病弱で大人しかったネモという親友について話そう   作:さとね

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わかれ

 滞りなく手術は終わった。

 詳しい技術はよく分からないが、パルデアの医療ならば、ペースメーカーが必要ではないらしい。

 だから、ネモは生まれて初めてスマホロトムを触ったのだ。

 

「すごいね、ルリカ。パルデアの地図がサクサク見えるよ」

「でしょ? 写真撮る機能だってあるんだよ!」

 

 私はネモのスマホロトムを操作して撮影モードに変えて、ふわりと斜め上へと浮かんでもらう。

 ポケモンの力を借りれば、自撮りだってこんなに簡単にできちゃうんだから。

 

「ネモの手術成功祝い! いえい!」

「ぴ、ぴーすっ!」

 

 少し緊張した硬いピースのネモが、笑う私の隣に映っていた。

 

「あははは! かわいー!」

「かわいくないってば……!」

 

 恥ずかしいのか、ネモはパタパタと顔を仰ぐ。

 今まで心臓の持病のせいで、外で遊んだことは愚か、学校に通うことさえままらなかったらしく、友達と言える人は誰もいなかったのだと言っていた。

 ネモの両親も学校が大切な場所であることは分かっているし、可能ならば通ってほしいとも思っているが、一度ネモの希望で学校へ行った際に、環境の変化や緊張が重なって心不全が起こり、それ以降は家で勉強をしているらしい。

 

「私の身体が成長するまで手術はできないから、我慢してくれって言われてたの。お父様やお母様が私のことを大切にしてくれているのは分かってるから、私は今に不満はないんだけど。でも……」

「物足りなかった、でしょ?」

 

 私はネモの手をぎゅっと握って、ポケモンボールを二つ取り出した。

 一つはイワンコ。そして、もう一つは最近仲良くなったポケモンだ。

 

「やろうよ、ポケモンバトル!」

 

 私はネモが散歩をしてもいいという許可をもらった時間を狙って、病院の広場へと飛び出した。

 向かったのは病院の裏。表でもポケモンは出せるが、さすがにバトルなんてしようものなら騒ぎになってしまう。

 

「ねえ、ルリカ」

「どうしたの?」

「いいのかな。私みたいに、ポケモンに詳しくない人がバトルなんて」

「何言ってんの、ネモ!」

 

 私は笑う。

 そんなこと言ったら、私だってただのサッカー少女だ。

 だが、だからといってバトルをしちゃいけないなんてルールはどこにもない。

 

「ポケモンと一緒にいれば、誰しもがポケモントレーナーだよ!」

「…………!!」

 

 ネモの目つきが変わった。

 何かを決心したのか、ぎゅっと握りしめたイワンコのボールをじっと見つめている。

 

「いくよ、ネモ! 準備はいい?」

「うん。頑張る……!」

 

 記念すべき初陣だ。

 私は新しい仲間を繰り出した。

 

「行くよ、パモ!」「ぱもっ!」

 

 それに呼応して、ネモも不格好なフォームでボールを投げた。

 

「出ておいで、イワンコっ!」「いわわん!」

 

 そして、私はネモとポケモンバトルをした。

 私だって、普段はサッカーばかりでポケモンバトルが強いわけでない。でも、初めてというわけでもなかったから、負けるつもりもなかった。

 それなのに。

 

「いわわんっ!!」

 

 最後まで立っていたのは、イワンコだった。

 捕まえたてとはいえ、パモだって弱くなかった。

 それなのに、ネモは初めてのバトルで勝利を収めたのだ。

 

「すごーい! 初めてのバトルなんだよね!」

「う、うん。でも、ルリカと一緒にバトルの動画はたくさん見てたから……」 

「そんなレベルじゃないよ! ネモならきっとチャンピオンだって夢じゃないってば!」

「そ、そうかな?」

「間違いないって! 私が保証する!」

「ありがとう、ルリカ」

 

 照れくさそうに笑うネモを見て、私は思わず抱きついてしまった。

 ずっとベッドの上にしかいれなくて、やっと夢を叶えることができたのだ。ネモにはもっとたくさんのことをしてほしい。

 

「通いなよ、学校! オレンジアカデミーなら、きっとたくさんのことが学べるよ!」

「え? でも、お父様とお母様がなんて言うか……」

「大丈夫だって! ポケモンが好きで学びたいってことを否定する人なんてどこにもいないよ!」

 

 私はネモの背中を軽く叩いた。

 送り出してあげたいのだ。

 だって、私はもうすぐここを去らなければならないのだから。

 

「じゃあ、明日。お願いしてみる」

「よし! それじゃあ、もう一回()ろう!」

「や、やる……?」

「知らないのかい、ネモ」

 

 私はネモの肩に手を置いて、パチンと得意げにウインクをした。

 

「戦うと書いて()るとも読むんだぜ……!」

「——!!」

 

 ネモはパチリと大きく丸い目を見開いて、

 

「か、格好いい……!!」

 

 気に入ってくれたようだった。

 なんかそれっぽく言っただけなのだが、喜んでくれているのなら良かった。

 

「よし、じゃあもう一回!」

「うん、()ろう! ルリカ!」

 

 そして、もう一度私たちはポケモンバトルをして。

 今度も、ネモが勝った。

 

「強すぎー!!」

「あははっ。そんなことないよ」

 

 謙遜しながらも、私にはネモの気持ちが分かった。

 今まで叶わなかった想いや願いが、ついに実現するかもしれないのだ。

 だから私は、背中を押してあげたい。

 

「ネモ、頑張ってね!」

「うん! お父様とお母様に、学校のこと言ってくるね!」

 

 さっそく編入の話を両親へとしに行こうとしたネモの後ろ姿を、私はその場で見つめる。

 私がついてくると思ったのか、ネモは不思議そうに振り返った。

 ごめんね。私の道はそっちじゃないんだ。

 

「私さ、もうすぐパルデアから出るんだ」

「……え?」

「ここに来たのは、足の手術のためだったから。もう走っても平気なくらいにまで良くなってきてるから、帰ることになったんだ」

「…………そっか」

「ほらほら、悲しそうな顔しないの、ネモ!」

 

 私は無理に笑顔を作ってネモに顔を近づけてみせる。

 

「私はサッカー、ネモはバトル! 道は違うけどさ、お互い一緒に頑張ろうよ!」

 

 コン、とネモの胸を叩く。

 

「ネモなら本当になれるよ! チャンピオン!」

「…………わかった!」

 

 ネモはコクリと頷いて、私の手をぎゅっと握ってきた。

 そして、トパーズの瞳が真っ直ぐに見つめてくる。

 

「明日、またここに来て!」

「え? 明日?」

「うん! お父様とお母様に話をして、そのあとどうなるか、ちゃんと伝えたいの!」

「わかった。まだパルデアを出るまで数日あるから、大丈夫」

「絶対、絶対来てね!」

「はいはい。分かったってば」

 

 適当に頷いた私は、行っておいでとネモの肩を掴んでくるりと身体を回し、そのまま前に押し込んだ。

 ネモは満面の笑みで私に手を振る。

 

「また明日ね、ルリカ!」

「うん。また明日」

 

 

 

 そして、次の日。

 待ち合わせ場所は、いつもコッソリとポケモンバトルをしていた病院の裏。

 なんだかあまり眠れなくて早く来てしまったのに、数分も待たずにネモがやってきた。

 それも、なぜか髪型が変わっていて。

 

「ルリカ、おはよう!」

「おはよう……って、なにその髪の毛」

「あ、気づいた!? 私、ルリカの緑色の髪好きだから、ちょっとだけ染めてみたの!」

「いやいや、それだけじゃなくてさ」

「髪の毛、バトルのとき邪魔になるから結んだ!」

 

 真っ黒な髪をカーテンのように垂らしていた美しいネモの髪型はまったく別物になっていて、ほとんどの髪の毛を後ろで一つ結びにまとめて、そこからピョコンと飛び出した前髪を私と同じ緑の色に染めていたのだ。

 

「怒られないの? その、親とかに」

「昨日ね、ちゃんと言ったの! やりたいことができたから、学生の間にやれるだけやりきりたいって! たくさんのことを知って、学びたいって!」

「そしたら、髪も染めていいって?」

「うん! 好きにやりなさいだって! 学校に通う手続きも、今日の午後にやるつもりなんだ!」

「そっかそっか! それなら、よかった」

 

 素直に嬉しかった。

 あれだけ弱々しかったネモが、いまはこんなにも元気にやりたいことを語っているのだから。

 だから、私はポケットに手を突っ込んで、二つのボールを取り出した。

 

「この二匹さ、預かってくれないかな?」

「……え? イワンコとパモを?」

「うん。私はポケモンバトルとかはやらないだろうから」

「でも、どっちも大切な家族なんじゃ……」

「バトルをしてるときね、二匹ともすごい楽しそうだったの。だから、きっとネモと一緒にいた方が楽しんでくれると思って」

 

 ネモは少しだけ考え、ボールをじっと見つめる。

 そして、私が手のひらに乗せたボールを受け取ってくれた。

 

「分かった! 私、この二匹と一緒にチャンピオンになるよ!」

 

 ネモはニッコリと笑って、緑に染めた前髪を摘んだ。

 

「イワンコとパモを連れて、それでこの髪の毛はルリカの分! みんなの気持ちまで込めて、チャンピオンになってやるんだから!」

「うん。頑張れ」

「だから、ルリカにもこれ、はい!」

 

 ネモが私に手渡してきたのは、腕に付ける用のサポーターだ。

 ボールを投げる時の補助的役割しかないものだが。

 

「これ、サッカーだと使わないかもだけど、私は右利きだから、左手の分、持っていってくれないかな!」

「それで、私もサッカーで優勝しろって?」

「うん! 私のことも連れていってよ!」

「…………まったく」

 

 こんなに強引な子ではなかった気がするけど。

 でも、私はネモのサポーターを左手につけた。

 背丈も近いので、ピッタリと腕にフィットする。

 やばい。なんか泣きそう。

 

「一緒に目指そう! 定期検診で数ヶ月したらまた来るからさ! そのときにはお互いの夢を叶えて、ここで会おうね!」

「うん、約束! 絶対!」

 

 私とネモはサポーターをつけた腕同士で、拳をコツンと突き合わせた。

 

「身体には、気をつけてね」

「うん! ルリカも、また怪我しないようにね!」

 

 そうして。

 私とネモは別々の道を歩く。

 それから一度も振り返らなかったのは、覚悟を決めたからとか、そんな大層な理由ではない。

 ボロボロと流れる涙を、ネモに見せたくなかったからだった。

 

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