鉄騎中隊の亡霊【完結】   作:呼び水の主

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ハイパー(ウミヘビ)ハンマー

 ホワイトベースの白亜の船体が地球の重力の影響を受け、ゆっくりと下降を始める。

 

 そのホワイトベースのブリッジにて、民間の小型シャトルの操縦経験があるというだけで、この人手不足の中戦時徴用され操舵手に抜擢されてしまったわずか18歳の若き少女ミライ・ヤシマは、次第に重くなっていく操舵輪を強張った表情で握りしめていた。

 

 大気圏に捕まるかそうでないかというギリギリの高度を維持しながら巨大な艦船を操るという、これまでの人生最大のプレッシャーにミライは押し潰されそうだった。

 

「ミライ、基本は機械がサポートしてくれる。気負うなよ」

 

「了解!」

 

 ブライトの気遣いを聞き、意識して肩の力を抜く。

 

 突入角度は南米にある連邦軍総司令部ジャブロー基地を指し示している。そのまま突入してしまいたい衝動をグッと堪え、ミライはブライトからの合図を辛抱強く待った。

 

 Pi!Pi! Pi!

 

 そんなミライを試すかのように、不安を煽る不吉な警報が鳴り響く。

 ミノフスキー粒子下でもある程度動作する極めて狭い範囲を索敵可能な近距離レーダーが敵影を捉えた。

 

「ザク10機!本艦の有効射程に入りました!」

 

「聞いたな!対空砲火、撃ち方始め!敵を寄せ付けるな!」

 

 モビルスーツ運用を意識した、輸送艦的な面を持つホワイトベースは分類こそ強襲揚陸艦とやっているが、装備された火器は純粋な戦闘艦であるマゼラン級などと比較するとかなり貧弱である。

 

 敵艦隊から押し寄せてきたザク10機の編隊がお粗末な対空砲火を掻い潜りホワイトベースに殺到し、ザクマシンガンとザクバズーカによる攻撃を開始した。

 

 ヤザンとリュウのガンキャノンがホワイトベース甲板上で応戦するが、数の差から圧倒的にこちらが不利だ。まだ致命的な損傷を受けていないのは奇跡に近い。

 

 ホワイトベースの対空砲火を掻い潜ったバズーカが船体に着弾し、艦を大きく揺らした。

 

 遂に目前に迫る死の恐怖にミライはいよいよ堪らず根を上げた。

 

「ブライト!このままでは撃沈されてしまうわ!」

 

 ミライの言葉にブライトは緊張で乾ききった唇を舐めて、オペレーターのオスカーとマーカーへ状況を確認した。

 

「オスカー!マーカー!バルメア少尉の動きは!」

 

 眼鏡をかけた方のオスカーとかけてない方のマーカーの2人が、ミノフスキー粒子でほとんど使い物にならないレーダーと観測班の報告から情報を整理する。

 

「観測班より!バルメア機、艦隊に取り付きつつあるようです!」

 

「後方よりガンダム接近!あと30秒でビームライフルの有効射程圏内です!」

 

「よし!ミライ、ホワイトベース機関最大!大気アシスト航法だ!突入角の再調整を忘れるな!モビルスーツ隊はホワイトベースから振り落とされるなよ!」

 

「了解!ホワイトベース機関最大!突入角度調整──きゃあ!?」

 

 ブリッジの真横スレスレをビームが掠め衝撃がブライト達を襲った。

 

「ッ!状況報告!」

 

 ブライトの怒声にオスカーが慌てて答える。

 

「ガ、ガンダムです!スペック計算の予想速度より速い!?デ、データの3倍の速度で接近中!」

 

「3倍だと!?性能ではなく、技量で!?」

 

 頼もしい味方になるはずだったガンダムの存在に、今や恐怖を感じていることにブライトは怒りとも悔しさとも判然としない気持ちで唇を噛んだ。

 

「離脱急げ!」

 

「加速します!衝撃に備えて!」

 

 ミライの合図と共にホワイトベースのエンジンが唸りを上げて加速を開始する中、マーカーが悲鳴じみた声を上げた。

 

「ヤザン機、ホワイトベースから離脱!?」

 

『ホワイトベースは離脱しろ!シャアの相手はこのヤザン・ゲーブルだ!』

 

「ヤザン曹長!?無茶だ!ザクも来ているんだぞ──」

 

 彼我の相対距離でみるみる離れていくガンキャノンの背中をモニターの中に捉えながら、ブライトはルナツーから乗り込んできたまだ顔しか知らないヤザンに思わず悪態をついた。

 

「パイロットというのは、どうしてこう無茶ばかりするんだ!」

 

△▼△▼

 

 大気に弾かれるようにして急加速したホワイトベースがみるみる離れていき、たちまちミノフスキー粒子によって通信が遮断される。

 

 死地へと自ら残ったヤザンは人知れず笑みを浮かべた。この男、味方を守るため自身が犠牲になったつもりは微塵もなかった。

 

「腕試しと行こうじゃないか」

 

 視界の端で燐光が瞬くのをヤザンの眼は見逃さなかった。操縦桿をめいっぱい倒しフットペダルを蹴り付ける。

 

 ヤザンのガンキャノンが弾かれたように正面へ飛び出した。

 

 空間を滑るようにしてシャアが2発、3発と放ったビームを掻い潜る。

 

 ビームライフル。当たれば一撃でやられるだろう兵器は、しかし当たりさえしなければどうと言うことはない。

 

「モビルスーツは機動兵器なのだからな!」

 

 ガンキャノンのセンサーがガンダムをロックオンするかしないかの瞬間に、ヤザンは操縦桿のトリガーを引いた。

 

 右肩に装備された肩部ガトリング砲と、キャノン砲から換装した左肩のミサイルランチャーから吐き出された実弾がシャワーの様にガンダムへ降り注いだ。

 

 悠然とミサイルを回避したガンダムだが、すれ違いざまにミサイルが次々と起爆する。──近接信管だ。最低限の回避をやってのけるエース相手によく刺さる、バルメアの言は実証された。

 

「しかし致命傷にならんのでは……!」

 

 単機で弾幕を張るヤザンに対しメインカメラを守るようにガンダムがシールドを掲げた。その僅かな隙を見逃さず、ヤザンはガンダムへと肉薄し腰にマウントしていた近接兵装を振りかぶった。

 

「喰らえよぉ!」

 

 ヤザンの気合いと共にガンキャノンの手元から原始的な暴力がガンダムめがけてカッ飛んでいく。

 

 棘鉄球。あるいは中世の武器であるモーニングスターにも似た、鎖で柄と接続されたスパイク付きの質量の暴力がシャアを襲った。

 

 ハイパーハンマーと命名されたモビルスーツ用質量兵器である。

 

 一見中世染みた古臭い見た目をしているが、宇宙空間において質量による打撃は効率的かつ有効な攻撃手段である。その威力はザクを一撃で粉砕する凶悪さを発揮する。

 

 いかなガンダリウム合金製の装甲とはいえ、外側から質量にまかせた衝撃を与えれば内部機器やパイロットまで守りきれるものではない。

 

『またも新兵器か!』

 

 ドォ!

 直線的な軌道で向かってくるソレに対し余裕を持った回避運動で対応してみせたシャアであったが、しかし棘鉄球は突如後部に備えた噴射口から火を吹いて、シャアの予想を上回る加速性を発揮した。

 

『チィ!?』

 

 シャアは驚異的な反応速度で回避したが、コンスコン艦隊の攻撃部隊であるザクの一機が運悪く棘鉄球の射線に入り込む。

 

 ザクのパイロットも歴戦艦隊の精鋭。肩のシールドで受け止め致命傷を避けた。

 

「受けたなぁ!このウミヘビを!」

 

 しかし安心したのも束の間、それがシールドにめり込んだ瞬間、鉄球から迸る電撃がザクを襲った。

 

『し、システムが死んで!?うわァァァァァァァ!?』

 

 ハンマーの接触回線を通じてパイロットの断末魔が響き渡るが、それもすぐに聞こえなくなった。ザクのモノアイから光が消え失せ、力を失った巨人は宇宙を漂うデブリとなれ果てた。

 

「ハハハハハッ!こいつは使えるぞテム・レイ!」

 

 ハイパーハンマーを引き戻したヤザンが高揚した叫び声をあげた。

 装甲は鉄球で粉砕し、中のパイロットは蒸し焼きにする超凶悪な兵器誕生の瞬間である。

 

「赤い彗星が白いモビルスーツでは格好がつかんだろう!なぁ!?」

 

 破壊されたザクの陰から飛び出してきたガンダムがビームライフルを構え引き金を引いた。

 

 ヤザンのガンキャノンは初期型で、装甲も機動性も改修型に大きく劣る。

 

 それを補う為にデュラハンから譲り受けた追加装備の外付けアポジモーターを肩部と脚部に取り付けたヤザン機が、初期型の動きとは違う滑らかな回避機動でマシンガンの雨を潜り抜け再びハンマーを振りかぶる。

 

「だからこの俺が赤く染めてやろうってんだよ!」

 

 シャアを相手にハンマーで奮戦するヤザンだったが、残る9機のザクが攻撃目標であるホワイトベースを見失い、振りかぶった拳の行き先を1人残ったヤザンへと向けた。

 

「ウミヘビはぁ!」

 

 ガンキャノンがウミヘビハンマーを高速で回転させ盾のように眼前に突き出した。そこへザクの猛攻が突き刺さる。

 

「盾にもなる!」

 

ザクマシンガン、ザクバズーカを数発受け止めて、ついにハンマーのチェーンが耐えきれず弾け飛んだ。

 

「囲いが弱いんだよぉ!」

 

 焦れて不用意に接近してきたザクに逆に急接近するガンキャノン。予想外の動きに怯むザクに組み付き、腰にマウントしたヒートホークを奪い取る。

 

「使える!」

 

 学習型コンピュータがセーフティを瞬く間に解除し、赤熱化させたヒートホークが頭部を切り飛ばした。破損部分へ至近距離から肩部ガトリングを連射されたザクが爆散する。

 

「消えな!」

 

 ザクの放つ光を背に、周囲を見渡したヤザンは戦場からガンダムが消えていることに気付いた。

 

「フン、俺じゃあ物足りないってか?赤い彗星め」

 

 そう呟く間も操縦桿を手早く動かして残る8機のザクの放火を掻い潜る。ザクもヤザンを警戒し不用意には近づいてこず、集中砲火を徹底しつつある。

 

 増設されたアポジモーターの燃料残量がついにレッドゾーンに入った。

 

「頃合いだな」

 

 距離を取り逃げるそぶりを見せたガンキャノンをザクが追いかける。ヤザンが単騎であるが故に迂闊な動きである。

 

 ヤザンはガンキャノンの体勢を回転させ左肩のミサイルランチャーを全弾発射した。

 

 最後の4発は閃光弾だ。近接信管を警戒し余裕を持って回避しようとしたザクの視界は瞬く間に白で埋め尽くされた。

 

『も、モニターが!?』

 

「チッ、ここから届くか?ホワイトベース、拾ってくれよ?」

 

 ──ヤザンのガンキャノンが加速する。

 




テム博士「ハイパーハンマーだと言ってるのに頑なにウミヘビと呼ぶのはなんなのだね!?」
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