SASUKE逆行伝   作:koko22

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第七班編
11.誤算


 

 

「今日からここがお主の家じゃ」

 

 

 連れてこられた古いアパートを見上げて、思わずサスケの口元は引きつった。

 サスケの生家と同様、ペイン戦で倒壊したこのボロボロのアパートはアカデミー、引いては火影邸に程近い立地だ。   

 辺りは活気づいた商店街に囲まれ、人目が多いため曲者が狙うにはリスクが高い。そんな監視にはもってこいの立地だが、問題が一つあった。

 

 

(何で、このアパートなんだ…)

 

 

 ペンキが剥げてギシギシ軋む階段は、相当な築年数を感じさせるが、それはさして問題じゃない。

 野宿なんて慣れている身してとしては、雨風を凌げる家があればそれでよかった。

 

 

―――問題なのは“この”アパートであること。正確に言えば、このアパートに住む住人にあった。

 

 

 遠い昔、幾度か訪れていた。

 周辺には似たようなアパートもあるだろうに、何故よりによってここなのか。歩き出す少し曲がった背を追いながら、サスケは内心でため息をついた。

 

 

 

 

 昨夜、闇に紛れるように南加ノ区を出たサスケ達は、演習場の地下室へと向かった。その部屋はかつて、大蛇丸の呪印を封じた場でもある。

 蝋燭の仄かな明かりに照らされた床には、びっしりと術式が描かれており、複雑すぎて、見ているだけで頭が痛くなってくるような代物だった。

 記憶というのは膨大な情報から成り立つものであり、それを取り扱うのはかなり難しい。更にそれを対人関係のみ封じるとなると、術を行える人物は限られていた。

 

 

『上着を脱いで、ここに座れ』

 

 

 部屋の中央にいた人物から端的に飛ばされた指示に、サスケは大人しく従った。

 その老人は右目を包帯で覆い、その手には杖を持っている。

 

 

―――志村ダンゾウ。

 

 

 さして驚きはない。

 呪印の扱いに長けたダンゾウと、心や記憶に関しては並ぶ者無しの山中家の当主。その二人のどちらかだろうと簡単に予測できていたからだ。

 それに公言できるような話ではない為、山中の可能性は低いだろうと考えていた。

 

 寧ろサスケとしては、全ての記憶を覗かれかねないので、山中ではなくて良かったとさえ思う。

 何せ、百十数年の記憶は、悪用しようと思えば幾らでも出来る。それがダンゾウの手に渡ったらなど、考えたくもないからだ。

 

 空調なんてある筈もなく、外気よりも凍えるような寒さが素肌に刺さる。サスケは服を床に落とし、術式を消さないよう、慎重にその中央へ向かった。

 ダンゾウの目前に立てば、感じるだろうと思っていた憎しみは、不思議なことに欠片も感じなかった。

 不躾な視線に不快感はあるが、それだけだ。その名を聞いただけで、こみ上げた筈の怒りは露ほども湧かず、心は凪いだままだった。

 

 

―――きっと俺は、この男を恐れていた。

 

 

 再び、奪われるかもしれない。

 父の口からダンゾウの名を聞いた、あの夜。そんな怯えが確かにあった。でも今は恐怖も憎しみも怒りも、何も感じない。見据えるべきものは未来だと、踏ん切りがついたからだろうか。

 

 

『ほう…中々、よい眼をしている』

 

 

 負けじと睨み上げれば、ダンゾウは感心した風に眉を上げた。

 

 

『惜しいものだ。根に相応しい素質を持っているというのに』

『ダンゾウ!』

『分かっておるわ、ヒルゼン。……では、始めよう』

 

 

 体に術式がゆっくり書き込まれていく感覚に、ぞわりと肌が粟立つ。

 全ての準備が整ったのは、体内時計によれば予定通りの明け方。体は小さな文字で覆われ、黒い服でも着ているかのようだった。

 

 この術式によって、サスケの記憶は消される。

 母の腕の温かさも、父のぎこちない微笑みも、兄と共に食べた煎餅の味も、曾孫や孫の産声さえも。何もかもが無かったことになる。

 

 出立を告げられた日に予め聞いていたが、抵抗するつもりはなかった。

 過去を忘れ、今後起こる未来を乗り越えられるかという不安はあった。

 しかし、ここで逃れることは出来たとしても、それでは契約を反故にしてしまう。幻術で記憶を封じたと見せかけても、呪印が残らないためバレる。

 もう変えられない決定だ。だから、最初から抵抗はしないと決めていた。

 記憶を失った自分が、再び里や仲間を裏切るようなことが無いように。できる抵抗といえば、些細な幻術をかける位のものだった。

 

 ダンゾウの手が、複雑な印を結んでいく。その手から視線を外し、蝋燭の灯りすら届かない暗闇を仰いだ。

 この部屋に空はない。そこにあるのは埃の溜まった天井だけで、欠片も心は軽くならなかった。そんな暗闇に落胆して、目を瞑る。どちらにしても真っ黒な視界に変わりない。

 

 ダンゾウが腕に触れたと同時に、途轍もない激痛が体に走った。最も痛むのは、頭。 

 漏れそうになる悲鳴を何とか噛み殺す。滲む脂汗が鬱陶しい。

 

 しかし、それは唐突に終わりを告げた。

 視界が真っ暗になり、肉体と精神が分離したかのように激痛が無くなった。

 

 

―――まるで、自分が自分でないような。自分の体が自分のものでなくなったかのような、奇妙な感覚。

 

 

 それが一瞬だったのか、それとも数時間だったのか。そんなこともよく分からなかった。

 ふいに感じた浮遊感の後、落下するような衝撃と共にサスケの意識は戻った。

 頭が痛み、手足が鉛のように重い。

 それでも手を握る緩めるを繰り返せば、やがてそのどちらもが治まっていった。安堵して息を吐くと、澄んだ空気が肺に満ちていく。あの部屋のものではない。

 そうしてようやく、サスケは周囲の変化に気がついた。

 

 

『森……?』

 

 

 いつの間に移動されたのか、周囲に壁はなく、木々が天へ枝を伸ばしていた。

 小鳥の囀りや、小川のせせらぎ、土の匂い。それらに困惑しながらよろよろと立ち上がる。

 

 林ではなく森だろうと考えたのは、この場所が余りにも薄暗いからだ。葉に邪魔されて、空はここでも見えない。

 不気味な森だ。

小鳥の囀りは突然途切れ、小川のせせらぎは静寂感と緊張を孕んでいる。土は土だったが、そこに生えた鮮やかな紅のキノコが、猛毒を持っているだろうことは明白。

 そして、極めつけは背後の唸り声である。

 

 

『グルル……』

 

 

 ゆっくりと振り返る。そこにいたのは、熊だった。しかし、一般的な熊の倍はある巨体だ。

 腹を空かせているのか、涎がダラダラ垂れている。

 

 こちらにとっても餌となり得るが、奴は爪と牙を持ち、こちらは丸腰の子供。この体では勝ち目はないし、加えて昨夜の幻術で使い切っていたから、チャクラはほとんど残っていない。

 それでも、死ぬかもしれないとは全く思わなかった。

 

 一つ吼えて襲い掛かってくる熊を、動くこともなくただ立って見詰めていた。きっと傍目には恐怖で動けなくなっているとでも見えたことだろう。

 熊の顔が迫り、鋭い牙が届く寸前。大量のクナイが熊に降り注いだ。

 

 

『君!大丈夫か!?』

『よかった、怪我は無いようね』

『どうして子供がこの死の森に……』

 

 

 覗き込んでくるのは、三人の忍だ。その額当てにあるのは木の葉マーク。

 『記憶を失い森で死に掛けていた孤児』と『その子供を助けて保護した木の葉の忍』。

 茶番だ。既に書かれていたシナリオを辿るだけの、予定調和。

 

 困惑している彼らは、何も知らされていないのかもしれない。そうでなければ、大した演技力である。結界に異常がある、調べて来いとでも命令されたのだろうか。

 しかし彼らが間に合わなくても、今木の影でこちらを監視している暗部が俺を守っていた筈だ。

 

 人質に力を持たせる必要は無い。一般人として育てればいい話なのだから。

 サスケも例に違わず、最初はそうなる予定だったという。

 

 しかし、上層部には欲が生まれた。

 サスケが集会で写輪眼を見せたことは、シスイから上層部へ伝わっていたらしい。

 うちはと関係なく使える、それも移植したものではない本家の眼。子供のうちなら手懐けられるとでも踏んだのだろう。

 

 だからこそ、記憶を消して木の葉の忍に拾わせるという、まどろっこしい方法を取った。

 『命を助けられた』と何も覚えていない子供に刷り込ませ、里への恩を作り上げる。何も覚えていない、そんな不安の中で里に受け入れられれば、子供は里に尽くすようになる。

 一種の洗脳だ。単純だが、存外効果は大きい。

 

 

―――けれど、誤算が生じた。

 

 

 術は成功したのか、肩には万華鏡の模様に似た花のような形の呪印があった。奇しくも、大蛇丸の呪印があった場所だ。

 それにも関わらず、心には百十数年の記憶が残っている。何一つ、欠けてはいない。

 

 

 それがどうしてなのかは、サスケが過去に存在し、過去を話せないことと同様にわからない。

 ただ一つ言えるのは、得体の知れない『何か』があるという事のみだった。

 

 

 

 

 このアパートの二階には、ドアが二つある。

 当然手前の扉を開けるだろうと予想していたサスケは、そこを通り過ぎた三代目に呆気に取られ、足を止めた。

 

 

―――まさか、な。

 

 

 ふと過ぎった可能性に蓋をして、何事もなかったかのようにまた歩き出す。……が、重くなった歩みはやや鈍る。

 

 

「ここにはもう一人、先客がいての。仲良くしてやって欲しい」

 

 

 ピンポーン、とサスケの心とは対照的な軽く明るいチャイム。それからドタバタと忍にあるまじき足音がして、ドアは開いた。

 

 

「何だってばよ、じいちゃん!いい夢見てたのにさぁ……」

「まだ寝ておったのか?もう8時じゃぞ」

「いーの!今日はアカデミーねぇもん。……それでそっちの奴、誰だってばよ?」

 

 

 眠たげな眼を擦りながらドアから顔を見せたのは、金髪頭のウスラトンカチ。

 見れば見るほど、孫や曾孫によく似ている。いや、孫や曾孫がコイツに似たのか。遺伝子法則なんぞはまるっきり無視して、二人ともこいつにそっくりだったのには、無性に悔しい思いをしたものだ。

 

 

―――コイツが彼らを一目も見れなかったとなれば、なおさら。

 

 

「ナルト、今日からこの子もこのアパートに住むことになった。分からぬこともあるじゃろう、色々と教えてやってくれ」

 

 

 空のように蒼い瞳が好奇心に輝いて、こちらをじっと見詰めてくる。

 うずまきナルト。かつての親友にしてライバルで、後に七代目火影となる男だ。

 

 本当は関わりあうつもりはなかった。

 ナルトは良くも悪くも、影響力が大きすぎる。こいつに救われた者は数知れず、かく言うサスケもその一人だ。

 関与した場合、どんな事態を引き起こすか分からない以上、アカデミーでもなるべく避けるようにしようと思っていたのに。

 

 

(……どうやら、不可避らしいな)

 

 

 胸中で苦々しく呟くが、それでも再び会えた事を喜んでいる自分が、何だか恨めしかった。

 ニコニコしている三代目は純粋に俺とナルトを仲良くさせたいようだが、上層部は万が一の時、サスケに九尾をコントロールさせたいのだろう。

 “前”のように冷たく接するべきなのだろうが、孫や曾孫を彷彿とさせるこいつに、それが出来るかどうか。

 

 また痛くなってきた頭を抑えたい衝動を我慢する。あの森で『拾われて』三日。しつこく質問してくる奴ら相手に、記憶があることをひたすら隠し通した。

 それなのに、ここで三代目に不審でに思われてはマズイ。バレたなら、今度こそ記憶が消されてしまう。

 

 心の中で溜息を吐きつつ、一歩だけ前に出る。

 最近溜息が多くなってきたな、なんてどうでもいいことを考えた。それを人は現実逃避と呼ぶのだろうが。

 

 

「………サスケだ」

「オ、オレ、うずまきナルト!よろしくだってばよ!」

 

 

 素っ気無い挨拶にも、満面の笑顔を浮かべるナルトが眩しい。ぶんぶん揺れる尻尾が見えた気さえする。

 アカデミーではいがみ合っていたものの、それは単にナルトがライバル視していたからだ。サスケ自身も子供だったから、同じような態度で反発しあっていた。

 

 だが、今のサスケはまだアカデミー生でもない(ナルトはおまけで2年先に入っている)のだし、今なら友人として接することが出来るのかもしれない。

 それを思うと何だかくすぐったい気持ちになって、もういいか、と諦めが勝り顔を緩めた。

 

 いい加減、疲れていた。

 グチャグチャ考えても有効な策がないのだから、流れに任せてもいいのかもしれない。

 

 投げやりな思考だな、と我ながら呆れる。

 それでも、更に嬉しそうに笑うナルトに、自分の悩みがちっぽけなものに思えてくるのは今に始まったことではないのだ。

 

 

―――ったく、ウスラトンカチ。自分だけさっさと死にやがって。サラダを泣かせた罪は重いぞ。

 

 

 吐き出したい言葉は、声にならない。

 未来のことは言うことが出来ないなんて、『何か』が人格を持っているとしたらふざけた奴だ。でも、そのお蔭でまた家族やコイツに会えたから、一応礼は言ってやる。

 ああもう本当に、泣きそうだ。ナルトの前で泣いてなんかやらないが。

 

 涙を堪え俯いていたサスケの横で、ヒルゼンはそういえば、と何か思い出したように顎鬚を撫でた。

 

 

「実はな、余りに急なことだったため、サスケの部屋が用意出来んかったでのぅ」

「「…っっ!?」」

 

 

 親友との再会に気を取られていたサスケは、背を押されるまま玄関へ倒れこんだ。ナルトも巻き込まれ、サスケの下敷きとなっている。

 床に溜まっていたらしい埃が途端に舞いあがり、ゴホゴホと咳き込んだ。

 綺麗好きとはお世辞にも言えないナルトの事だ、長らく掃除されていないのだろう。

 

 

「そういう訳でな……ナルト、サスケ。今日から一緒に暮らすのじゃ」

 

 

 仲良くするんじゃぞ、と笑いながらヒルゼンはドアの向こうへ消えた。

 唖然としていたサスケだったが、すぐさま言葉の意味を理解し、素早く身を起こすとその白い羽織を探した。

 しかし、腐っても鯛。歳をとっても火影、もはや影も形も見当たらない。

 

 

「…っの、狸ジジイ……!!」

 

 

 悪態をついても、事態は変わらない。苛立ちをぶつけるように荒っぽく閉めたドアが、いい迷惑だとばかりに軋む。

 心の底から吐き出した溜息は、部屋に大きく響いた。

 

 未だに状況を飲み込めずにキョトンと床で尻餅をついたままだったナルトへ手を貸しながら、サスケは改めて部屋の中を見回し、そして絶句した。

 

 

足の踏み場も無いほど、脱ぎ散らかされた服。

テーブルに出しっぱなしの牛乳と、汁が少し残っているカップラーメンの残骸。

部屋の隅にはゴミ出しを忘れたのだろう、コバエがたかっているいくつものゴミ袋。

よくよく見れば、あちこち泥が付着し異臭を放つ、ナルトの服。

そして、しわくちゃなベットのシーツに、カサコソ動く黒い影。

 

 

 呪印を刻まれた時とは、比べ物にならないほどの悪寒が走った。

 まあ、家事を教えてくれるような奴がいなかったことは分かる。唯一三代目がいるが、彼も得意なタイプじゃなさそう……というか、のんびり家事を出来る立場じゃない。他の誰かがやっているに決まっている。

 

 しかし、しかしだ。幾らなんでもこれは酷すぎる。

 余りの惨状に気が遠くなるサスケの頭に、ふと三代目の言葉がリフレインした。

 

 

―――ここに、住む?

 

 

「……服を脱げ」

「へっ?」

「洗濯するから、さっさと服を脱げ。掃除機はどこだ?まさか…ねぇとは言わないよな?」

 

 

―――訂正しよう。ナルトはナルト、“前”と同じく接する事が出来そうだ。

 

 

 ニッコリと綺麗に微笑むサスケだが、目は全く笑っておらず、額には青筋が浮かんでいる。そんなサスケにナルトは震え上がった。

 ミコトの躾と血は、しっかりとサスケに受け継がれていたのである。

 

 

 静かだったアパートに、その日から怒声と悲鳴、そして笑い声が聞こえるようになったそうな。

 




【サスケの処遇】

①記憶を呪印によって封じる。
その点はダンゾウに一任されていた為、記憶封じ以外の効果も入れられている可能性が高い。

②里の監視下に置く。
ナルトと一緒に監視することに。万一の時にはサスケに九尾をコントロールさせようと考えている。

③写輪眼を開眼次第、即時の暗部入隊。拒否権はもとより人権なし、傀儡人生まっしぐら。
ただし現在は、記憶封じの影響で写輪眼が使えないと上層部は考えている。写輪眼を開眼するまでは、と三代目が条件をつけた。それまでは普通にアカデミー、卒業後も通常の忍として働ける。
サスケもサスケで、うちはと一発でバレるし、上層部に眼を取られるかもしれないと写輪眼を隠すことにした為、しばらくは平穏が続く。

※②③はサスケは知らされていない。記憶をどうせ消さなくてはならない為、敢えて伝えなかった。
※兄さん達一族は、写輪眼を開眼する前にサスケを取り戻そうと焦っている。任務に付くことで開眼リスクが高まる為、できれば下忍までには取り戻せたらいいが、そうそう確執は無くならない。
※上層部は記憶はなくても、いずれはその血が目覚めると確信している。一族を刺激することになるかと今は様子見中。

ほのぼのと見せかけて、実はけっこうな綱渡り状態。
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