ピピピ……と響く目覚まし時計のアラーム音。薄っすらと瞼を開ければ付けっぱなしにしてしまった電球の人工的な光が目を刺した。
いつもの白いシーツは視界になく、代わりにびっしりと文字が記された巻物や、頭の痛くなるような複雑な計算式、そして書きかけの術式がある。
テーブルの上に広げられたそれらをぼんやりと見つめて、固い椅子から身体を起こすと凝り固まった肩が鈍く音を立てた。
書きかけの術式に目を走らせる。大方は終わってはいるものの、あと一歩足りない。
連日の徹夜で疲れ切った瞳を擦り、カーテンを開けると共に鳴り続けていたアラームを止めた。
そのすぐ上に掛けられたカレンダー、特に大きな赤丸が存在を示す日。自然、ため息が落ちた。
───今日はアカデミーの卒業試験日。
サスケが『うちは』を捨ててから六年。ナルトと暮らし始めてから六年が過ぎたとも言える。
騒がしく忙しない毎日だったが、かつて憎しみを抱えながら一人暮らしをしていた頃に比べれば、よほど充実した日々だったように思う。
けれど。
「…………ウスラトンカチが」
隣の部屋、壁一枚を隔てた向こう側。
ウザいほど存在感のあるチャクラを感じて、その壁に背を預けた。
◆
事の発端は一ヶ月前、三代目が突然訪ねてきたことから始まった。
『もうじき下忍だからのぅ。一人部屋がほしいじゃろう?』
そこからはあっという間だ。私物が運び出され、アパートの隣の部屋へ移された。
しかしその後だったか、ナルトの様子がおかしくなったのは。サスケを避けるようになり、声をかければ返事はするが笑わなくなった。
卒業試験の緊張でもしているのかと初めは気に留めていなかったが、そのうちに今まで喧嘩しようとも必ず来ていた食事にも来なくなった。
別に強制していたわけじゃないが、嫌いな野菜炒めだったとしても文句を言いながらナルトは完食していたことを思えば、食卓がとても広く感じた。
また少しして、今度は顔を合わせる度に睨まれるように。理不尽な言葉をかけられれば、ナルト相手に黙ってはいられなかった。
そして、昨日の言葉がずっと頭に木霊している。
『……なんでお前に指図されなきゃなんねーんだよ。お前の飯よりずーーーーっとラーメンの方が美味えし、言われなくてもそうするつもりだったってばよ!』
今まで共に暮らした日々を、拒絶されたように感じた。反抗期めいた感情的な言動と分かっていて尚、積もり積もれば流石に少し堪える。
隣の部屋から物音が聞こえて、臥せていた瞼を上げた。ナルトが目を覚ましたようだ。
繋がらぬ部屋と部屋。その壁は薄っぺらい筈なのに、鈍い物音がどこか遠く感じた。
◆
「卒業試験は分身の術にする!呼ばれた者は一人ずつ、隣の教室に来るように!」
イルカの言葉に、ざわざわと教室が騒がしくなった。
分身の術……チャクラコントロール及びチャクラ生成の技術が必要な基本忍術だ。基本の術だからこそ、その精度が如実に現れる。
(よりによって、オレの一番苦手な術じゃねーか……)
手裏剣術や体術なら、そこそこ出来たのに。不安が増してきて、緊張感が滲む教室内をそっと見回す。
自信なさげに頭を抱えるやつもいれば、余裕そうな顔で笑いつつ顔が引きつってるやつもいる。
そんな中で、窓際に座るサスケだけが窓の外を静かに見つめていた。
アイツのことだ、きっと緊張なんて感じてない。そう思ったら、何だか謝ろうと考えていた自分が酷く惨めに思えた。
サスケから視線を外して、そのサスケの瞳が向かう先を眺める。
───アイツは何を追いかけているんだろう。
そこにはどこまでも、果てしなく続く青空があるだけなのに。
「次!うずまきナルト!」
ハッとして、急いで立ち上がる。
これから試験なのだ。頬をパン、と軽く叩いて気合を入れた。
(苦手だけど……でも、やってやるってばよ!!サスケ、見てろよ……!オレはぜってぇお前を抜かしてやる!)
ナルトは震えそうになる足を叱咤して、隣の教室へと向かう。
扉に消えていったそのオレンジ色の背を、黒い眼が見つめていたなんて気付くこともなく。
◆
「よくやった!さすがオレの子だ!」
「これで一人前だね、俺たち!」
「卒業おめでとう!今日はママ、ごちそう作るね!」
口々に祝福の言葉を述べる親と、誇らしげに胸を張る子供。どちらも満面の笑みを浮かべている。
ふと、ママ友とおしゃべりをしていた女性が視線を感じ、会話を止めてキョロキョロと視線の元を探した。
アカデミーの隅、古ぼけたブランコに座る金髪の髪の少年を見つけて、女性は顔を顰めた。
「ねぇ、あの子………」
「例の子よ。一人だけ落ちたらしいわ」
「フン!いい気味だわ…あんなのが忍になったら大変よ。だってあの子本当は───キャッ!」
ザクリ。
話していた女性の足元に深々とクナイが突き刺さる。
「すまないな、手が滑った。……それで、なんの話をしていたんだ?」
クナイよりも鋭く、冷たくサスケはその二人の女性を見据えた。
凍えるような視線に怒りも忘れ、答えもしどろもどろに逃げる二人。彼らが人混みに紛れて見えなくなるまで睨み続けていたが、やがて地面に刺さったクナイを回収し土を払った。
ああいう輩はどこにだって居る。むしろ陰口ならまだいい方だ。
本当は問い詰めたい所だが、そんなことをしてもアイツらは一端でしかない。
遣る瀬ない思いに蓋をして、ブランコを振り返る。ナルトは驚いたように目を見開いたかと思えば、すぐにクシャクシャに顔を歪めて立ち去っていく。
「……………」
足は動かなかった。
今更追いかけたって、何を言えばいいのか分からない。
───否、何も言うべきではない。
"以前"も同じくナルトは試験に落ちたものの、それでも立派に額当てを受け取り下忍になったのだ。何があったかはわからないが、しかし下手に介入すべきではないだろう。
俺に出来ることなんて限られているのだ。
それがどうしようもなくもどかしく、固く拳を握りしめた。