第五話を始めたいと思います。
卓弥の拷問……じゃなくて特訓によりレベルアップを果たしたルチア。
とうとう来たるオルクス大迷宮での実戦訓練。
その前日の夜に、卓弥は香織と話をするが………
それでは第五話をどうぞ。
【オルクス大迷宮】
それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。
七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。
にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気があるのは、階層により魔物の強さを測りやすいため、新兵の訓練などに使われていると言う事と、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているためだ。
魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。
強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。
魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。
要するに魔石を使うほうが魔力の通りがよく効率的と言う事だ。
その他にも、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。
魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。
ちなみに良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。
固有魔法とは魔力はあっても詠唱や魔法陣を使えないため多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。
一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。
魔物が油断ならない最大の理由だ。
卓弥たちはメルド団長率いる騎士団員数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者たちのための宿場町【ホルアド】に到着した。
明日から早速迷宮に挑むことになるらしい。
卓弥は久しぶりに見た普通の部屋のベッドに腰掛ける。
ルチアは、流石に歳の近い異性が同じ部屋で眠るのはあまりよろしくない為、1人部屋を2つ借り、その1つを卓弥、そしてもう1つをルチアが使っている。
明日のことを考え百面相をしていると、不意に扉がノックされる。
院長達の副業の手伝いの為徹夜をすることが当たり前の卓弥はなんともないが、すでに深夜に近い時間にもかかわらず訪れた訪問者に誰じゃ?と首を傾げていると、
「天喰くん、起きてる?白崎です。ちょっと、いいかな?」
卓弥は頭に?を浮かべながら扉の鍵を開ける。
すると、そこには純白のネグリジュにカーディガンを羽織っただけの香織がいた。
「……なんじゃ白崎?何か連絡事項でも?」
ある意味衝撃的な光景だが、女性に対して異性としての興味がない卓弥にはそう言ったリアクションはなし。
しかし、それは香織もわかっていたのか話を続ける。
「ううん。その、少し天喰くんと話したくて……迷惑だったかな?」
「別に。入りたいなら入れ」
「うん」
香織は頷いて部屋の中に入るが、その際にふわりと香織の髪からいい匂いがする。
思春期男子の思考が加速しそうなシチュエーションだが、相変わらず卓弥はノーリアクション。
卓弥は淡々と紅茶(モドキ)の準備をし、それを香織の前に差し出す。
香織はありがとうと言うと、嬉しそうにそれを手に取って口にする。
卓弥は自分の分の紅茶(モドキ)の準備をすると、香織に向かい合う。
「それで、話と言うのは何じゃ?」
卓弥が切り出すと、香織は思いつめた表情を浮かべる。
「明日の迷宮だけど……天喰くんとルチアちゃんには町で待っていてほしいの。教官達やクラスの皆は私が必ず説得する。だから!お願い!」
興奮したように身を乗り出してくる香織に神羅ははて?と首を傾げる。
「……どういう事じゃ?我とルチアが足手まとい……と言いたいわけではなかろう?お主たまに正夢を見ることがあるとか孤児院の手伝いの時言っとったが、その類か?」
「う、うん。そうなの………あのね、何だか、すごく嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど……夢を見て……天喰くんがいたんだけど、天喰に黒い闇みたいなモヤが纏わりついて、それを助けようとしたんだけど……そのモヤが私を拒んで、もたついている内にモヤが天喰くんを完全に包んで、それが晴れた時には………」
「……時には?」
「……消えてしまったの……」
「………そうかい」
所詮夢は夢。
しかし、彼女は良く正夢を見るし、卓弥もその香織の夢での出来事が実際に起きた光景を目の当たりにしたことがある。
しかし、だからと言って、ここで足踏みするわけにはいかない。
「そうは言うが、迷宮は帰還の手がかりのためにも調査しておきたい場所じゃ。ルチアとの約束もあるしの。今回の件はとても都合がいい。参加しないわけにはいかんのじゃ」
「でも……」
「それに、この訓練にはお前たちも参加する。友人を放って我だけ安全圏にいるなど、論外じゃ。」
その言葉に香織は目を丸くするが、少しすると小さく微笑む。
「相変わらず優しいね、天喰くんは」
「我が思うがままに行動しとるだけじゃ。優しさがあるわけないじゃろ?」
「………ねえ、天喰くん。私と天喰君が初めて会った時のことって覚えてる?」
「ん?…………ああ、お主が我をストーカーする要因になった不良どもとの話か」
香織はそう聞くと、むぅ、いじわる。と頰を膨らませるが、卓弥がくくくっ!と笑い出すと、香織もくすくすと笑う。
中学2年のある日。
男の子が不良連中にぶつかり、その際に持っていたたこ焼きをべっとりとつけてしまったのだ。
キレた不良の剣幕に男の子は泣いてしまい、おばあさんは怯えて縮こまってしまう。
そして不良連中がおばあさんにクリーニング代を請求し、おばあさんがお札を数枚取り出した際不良たちは更に恫喝し、最終的に財布を取り上げようとしたときに男の子が不良の前に立ちふさがったのだ。
泣きながらも、子供ながらにそれはダメな事だと分かったのだろう。
それにキレた不良が男の子に手を上げようとした瞬間、その間に卓弥が割って入ったのだ。
だが、それはお世辞にも助けに入った感じではない。
だってその時の卓弥の見た目は、両肩にエコバッグを1つづつ下げた、見た感じ買い物に帰る途中、考え込んでいる間に割り込んでしまったという感じだったからだ。
突然の介入に不良たちは当然卓弥に罵声を浴びせてきた。
最初卓弥は無視してその場を去ろうとしたが、不良の一人が肩を掴んだことでようやく状況に気づいたのか周囲に視線を向ける。
そして卓弥が男の子とおばあさんを視界に入れたと同時に、不良の一人が卓弥に向けて手を上げ、卓弥がそれに気づいた次の瞬間、卓弥は手を上げてきた不良を一撃で殴り飛ばしてしまった。
殴り飛ばされた不良は塀にぶつかって気絶し、不良たちはまるで紙屑のように吹き飛んでしまった不良を見て、一斉に顔を青ざめさせた。
卓弥はエコバッグ2つを道の脇に置くと、手からパキパキと音を立てながら、『……失せろ』と言いながら威圧を飛ばした。
不良たちは財布を放り出して逃げ出してしまった。
そこまではまあ、比較的普通の、ありふれたヒーローのような光景だろう。だが、その先は違っていた。
おばあさんに男の子、この様子を遠巻きに見ていた人たち、そして香織、その場の全員が卓弥に恐怖の感情を向けていたのだ。
それも仕方ないだろう。
卓弥が放ったそれはもはや人のそれではない。
怪物。
そう呼んでもおかしくない異様な圧。
現に香織だって当時は恐怖に後ずさってしまった。
だが、香織はその視線にさらされている卓弥の姿を見て目を見開く。
卓弥はそんな恐怖の視線の中で卓弥は真っ直ぐに立っていた。
そこには人を助けた事を誇る様子はない。
恐怖の視線を向けられることへの戸惑いも、怒りもない。
その姿から香織は目をそらすことができなかった。
あれほどの圧を放ったのだ。
未だ彼への恐怖は薄れていない。
だが、その姿にはそれを差し引いても引き寄せられる何かがあった。
香織が卓弥から目を逸らせずにいると、その卓弥は不良たちが落としていった財布を拾い上げ、首を傾げながら目の前の怯えているおばあさんに視線を向ける。
そして数度両者の間で視線を動かし、更に男の子が財布に視線を向けているのに気づくと、ようやく財布がおばあさんのものと気付いたのかそれを返そうとする。
すると男の子はおばあさんの前に立つ。
まるで守る様に。
体を恐怖で振るわせながらも。
それを卓弥は無言で見ていたが、不意に懐かしいものを見るように目を見開き、そして、今まで無表情だった顔に悲しげな笑みを浮かべて
『返すぞ、坊主』
そう言って財布を男の子に投げ渡し、それだけを言うと卓弥はエコバッグを肩に下げ直して去って行ってしまった。
その背中はとても大きくて、そして堂々としていた。
しかし、とても寂しげだった。
まるで、もう二度と元に戻らないものを思い出して、心が痛んでいたかのように。
そんな卓弥の背に……香織は惹かれた。
その時見せた悲しげな笑みに……香織は、彼を守りたいと思った。
「本当なら優しいとか、強いとか、そう言う風に思うんだろうけど………天喰くんにはそう言った雰囲気はなかった。だけど、そんなの気にならないぐらい大きな何かを感じたの。それが私にはすごく眩しくて……だけどすごくかっこいいと思ったんだ。だからもっと天喰くんを知りたくて、近づいたんだ」
「……そんな大層なものではない。さっきも言ったが、我は我のやりたいようにやっているだけじゃ」
「うん、高校に入ってから見てきてそう思った。天喰くんは天喰君らしくあるために生きてるんだろうなって。だからいつだって迷いがないんだなって……でも、あの夢を見たら……すごく怖かった。まるで天喰くんが……どこか手の届かない、もう二度と会えない場所に行っちゃうんじゃないかって……」
「………気になるところではあるが、夢は夢じゃ、考えすぎるのもいかんじゃろ」
「でも………」
それでもなお不安そうにする香織を前に卓弥はむう、とうなりながら頭を掻く。
こういうのはどうにも苦手だ。
それから少しして、卓弥は小さく息を吐きながら口を開く。
「信じて待て」
「え?」
「我がいなくなるのが怖いならば、我はいなくならんと考えれば良かろう。たとえ一時期いなくなっても、必ず無事に戻ってくる。それならば問題なかろう?」
その言葉に香織はぽかんとするが少しすると嬉しそうに顔を綻ばせ、
「うん!」
そのまましばしの間二人は雑談し、香織は部屋に帰って行った。
香織を返したあと、卓弥は再びベッドに腰掛け、そして自分の掌を見て………
「………眩しい、か。………とっくにこの手は血に濡れて、固まっておると言うのに………」
悲しげな、自虐的な笑みを浮かべて、そのままベッドに横になる。
………普段の卓弥ならすぐに気付けたであろう、醜く歪んだ悪意に、気づけないまま………
第五話、完!
いかがでしたか?
香織は、卓弥の悲しげな笑みに、『守りたい』と言う思いを抱いたんです。
あの時ルチアに香織が話しかけたのは、卓弥を『守りたい』と思ってくれるような人を増やしたかったからとった行動でもあるんですよね。
次回はとうとうオルクス大迷宮での実戦訓練!
ルチアの新武器が火を吹きますよ!