微睡みの中、何かが聞こえた気がした。
名を呼ぶ誰かの声。はっきり聞こえなかったが、知らない声だったとは思う。
なのに、とても懐かしい気持ちがする。
早く早くと急かす焦燥を押さえつけて、耳をふさいだ。
もう少しだけ、眠っていたかった。
◆
第七班一行はアカデミーの屋上に移動していた。
屋上といってもちゃんと木も植えられ、涼やかな風が通り過ぎる度に揺れている。ここは里が一望出来ることもあっていつも子供達で賑わうが、まだアカデミー生は春休み。
階段に腰を落ち着けて、静けさと柔らかな陽光に欠伸をかみ殺していると、カカシが目を覚まさせるかのようにパンパンと手を叩く。
「こらこら、起きてちょうだい。眠気覚ましにそうだな……まずは、自己紹介でもしてもらおうか」
そう切り出したカカシへ、突然そんな事言われても、とサクラが困ったように眉を下げる。
「どんなこと言えばいいの?」
「そりゃあ、好きなもの、嫌いなもの。将来の夢とか趣味とか………ま!そんなのだ」
飄々と答えるカカシだが、とても胡散臭い。
それがこいつだと理解しているサスケはともかく、ナルトやサクラにとってはイマイチ信用出来ないのか先程から疑いの瞳を向けていた。
サクラに至っては先程キスされかけたというのだから尚更で、若干距離も遠めの位置に座っている。通報しそうな警戒具合だが自業自得と言えよう。
「あのさ!あのさ!それより先に先生、自分のこと紹介してくれよ」
「そうよ!見た目かなり怪しいし……」
そういえば、とサスケははたと思い立つ。
カカシのマスクの下は結局見たことがない。風呂でも食事でも駄目、葬儀の時につい外してみたいという思いに駆られるも、それは卑怯な気がして出来なかった。
(今度こそその面、拝んでやる……!)
サスケが密かにそんな野望を抱いているとは露知らず、カカシはのんびりと柵へもたれかかった。
「あー、俺か?俺は、『はたけカカシ』って名前だ。好き嫌いをお前らに教える気はない!将来の夢って言われてもなぁ……。ま、趣味は色々だ」
「ねぇ……結局分かったの名前だけじゃない?」
サクラの指摘にもヘラリと笑って答えやしない。
それも仕方ないのかもしれない。忍者にとって情報は命を左右するものだ。
しかし。無闇に晒さないのは道理だが、それでも班のリーダーとしては言っても良さそうなものだ。それこそ、チームワークを築くためにも。
まだ班員、仲間と認識していないのかと当たりをつけ、少しだけ寂しく思った、なんて。
鬱陶しいほど絡んできた奴だから、ただの錯覚なんだろう。
◆
「じゃ、次はお前らだ。右から順に……」
「俺さ!俺さ!名前は、うずまきナルト!好きなものはカップラーメン。もっと好きなのは、サスケの作った飯とイルカ先生におごってもらった一楽のラーメン!嫌いなものは、お湯入れてからの三分間」
(ラーメンのことばかり、って訳でもないか。確かアカデミー時代は同居していたとか……)
カカシは到着前、三代目と訪れたナルトの部屋を思い出した。
壁掛けのポスターやら、ナル○ィメット○トームと書かれたゲーム機やら、重ねられた漫画やら。少しばかり物がゴタゴタと多いものの、概ね綺麗に片付けられていたように思う。
そして何故か台所だけ異様なほど綺麗に磨かれており、鍋やらお玉やら数々のキッチングッズが詰められた棚が一角を占領していた。
ナルトの性格からあんなに掃除が出来るとは思えない。やはりこっちか、と先程までの無表情に少し嬉しそうな色を出しているサスケをチラリと見た。
「将来の夢はサスケを超す!!んでもって火影も超してやる!」
なかなか面白い成長をした。そんなことを考えながら、次と言おうとしてゆらりと立ち上がったサクラに口を噤む。
「ナルト……あんた、サスケ君の手料理を食べたことがあるの……?」
「え?あるっつうか、毎日食べてっけど───」
ガシリと掴まれた肩にナルトは答えを間違えたと悟ったが、もう遅い。
「ナルトォォ!あんた何そんな羨ましいことしてんのよ!」
「サ、サクラちゃ……ギブギブギブ!!ごめんなさい!」
「………次」
ガタガタ揺さぶられるナルトを憐れみながらも、放っておく事にしたカカシは続いて黒髪の少年を促した。
「名はサスケ。好きなもの嫌いなものは色々だ。夢と言っていいか分からねぇが、守りたいものならある。………あと、ついでにアンタの素顔も暴いてやるつもりだ」
「え。ちょっと、先生への宣戦布告!?」
「ああ。首洗って待ってろ」
ふてぶてしくニヤリと笑うサスケに戦慄しながらも、カカシはナルトの隣の部屋、サスケの自室を思い出す。
飾り気なくシンプルな部屋は綺麗に整頓され、ホコリ一つ見当たらず。本棚から何気なく取った書は『影分身のチャクラ密度と消体時間』という専門用語がびっしり手書きで書かれた代物。それには思わず三代目と顔を見合わせたものだ。
報告書によれば、今年のナンバーワンルーキー。だが、素行が悪いようでぎりぎりの出席日数。”要監視人物”とナルトと共にされていたから少しばかり警戒していたのだが。
(アイツみたいな子供らしくない奴かと思ったけど……ナルトの影響もありそうだねぇ)
それにしても、要監視人物とされる程だろうか。そもそも、素行の悪い子供があんな専門書を読むはずもない。
報告書との齟齬に少しばかり違和感を感じたが、ただの確認ミスだろうかとさほど気にすることはなかった。
「よし……じゃ、最後女の子」
「いい、絶対に邪魔するんじゃ……!」
「次!最後女の子!」
「え?あ……っはい。私は春野サクラ。好きなものはあんみつで、嫌いなものは辛い料理!将来の夢は───」
大丈夫か?と思ったが、思いの外ちゃんとした答えにホッとしていると、そこでふとサクラは口を閉ざす。
わずかに過去を思い出すかのように逡巡して、フフと恥ずかしそうに微笑んだ。
「探したい人がいます。その人にお礼を言いたいです」
少し赤面しながらの言葉に、眉をひそめる。
だってサクラはサスケが好きなのでは、と思っていたからだ。ほら、サスケだって呆然としている。
(三角関係……いや四角関係?頼むからドロドロしたのはヤメてね)
心から祈りながら、ようやく眠気も去ったのかこちらを見上げる三対の双眸を順に見回した。
全く、個性的な面子が揃ったものだ。
「よし、自己紹介はそこまでだ。明日から任務やるぞ!まずはこの四人だけでできる任務をやる……サバイバル演習だ」
問題児ばかりのようだが───何だか、明日が楽しみだった。
サクラちゃんの探したい人はすぐ隣にいる。今はまだ気付けない。
そしてその言葉で誤解じゃないけど誤解を与えてしまったとか何とか……。