ありふれない捕食者は世界最強   作:ギアス

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ギアスです。
第十六話を始めたいと思います。
とうとうオルクス大迷宮を攻略した卓弥一行。
その頃地上では、勇者パーティの下へ使者が訪れていて……
それでは、第十六話をどうぞ。


帝国からの使者 守護騎士の決闘

ハイリヒ王国の訓練場。

そこでは、2人の人間が対峙していた。

 

1人は、刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており、構えらしい構えもとっていない、ハイリヒ王国の同盟国、ヘルシャー帝国の使者の護衛。

もう1人は……

 

「……よし!」

 

同じく刃引きをしたロングソードを右手に持ち、左腕にラウンド・シールドを装備した、青と白銀のバトルドレスを着た少女。

勇者一行、守護騎士の白崎香織だった。

 

 

 

時は少し遡る。

 

卓弥達がヒュドラとの死闘を制した頃、勇者一行は、一時迷宮攻略を中断し、ハイリヒ王国に戻っていた。

道順のわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略であることから、その攻略速度は一気に落ちたこと。

また、魔物の強さも一筋縄では行かなくなって来た為、メンバーの疲労が激しいことから一度中断して休養を取るべきという結論に至ったのだ。

 

もっとも、休養だけなら宿場町ホルアドでもよかった。

王宮まで戻る必要があったのは、王国から迎えが来たからである。

何でも、ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。

 

何故、このタイミングなのか。

 

元々、エヒト神による〝神託〟がなされてから光輝達が召喚されるまでほとんど間がなかった。

そのため、同盟国である帝国に知らせが行く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかったのだ。

もっとも、帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき完全実力主義の国なので、仮に勇者召喚の知らせがあっても帝国は動かなかったと考えられる。

召喚されたばかりの頃の光輝達と顔合わせをしても軽んじられる可能性があったのだが、今回の【オルクス大迷宮】攻略で、歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって帝国側も光輝達に興味を持つに至り、帝国側から是非会ってみたいという知らせが来たのだ。

王国側も聖教教会も、いい時期だと了承したのである。

 

そんな話を帰りの馬車の中でツラツラと教えられながら、光輝達は王宮に到着した。

馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。

十歳位の金髪碧眼の美少年である。

光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。

その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。

ランデル殿下は、思わず犬耳とブンブンと振られた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気で駆け寄ってくると大声で叫んだ。

 

「香織!よく帰った!待ちわびたぞ!」

 

もちろんこの場には、香織だけでなく他にも帰還を果たした生徒達が勢ぞろいしている。

その中で、香織以外見えないという様子のランデル殿下の態度を見ればどういう感情を持っているかは容易に想像つくだろう。

実は、召喚された翌日から、ランデル殿下は香織に猛アプローチを掛けていた。

と言っても、彼は十歳。

香織自身、卓弥も世話になっている孤児院の手伝いをしており、ランデル殿下と同じぐらいの年の少年少女達の面倒も見たことがあるので、彼女から見れば小さい子に懐かれている程度の認識であり、弟のようには可愛く思ってはいるようだが、ランデル殿下の恋が実る気配は微塵もない。

 

「ランデル殿下。お久しぶりです」

 

パタパタ振られる尻尾を幻視しながら微笑む香織。

そんな香織の笑みに一瞬で顔を真っ赤にするランデル殿下は、それでも精一杯男らしい表情を作って香織にアプローチをかける。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか?余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」

 

ランデル殿下は悔しそうに唇を噛む。

香織としては守られるだけなどお断りなのだが、少年の微笑ましい心意気に思わず頬が緩む。

 

「お気づかい下さりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ?自分で望んでやっていることですから」

「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

「安全な仕事ですか?」

 

ランデル殿下の言葉に首を傾げる香織。

ランデル殿下の顔は更に赤みを増す。

となりで面白そうに成り行きを見ている雫は察しがついて、少年の健気なアプローチに思わず苦笑いする。

 

「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ?その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

「侍女ですか?いえ、すみません。私はそういうのは……」

「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」

 

医療院とは、国営の病院のことである。

王宮の直ぐ傍にある。

要するに、ランデル殿下は香織と離れるのが嫌なのだ。

しかし、そんな少年の気持ちは鈍感な上に卓弥にゾッコンな香織には届かない。

 

「いえ、私は守護騎士ですし、前線でなければ皆を守れないし癒せませんから。心配して下さりありがとうございます」

「うぅ」

 

ランデル殿下は、どうあっても香織の気持ちを動かすことができないと悟り小さく唸る。

そこへ空気を読まない厄介な善意の塊、勇者光輝がにこやかに参戦する。

 

「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」

 

光輝としては、年下の少年を安心させるつもりで善意全開に言ったのだが、この場においては不適切な発言だった。

恋するランデル殿下には『俺の女に手ぇ出してんじゃねぇよ。俺がいる限り香織は誰にも渡さねぇ!絶対にな!』と意訳されてしまう。

親しげに寄り添う勇者と治癒師。

実に様になる絵である。

ランデル殿下は悔しげに表情を歪めると、不倶戴天の敵を見るようにキッと光輝を睨んだ。

ランデル殿下の中では二人は恋人のように見えているのである。

 

「香織を危険な場所に行かせることに何とも思っていないお前が何を言う!絶対に負けぬぞ!香織は余といる方がいいに決まっているのだからな!」

「え〜と……」

 

ランデル殿下の敵意むき出しの言葉に、香織はどうしたものかと苦笑いし、光輝はキョトンとしている。

雫はそんな光輝を見て溜息だ。

 

ガルルと吠えるランデル殿下に何か機嫌を損ねることをしてしまったのかと、光輝が更に煽りそうなセリフを吐く前に、涼やかだが、少し厳しさを含んだ声が響いた。

 

「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう?光輝さんにもご迷惑ですよ」

「あ、姉上!? ……し、しかし」

「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」

「うっ……で、ですが……」

「ランデル?」

「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」

 

ランデル殿下はどうしても自分の非を認めたくなかったのか、いきなり踵を返し駆けていってしまった。

その背を見送りながら、王女リリアーナは溜息を吐く。

 

「香織、光輝さん、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」

 

リリアーナはそう言って頭を下げた。

美しいストレートの金髪がさらりと流れる。

 

「ううん、気にしてないよ、リリィ。ランデル殿下は気を使ってくれただけだよ」

「そうだな。なぜ、怒っていたのかわからないけど……何か失礼なことをしたんなら俺の方こそ謝らないと」

 

香織と光輝の言葉に苦笑いするリリアーナ。

姉として弟の恋心を察しているため、意中の香織に全く意識されていないランデル殿下に多少同情してしまう。

まして、ランデル殿下の不倶戴天の敵は別にいることを知っているので尚更だった。

 

ちなみに、ランデル殿下がその不倶戴天の敵に会ったとき、一騒動起こすのだが……それはまた別の話。

 

リリアーナ姫は、現在十四歳の才媛だ。

その容姿も非常に優れていて、国民にも大変人気のある金髪碧眼の美少女である。

性格は真面目で温和、しかし、硬すぎるということもない。

TPOをわきまえつつも使用人達とも気さくに接する人当たりの良さを持っている。

光輝達召喚された者にも、王女としての立場だけでなく一個人としても心を砕いてくれている。

彼等を関係ない自分達の世界の問題に巻き込んでしまったと罪悪感もあるようだ。 

そんな訳で、率先して生徒達と関わるリリアーナと彼等が親しくなるのに時間はかからなかった。

特に同年代の香織や雫達との関係は非常に良好で、今では愛称と呼び捨て、タメ口で言葉を交わす仲である。

ちなみに卓弥とも話をしたことがあり、卓弥も彼女のことを『リリアーナ』と呼ぶ程度には心を許していた。

ルチアも元は王宮のメイドだったので、リリアーナもルチアとよく話をしていて仲が良かった。

故に、今でこそある程度は立ち直ってはいるが、卓弥とルチアの凶報を聞いたばかりの時、リリアーナはとても心を痛めていた。

 

「いえ、光輝さん。ランデルのことは気にする必要ありませんわ。あの子が少々暴走気味なだけですから。それよりも……改めて、お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 

リリアーナはそう言うと、ふわりと微笑んだ。

香織や雫といった美少女が身近にいるクラスメイト達だが、その笑顔を見てこぞって頬を染めた。

リリアーナの美しさには二人にない洗練された王族としての気品や優雅さというものがあり、多少の美少女耐性で太刀打ちできるものではなかった。

現に、永山組や小悪党組の男子は顔を真っ赤にしてボーと心を奪われているし、女子メンバーですら頬をうっすら染めている。

異世界で出会った本物のお姫様オーラに現代の一般生徒が普通に接しろという方が無茶なのである。

昔からの親友のように接することができる香織達の方がおかしいのだ。

 

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

 

さらりとキザなセリフを爽やかな笑顔で言ってしまう光輝。

繰り返し言うが、光輝に下心は一切ない。

生きて戻り再び友人に会えて嬉しい、本当にそれだけなのだ。

単に自分の容姿や言動の及ぼす効果に病的なレベルで鈍感なだけで。

 

「えっ、そ、そうですか? え、えっと」

 

王女である以上、国の貴族や各都市、帝国の使者等からお世辞混じりの褒め言葉をもらうのは慣れている。

なので、彼の笑顔の仮面の下に隠れた下心を見抜く目も自然と鍛えられている。

それ故、光輝が一切下心なく素で言っているのがわかってしまう。

そういう経験は家族以外ではほとんどないので、つい頬が赤くなってしまうリリアーナ。

どう返すべきかオロオロとしてしまう。

こういうギャップも人気の一つだったりする。

光輝は相変わらず、ニコニコと笑っており自分の言動が及ぼした影響に気がついていない。

それに、深々と溜息を吐くのはやはり雫だった。

苦労性が板についてきている。本人は断固として認めないだろうが。

 

「えっと、とにかくお疲れ様でした。お食事の準備も、清めの準備もできておりますから、ゆっくりお寛ぎくださいませ。帝国からの使者様が来られるには未だ数日は掛かりますから、お気になさらず」

 

どうにか乱れた精神を立て直したリリアーナは、光輝達を促した。

光輝達が迷宮での疲れを癒しつつ、居残り組にベヒモスの討伐を伝え歓声が上がったり、これにより戦線復帰するメンバーが増えたり、愛子先生が一部で"豊穣の女神"と呼ばれ始めていることが話題になり彼女を身悶えさせたりと色々あったが光輝達はゆっくり迷宮攻略で疲弊した体を癒した。

香織は内心、迷宮攻略に戻りたくてそわそわしていたが。

 

 

それから三日、遂に帝国の使者が訪れた。

 

現在、謁見の間にて、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド陛下と向かい合っている。

光輝達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人も揃っていた。

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

「はい」

 

陛下と使者の定型的な挨拶のあと、早速、光輝達のお披露目となった。

陛下に促され前にでる光輝。

召喚された頃と違い、まだ二ヶ月程度しか経っていないのに随分と精悍な顔つきになっている。

ここにはいない、王宮の侍女や貴族の令嬢、居残り組の光輝ファンが見れば間違いなく熱い吐息を漏らしうっとり見蕩れているに違いない。

光輝にアプローチをかけている令嬢方だけで既に二桁はいるのだが……彼女達のアプローチですら「親切で気さくな人達だなぁ」としか感じていない辺り、光輝の鈍感は極まっている。

まさに鈍感系主人公を地で行っている。

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五階層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化け物が出ると記憶しておりますが……」

 

使者は、光輝を観察するように見やると、イシュタルの手前露骨な態度は取らないものの、若干、疑わしそうな眼差しを向けた。

使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。

その視線に居心地悪そうに身じろぎしながら、光輝が答える。

 

「えっと、ではお話しましょうか? どのように倒したかとか、あっ、六十六階層のマップを見せるとかどうでしょう?」

 

光輝は信じてもらおうと色々提案するが使者はあっさり首を振りニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか?それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

「えっと、俺は構いませんが……」

 

光輝は若干戸惑ったようにエリヒド陛下を振り返る。

エリヒド陛下は光輝の視線を受けてイシュタルに確認を取る。

イシュタルは頷いた。

神威をもって帝国に光輝を人間族のリーダーとして認めさせることは簡単だが、完全実力主義の帝国を早々に本心から認めさせるには、実際戦ってもらうのが手っ取り早いと判断したのだ。

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

「決まりですな、では場所の用意をお願いします」

 

こうして急遽、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

その後、模擬戦が開始されたのだが……ものの見事に敗北した。

光輝の対戦相手は高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。

一見すると全く強そうに見えない、なんとも平凡そうな男だった。

しかし、その護衛相手に、光輝は見事に手も足も出ずにやられていた。

そして、光輝が地面に這いつくばった時、護衛は呆れたように言った。

 

「はぁ~、おいおい、勇者ってのはこんなもんか? まるでなっちゃいねぇ。やる気あんのか?」

 

平凡な顔に似合わない乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。

その表情には失望が浮かんでいた。

その言葉に、光輝は相手を舐めていたのは自分の方であったと自覚し、自分に向けて怒りを抱いた。

 

「すみませんでした。もう一度、お願いします」

 

今度こそ、本気の目になり、自分の無礼を謝罪する光輝。

しかし、

 

「戦場じゃあ"次"なんてないんだよ。剣に殺気も乗せられない。傷つけることも傷つくことも恐れてる。そんな奴が何か言ったところで夢物語でも騙られてる気分だ」

 

護衛は嘲るでも侮るでもなく、ただ事実を語るかのように酷評する。

その言い分には、流石の光輝もカチンと来たようで咄嗟に反論を行おうとする。

 

「夢物語って……失礼じゃないですか?俺は本気で  

「馬鹿言うなよ。"本気"なんて言葉はな、もうちょい現実ってもんを見てから言えよ。その点なら、あっちの嬢ちゃんの方が見てるぜ」

 

そう言って持っていた剣を1人の少女……香織の方へ向ける。

 

「おい嬢ちゃん。悪いんだがお前がこの勇者サマに代わって戦ってくれねえか?正直お前の方がコイツ(勇者)よりも強いだろ?なら1番強い奴と戦った方がいい。」

「な!?何を勝手に!?」

「黙ってろ。正直お前と戦っても何の意味もないんだよ。どうだ嬢ちゃん?嫌ならそう言えばいい。無理強いはしないぜ?」

 

そう言われて香織は考え出す。

隣の雫は「やめた方がいい」「何なら私が代わりに」なんて言ってきているが、この場面で雫に甘えるつもりは香織にはなかった。

何より、あの護衛は強い。

あの人と戦えれば、もっと何かを掴めるかも………

そう考えると………

 

「わかりました。やりましょう」

「「香織!?」」

 

護衛の男の誘いにそう答える。

光輝と雫が驚いた声を上げるが、自分が出した答えを否定するつもりはない。

そのまま、護衛の男と香織は戦うことになった。

 

 

 

そして冒頭に戻る。

護衛の男は光輝と戦った時と同じく、刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており、構えらしい構えもとっていない。

 

(けど強い。メルド団長クラスか下手したら……)

 

油断はしない。

この相手が強者だと感じたから手合わせを申し出たのだ。

すべては強くなるために。

もう一度卓弥達に会うために。

 

「いきます」

 

手をブラリと下げ、そのまま高速で走り出し、その勢いで剣を振るう。

それは勇者パーティー1の感じである雫よりは速さは劣るもの、威力は光輝のそれに迫る。

並みの戦士なら対応することは難しかったかもしれない。

だが……

 

ガキィ!!

 

「……っ!」

 

護衛の男は反応して香織の剣を止める。

そしてある程度鍔迫り合いをした後、香織はバックステップをして距離を取ろうとする。

しかし、護衛の男は一瞬で距離を詰め、香織に向かって剣を振るってくる。

それを何とかラウンド・シールドで凌ぎ、その勢いも利用して更に距離を取る。

護衛の男は剣をブンッ!と一振りしながら、香織を睥睨していた。

 

「なるほど、なかなかやるじゃねぇか嬢ちゃん。強いとは思ったが、期待以上だ」

 

平凡な顔に似合わない乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。

その表情には笑みが浮かんでいた。

力を抜いた自然な構えは、どんな状況からでもすぐに対応するため。

そして、そのあまりにも自然すぎる動きに反応が一瞬遅れた。

速度こそ卓弥に劣るものの、攻撃の練度は卓弥のそれと同等だった。

 

(やっぱり強い。特に経験値が違いすぎる)

 

「護衛が皆あなたと同じレベルなら……恐ろしい国ですね帝国って」

「嬢ちゃんこそその年でそれだけ戦えりゃ十分だろ。……名はなんて言ったか」

「白崎香織、です」

「そうか香織。お前も帝国に来ないか?剣の使い方はまだまだ荒削りだが、磨けばすぐに上へ登り詰められるぜ?」

「結構です」

「そりゃ残念」

 

その護衛の言葉を最後に、再び踏み込む香織。

唐竹、袈裟斬り、切り上げ、突き、と超高速で変幻自在な剣撃を振るう。

 

しかし、そんな嵐のような剣撃を護衛は最小限の動きでかわし捌き、隙あらば反撃に転じている。

その反撃を盾や剣で捌き、さらに反撃へ――

 

「ふん、剣の扱いは荒削りだが、動きはまるで猛獣だな。嬢ちゃんの可愛らしい顔には似合わないな。誰かから教わったのか?」

「いえ、教わってはいません……盗み見ただけです」

「……なるほど」

 

そう、今までの香織の動きは卓弥のそれと全く同じだった。

そして香織の言う通り教わってはいない。

……かつてストーカーしていた時の観察眼やこの世界に来てから上昇した五感をフル活用し、たまに見かけていたルチアと実践形式をしていた時の卓弥の動きを盗み見て、自分なりに動きに取り入れたものだった。

その事実こそ知らないが、護衛は香織の動きの秘密を予想しながらチラッとイシュタル達聖教教会関係者を見る。

護衛は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「しっかり構えてろ。今度はこちらから行くぞ。気を抜くなよ?うっかり殺したくはないからな」

 

護衛はそう宣言するやいなや一気に踏み込んだ。

雫程の高速移動ではない。

むしろ遅く感じるほどだ。

だというのに、

 

「ッ!?」

 

気がつけば目の前に護衛が迫っており剣が下方より跳ね上がってきていた。

香織はは咄嗟に飛び退る。

しかし、まるで磁石が引き合うかのようにピッタリと間合いを一定に保ちながら鞭のような剣撃が香織を襲った。

 

「……ふう」

 

一呼吸。

呼吸を整えながら、雫から教わったことを思い出す。

焦りを捨てる。

心が波立てば捌けるものも捌けない。

護衛の振るった大剣の側面に自身の剣を当てる。

弾く必要はない。

ようは自分に当たらなければいいのだ。

少しずつ、少しずつ逸れていく大剣は香織の髪数本を掠って大地を砕いた。

 

「はっ!」

 

香織の動きは止まらない。

地面に刺さった護衛の大剣が抜けないように足で踏み、剣を振り下ろす。

取った。

誰もがそう思った。

だが……

 

「穿て――"風撃"」

 

呟くような声で唱えられた詠唱は小さな風の礫を発生させ、香織の片足を打ち据えた。

 

「っ!?」

 

態勢がくずれる。

これでは先ほどの護衛と同じく大きな隙になる。

それはマズイと判断した香織はわざと姿勢を崩して転がった。

 

ズドンッ!

 

刹那、香織がいた所に護衛の大剣が途轍もない圧力を持って振り下ろされた。

香織は悟る。

彼は自分を殺すつもりだと。

恐怖が体を蝕む。

迷宮で嫌と言うほど魔物と戦ってきたはずなのに、人から向けられる本気の殺意がここまで恐いものなのか。

 

(……もっと、静かに、落ち着いて……)

 

この程度で音を上げていては強くなれない。

恐怖も怒りも悲しみも、剣を振るうときは邪魔だ。

脱力。

そして邪念を捨てて構えを取る。

その姿は、まさに騎士と呼ぶにふさわしいものだった。

現在の香織が出せる最高の一撃。

それをもってこの戦いを終わらせる。

先へと進むために。

 

「……いい顔だ」

 

護衛が再び尋常でない殺気を放ちながら香織に迫ろう脚に力を溜める。

それを香織は静かに見つめていた。

そして2人が踏み込もうとするがしかし、2人が実際に踏み込むことはなかった。

なぜなら、護衛と香織の間に光の障壁がそそり立ったからだ。

 

「それくらいにしましょうか。これ以上は、模擬戦ではなく殺し合いになってしまいますのでな。……ガハルド殿もお戯れが過ぎますぞ?」

「……チッ、バレていたか。相変わらず食えない爺さんだ」

 

イシュタルが発動した光り輝く障壁で水を差された"ガハルド殿"と呼ばれた護衛が、周囲に聞こえないくらいの声量で悪態をつく。

そして、興が削がれたように肩を竦め剣を納めると、右の耳にしていたイヤリングを取った。

すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。

四十代位の野性味溢れる男だ。

短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

 

「ガ、ガハルド殿!?」

「皇帝陛下!?」

 

そう、この男、何を隠そうヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーその人である。

まさかの事態にエリヒド陛下が眉間を揉みほぐしながら尋ねた。

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

 

謝罪すると言いながら、全く反省の色がないガハルド皇帝。

それに溜息を吐きながら「もう良い」とかぶりを振るエリヒド陛下。

光輝達は完全に置いてきぼりだ。

なんでも、この皇帝陛下、フットワークが物凄く軽いらしく、このようなサプライズは日常茶飯事なのだとか。

なし崩しで模擬戦も終わってしまい、その後に予定されていた晩餐で帝国からも勇者を認めるとの言質をとることができ、一応、今回の訪問の目的は達成されたようだ。

ちなみに翌日、早朝訓練をしている雫を見て気に入った皇帝が愛人にどうだと割かし本気で誘ったというハプニングがあった。

雫は丁寧に断り、皇帝陛下も「まぁ、焦らんさ」と不敵に笑いながら引き下がったので特に大事になったわけではなかったが、その時、光輝を見て鼻で笑ったことで光輝はこの男とは絶対に馬が合わないと感じ、しばらく不機嫌だった。

雫の溜息が増えたことは言うまでもない。




第十六話、完!
いかがだったでしょうか?
今回は少し手を加え、ガハルドと香織の決闘も書きました。
自分なりに香織の戦い方を書きましたが、よくできていたでしょうか?
次回は卓弥達がこの世界の真実を知るところです。
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