『集合は朝七時。明日遅れて来ないよーに!』
(遅刻魔がよく言うぜ……)
時計の針が十時を示す頃、サスケは演習場へ向かった。
ナルトは遅刻すると騒ぎながら時間通りに行ったが、あいにくそんな可愛げはとっくに捨てている。
たとえ全てが“前”と同じではなかったとしても、カカシの遅刻グセは昨日の様子から全く変わらないと判明した。ならば素直にカカシの思惑に乗せられてやるのは癪というものだ。
そこにいたのは見慣れた二人。予想通りカカシの姿はなかった。
「あっ、サスケくぅん!おはよう!」
「もう十時だぜ!?遅れるなって言っといて、あの先生酷えってばよ〜!」
「昨日も遅刻したし……忘れてるって訳じゃないと思いたいわ……」
待ちくたびれたナルトとサクラが口々にぼやく。
段々と悪口になっていくが、どれもが的を射ていたので否定はしないで相槌を打っていると、ふいにきゅうと可愛らしい音が鳴った。
パチリと瞬きをしたサスケが音の方へ視線を向ければ、サクラがお腹を押さえて俯いていた。
「こっこれは……!」
「サクラちゃんも腹減ったよなぁ。オレも腹ペコペコだってばよ……」
ナルトは肩を落として屈み込む。無意識なのだろうが、ナイスフォローだ。こういう時に何を言えばいいのか分からないから、そんな所は羨ましく思う。
「もう十時だ……飯にするか」
先程の音は聞かなかったフリをして手に持っていた包を開き、二段重ねの重箱を取り出した。
本当は昼に食べようと思っていたが、腹が減っては任務は務まらない。演習も然りだ。
蓋を開ければ並ぶのはきんぴら、肉じゃが、卵焼き、お浸し、天ぷら、肉団子等々。下の段にはおにぎりが入っている。無論おかかとこんぶ、梅干しだ。それ以外はおにぎりとは認めねェ。
色とりどりの豪華な弁当にナルトとサクラの喉がゴクリと上下した。
「うっまそーー!つうかどうしたんだよコレ?」
「下忍の準備金が入ったからな。今日は特別だ」
「でも、カカシ先生は食べるなって……」
重箱を食い入るように見ていたサクラだが、やがて不安そうにこちらを見上げてくる。
吐くぞ、と脅されたのは間違いではないかもしれない。確かに運動量も多く、下忍なりたての奴にあのサバイバル演習はキツイだろう。
だが、キュルキュルと腹を鳴らしながらでは、説得力がないぞサクラ。
「……少しなら大丈夫だろ。それに作り過ぎた。食べるの、手伝ってくれないか?」
ナルトが我関せぬで料理を頬張るのを恨めしげに見ていたサクラだったが、サスケの言葉にハッとあることに気付いた。
これは、サスケが作った料理だ。
そして誰のためかといえば、自分のために。
(折角のサスケ君の手料理よ……!?しゃーんなろー、ここで食べなきゃ女がすたるわ……!)
一転、ナルトと奪い合うようにサクラは食べ始めた。
サスケはそんなに食べて大丈夫か?と少々心配になったが、美味しそうに頬を綻ばせているサクラの姿を見てしまうと何も言えない。
「凄く美味しい……!ありがとう、サスケ君!」
そんな事を言われては尚更で、サスケはそうか、とぶっきらぼうに言いながら、喉に詰まらせないように水筒を差し出した。
◆
「やー、諸君おはよ…………何してるの?」
「あ、カカシ先生!おっせーってばよ」
「ん〜!この卵焼きも美味しい!サスケ君は砂糖派なの?」
「いや、甘いのは苦手だ。……お前らは好きだろ。やっと来たかカカシ、天ぷらは余ってるぞ。アンタも食べるか?」
十一時、実に四時間遅れでカカシは演習場にやってきた。
てっきりブーイングでもされるかと思っていたのだが、木陰で仲良くご飯を食べている三人に呆気にとられる。
ス、と差し出された皿を思わず受け取った。その上に乗せられた天ぷらの衣は見た目からしてサクサクだ。
天ぷら好きにはたまらないだろうけれど。
「先生、天ぷら嫌いなんだよね………って、何のんびり食べてるの?昨日吐くって言わなかった?」
ついつい流されてしまったが、昨日忠告として朝食を抜いてこいと言ったのだ。
憮然とするカカシに、サスケは悪びれる様子もなくフン、と鼻を鳴らした。
「今何時だと思ってる?これは昼飯、アンタが遅いから先に食ってたんだ。ああ、それとサンマはねぇぞ」
“忍者は裏の裏を読め”だろ?
フンと勝ち誇った笑みを浮かべるサスケに、カカシは1本取られたと悟った。
確かに昼飯を持ってくるなとは言わなかった。そして十一時である今は昼時と言ってもいいだろう。遠回しに遅刻を責めているのだ。正論であるだけに言い返せない。
「お前ね……何で先生の好き嫌い知ってんの………」
負け惜しみのようにそう溜息をついて、キャッキャッウフフとのどかにお弁当を広げてピクニックをする三人に目を覆い、呆れるやら感心するやら。
とにかく、カカシの目論見がことごとく潰されたのは確かだった。
◆
「よし、十二時セットOK!」
初っ端から出鼻をくじかれたものの気を取り直したカカシは、ポケットから取り出した二連の鈴をチリンと鳴らした。
「ここに鈴が二つある。これをオレから昼までに奪い取ることが課題だ。もし昼までにオレから鈴を奪えなかった奴は…………」
「奪えなかった奴は……?」
昼飯抜き、のハズだったんだけど。どうも三人共お腹いっぱいのようで、それはもう使えないだろう。
可愛くない奴らだ、とマスクの下で苦く笑う。
「………任務失敗ってことで失格だ!鈴は一人ひとつでいい。二つしかないから、この中でも最低一人はアカデミーへ戻ってもらうことになるわけだ」
ハッとしたように三人はお互いの顔を見合わせた。
最低、一人。
そうはいうが、今までで合格した奴は一人もいない。
もしかすると、なんて期待して裏切られ。その後また共同墓地へ花を手向けて今年もダメだったよ、と仲間に報告する。それがここ数年の決まり事だった。
けれど。今回は、何かが違う気がしている。
期待を裏切ってくれるなよ、とカカシは願いながら説明を続けた。
「手裏剣も使っていいぞ。オレを殺すつもりでこないと取れないからな」
「手裏剣とか使っちゃ危ねえんじゃねーの?」
「これでも上忍、お前らとは雲泥の差があるんだよ」
「うんでーのさ?」
「…………絶対当たらないって事ね。ま……ドベはほっといて、よーいスタートの合図で始めるぞ」
ムッとしながらも、平静さを失わなかったナルトに少し見直した。殴りかかって来るかとも思ったが、思っていたよりも子供じゃないと言うことか。
ともかく、クナイを構える三人に目を細めて冷たく見下ろす。
「オレを殺るつもりで来る気になったようだな……やっとオレを認めてくれたかな?ククク、なんだかな。やっとお前らを好きになれそうだ。
じゃ、始めるぞ。……よーい、スタート!!!」
叫んだ途端、隠れるかと踏んでいた。
だが、予想に反して三人共に距離を取ったのみで、隠れる気配は露程もない。それどころか殺気までダダ漏れだ。
「忍たる者、基本は気配を消し隠れるべし……アカデミーで習わなかった?」
「んなセコい真似するかよ!いざ、尋常に勝〜負!!」
「……あのさァ。お前ちっとズレとるのォ……」
コイツ、本当に忍者を目指してるんだろうかとカカシは本気で頭が痛くなった。
そこで、ふと静かなことに気付いて首を傾げる。ナルトはまだ『正々堂々、勝負!』と騒いでいるが、その隣に立つサスケとサクラはただただ、コチラを睨みつけている。さっきから一言も喋っていなかった。
集中だとか緊張だろうかとも考えたが、よく考えれば座学もトップクラスの二人がこの原則を知らない訳はないだろう。
「ねぇ、お前らは……」
「あ〜もう、来ねえならこっちから行くってばよ!」
感じた違和感。それを問う前に、ナルトがクナイをかざし突っ込んでくる。
本人のまっすぐさを示すかのように単調な動きだが、勢いはいい。軽々とそれを最小の動きで右に流す。
その勢いそのままにナルトは倒れかけたが、すぐさま一回転すると態勢を立て直し、こちらから目を離さず再度クナイを構え直した。
なかなかいい動きをする。
調査書によると忍術や座学が全く駄目だったから成績上は最下位だったが、体術と手裏剣術はそこそこ成績が良かった。
ただの馬鹿ではない。忍者としての素質は合格だろう。
そして、ナルトへ視線を向けている間に死角となる背後と左からサクラとサスケが距離を縮めて来るのを感じた。キン、と放たれた金属音が空気を震わせる。
「単純に狙っても当たらないよ」
飛んできた手裏剣をヒラリと避け、サスケの軌道を読み、まだまだ成長段階の腕を掴む。そのサスケの腕を放さないまま、左足を軸にしてカカシはその場で回った。
「くっ、」
「うッ!」
「いってェっ」
サスケをサクラの方へ放れば、勢いを殺せずぶつかり合う。回った際、再び襲い掛かってきたナルトへ右足で蹴りを入れるのも忘れない。
それぞれ狙いも良し、判断も悪くない……が、少々物足りない。この程度ならばとカカシはポーチへ手を入れれば、途端に三人共動きを止めて距離を空けた。
「くそっ!」
「忍戦術の心得その1、体術!!……を教えてやる」
三人の出来は思っていたよりもいい。だけど、見たいのはチームワーク。お互いがお互いを信じ、三人の力を合わせて鈴を奪おうと考えるかどうかだ。
(まぁ、まだまだ時間はある。………さて、と)
カカシがポーチから取り出したのは、今朝とある人物から借りたイチャイチャパラダイス。昨日発売されたばかりの新刊で、プレミアム版かつショートストーリーが入っている。
昨日は三代目に色々連れ回され、その後急いで買いに行ったが既に完売だった。もちろん、アカデミーに向かったのはそのさらに後だ。
ここに来る前にも少し読み進めていたが、その続きが気になって気になって仕方ない。
「!?」
「……?どうした、早くかかって来いって」
「でも、あのさ?あのさ?なんで本なんか……?」
困惑するナルトに生暖かい視線を横目で送る。昼食は朝食じゃないから食べていいとか屁理屈言う子供より、素直な方が好ましい。
バカな子ほど可愛いとかいうやつだろうか。
「なんでって、本の続きが気になってたからだよ。別に気にすんな、お前らとじゃ本読んでても関係ないから」
つい挑発するような口調になってしまった。予想に違わず簡単にピキッと青筋が浮かぶのだから、まだまだ若い。
「ボコボコにしてやる……!」
怒りも露わに繰り出された拳を見ることもなく受け止める。続く蹴りを屈んでかわせば、当たらないことで苛立ったのかナルトは馬鹿正直に正面から突っ込んできた。
怒りは時に力になるが、戦闘時には冷静さを失わせるものだ。ナルトも同様で、先程の攻撃の方がまだ良かっただろう。若干の失望を滲ませて、カカシは動いた。
「あれ?」
「忍者が後ろを取られるな、馬鹿」
ナルトの背後に回りしゃがみ込んだカカシは、両手の人差し指と中指を立てて重ね合わせる。それを後ろ目で見たナルトの顔色が蒼くなった。
角度よし、体勢よし、バランスよし。カカシはナルトの様子には構わず、キラリと眼を光らせると狙いを定めて指を思い切り突き出した。
「せっ先生、虎の印ってば卑怯………」
「問答無用!木の葉隠れ秘伝体術奥義、千年殺し~っ!!!」
「ぎぃやぁぁぁ!!」
悲鳴を上げ───ナルトの姿は掻き消えた。
「なっ………?」
───影分身か……!
煙を上げて消え失せたのは、影分身。だとすれば、本体はどこに?一体いつ、入れ替わった?
その動揺が一瞬のスキを生んだ。
カカシの背にゾクリとした悪寒が走り、咄嗟にその場を飛びのいた。
それと同時に数本のクナイがその場を襲った。その内の一本が手を掠め、イチャイチャパラダイスを弾いていった。
(不味い、川に……!)
ゆっくりと本が舞う。落ちていくその先には川があった。いつの間にか誘導されていたのだ。
スローモーションのように見えるその光景に、カカシの目の色が変わった。
「うォォォ!」
カッと目を見開いて地面を蹴り、イチャイチャパラダイスに手を伸ばす。
借り物というのを抜きにしても、何せプレミアム版だ。限定ものは二度と手に入らない。それを水中に落とすなどファンとして論外だった。
あと一メートル。あと三十センチ。
───取った!!
「忍者は後ろを取られるな、だろ?」
イチャイチャパラダイスをしっかりと掴み取ったその時、片目を隠す額当てで死角となっていた、左後ろから聞こえた声。
白い手が伸びてきて、顔のマスクを剥ぎ取ろうとしてくる。今まで幾人もの忍が挑み、ことごとく守り切ってきたカカシの素顔だ。気付けば、反射的に空中で身体を捻りその腕をかわしていた。
プツリと紐の切れる音に、カカシは己の敗北を悟った。
(………まさか、本当に取っちゃうなんてね)
水面に着地し振り返れば、銀の鈴を手に残念そうに舌打ちするサスケがいた。その後ろ、クナイが飛んできたのと同じ方向にサクラ。
さっきまで立ちすくんでいた“サスケ”と“サクラ”もまた煙になって消える所で、少し離れた木の影から疲労困憊といった様子のナルトが出て来る。
つまり、最初からオレは一人だったという事か。
あの時のナルトもサスケもサクラも、全部ナルトの影分身。影分身に変化も織り交ぜるとは、そのスタミナも加え大したやつだ。
避けるタイミング、飛ぶ方向、距離。全てを計算しながらナルトを誘導し、最後に正確に本を弾き飛ばしたのはサクラだろう。サスケと並び筆記一位の頭脳は伊達じゃないらしい。
そして、完璧に気配を消しオレに近づき、マスクを剥ぎ取る代わりにまんまと鈴を掠め取っていったサスケ。中忍の域すらも軽く超えた隠形に背筋が寒くなる程だ。
荒削りだが、それぞれの長所を活かした見事なチームワークだった。誰か一人でも失敗したなら、成り立ちはしなかっただろう。
本当ならこの時点で合格だが、おかげでイチャイチャパラダイスを危うく濡らしてしまう所だった。限定モノで、借り物だというのに。
そう簡単に合格にしてしまうには腹立たしく、水面に立ったまま、カカシは半眼で鈴を持つサスケに問う。
「で、どうするつもり?鈴は二つしかないよ。お前は、ナルトとサクラどっちを選ぶの?」
「フン……。そんなの決まってるだろ」
長年兄弟のように過ごしたナルトか。
それとも、片思いのサクラか。
はてまた、自分が忍を諦めるのか。
或いは───。
幾つかの候補を考えていたカカシだが、サスケの出した答えはどれもが違った。
サスケは懐から取り出した何かをカカシへ投げた。ポンと放り投げられたそれをとっさに掴み取り、まじまじと見つめる。
驚いてサスケへ目を向けると、ニヤリとイタズラが成功した子供のように笑った。
「これで鈴は全部で四つだ」
サスケの手に、ナルトの手に、サクラの手に。赤い組紐のついた、銀の鈴があった。
全く同じ造型のそれが、カカシの掌の中でチリンと音を立てた。
「オレとサスケとサクラちゃん、それにカカシ先生。四人で第七班だってばよ!」
「一人でも欠けたら第七班じゃないわ!」
思いがけない言葉に目を丸くする。
それからブハッと吹き出したカカシはひとしきり笑った後、破顔した顔をあげた。
「ごーかっく!これにて演習終わり、全員合格!!よォーし、第七班は明日より任務開始だァ!!!」
“仲間を大切にしない奴は、それ以上のクズ”
……それを教えようと思っていたのに、逆に教えられてしまったようだ。
きっと、ずっとオレはミナト班のまま時を止めていたのだろう。オレの受けた鈴取り合戦を、そのままずっと続けているのがその証拠だ。
オレにとって、仲間は彼らだけだった。だから、投影していたのかもしれない。もしも、ミナト班となった時から本当に信頼していたのならば……仲間を大切に思えていたのならば。そんな自分の悔恨と願望を。
でも、今日からは違う。
───オレは、第七班の一人だ。
涼やかな音を立てる鈴を握りしめる。
目尻に浮かんだ涙はヘラリと笑って誤魔化した。
なぁ、オビト。リン。ミナト先生。
見ているか?
木の葉の里も、まだまだ捨てたもんじゃないみたいだよ。
オマケ:その後のピクニック
「それじゃ、先生もお腹すいたし天ぷら貰おうかな」
「……さっきのは嘘だ。サンマ、あんた好きだろ?」
「うん、ありがとね。……へぇ、美味しいじゃないの。そっちのお浸しも取ってくれない?」
「カカシ先生ずっるーい!ね、サスケ君、梅干しのおにぎり美味しかったわ。今度また作って、お願い!」
「ん〜先生、茄子の味噌汁ものみたいな」
「えーっと、じゃあオレは……」
「ナルト、あんたは毎日たべてんでしょうが!注文つけるなんてしゃーんなろーよ!」
「ねぇ、だったらみんなで食事会すればいいんじゃない?食費は先生出すからさ、頼むよサスケ」
「………仕方ねぇな。お前らも手伝えよ」
「おう!」
「ええ、喜んで!」
「火を使うときは先生呼んでね。見ててあげるから」
「カカシ先生、何楽しようとしてんだよ!」
ワイワイガヤガヤと重箱をつつく彼らは、第七班。
この日より、度々食事会が開かれるカカシの家は賑やかになっていったそうな。
※サンマ食べるカカシ先生は早すぎてマスクの下は見れませんでした(笑)