SASUKE逆行伝   作:koko22

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97.火影

 

 

(コイツ……ただもんじゃねェ……)

 

 

 息一つまともに吸えないほどの緊張感が、小さな部屋を満たしていた。その元凶といえば、目の前の“薬師カブト”と名乗った男にある。

 綱手に助けられたと言いながら、台詞に見合わない色濃い殺気からは感謝なんか一つも感じられない。それどころか、憎しみにも似た敵意が肌につき刺さってくるくらいだ。

 木ノ葉の暗部の姿はしていても、この男が敵だということは明らかだった。

 

 

(俺が、なんとかしないと……!)

 

 

 シズネは息はあるものの血溜まりに沈み、背後の綱手は悲鳴こそ収まったが、カチカチと歯の根を震わせている。

 逃げようにも、唯一の逃げ道である扉はカブトの後ろだ。その立ち居振る舞いは飄々としながら隙が一切なく、動けぬシズネや綱手を連れて掻い潜るのは難しいだろう。

 

 戦うしか選択肢はない。

 予選や本戦といった試合を除いて、忍者との戦闘はこれが初めてだ。任務で何度か遭遇しかけたことはあっても、いつだって前に出るのはカカシ先生やサスケで、危険を覚えたことなんてなかった。

 

 いつだって守られていた。

 だけど今は、俺が守らなくちゃいけないのに。

 

 身動き一つ、言葉一つで、俺は死ぬ。

 そんな初めての実戦のプレッシャーが、重く身体にのしかかる。固まるナルトの様子を認めて、カブトは小さく笑った。

 

 

「震えてるね。かわいそうに……僕が怖いかい?ここから逃げ出したいんだろ?」

「……」

「大丈夫、任務の邪魔をしなければ君を殺しはしないよ。さあ、そこを……ッ!」

 

 

 優しい声音と共に伸ばされたカブトの手が、ナルトの放った手裏剣によってザクリと切り裂かれた。

 

 確かに、怖かった。死にたくなかった。

 だけど、これじゃサスケにだってビビリだと笑われる、それはご免だ。

 

 

「ハッ、武者震いだってばよ……!」

 

 

───影分身の術!

 

 印を組み上げ、現れたナルトの影分身達が一斉にカブトへと襲い掛かる。

 重なる攻撃をかわしたカブトは、血に濡れた手のひらを一瞥して目を細めた。

 

 

「君、死にたいの?火影になるんじゃないのかい?……死んだら、夢も何もないのに」

「……やってみろよ」

「何?」

「やってみろっつったんだ」

 

 

 その最後の声はカブトの背後から聞こえた。先ほど放たれた筈の手裏剣がポンと音を立て、その変化が解ける。

 ハッと振り返ったカブトは、収束していく風と光り輝く蒼球に目を見開いた。

 

 

「俺は火影になるまで、ぜってェ死なねェからよ!」

 

 

 完成された螺旋丸がカブトへと放たれる。

 その腹に直撃するかと思われた刹那、カブトはニィと笑みを浮かべた。

 

 

「そんな大きいモーションで、僕に当てることなんて出来ない、よ!」

「っ!!」

 

 

 螺旋丸を避けざまにカブトの手がナルトへと翳された瞬間、左足に激痛が走った。

 内側から否応なく裂かれるような痛みに、受け身を取ることもできず勢いのまま倒れたナルトを、カブトは笑みを崩すことなく見下ろした。

 

 

「チャクラの解剖刀(メス)で、左足の外側広筋を断ち切った。もう動かせないだろ?」

「クソッ……」

「多少見くびっていたのは認めるよ。でも……その程度じゃ、僕には勝てない」

 

 

 見せつけるようにカブトは掌を広げる。シュウウ、と音をたてて負わせた筈の傷が瞬く間に癒えていく。

 コイツも綱手のばあちゃんと同じ医療忍者なのか。それに加えた戦闘力に、圧倒的な力の差を思い知らされるような気がした。

 傷一つなくなった手にクナイを握り、カブトは一歩ずつ近付いてくる。逃げなきゃ、そう思うのに痛みで立つこともできない。

 

 

「君は組織が欲しがってるからね。殺さないけど……邪魔されたら面倒だ。もう一本の足も切っておこうか」

 

 

 チャクラを纏った腕が振り下ろされる。

 逃れることもできぬまま、ナルトはぎゅっと目を瞑った。

 

 

「ぐあっ……!」

 

 

 何かが激しくぶつかり合う音が聞こえた。

 予想していた痛みがこない。恐る恐る目を開けば、壁に叩きつけられたカブトの姿があって。

 誰かが俺を庇うように立っている。

 

 

「そこまでにおし───ここからは、アタシが相手だ」

 

 

 凛と立つその背に、火影の羽織りが重なって見えた。

 

 

「ばあちゃん……!」

「下がってな。あの眼鏡はカカシと同じ程度の力を持ってる……影分身なんぞは陽動にもなりやしないよ」

 

 

 足手まといだと告げる綱手に歯を噛みしめる。悔しいけどカカシ先生と同じくらいと言われたらそれを否定できなかった。

 だけど、とチラリと綱手を伺う。

 

 

「……おかしいな。恐怖症(トラウマ)が再発したって聞いてたのに」

 

 

 ポキポキと腕を鳴らす綱手を前に、壁から這い出てきたカブトは不思議そうに首を傾げた。

 医療忍術を施すもカブトの頬には殴られた跡が残り、口端や打ち付けた腕から血が流れている。自身の手にも、シズネの止血を施した際についた血がこびりついているのに、綱手には動揺した様子がない。

 

 だが、綱手が恐怖症(トラウマ)を乗り越えた───そう判断するには、その指先は変わらず震えたままだった。

 眉を下げるナルトを見下ろし、綱手は小さく微笑んだ。

 

 

「心配はいらないよ。見えなけりゃ、血も傷も何てことはない」

「……ああ、なるほど。まさか、視神経を一時的に絶つとは」

「えっ……!?」

 

 

 そんなカブトの言葉にナルトは息を呑む。

 まじまじと綱手を見つめれば、確かにその薄茶の瞳は濁っていて視点はゆらゆらと定まらない。

 そんな目には覚えがあった。本戦の前、綱手の捜索の最中にサスケが修行の一環として施された、その目と同じだった。

 

 確かに恐怖心は抑えられるかもしれない。だけど、視力の喪失による過酷さはサスケの修行でまざまざと目にしていた。

 視覚から入る情報は知覚の殆どを占めるらしい。きっと一歩を踏み出すことさえ何十倍もの集中力を使う。

 本当に大丈夫なのか、そんな不安が胸を過ったけれど。

 

 

「舐められたものですね。視界もなしに僕に勝てると……ッ!?」

 

 

 カブトは嗤いながら再びクナイを構えようとして───けれど、ふと目を瞠った。

 ビクリ、ビクリ、と肩や腕、足と動かすカブトは、まるで体の動かし方を忘れたかのようで。身動きが取れないらしいカブトは、何かに気づいたのか鋭く綱手を睨みつける。

 

 

「気付いたようだね。チャクラを電気質に変えてお前の神経に流し込んだのさ」

 

 

 先ほどの一撃で、綱手が何かの術を施したと知れる。

 その説明はよく分からなかったが、相手が動けないならもう勝ったようなものだ。だが、そんな好機にもかかわらず、カブトに対面する綱手の顔は曇ったままだった。

 

 

「お前ほどの忍が、何故ダンゾウに付く?」

「……」

「分かっているだろう。たとえダンゾウがジジイを殺せたとしても、奴は火影にはなれない。お前共々に木ノ葉から追われ、一生日陰の身となるぞ」

「フン……この期に及んで、説教でもするんですか?」

「いいや。お前の実力を感じるからこそ不可解なだけだ。その術のセンス、切れ味……流石、ノノウの子だとね」

 

 

 『ノノウ』と綱手の口からその名が出た瞬間、カブトの纏う空気が変わった。

 見開かれたその空虚な目の奥に小さな光が灯った、そんな錯覚を覚える程に。

 

 

「マザーを、知っているんですか……?」

 

 

 絞り出されたカブトの声は、感情を押し殺したかのように掠れていた。

 そんなカブトに綱手は、「愚問だね」と深く息を吐き出す。その横顔は誰かを懐かしむような、優しげな色をしていた。

 

 

「大戦に出た木ノ葉の医療忍者で、アタシが鍛えなかった奴はいない。あの子は孤児でね……『薬師』なんて姓、昔は無かったから最初は気付かなかった」

「マザーが……?」

「ああ。英雄碑に姓が刻まれたのは遺言だったからだ。孤児院との繋がりを遺したい、とね」

「……」

「アンタの過去は聞いている。だからこそ、何故その名を汚すようなことをした。ノノウの子ともあろうお前が、どうして木ノ葉を裏切った?」

「違う!!!」

 

 

 綱手の言葉を遮るように、カブトは叫んだ。

 その様子からは先ほどの余裕なんて欠片も見えなくて。『ノノウ』『マザー』という誰かは、きっとカブトの大切な人だったんだろう。そう何も知らないナルトにだって分かるほどだった。

 

 

「僕は任務に命をかけた、マザーの為に、僕は……!」

「……この状況を見て、本当にそう思うのかい」

 

 

 綱手は拳を壁へと打ち付ける。

 コンクリートの欠片がパラパラと降ってきて、ヒビ割れた壁の隙間から入り込んできた風が、部屋にこもった血の臭いを流していく。

 それと同時に、外まで続く列の治療者達のざわめきが聞こえた。甲高い赤ん坊の泣き声が遠く響いている。

 

 

「あの子は昔から大の子ども好きでね。戦場でさえ、見知らぬ子を助けちまう位だった」

「……」

「これがノノウの意志だと、お前がそういうのかい?」

 

 

 ぼんやりとそのヒビを見つめていたカブトは、不意に顔を俯けた。

 クツクツとした笑い声が薄暗い部屋に響く。肩を震わせて笑うカブトの頬から、ぽたりと一つの雫が伝って落ちた。

 

 

「もう……どうだっていいんですよ。マザーの意志なんて、名誉なんて、今さら関係ありますか?───マザーは死んだのに」

 

 

 ボロボロと崩れた欠片が降ってくる。そんな壊れた壁みたいな、乾いてざらついた声だった。

 笑みも涙も失った、感情の抜け落ちたような顔が上げられる。その狂気を宿した光る眼差しに、ゾッとナルトの背に悪寒が走った。

 

 

「死んだら何もかも……夢も意志も、何も無いんだよ!」

 

 

 次の瞬間には、綱手の胸に、クナイが突き立てられていて。

 跳ねた血飛沫が、俺の頰を濡らしていて。

 溢れ出る血を抉るように、距離を詰めたカブトは綱手の耳元で囁いた。

 

 

「ほら……胸の痛みを感じるでしょう。アナタの頰を、胸を濡らしているのは何です?ドロドロと絡みつく、その色を、臭いを、苦しみを……大切な人からこぼれたソレを、アナタも覚えているでしょう?」

「あ……ぁあ、あああッ!!」

「ッ、ばあちゃん!」

 

 

 その瞳がぐらぐらと揺れて、視覚を取り戻した綱手は絶叫した。

 痛む足を引きずってカブトへと掴みかかったが、その攻撃は軽々といなされる。そんなナルトを無視して、カブトは蹲る綱手の髪を掴みあげた。

 

 

「死にはしない程度に加減しました、アナタには聞きたいことがある」

「うっ……」

「言え───月光ハヤテは、どこにいる?」

「お前、まだ……!?」

「僕にあるのは任務だけ。それ以外は……全部、いらない。マザーと共に葬ったんだ」

 

 

 カブトの受けている任務は二つ。

 一つは、月光ハヤテの暗殺。

 そして、もう一つは。

 

 

「ならお前は、ハヤテを殺した後に、死ぬつもりか!?」

「任務が全てだ。撤回は許されない……僕が、赦さない」

「そんなことをしても、もう……!」

「意味なんてどうだっていいんですよ。言わないなら……もう少し痛めつける必要がありそうですね」

 

 

 そう呟いたカブトは拳を振り上げ───逆巻く風の流れに、その動きを止めた。

 

 

「ばあちゃん。しっかり、抑えててくれよ」

「……ああ」

 

 

 ガシリとカブトの拳が掴まれる。綱手の瞳が、まっすぐにカブトを見つめている。

 逃れられないカブトの眼鏡に、その青色が反射した。

 

 

「螺旋丸!!」

 

 

 圧縮されたチャクラが渦巻くままに、カブトの腹を抉る。

 跡形もなく吹き飛ばされた壁をも貫いて、その身を病院の外壁へと叩きつけた。

 

 瓦礫を踏みしめて、ナルトはぐっと握った拳をカブトへと向ける。

 その苦しみも、悲しみも、俺には分からない。だけど、これだけは言えるんだ。

 

 

「マザーが誰か知らねーけどよ……そいつの意志は、消えねェ。俺が、ぜってー消させねェ。木ノ葉の英雄が守ったこの里を、お前みたいなバカにぜってー消させねェ!!」

 

 

 木ノ葉の第三演習場、その傍にはひっそりと立つ英雄碑がある。そこに刻まれた名前は夥しくて、一つ一つの名前は覚えられない程で。

 額当てを受け取って、第七班ってカカシ先生に認められ。その後に、ふと姿を消したサスケを探したら、サスケはそこに立っていた。

 

『俺も英雄になる!そんでもって、そこに俺の名を刻んでやる!』

『……お前には、まだ早い。精々修行に励めウスラトンカチ』

『フン、見てろよサスケェ!俺ってばすぐに英雄になって、里の、みんなに……』

 

 俺の存在を認めさせるんだ。

 そう続けようとした言葉が尻窄みに途切れたのは、サスケのその横顔を見てしまったからだ。

 

『……いつか、な』

 

 ポツリとそう呟いたサスケは、それを誤魔化すように曖昧に笑った。

 

 誰かがこいつらの記憶を、想いを、意志を、受け継いで、背負って、生きていくんだって。その存在を忘れないように、名を刻むんだって。

 そして、彼らの分も頑張って頑張って、未来の奴らに恥ずかしくない自分になれたら、いつの日か俺やお前も次に継いでいく。

 そうやってこの里がある、そう言ってサスケは花を添えていた。

 

 その意味がよく分からなくてカカシ先生に聞いてみれば、英雄碑、それは殉職した木ノ葉の英雄の墓場だった。

 そこにはカカシ先生の親友の名もあるそうだ。親友のことを、ほんの少しだけ話してくれたカカシ先生は、何だかサスケと同じような横顔をしていた。

 

 

 俺にはどうにも難しすぎて、その時は理解できなかった。

 だけど、そんな過去を全部背負って、それでも次へと継いでいく。火影になるっていうのは、きっとそういう事なんだって、今なら思うんだ。

 

 

「てめーが捨てるっていうなら、俺が火影になって、全部まとめて背負ってやる!!分かった、か……」

「おい、ナルト!!」

「この……諦め、ヤロー……」

 

 

 視界が黒く染まって、かくん、と膝が折れた。

 心臓の音が途切れて聞こえる。さっき螺旋丸を当てた時、カブトに掴まれた胸が痛い。何かされたんだろうって、死にかけてるって分かるけど、心配なんかこれっぽっちも感じなかった。

 

 

「もう一度……もう一度だけ。お前に、賭けてみたくなった」

 

 

 賭けには勝った。

 見上げる柔らかな微笑みに、俺はそう確信していたから。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 ガラガラと瓦礫を押しのけて、カブトはゆらりと立ち上がった。

 とっさに腹にチャクラを集中させ、螺旋丸を喰らう前から自己治癒を始めていた。螺旋状に抉られた傷が音をたてて癒えていく。だが、その速度はやけに遅く、流れる血の量が多すぎる。

 カリ、と造血丸を噛みしめて、カブトはチッと舌を打った。

 

 

(……一旦、引くしかないか)

 

 

 今日を逃したところで、何れ機会があるだろう。

 彼が、己が生きる限り、任務に終わりは訪れないのだから。

 そう自分を納得させその場を離れようとしたカブトだったが、ふと呼びかけられた名に足を止めた。

 

 

「カブト。お前に、伝えておくことがある」

 

 

 振り返れば強い瞳に貫かれていた。

 震えは収まってすっかり三忍の顔つきだ。まともに戦えば勝ち目はない、そう悟って身構える。

 だが、綱手はナルトの傷を癒していくばかりで、殺気の一つも感じられない。医療忍術を続けながら、瞼を伏せた綱手は静かに告げた。

 

 

「三年前のあの日……ノノウは雨隠れの村人に殺されたんじゃない。根の者達に襲われたんだ」

「……ッ!?」

 

 

 なにをいわれたのか、白く染まった思考には理解できなかった。

 それなのに彼女は話を続ける。

 聞きたくない、けれど聞かなくちゃいけない、そんな過去の傷痕を抉る。

 

 

「ダンゾウはお前の才能に目をつけた。ノノウが戻ればお前は暗部を辞す、そう考えたんだろう。だからこそ、優秀なお前を手元に残すためにノノウを消すことにした」

「ッ、嘘だ!」

「嘘なんかじゃない。呪印から解放された奴の部下が自白したんだ。油目一族の男……その時、お前の全てを見ていた男だ」

「……うそだ」

 

 

『優秀すぎるってのも考えものだ……君は目立ちすぎた』

 

 

 過去の自分の声が、反響している。

 確かにおかしいとは思っていた。難民がウヨウヨとのさばる戦地で、僕が偶然あの村にたどり着き、偶然あの眼鏡をみつけ、偶然あの老婆の話を聞いた。

 

 それでも、ウソだと否定できる証拠はなく、マザーの眼鏡だけが遺されて。

 彼女は帰ってこなかった。

 

 待って待って、耐え抜いて、その先に誰もいないと知ってしまったら。あのがらんどうな孤児院で一人ぼっちで待つことが怖くなった。

 信じることができなかった。

 信じることが怖かった。

 

 だから、僕は。

 

 

(……だけど、それが全部、仕組まれていた……?)

 

 

 そして、僕は、その男の手先として。

 

 走馬灯のように脳裏に蘇る記憶に、吐き気がこみ上げる。胃液が喉を焼いていく。

 その酸味と苦み、内臓が押し戻されるような圧迫感に目眩がした。

 

 

「けどね。あのダンゾウだ……お前に彼女を殺させるくらいはしそうなものなのに、どうして眼鏡一つ残したきりだったと思う?」

 

 

 もしも綱手の話が本当だとして、確かにあのダンゾウが、そんな疑いの芽を残すような真似をするとも思えない。

 マザーの死の瞬間を見せつけるか、遺体を晒すか。そんな容赦のない男だと、僕以上に奴を知るものはそういないだろう。

 ぼんやりとうまく回らぬ頭に追い打ちをかけるように、綱手は言った。

 

 

「───ノノウは、死んでいない」

 

 

 彼女は、いったい何をいっているんだ?

 その意味を理解したくなかった。

 ほんの少し見えた希望は、それまでに犯した僕の罪を曝け出すかのようで。

 

 

「確かに深手は負わせたが、ノノウは川に飛び込み、取り逃がしたそうだ」

「は……それじゃ、死んだって言ってるのとおなじじゃないか……」

「違うさ。お前はまだノノウの死を見ていない。お前も医療忍者なんだ、ゼロ()イチ()の差は何をしたって埋められないって分かってるだろう?」

「……」

「信じるも信じないも自由だが……三代目やシスイは、ノノウを探していたそうだよ」

 

 

 ドクン、と鼓動する心臓の音を聞いた気がした。

 毒を煽った瞬間に泣き出しそうに歪んだ顔をした、甘っちょろい上司を思い出す。

 

 

『この馬鹿野郎……!罪を重ねる必要なんてもうないだろう!?』

 

 

 その同情と憐れみを宿した瞳が嫌いだった。

 お前にいったい何がわかる?口先だけの偽善者が、愛の一族だなんて笑わせる。

 ……そう蔑んでいたのに、どうして。

 

 どうして、そんなに馬鹿なんだよ。

 そんなことをされたら、自分が一層惨めに思えるじゃないか。

 何よりも、そんな状況になってまで彼を貶めようと考える、そんな自分の腐った性根を突きつけられているような気さえした。

 

 こんな僕を、マザーが見たら。

 彼女の名を汚し、変わり果てたこの僕を。マザーはきっと。

 

 

「お前に新しい任務をやろう───お前の、生きる意味を探せ」

 

 

 その言葉にハッと顔を上げる。

 治療を終えた綱手は、既に意識のない二人を抱えて身を翻していた。

 扉の中へと消える寸前、崩れた壁を、動けないままでいる僕を一瞥する。

 

 

「……罪を償う覚悟を決めたら、一緒に帰っておいで」

 

 

 この木ノ葉の里は、本当に馬鹿ばかりだ。

 でも、救われたような気持ちになる、そんな自分自身が一番馬鹿みたいだ。

 

 

 根には、名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。命はない。

 だから、僕はもう根じゃないんだろう。

 心に芽生えた何かに、僕は突き動かされるように走り出していた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

───口寄せの術!

 

 

 煙と共に現れた巨大な蛞蝓。

 黄昏の残光に照らされながらそこに仁王立ちした綱手は、久方ぶりに見渡す木ノ葉の里にフッと口角を上げた。

 

 見渡す木ノ葉の街並みは、時代と共に様変わりしていた。

 あった筈の道が消え、新たな通りが重なり合い。商店街は年月とともに劣化しながらも残る店もあれば、真新しさが目に付くような店もある。駆け回っていた子供は里の支えとなり、次の世代を守っている。

 

 そんな今の木ノ葉を形作るのは、その土台を支え続けた根であり、英雄たちである。決して綺麗ごとだけじゃ成り立たないのが、この忍の世だった。

 

 それでも。

 影は闇だけでは生まれない。

 

 

『綱よ。お前達に、この木ノ葉の次の時代を任せる』

『オレは里も仲間達も大好きだ。だから、守りたい』

『この里はじいちゃんの宝物だ、俺はそれを守るんだ!俺は木ノ葉隠れを創った、初代火影の孫だからよ!』

『俺は木ノ葉の英雄が守ったこの里を、お前みたいなバカにぜってー消させねェ!』

 

 

 そんな木ノ葉隠れの里に。

 彼らの受け継ぐ火の意志に、アタシも命を賭ける。

 

 

「この里はアタシが守る。今日からアタシが木ノ葉隠れの、五代目火影だ!」

 

 





 一夜が明けた。
 死傷者もそれなりの数にはなるも、里を警備していたうちは一族や途中参戦した三忍らの尽力により被害は最小限に抑えられた。三代目火影は深手を負ったものの綱手の治療により一命をとりとめ、休戦を結んだ砂隠れは風影の捜索にあたっている。

 まだまだ戦の爪痕は色濃く残るが、日の登らないうちから忍らが早くも復興に向けて取り組んでいた。
 それでも夏場、暑いものは暑い。
 瓦礫を運んでいた男はそうため息を吐き出して、休憩がてら水筒の水を一気に飲み干した。一人が休めば俺も、俺も、と近場の男衆が寄り集まってくる。

 伝説の三忍の武勇伝を口々に語り合い、この木ノ葉崩しの黒幕について陰謀論を交わし、戦争による被害を慰め合い、これからの復興の計画へ想いを馳せ。そして、この戦争の引き金となった中忍試験へと話の流れが行き着く。
 そういえば、と切り出したのは昨夜火影邸に出入りしていた部隊長の男だった。


「なあ……あの話、知ってるか?何でも、今年のルーキーが里抜けしたんだと」
「何?こんな時に……どこのどいつだ、そんな馬鹿は!」
「今だからこそだろ。復興に手一杯で、下忍如きに追忍は向けられないさ」
「俺はあのダンゾウの手下だったと聞いたぞ。呪印で操られていたって。木ノ葉崩しもそいつが手引きしたらしいな」

「名前は確か───おい!ちゃんと前を見ろ!」


 ドン、と男たちの間を体当たりするように、金髪が駆けていった。
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