SASUKE逆行伝   作:koko22

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自来也視点


98.疑惑

 

 

「今……何と、言ったのですか」

 

 

 シンと静まり返った火影邸執務室に、イタチの酷く冷たい声音が落ちた。

 能面のように全ての感情を伏せながらも、視線の強さが、固く握られた拳が、彼の怒りの深さを伺わせる。

 その矛先が向かう先は、火影に代わって執務室に座している狸ヅラをしたジジババ共。

 ご意見番である、水戸門ホムラとうたたねコハルだった。

 

 

(ったく……大大名様のお招きに預かるべきだったかもしれんの……)

 

 

 壁に背を預けながら、睨み合う彼らをチラリと見て取った自来也はくわばらくわばらと肩を竦めた。

 

 しかしながら、綱手の参戦にこれ幸いと去ろうとした自来也を引き止めたのは、他でもないその大大名様だったりする。

 誘いを里の状況を建前に断ってみれば、状況が落ち着いて話をするまで、この里を出ることを禁じられたのである。

 

 気に入られていることは知っていたし、雲隠れしようとそう罰せられることもない。そうわかってはいたが、木ノ葉の復興を思えば大大名様の機嫌を損ねることは避けたいものがある。

 イタチの説得も重なり、自来也は渋々ながら里に滞在するに至ったのだが。

 

 

(……復帰したら覚えてろよ、ジジイ)

 

 

 三代目から『サスケ』について聞かされていた話は、たったの二つ。

 大蛇丸から狙われていること、うちは一族であること。たったそれだけだった。

 

 なのに、蓋を開けてみれば人質だの記憶封じだの、生涯知りたくもなかった里の闇をこの一夜で多々明かされ。その挙げ句、こうして酷く面倒な厄介ごとに巻き込まれている。

 恨み言の一つでも言わねばやってられん。

 

 だが、見て見ぬふりで去ろうには、己もまた無関係とは言えなかった。

 そっと内心で嘆息し、逃避気味の思考を目の前へと戻す。重苦しい空気に眉一つ動かさず、コハルはただ静かに告げた。

 

 

「聞こえなかったか。ならば、もう一度言おう───サスケを抜け忍として手配する」

 

 

 抜け忍。

 それは、何かしらの理由で生まれ育った里に歯向かい、里から抜け出した忍を指す。

 

 忍にとって情報は命に等しい。知識だけでなくその肉体には各里で染み付いた忍術、チャクラの性質、用いられた秘薬……様々な情報が蓄えられている。

 その情報を他里に渡さぬ為、指定された忍はビンゴブックに載り、生涯に渡って追忍に命を狙われる犯罪者となるのだ。

 

 状況、罪状、意図やその足跡……様々な情報を考慮して、通常なら火影がその指定をする。だが、三代目の意識が戻らぬ今は、ご意見番らこそがその決定権を握っていた。

 ダンゾウ、カブト、その他ダンゾウに従っていた元根の者達。彼らの名に続いて、最後に申し渡されたのは『サスケ』の名だった。

 

 

「大蛇丸の部下との接触直後に、上官である自来也の元を離れ、あまつさえ同班員を術にかけた。これは明確な裏切り行為だ。よって、抜け忍と断じるに不足はない」

 

 

 ホムラは皺だらけの顔を更にしかめ、それで終いとばかりに手にしていたリストを机に広げる。

 その一番上に重ねられた書類には、ほんの半日前まで顔を合わせていた弟子の写真があった。

 

 

「お待ちください!サスケは確かに不審な行動を取った……しかし、誰かを傷つけた訳でも、その里抜けを目撃した者がいる訳でもない!抜け忍と判断するには、あまりに情報が足りないでしょう!?」

「今の木ノ葉に、下忍一人にかける労力は余ってはおらん。もしそれが誤認であったとしても、生きていれば戻って来るであろう」

 

 

 コハルはそう冷たく返す。

 生きていれば。その言葉に、ビクリとイタチの肩が揺れた。

 

 里抜けの疑惑は確かに否定できない。

 だが、戦禍の中だ。敵に遭遇し殺された可能性も、うちはと共に焼け死んだ可能性も、攫われた可能性だってあった。

 

 生きているか、死んでいるかすら分からない。

 消息不明、それがサスケの現状だ。

 

 そういった場合、まずは探索班が組まれる。その足取りを追って、確たる証拠があって始めて『抜け忍』の烙印が押されるものだ。

 だが、追忍らはダンゾウの追跡に出払い、暗部や芽、上忍らは観戦に来ている大名達や里の要所の警備、砂隠れの監視へと回されていた。

 コハルの言葉通り、下忍一人の探索に人出を割く余裕はなかった。

 

 

「ですが……!」

 

 

 そんな木ノ葉の状況を、知らぬイタチではないだろうに。

 何か言いかけて、けれど言いあぐねたまま必死に口元を引き結ぼうとして。それでも溢れた悲痛な声の裏側に、底知れない傷痕が見えた気がした。

 

 一夜にして火にのまれた、うちは地区。

 現場は封鎖され箝口令が敷かれているものの、酷い有り様だったということは伝え聞いている。

 

 しかし、暗部と芽を統括するイタチは、その地獄を見たはずだ。身元すら定かではないボロボロの遺体を前に、残された名の重さを肩に、この男が何を思ったのか想像には難くない。 

 その絶望を宿した黒い瞳は、かの日のサスケによく似ていた。

 

 

(……儂もまた、天秤を傾けた。無関係とは口が裂けたって言えねぇのォ)

 

 

 大蛇丸の部下が落としていった白い花。

 それを拾い上げた時のサスケの顔が、どうにも頭から離れない。

 

 その時から、人質の可能性には気付いていた。

 それを素知らぬフリで誤魔化したのは、問い詰めた所で、請われた所で、行かせることなどできなかったからだ。

 だがそんな考えを見抜かれたか、口寄せによる一瞬の隙をつかれサスケは姿を消して。その後を追って辿り着いた先、残されていたのは意識を失ったナルトだけだった。

 

 

『まだ遠くへは行っていない……どうする。サスケを追うか?』

 

 

 追いかければ、力ずくでも止められただろう。

 それでも、忍犬の問いかけに首を横に振った。

 

 火影の救出と戦争の終結を前に、優先するべきことは何も無かった。

 その考えは今も変わることはない。

 それでも後髪を引かれるような、後味の悪さが胸に残っている。

 

 

「イタチ、お前は勘違いをしておる。元より、『サスケ』は我が里のモノ……貴様らうちはが口を出す権利はないのだ。契約を忘れるでない」

「それに……うちは地区の結界は作動しなかった。つまり、襲撃者はうちはの者ということだ。記憶が戻り、木ノ葉やそなた達へ、恨みを抱いていないとなぜ言い切れる?」

「あの大蛇丸から目をつけられていたのだろう?案外、自らついて行ったのかもしれぬぞ」

「……ッ」

 

 

 うちは地区の襲撃に、あの虐殺に、サスケも加担していたのではないか。

 最初から、大蛇丸の仲間だったのではないか。

 

 そう含ませたご意見番らの言葉に、イタチの瞳が瞬時に紅に染まった。

 一触即発。そんな殺気の漂う空気を、カラン、と下駄の音が遮った。

 

 

「まぁ待て。……一つ、伝え忘れたことがあってのォ」

 

 

 呪印と記憶。

 契約と人質。

 光あらば、闇も深まるのが世の常だ。

 これだから、木ノ葉からはさっさと立ち去りたかった。里と一族の確執なんぞ、腹の足しにもなりやしない。

 

 だが、どんなに馬鹿弟子だとしても。

 弟子を悪く言われて、黙っていられる師匠は何処にもいやしないのだろう。

 

 

「───最初から、記憶があったとしたら?」

「「「!?」」」

 

 

 何故サスケは、火影よりも先に綱手の探索を儂に願い出た?

 探索に当たっていた祭の日、何故イタチの名にあれほど動揺を示した?

 何故変化をしてまで、綱手の所在を遠回しに知らせようとした?

 写輪眼の開眼を、何故隠そうとした?

 

 

『この命は既に木ノ葉にやった。だから悪いが、アンタにはやれない』

 

 

 河原で儂をまっすぐ見上げた双眸を思い出す。

 きっとその言葉が、全てを物語っていた。

 

 

「万一を考えることは必要ではある。だが……仲間一人信じられずに、いったい何を信じられる?」

「……」

「あ奴は誰よりも懸命に綱手の探索にあたり、一尾や九尾を止めるため命を懸けた木ノ葉の忍だ。抜け忍の汚名を着せるには早すぎる。───そうは思わんか、綱手よ」

「さてねぇ……ま、実際に確かめるのが一番さ」

 

 

 振り返ってそう同意を求めれば、扉を開け放った綱手は口端を上げた。

 その手に持つのは、赤地に木ノ葉の紋が押された書状。

 火の国最高権力者、大大名様の勅令状だった。

 

 

「あのスケベジジイがなかなか離席させてくれなくてね。時間がかかっちまったが……どうやら、アタシ抜きで随分と楽しそうな話をしてたようじゃないか」

「つ、綱手様!大大名様をスケベジジイなんて言ったらまずいですよ……!」

「スケベジジイはスケベジジイだよ、全くどこを見てるんだか。まぁ、おかげですんなり判は押してくれたけどね」

 

 

 冷や汗をかくシズネを後ろに従え、綱手はイタチや自来也を押しのけるようにズカズカと執務室へと入ってくる。

 そして、ご意見番らの目前に叩きつけるように書簡を広げた。

 

 

【綱手を木ノ葉の火影に任じるえ】

 

 

 そこには三代目、そして綱手の血印に並び、そんな気の抜けるような文面が記されていた。

 

 

「今日からアタシが五代目火影だ。よって───抜け忍の判定は、一時保留とする!サスケの捜索には下忍を当たらせる。それで異論はないな?」

 

 

 そう言ってニッと笑う火影に、反論の声は上がらなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「さて。儂も、とっとと大大名様に挨拶してボインなねーちゃんに会いに行くとするか……どうだ、お前さんも行くか?たまには息抜きも必要だぞ」

「いえ……遠慮しておきます」

 

 

 綱手に後を任せて執務室を出た自来也は、追ってきたイタチを振り返る。

 そのひどく強張った表情にスッと目を細めた。

 

 

「その顔、どうやら心当たりがあったようだのォ」

「……はい」

 

 

 イタチはそっと瞼を伏せた。

 この聡い男のことだ。きっとサスケの記憶に誰よりも早く気が付いていた。気付いていながら、受け入れることを拒んでいたという所か。

 

 真実は、明かした所で互いを傷つけるだけだ。ならば、気づかぬままでいようと目を背けたのだろう。

 そんな不器用な優しささえも、悲しいほどにサスケとよく似ていた。

 

 

「サスケは、いつから……」

「儂があ奴と関わったのはたった一ヶ月足らずにすぎん。お前のほうが分かっている筈だ」

「どうして……言わなかったんでしょうか」

「お前も言わなかったのだろう?」

「俺達を、恨んでは」

「あ奴がそんな目で見ていたか?」

「……」

「イタチよ、お前は答えを既に知っている。そしてサスケもまた、分かっていた筈だ」

 

 

 その頬に流れたものは、見て見ぬふりをした。

 男を慰めるのは趣味じゃない。だから、代わりにまだ大人になりきらぬその背を叩き、そっと耳打ちを落とす。

 

 

「写輪眼のことはまだ知られておらん。……だが、それも時間の問題だろう」

「……!」

「探索は仲間に任せ、お前はお前にしかできぬことをしろ。サスケの帰る里を、無くしてくれるな」

 

 

 目を瞠った黒眼に、鋭い光が宿る。

 イタチは自来也へ一礼すると、身を翻して再度あの魔窟へと戻っていった。

 

 

(……サスケ。お前さんの味方は多いのォ)

 

 

 朝日の差し込む窓を見下ろせば、どこで聞きつけたのやら。ドタバタとたんぽぽ頭が火影邸に駆け込んでくる所だった。

 その後ろには、面倒くさそうな顔をしながらもナルトを追いかける忍が一人。そして、その後をのんびり歩きつつポテチを貪る忍がもう一人。

 

 

(儂の思った以上に、な)

 

 

 そう小さく微笑んで。

 カランコロンと響く下駄の音は、木ノ葉を人知れず去っていった。

 

 





『一つ確認させよ……サスケが己の意志で里を抜けていたとしたら。イタチ、お前はどう責任を取るつもりだ?』


 それが現実とならぬことを願っている。
 けれど、もしも。もしもがあったとするならば。


『その時は───俺が、始末をつけます』

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