「ひいじいちゃん、水持ってきたってばよ!」
「ああ、ありがとう」
「他になんか欲しいもんねえの?食べたいのとかは?」
「そうだな……じゃあ、トマトが食べたい」
「またそれ?じいちゃん、ほんとトマト好きだよなぁ。わかった、もって来るってば!」
台所へ駆けていく曾孫を見やりつつ、コップになみなみ入った冷たい水を口に含む。
乾いたのどがジワリと潤うのを舌で感じながら、サスケはふと耳に届いたテレビの音に意識を傾けた。
『第四次忍界大戦終戦から今日で百年です。戦没者追悼式典が、戦地となった湯隠れの里で開かれました』
テレビの画面に映る、一面の献花。数日前に風邪を拗らせさえしなければ、サスケもまたそこに一輪花を添えていただろう。
すぐに画面は切り替わって、まっすぐ前を向く各国の里長達が一人ひとり映し出される。そのうちの何人かには見覚えがあり、そこに残る嘗ての面影に目を細めた。
師を初めとし、親友が、妻が、娘が、同期達が。多くの忍がこの世を去り、あの大戦を知る者はもはやサスケを残すのみとなった。
もうこの木の葉の里さえ、昔の面影は顔岩くらいのもの。外には高層ビルが立ち並び、電車や新幹線がその間をぬうように走っている。
たとえそれが互いに牽制しあうような表面的なものだとしても、食い物が寝床が、着るものがある。子供が笑えて安心して遊べる。理不尽に殺されることも無い。直接的に戦闘をするのは傀儡兵で、人が命をかけることを当然としない、そんな世界だ。
少なくともこの火の国は、木の葉の里は、確かに平和といえた。
だが、科学忍術によってもたらされたそれらに、俺は未だに慣れずにいる。
それはきっと『忍』だからだろう。
平和な世界では、命のやり取りはもうする必要が無い。
平和な世界に、『忍』は、『俺』は、もう必要無い。
「じいちゃん、ごめん!今トマト切らしてるみたいでさ。母ちゃんが今買い物に……っっ!?おい、じいちゃん!どうしたんだってば!?」
バタンと開いたドアから覗いた、アイツそっくりな曾孫の焦ったような声。
どうしたのか聞こうとして、声が出ない事に気がついた。手元も濡れている。きっとコップを落としてしまったのだろう。
曾孫の手が腰に回され、そのまま横たえられてようやく死期が来たのだと悟った。
「じいちゃん……母ちゃん、そうだ、母ちゃんにっっ!」
オロオロする曾孫の腕を、震えるしわくちゃな手でそっと引き止める。孫嫁を呼ぶ時間はもうない。きっとこいつも別れの時が来たことをわかってるだろう。
泣きじゃくる曾孫に笑いをこぼし、その金色の髪を隻腕の手でくしゃりと撫ぜた。
走馬灯というやつなのか、あたたかな記憶が鮮やかに蘇ってくる。
家族との食事───気づかなかっただけで、たくさんの愛情が注がれていた。
第七班での任務───冷えた心に、あのぬくもりが染み渡った。
死んだ兄との邂逅───兄には全てが赦されていた。
親友との和解───前世から続く宿命が終わり、全てから開放された。
妻と結婚した日、妊娠を聞いた日。
娘の生まれた日、結婚した日。
孫の生まれた日、結婚した日。
そして、コイツの生まれた日。
───幸せだった。泣きたいくらいに。
「な、もう一つ、欲しいものがある」
「っ!何?すぐ持ってくるってば!」
「お前の……笑顔が、見たい」
曾孫は一瞬ぐしゃりと歪んだ顔をして。
そして、アイツそっくりな太陽のような笑顔を見せた。
「じゃあ、な……ウスラトンカチ」
「………おやすみ、じいちゃん」
最後に額を軽く突いて、ゆっくりと瞼を閉じる。
白い光に包まれて、サスケの意識は途絶えた。
翌日、大戦の英雄にして最後の忍が息を引き取ったというニュースが世間を大きく賑わせた。
うちはサスケ 享年118歳。
眠るように亡くなった彼の葬儀には多くの人々が参列した。
その亡骸には、安らかな、優しい微笑みが浮かんでいたという。
こうして一人の男の人生が、終わりを告げた
────筈だった。