病弱で大人しかったネモという親友について話そう   作:さとね

4 / 4
しんゆう

 結論から言えば。

 私の夢は、叶わなかった。

 当然と言えば当然だろう。

 怪我が治ったばかりで、ブランクもあって、才能に満ちているわけでもない。

 私の力が正しく発揮されて、その結果が正しく出ただけだ。

 だからこそ。

 

『——ネモ選手、パルデア地方最年少でのチャンピオンランク達成ー!!』

 

 スマホロトムのニュースに載る友人の姿を見るのが、あまりに辛かった。

 もうそこに、私が出会ったときの弱いネモはいなく、輝かしい舞台で楽しそうに笑うネモが画面には映っていた。

 ズキン、と胸の奥が痛む。

 嫉妬とか、後悔とか、そういう嫌な感情がずっと胸の中でぐるぐるしているし、一番は。

 ネモの夢が叶ったことを、素直に喜べない自分がいるのが、なにより嫌だった。

 

「……約束、したもんね」

 

 私は重い重い足取りで、パルデアへと帰ってきた。

 ほんの一ヶ月強しかいなかったはずなのに、第二の故郷のようにパルデアの大地が迎え入れてくれている気がした。

 イワンコとパモ、元気にしてるかな。

 すっかり体に馴染んだサポーターを左手につけて、私は歩く。

 向かう先は、オレンジアカデミー。

 ネモがどこにいるにせよ、とりあえず学校に行けば、すぐに会えると思ったのだ。

 

「あの、すいません」

 

 私は学校に入り、受付の人に声をかける。

 空間を埋め尽くすどっしりとした本のカーテンの圧に緊張しながらも、私は続ける。

 

「ネモという子は、どこにいますか?」

「その子は確かに弊学に在籍しておりますが……どういったご用件でしょうか?」

「あの、友達……なんです」

 

 こんな些細な言葉すら、上手く言えなかった。

 私なんかがネモみたいな凄い人の友達と気軽に名乗っていいのかどうかも、よく分からなかったのだ。

 まだ私のこと、覚えててくれてるかな。

 なぜか自分の指先が震え始める。

 怖かった。

 ネモが遠い場所に行ってしまった気がして。もう二度と会えないかもしれないと余計な気持ちがずっと頭にあって。

 なのに。

 

「あーーっ!! ルリカだ!!」

 

 私の後ろ姿を一目見ただけで、学校に入ってきてばかりのネモはそう言ってくれたのだ。

 すぐに振り向くと、なんとネモは走って私の元まで来てくれた。

 

「久しぶり! 来てくれたんだねっ!」

「う、うん。久しぶり、ネモ。でも、よく私だってすぐに分かったね」

「わかるよ! ルリカの緑の髪、大好きだもん! ほら、まだまだこれも最前線!」

 

 ネモは笑って、緑色に染めた前髪を摘み上げた。

 私をチャンピオンにまで連れて行ってくれると私なんかよりもずっと綺麗な黒髪を染めてくれたのだ。

 まだネモの中に私が残ってくれているのがたまらなく嬉しくて、だからこそ苦しい。

 胸がきゅっと絞まる感覚があって、私は思い出した。

 

「そういえば、走って大丈夫なの?」

「うん! すぐにバテちゃうけど、これくらいなら大丈夫!」

「そっか、そっか。よかった……」

 

 ホッと息を吐く私の顔を見て、ネモは不思議そうに首を傾げる。

 

「どうしたの、ルリカ? 元気なくない?」

「……そうかな?」

「だって、初めて会った時はこう……どりゃあ〜って感じだったから!」

 

 大袈裟なジェスチャーをしたネモ。

 そういえば、そんなときもあったっけ。ダンデのバトル動画見て、病室の中で二人で手を握ってポケモンバトルに燃えた日々。

 あの頃は、全てが上手くいくと思っていたから。

 

「……ごめんね、ネモ」

「ん? どうしたの」

「ネモは約束……守ってくれたのに」

 

 ネモは本当にチャンピオンになった。なのに、私は優勝に届く気配すらなかったのだ。

 それがたまらなく申し訳なくて。

 

「大丈夫だよ! ルリカならきっと、優勝できるもん!」

「そんな上手くいかないよ。私はネモみたいに……才能なんてないんだからさ」

「そんなことない。私は、信じてるよ」

「だって、ネモは……!!」

 

 私は必死に口を閉じた。

 言いたくない。そのときの感情に任せて、ネモを傷つけてしまうかもしれない言葉を言うくらいなら、死んだ方がマシだ。

 

「……ごめん。それじゃあ、私は帰るね。頑張ってね、ネモ」

「ま、待って、ルリカ!」

 

 逃げようとした私の手を掴んだネモは、すぐに私の前に回り込んできた。

 

「これからね、私よりも歳下でチャンピオンランクを達成した子とバトルするんだ! それ、見て行ってよ!」

「ネモより、歳下で……?」

 

 そんな化け物がまだまだこの世にいるのか。

 天才を超えられるのは、やっぱり天才だけなんだろう。

 でも、なんで見てほしいんだろう。

 

「ルリカに見てほしいの、強くなった私たちを!」

「…………じゃあ、見ていくよ。ありがとね」

 

 本当は帰りたかった。

 いつも通りネモは勝って、私に頑張れと言うのだろう。

 そんなの言われたって、私は苦しいだけだ。

 そう、思っていたのに。

 

「……ウソ」

 

 ネモは、敗北寸前だった。

 どう見ても私よりも小さい女の子が、ネモのポケモンたちを圧倒している。

 それに。

 

「ルガルガンとパーモット……」

 

 私が預けた二匹のポケモンは、たくましい姿へと進化を遂げ、新しいチャンピオンの子と激戦を繰り広げていた。

 本当に、あの二匹を連れてチャンピオンになってくれたんだ。

 いろんな感情が頭の中で暴れ回って煩わしい。

 だから私は、叫んだ。

 

「頑張れー!! ネモーーッッ!!!」

 

 負けるな、負けるな!

 ネモは世界で一番凄いポケモントレーナーなんだ!

 私の声に応えるように、ネモは輝くテラスタルオーブを投げ、最後のポケモンをテラスタルさせる。

 だが、それでもネモは届かなかった。

 最後のポケモンがモンスターボールへと帰り、辺りに静寂が満ちる。

 私は思わずネモの元へ走ろうとして、思いとどまった。

 ネモの口元が、笑っているように見えたから。

 

「やったーーー!!!」

 

 その場にいる全員が、呆気に取られる。

 

「すごい、すごいよ! ——は、最強だ! 嬉しいなー!」

 

 言葉の意味を誰も理解できていなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ネモ……っ!」

 

 私にはわかる。

 本来ならば悲しむはずの敗北や挫折で、どうしてネモが笑えるのか。

 病室の中でこの広場を眺めることしかできなかったネモの背中を見たことがある、私だから。

 

「ネモ……っ!!」

 

 今までネモは、身体が弱いからと何もさせてもらえなかったのだ。

 だから()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 勝って嬉しいも、負けて悔しいも、ネモは一度も味わうことができなかった。

 だから、どんなことも新鮮で、輝いていて、全ての経験が心の底から嬉しくて、ネモは笑うのだろう。

 彼女は変わっていると、みんなは思うのだろうか。

 私はそうは思わない。

 あの無邪気さも、放漫さも。

 きっと誰しもが小さい頃に抱いていた感情を抱くための舞台に、ようやっと立つことができたからなのだから。

 

「ネモぉ〜〜っっ!!!」

 

 嬉しかった。

 あれだけ弱々しく外を眺めていたネモの、あんなに元気な姿を見ることができているのが。

 気付けば、思わず私はネモへ向かって走り出していた。

 

「わぁ!? ルリカ!?」

 

 涙でぐしゃぐしゃの顔を、ネモに押し付ける。

 ああ、匂いはネモのままだ。

 

「格好良かったぁ……!! すごいよ、ネモぉ……!!」

「そ、そうかな? 負けちゃったけど」

「いいの、なんだって! だって、ネモは……!」

 

 その先を言おうとした私の口元にピトッと指先を当てて言葉を止めたネモは、にっこりと笑って言う。

 

「私も同じ気持ちだよ、ルリカ」

「…………ぇ?」

 

 そうだ。

 きっとネモも、同じだったのだ。

 私が優勝できてもできなくても、そんなことで、私たちの関係が変わることなんてないのだ。

 負い目を感じるくらいならば、その時間でまた挑めばいいだけ。

 私とネモが実現してみせたのだから。どんな病気や怪我にぶつかっても、こうしてまたやり直せるのだと。

 

「……うんっ! 私、頑張るね!」

 

 そこまでのやり取りをしてから、私は周りにたくさんの人がいることに気づいた。

 やばいやばい。めっちゃ見られてる。

 私があたふたとしていると、メガネをかけた白髪のおじいさんが声をかけてきた。

 

「いいバトルでした、ネモさん。……もしかして、彼女が?」

「はい! この子です!」

 

 ネモは私のことを抱きしめて、こう言ってくれた。

 

「この子が私の宝物(しんゆう)です!」

「…………ネモ?」

 

 ぱちくりと瞬きをしている私へ、白髪のおじいさんが説明してくれる。

 

「我が校では『宝探し』という課外授業を行なっていましてね。生徒たちには好きなことをしてもらい、その中で自分だけの宝物を見つけてもらっているのです」

 

 白髪のおじいさんの隣に立つ、凛とした顔の藍と黒の髪が混じった綺麗な女性が、話を続ける。

 

「彼女はチャンピオンになった後に、あなたのことを話してくれたんですよ。自分にポケモンバトルを始めるきっかけを作ってくれた大切な友達なのだと。そうですよね?」

「はい! ルガルガンとパーモットも、ルリカから借りたポケモンなんです!」

「この調子で、ことあるたびにあなたの話をずっとするんですよ。だから一目見ることができてよかったです」

「いや、私はそんな大層な人間じゃ……」

「そんなことないもん! ルリカもすごいんだもん!」

 

 誰よりもネモが譲ってくれなかった。

 折れた私は、諦めて深く息を吐く。

 

「そのうち、すごくなるから。待っててね。絶対に追いつく」

「うん! そうしたらポケモンバトルも()ろうね!」

「お? じゃあ、ネモもサッカーを()ってくれるんだよね?」

「う、うう〜! ボール扱うの苦手なんだぁ〜!」

「見てたよ〜! ネモ、ポケモンボール投げるフォーム、未だに変だったもんね〜!」

「ルリカぁ〜!!」

 

 むき〜っと顔を赤くしたネモは、二つのモンスターボールを放り投げた。

 出てきたのは、ルガルガンとパーモット。

 

「やっちゃえ!」

「ちょっ……! チャンピオンの手持ちに攻撃されたら……!」

「いがわわん!」

「ぱもっ!!」

 

 二匹は私を押し倒して、ぺろぺろと私のことを舐めたり、ほっぺをすりすりしてくる。

 

「痛い痛い!! なんかすっごいビリビリするってばぁ!!」

「あははははっ!」

 

 ポケモンたちに遊ばれる私を見て、お腹を抱えて大笑いするネモ。

 ネモはさんざん私で遊んだ後、ぐったりと地面に倒れる私の隣に倒れてきて、ルガルガンとパーモットを呼び寄せ、ぐっと私たちを挟ませる。

 

「写真、撮ろう!」

 

 スマホロトムを巧みに駆使して自撮りモードにしたネモは、ためらいなくシャッターを切ろうとするので、慌ててピースをしてみた。

 もっと顔作ったりポーズを考えたりさせてほしかったが、まあ、ネモだからなぁ。

 

「……ねえ、ネモ」

「ん?」

「ありがとう。私の宝物(しんゆう)になってくれて」

「こちらこそ! これからもよろしくっ!」

 

 そうして私たちは、コツンの拳を合わせる。

 私はそのまま空を見上げる。

 綺麗な空だった。

 散らばる星がネモのそばかすみたいでかわいいなんて言って、肩を小突かれる。

 こうやってネモをいじってやるのも、なかなか楽しいものだ。

 

「あ、そうだ」

「なに?」

「ふふ。教えない」

「えー、なんでよー!」

「そのうち、ね」

 

 私はニヤリと笑う。

 いつか私たちが大人になって、二人で夢を叶えて、誰かに昔の話を聞かれた時に、こんな始まりでいじってやろうと思うのだ。

 

 

 病弱で大人しかったネモという親友について話そう、と。

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ネモが体力不足という設定を見て、存在しないはずの記憶が駆け巡りました。きっとこんな背景があったらいいな、という私の妄想です。
面白いと思っていただけたら、感想や評価もお願いします。

他にもワンピースの二次創作を書いているので、こちらも読んでもらえると嬉しいです。

https://syosetu.org/novel/299052/
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。