春の麗らかな天気の元、木の葉がサワサワと揺れ動く。
眠気を誘うそれらにつられ、サスケは大きなあくびを一つ零した。
「あ〜〜!まだ来ねえのかってばよ!」
「うるさいわよ、ナルト。先生だって何か用事があるのかもしれないじゃない」
じっと待っているのは性に合わないのか、ジタバタ暴れるナルトにサクラが溜息をついた。だがサクラも内心は待ちくたびれたのか、忙しなく時計とドアを見やっている。
そんな二人を眺め、かの人物の遅刻癖をよくよく知るサスケは、『こんなもんで音を上げるんじゃやっていけねぇぞ』と心の中で呟いた。
情けなくも気を失ったサスケは医務室に運ばれ、目を覚ました時には既に昼時を迎えていた。ぐっすり眠ったからだろうか、体調は悪くない。
直接は聞けなかったが、班分けは前回同様にナルト、サクラとの第七班だった。
そこに透けて見える上層部の思惑は抜きにして、見舞い兼報告に来たナルトやサクラと共に喜びあった。
心配するイルカをなだめ早退を断って、急いで握り飯を頬張り、再びこの部屋に戻ってきたのが十三時半。時計の針は現在十四時を示しており、集合時刻から既に三十分過ぎている。
一組、また一組と部屋を出ていき、残ったのはこの七班だけだ。
記憶通りの展開に呆れると共に安堵した。担当上忍も変わらなかったということだからだ。
急いで食べる必要は欠片もなかっただろう。折角のおかかおにぎりだというのに、勿体ないことをした。
「イルカ先生!オレ待ちくたびれたってばよ」
「あの人は遅刻魔だからなぁ。ちゃんと十三時集合って早めに伝えておいたんだが……」
バレたかな、とイルカは頭をかく。つまり、早めの時刻を伝えて遅刻しないように配慮してくれたらしい。だがどこからかそれを聞きつけて、アイツはやはり遅れている、と。
いい教師だ。どこかの某遅刻魔と違って。
「仕方ない。俺もこれから仕事がある、もうしばらく待っていてくれ」
「イルカ先生まで…」
ついにイルカが部屋を去り、残った三人で顔を見合わせた。
帰りたい。さっさと帰って、バーゲンセールに行きたい。本音ではそう思っても、こいつらを置いてくわけにもいかないし、後々色々面倒だ。
サスケの行動は上へ報告がいく。アカデミーもサボってばかりで今更ではあるが、今日からは幼くとも一人の忍として扱われる。初日から問題を起こすのは避けたい所だった。
結局、各々巻物を読んだりぼーっと外を眺めたり筋トレするしかないのだ。
現在の時刻は十四時。記憶どおりであるならば、奴が来るまであと一時間。
◆
「………遅い!何でオレ達の七班の先生だけ、こんなに来んのが遅せーんだってばよォ!」
サスケの筋トレでもしとけという言葉に素直に従っていたナルトではあったが、腹筋・背筋・腕立てをそれぞれ100数えたところでついに我慢の限界がきた。
元々気は長くないのは自覚しているし、何よりも大嫌いなのがお湯を入れてからの三分間。かれこれ一時間近くも待っているのだから、もう怒ってもいいだろう。
ナルトは一人納得すると、ニヤリと教室の前方にある黒板へ目を向けた。
───担当上忍だか知らねぇけど、試してやるってば!
「ちょっと!!何やってんのよナルト!」
「遅刻してくる奴がわりーんだってばよ!それに上忍ならさ、このくらいヨユーで避けんだろ。なぁ、サスケ?」
嬉々として黒板消しを扉の隙間に挟み込むナルトに、サクラは呆れたように静止した。内心ではガッツポーズを取っていたりするが。
きっと恐らく、多分味方になってくれるかもしれない。そんな思いでナルトは窓側の席に座るサスケを振り返った。
だが、頬杖をついているサスケはぴくりとも動かず、返事もない。不審に思ってそっと近づくと、切れ長の眼は閉ざされ肩が緩やかに上下していた。
「寝てる……」
「サスケ君の寝顔……!キャーー!!カメラ持ってくれば良かった!」
「サ、サクラちゃん静かに!サスケ起きちまうってばよ」
はしゃぐサクラを押しとどめて、ナルトは改めてサスケの寝顔を見つめた。
先程も気を失っていたが、青褪めた顔よりやはり気持ち良さそうに眠っているのとでは大違いだ。
滅多に弱さを見せないサスケが熱を出し、倒れて。またひとりぼっちになるのが怖くて、昨日は一睡もできなかった。その穏やかな表情に安心すると、途端に眠気がナルトを誘う。
「何か……眠くなってきたってば……」
「私も……」
春うらら。暖かな陽だまりと、葉擦れの音と共に頬を撫でる緩やかな風。カチコチと鳴る時計の針と、サスケの規則的な寝息。
瞼が重くなっていくのが分かって、机に乗り上げたナルトは欠伸をしながらサスケの隣で目を瞑った。反対側へサクラも腰をかける。
やがて寝息は三つになり、ただ静かに重なり合った。
◆
サスケは顔をしかめながらうっすらと目を開けた。
その目覚めは決してよいものじゃない。ビリビリ痺れた腕や手。やけに重くて寝苦しい。
元凶は左肩の金色と右腕の桃色だった。
ナルトが肩を、サクラが手を枕に心地よさそうに眠っていた。少しでも動かせばバランスは崩れて、二人共起きてしまうだろう。
そっと頭だけ持ち上げて状況を探れば、やはり扉に仕掛けてある黒板消しのトラップ。
待っている間に随分寝てしまったのか、時計の針はだいぶ進んでいる。もうじきアイツも来る頃だ。
きっと今度も引っかかるのだろう。間違いなくわざとではあるが、例えば色とりどりのチョークが付いていたなら避けただろうか、なんてことを考えてクスリと笑った。
そうして、人の身体を枕にしている二人に改めて目を向けた。既に腕と手には感覚がない。
起きろ、と一声かければいいことだ。それなのに、かかる重みと温もりを何だか振り払えなかった。
今でも彼らの葬儀をありありと思い出せる。時を遡り、諦めていたはずの命に触れ、この瞬間が奇跡の上に成り立っているとよくわかっていた。
永遠なんてものはない。目を覚ましたら消えているのでは、また突然奪われて、失うのではないか。この数年間、何度胸をよぎった事だろう。
身体の不調に伴ってか、心までそんな悪い方向へと引きづられていく。恐らくは先日のミズキとの一件が尾を引いているのかもしれない。
(ったく……弱くなったもんだ)
人を強くも弱くもする“つながり”。
それはこんなにも、温かく離し難い。
緩やかに流れる時が、このまま止まってしまえばいいのに。
そんな馬鹿なことを考えて、サスケの意識は再び微睡みに沈んでいった。
◆
「おやおや……」
子猫が三匹昼寝してる。
ポスリと頭に落ちた、イタズラの定番の黒板消し。
チームワークのないトラップを少し残念に思いながら、髪に舞った粉を払い落として教室に入ったカカシの感想はそんなものだった。
陽だまりの中、重なり合うように子供達が眠っていた。俺は犬派だけど、やっぱりこういうほのぼのした雰囲気は心地良いと感じる。
まぁ、二時間も待たせてしまったし、それを咎める謂れはない。
俺が入って来たのに起きないのは、忍者としては減点なんだろうけど───。
(第一印象は……気に入った、かな?)
イタズラはなかった事にしてあげよう、と思う程度には。
だけど、いつまでも眠らせてはおけない。このまま寝させてあげたいのは山々だが、担当上忍としての責務がある。
どうしようかと思案していると、イタズラに触発されたようにふといい考えが浮かんだ。
カカシはす~っと大きく息を吸い込み、ぐっすり眠る彼らの耳元で叫んだのである。
「敵だ!!」
次の瞬間、蹴りと頭突きとパンチにカカシは沈んだ。
もっと詳細に言うのならば、まずサスケが反応して痺れた腕の代わりに鋭い踵落としを繰り出し。
次にサスケの身が抜けたことで机に強かに頭をぶつけたナルトが跳ね起きて、蹴りによろめき上体を低くしたカカシに頭突きして。
頭突きでクラクラと星の舞ったカカシはサクラの方へ倒れ込み、サクラは寝ぼけ眼でカカシの顔が目前に迫るのを見て思わずグーパンを入れたのだ。
油断していたとはいえ、上忍をも沈める見事な連係プレーと呼ぶべきだろう。
「ぐふッ………」
かくしてカカシは冷たい床へ倒れたのである。
だが、加害者三名としては無意識の行動だ。
彼らからすれば起きたら怪しい覆面男が床に寝そべっているのであって、皆キョトンと眠気覚めやらぬ顔で不思議そうにしている。
ヨロヨロと立ち上がったカカシが述べる言葉は、ただ一つだった。
「やっぱりお前らの第一印象は嫌いだ!大ッ嫌いだ!!」