできた!」
「お米流さないでできた?」
「…えと、ちょっとだけ」
「あはは、難しいよね」
はじめての飯ごう炊飯に奮闘する二人と、二人を見守る先生役のハルト。
日ごろ周りから小さな子ども扱いをされがちなハルトは、珍しい自分のポジションにちょっぴりご機嫌な様子だった。
◇
アウトドアクッキングに精を出す四人のポケモントレーナーたち。
待っている間手持ち無沙汰なポケモンたちは、綺麗なビーチを余す事なく使ってそれはもう元気いっぱいにはしゃぎ回っていた。
「ミズズ」「ノココ」
「パモッ!」「ガルッ!」「バフッ!」
砂浜から素早く頭や尾を出したり引っ込めたりするネモのミミズズとノココッチに、ネモのパーモーットとルガルガン、ペパーのマフィティフが、さながらディグダ叩きの様にぴょんぴょんと夢中で飛びかかり。
「キィーッ!」
「アギャァァァァス!」
「フューウッ!」
めいっぱい翼を伸ばして軽快に空を飛び回るハルトのタイカイデンに追従する様に、背中にハルトのマスカーニャとペパーのヨクバリス、そして頭にボタンのリーフィア(日光をたくさん浴びているせいかやたらハイテンションだ)を乗せたミライドンが、澄んだ水面をジェットスキーの様な猛スピードで爆走し。
「フィーッ、フィーッ!?」
「ブゥーッ!」
「ブイー!」
「ブゥ…!」
少し離れた浜辺では、くねくねした奇怪な動きでやたら素早く追いかけてくるネモのウェーニバルとペパーのリククラゲから、ハルトのエーフィとボタンのブースター、サンダース、ブラッキーがワタワタと逃げ回り(ブラッキーはものすごくダルそうだ)。
「シャワ…」
「シャア…」
「キュウ…」
「ヌムウ…」
そんな騒がしい一団からまた少し離れた浅瀬では、ボタンのシャワーズとペパーのパルシェン、ハルトのイルカマンとネモのヌメルゴンが、とろ〜んと身体をとろけさせ(シャワーズは文字通り溶けている)ながらのんびりと海水浴を満喫し。
「フィーア!」
「ボウ、ボウ?」
「クルル…」
その向かい側の岸壁の近くでは、ボタンのニンフィアとハルトのソウブレイズ、ルカリオの三匹が、やわらかい砂浜に仲良く腰を下ろしてガールズトークに興じ。
「ズズン」
「ボー…ボー…Zzzz…」
そしてそんな三匹を眩しい陽射しからガードする様に、ペパーのキョジオーンがドッシリと側に座って日影を作っていた。暴れん坊なペパーのスコヴィランを腕に抱いて、その圧倒的な包容力ですやすやと心地よいお昼寝タイムに誘いつつ。本当に粋な漢である。
「…クル」
思い思いの相手と思い思いに楽しみ合うポケモンたち。彼ら彼女らの明るく純粋な波導をいっぱいに感じとり、ハルトのルカリオがクスッと可笑しそうな笑みを漏らした。
「…フィア♪」
「…ボウ」
お愛想皆無な全力塩対応がデフォルトな鋼のクールビューティーが見せた珍しい表情に、ニンフィアとソウブレイズが顔を見合わせてクスクスと笑い合う。
「…クンッ」
楽しさと嬉しさと親しみと、ほんのちょっとの揶揄いも含んだ二人の波導のくすぐったさに、ルカリオのリオちゃんはツンと唇を尖らせてそっぽを向いた。
トレーナーに似てちょっぴりいじけグセがあるリオちゃんは、イタズラ心に火がついた二匹にその後もしばらく揶揄われ続け、カレーの仕上げが終わったペパーの『ごはんだぞー!』という大声が砂浜に響いた頃には、もう毛皮でも隠せないくらい真っ赤な顔になってしまっていた。
そんな彼女の反応にニンフィアはピョンピョンと激しく跳ね回りながらフィーフィーフィーフィーと喧しく萌え悶えまくり、ソウブレイズのカルちゃんは慌てて『ごめんね』と短剣型の手で彼女の頭を撫でさすった。たまに茶目っけを出してしまう事はあるものの、やっぱりカルちゃんは心優しい気づかい系女騎士なのだった。
◇
焚き火台の側に設置された、ハルト愛用のピクニック用折りたたみテーブル。
普段は色とりどりのサンドウィッチで明るく彩られているそこに、スパイシーな香りをこれでもかと放つ四つのカレー皿がドンッ!と置かれる。
「おまちどうさん!ペパー特製スペシャルスパイススペシャルカレー、おあがりよ!」
「「待ってましたー!」」
「…スペシャルが過ぎるだろ」
姉弟の様に仲良く肩を並べて席についたネモとハルトが歓声をあげるなか、彼らの対面に座ったボタンは一人静かにツッコミを入れた。
「そんだけスペシャルだってこと!よっと」
そんなボタンの隣りの席にどかっと腰掛けるペパー。折りたたみチェアをぎっしと揺らし、自信満々な笑顔をボタンに向ける。
「ま、食ってみりゃわかるぜ?」
長い髪を後ろで縛ったペパーの得意げな流し目にほのかな色気を感じ、ボタンはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。ペパーのくせに生意気だ、なんて可愛げのない意地を張りながら。
「ぅ…」
しかし、明後日の方向に向けたボタンの視線は、目の前のカレー皿にみるみる吸い込まれてしまう。
とろみがあり、しかし過剰にドロドロ過ぎでもない絶妙な塩梅のカレールーが、少しだけお焦げが混じった炊きたてごはんの上にたっぷりとかかっている。ルーには食べやすいサイズの野菜や肉がゴロゴロと、煮崩れもなくふんだんに盛り込まれている。思わずその楽しげな食感を想像してしまい、ボタンのお腹がぎゅぅっとせつなく飢えを訴えはじめた。
そんな見るだけでも美味しそうなペパーのカレーだが、一番の衝撃はその香りだった。
ただでさえ食欲を刺激するカレー特有の香り。しかしペパーが作ったカレーの香りは、学食のカレーのそれとは桁違いに奥深くボタンの鼻腔と脳を支配した。
(なん、これ…辛いのに、ちょっと甘くて、コクがあって、塩気もあって、それでいてしつこい感じは全然なくて…)
まだ食べてもいないのに、匂いを嗅ぐだけで脳が美味しいと知覚しはじめる。生まれて初めて体験する異次元の絶香に、ボタンの空腹感はいよいよ痛みすら伴う程に上り詰めた。
もう、勝負とかどうでもいい。とにかく食べたい。食べたい。食べたい…!
「ごくっ…!」
泉の様に湧き出す唾液をごっくと飲み込んだボタンの、ほんのりと上気したせつなげな赤ら顔。ボタンの対面に座ったハルトは、隣りのネモと楽しげに目配せしながらクスッと微笑み、ぱんっと両手を合わせた。
「それじゃあ、みんなで!せーのっ!」
ハルトの音頭に合わせて、待ってましたとばかりに手を合わせるネモとペパー。大量に敷かれたレジャーシートにずらりと並んだ四人の手持ちポケモンたちも、自分たちの前に置かれたカレー皿を食い入る様に見つめている。エーフィのブイくんなどは、鼻先を皿にくっつきそうなくらいに近づけてフーフーと激しく鼻息を鳴らしている。まだまだ精神年齢が幼いブイくんは、もう我慢の限界の様だ。
「……っ」
一瞬反応が遅れたボタンが、慌てて両手をぱっと合わせる。口の前できゅっと合わせられた小さな手がどこか幼なげで、ネモとハルトは心の中でこっそりと萌えた。
——美味しい食べ物とそれに関わる全てのモノへ、心からの感謝を込めて。
「「「いただきまーす!」」」
「…ます…!」
四人のポケモントレーナーたちは、待ちきれないとばかりにスプーンを手に取った。
『ケテテッ!』
…カシャッ!
◇
「「んんんんーっ!んーひーっ!!」」(訳:おいしーっ!)
相変わらず息ぴったりなネモとハルトが、全く同じ仕草で全く同じ歓声をあげる。
「んんっ、んまいっ!んん、んんっ!!」
白いシャツを汗でびっしょり濡らしたペパーが、感嘆の唸りもそこそこにガツガツと漢らしく皿にがっついていく。
「フィーッ、フィーッ!フンッ、フンッ!!」
側のレジャーシートからは、ポケモンたちの歓喜の鳴き声がワーワーと賑やか(ハルトのエーフィは特別喧しい)にあがっている。
「っ…っ…」
しかし、そんな周りの喧騒など、もはやボタンには全く聞こえていなかった。
「っ…っ…!!」
無意識に喉の奥から発せられる歓喜の唸りを、これまた無意識な押さえ込みながら、ひたすらスプーンを口に運ぶ、運ぶ、運ぶ。
「〜ッッ…!!」
口を動かす度にカレーらしい辛みとコクが口の中に満ち満ちていき、程よい甘さと確かな塩気に絶えず舌が大歓喜。ほんのごく僅かに存在する絶妙な酸味が、次の一口への衝動を犯罪的に加速させる。パリパリのお焦げが混ざったやわらかなライスとホクホクでアツアツなジャガイモの甘みがルーの辛みとベストマッチし、味、食感、香りの全てで食欲を刺激し続けてくる。
(美味しい…美味しい…!!)
その味わいをガラル風に言うとすれば、文句なしのリザードン級。否、もはやそれ以上の絶品。
(キョダイマックス…!リザードン、キョダイマックス級…!)
伝説の前ガラルチャンプ、ダンデが誇るキョダイマックスリザードンの勇姿を脳内に赤々と幻視しつつ、ボタンは湯気で曇ったメガネをテーブルに放り捨てて更にスプーンを加速させた。
「やっぱりすごいね、秘伝スパイス!」
「あぁ、たまんねぇ!くぅ〜ッ、ほんとにうめぇ…!!」
「うん、うん!んーっ、頑張ってヌシと戦った甲斐があったなぁ…!」
キャッキャと味の秘訣を語り合う三人だが、肝心のボタンの耳には全く聞こえていない。
「ハニーミツもいい感じに効いてるよハルト!」
「ハルトがあのビークインと友達でよかったぜ!」
「えへへ。ネモがガラルのリンゴ取り寄せたー!っていうから、ならやっぱりハチミツかなって!」
「カエデさんがわけてくれたシナモンもいい香りだったよね!」
「それな!まさしく盲点ちゃんだったぜ!まさかパティシエールがカレーの手助けしてくれるなんてってさぁ!いやぁオリーブオイルもすげぇいいの売ってたし、近所のビークインは無敵のハチミツ女王ちゃんだし、なんかもうサイコーだなセルクル!引っ越すか!」
「「あらあら〜!」」
「ぶはははは!似てねーっ!」
あまりにも雑なセルクルジムリーダーのダブルモノマネにゲラゲラと笑うペパー。カレーの出来栄えとそれに伴う確かな達成感と充実感に、三人ともすっかりハイテンションだ。パクパクと大盛りのカレーを食べ進めつつ、和気藹々と盛り上がっている。
「ハイダイさんの調合レシピもすごかったよねー!」
「ね!メモ帳びっしりでわたしびっくりしちゃった!」
「あの人は神だ!香辛料の神さまだあの人は!正直今本気で弟子入りを考えている!」
「あ、浮気だ!サワロ先生にいっちゃおハルト!」
「ロトくん先生にメッセお願い!」
「なっ!?おいやめろ!ダメだぞロトくん!?」
『ケテテテッ♪』
「うわソッコー送りやがったこいつ!?」
「「あははははっ!」」
勝負の事などすっかり忘れてはしゃぎ合う三人。おしゃべりしつつも食べるペースを落とす事はなく、むしろより楽しくハイペースに食事が進んでいく。親しい友達と食べる同じ釜の飯は、どんな高級料理店の逸品よりも美味だった。
「あれ、ボタンもう食べたの?」
「…っ、へ?」
突然ネモに名前を呼ばれて驚くボタン。本当に今まで何も聞こえていなかったらしい。それだけ無我夢中で食べていたのだ。
四人の中でいち早く空っぽになったカレー皿を見て、ペパーは一瞬キョトンと目を見開いてから、ニッといつもの様に得意げに笑った。
「美味かったか?」
「うぇっ!?お、おう…うん…」
すぐ隣りから覗き込む様に笑いかけてくるペパーを何故か直視出来ず、もじもじと顔を逸らすボタン。いつになくいじらしいダウナー少女の姿に、ネモとハルトは目を見合わせてにっこりと笑い合った。
どうやら、勝敗はほぼ決したらしい。
「おかわりいるか?」
「う…じゃ、じゃぁ…ちょっとだけ…」
「ん、ちょっとでいいのか?」
「うぅ…えと、あの………………な、並盛りで…」
「おうっ!」
そっぽを向きながらおずおずと差し出された皿を、満面の笑みで受け取るペパー。おかわり用の飯ごうからもりもりとライスを盛りつけていく彼の横顔を盗み見るボタンの顔は、正しく牡丹の花の様に赤らんでいた。
「…大成功だね、ハルト?」
そんな二人を優しげな目で見つめつつ、そっとハルトに耳打ちするネモ。ハルトはボタンのいじらしい照れ顔にほんわかと目を細めながら、『うん』と満足げに頷いた。
「ほい、おまちどさん!」
「ん…さんきゅ…あ、あの、ペパー…?」
「なんだ?」
おかわりが盛られた皿に手をつけず丸メガネをかけ直したボタンは、躊躇いたっぷりにペパーへと身体を向け、真っ赤に染まった顔でもごもごと呟いた。
「…ぎゃふん…」
上目遣いで囁く様に絞り出された、か細い声。二人を見守るネモとハルトが、声に出さずに『キャーッ!』と悶える。
「は?」
((ずこっ!))
ポカンとした顔で首をかしげたペパーに、姉弟は揃ってずっこけた。このにぶちんちゃんめっ!とペパー風に胸中でツッコミながら。
「ッ!…だ、だからっ!」
察しの悪いペパーにちょっぴり声を荒げつつ、ボタンはボソボソとペパーに敗北を宣言した。
「…ギャフンって、言ってんの。そういう勝負っしょ…ウチの負けだよ…ペパーのカレー、ほんとに美味しい…こんなに美味しいの、はじめて食べた…」
気恥ずかしさを必死に堪えながら、正直に言葉を絞り出したボタン。
「……?」
ペパーは呆けた顔で再び首を傾げながら、数秒ほど無言でボタンをぼーっと見やり。
「…あ、そうか!そういや勝負だったなコレ!」
ぽんっ!と納得した顔で手を打った。
「…は?」
「いやーすっかり忘れてたぜ!そうだそうだ勝負だ勝負!カレーが絶品ちゃん過ぎて頭から吹っ飛んじまった!」
ヒクッと口元を引き攣らせるボタンに構わず、ケラケラと楽しげに笑うペパー。対面に座るネモとハルトは、両手で口を押さえて必死に笑いを堪えている。
「はははは!にしてもお前、ギャフンって!マジでそのまんま言うヤツがいるかっての、なぁ!?」
「うぐぅ…!?」
「いやに真っ赤な顔でどうしたのかと思ったら、ちっさいちっさい声で『ぎゃふぅん…』って」
「「ぶふっ!!」」
「おっ、おい!ウチそんな言い方してないし!人がせっかく恥ずいの我慢して!?」
「恥ずかったのか?」
「恥ずいだろ!」
「ぎゃふぅ〜ん」
「「あははははははっ!!」」
「〜ッッッッ!?」
真っ赤な顔でぷるぷると震えるボタン。今にも"だいばくはつ"してしまいそうだが、自分は敗者であるという意外にも潔い意識が、彼女に幾許かの我慢強さを持たせていた。スター団を束ねるマジボスとしての、最後のプライドなのかもしれない。
「なぁボタン」
「なんだよ…もう…」
ひとしきり笑い終えたペパーに名前を呼ばれたボタンが、いじけた様にカレーをパクつきつつ憮然と返す。
そんなボタンのむすっとした横顔に、ペパーは右手で頬杖をつきながら笑みを送った。
「今日はいいからさ。明日からは野菜、ちゃんと食えよ」
「…ん…」
「カレーもな。ちゃんと来週まで我慢、だぞ?」
「…ん…」
「美味いか?」
「……………………美味しい」
「へへっ。そっか!」
たくさん食えよ!と快活に笑い、ペパーは自分の皿に山盛りのおかわりを盛りつけにいった。
「フィー!」
「お、ブイくんもおかわりか?」
「ブゥ!」「シャウ!」「ブーイ!」「フュウ!」「フィーア!」「…ブゥ」
「お前らもか!トレーナーに似てカレー狂いだなぁ。よしよし、待ってろよー今順番に…」
「フィー!フィー!フィーフィーフィー!」
「って待てっつってんだろつまみ食いすんなこら!めっ!」
空っぽの皿を可愛らしく口に咥えたブイブイたちにもみくちゃにされながらギャーギャーと騒ぐペパー。ハルトのエーフィもボタンのブイブイたちも、不思議とペパーにはよく懐いていた。なんとあのクール&ドライな一匹狼系男子、ブラッキーまでもが、である。
「やっぱりペパーって…」
「うん…」
カレー鍋に顔を突っ込もうとしたエーフィの首根っこをとっ捕まえて、薄紫色の頬をむにぃーっと引っ張ってガミガミと折檻しているペパーを眺めながら。
「「オカンだよねぇ」」
仲良しチャンピオン姉弟が、可笑しそうにそう笑い合った。
「…オトンかも」
「へ?」
「ボタン?」
「あ、いや、その…」
ぽろ、と漏れたボタンの呟きに首を傾げるネモとハルト。
ボタンは、厳しく優しくブイブイたちと戯れているペパーの広い背中を見て。
「…なんでもない」
ふふ、と穏やかに頬を緩めた。
「…ありがと、ペパー」
おしまい。
◇
(今日も今日とて休日にリモート会議…腹減りました…)
(…む?スマホに通知…この写真、カレーですか…カレー…)
(…………………………………………………)
「トップ」
『なんですかアオキ。会議中ですよ』
「腹減ったので今日はあがります」
『ダメです』
「トップ」
『ダメです』
「トッ」
『ダメ』
「……」
「ト」
『ダメ』
おしまい。
ペパーはママでありパパでもある最強の男ヒロイン異論は認めない。
ボタンはダウナー陰キャ系ツッコミヒロインの新たなる可能性異論は認めない。
ネモは破天荒さと包容力二つの特性を併せ持つ♠︎変温系お姉さんヒロイン異論は認めない。
ハルトは存在そのものがえちちな誘い受け系小悪魔ショタ。異論は認める。