任務を終えた日暮れ。六年の時を経て、サスケは里とうちは地区を繋ぐ道を歩いていた。
だが、以前とは大分様変わりしたその地にサスケは驚きを隠せない。
里と一族の間にあった溝を表すかのように何もなかった筈の道の両脇には、今や真新しい商店や家屋が建ち並んでいる。
出ていく時は真っ暗だった闇は薄まり、今や仄かな光を放つ赤い提灯が、軒先にいくつも連なってうちは地区への道を照らしていた。
うちはの家紋を表す門が見えてくると賑わいは更に増した。
屋台が軒を連ね、うちは一族だけでなく木の葉の住民らが楽しそうにそれらを見て回っている。祭り囃子に合わせ子供たちの高い笑い声が聞こえる。
以前あった陰鬱さは鳴りを潜め、様々に入り混じった家紋はその隔たりを失っていた。
(………変わったんだな)
ナルトやサクラがはしゃぐ隣、サスケはその光景をしっかりと目に焼き付けながら再びうちは地区の門戸を跨いだ。
しばらくブラブラと歩いていると、南加ノ神社の近くに何やら部下らしき人たちへ指示を出しているイタチがいた。
いつもの紺の服ではなく、濃い臙脂色と黒を基調にした紋付き羽織袴を身にまとっており、うちはの次期長としての貫禄のある姿である。
しげしげと初めて見るその姿を眺めていれば、仕事は一段落したようでこちらへ歩いてくるイタチと目があって、嬉しそうに微笑まれる。それはもう、誇らしげに。
これが今の“うちは”なのだと言われたような気がした。
うちはも里の一部にようやく溶け込んだのだと。守りたかったものは確かに今もあるのだと、優しい目がそれを訴えていた。
「あっ!イタチ兄ちゃん!」
「やあナルト君、よく来てくれたね。サクラ君達もようこそ。今日は楽しんでいってくれ」
「それにしても、凄い規模だね〜。他国の商人も呼んでるの?」
「ええ。うちはの伝手を存分に使いましたよ」
屋台をよくよく見てみれば、水の国特産の真珠のアクセサリーや風の国の蛇使いなど、閉鎖的な里内では滅多に見ることの出来ない珍しい露店がたくさんある。
これほど人気があるのもそれが大きいのだろう。
何せ、任務以外で里の外へ行く者はほとんどいない。手続きなども面倒なもので、国同士睨み合いを続けている現状、気軽に旅行に行けるような時代ではないのだ。
そして、それを成したうちはのネットワークも充分驚異的なものだが、この祭りは里公認のものだというし、これも里との仲が上手くいっている証拠といえる。
カカシに奢ってもらった香ばしいイカ焼きを齧りながら、サスケ達はイタチの案内で様々な店を回った。
ナルトやサクラの両手は、綿飴やら焼きそばやらで一杯だ。
二人の小遣いは尽きていたが、それほど腹も減っていなかったサスケは特に買うものもない。屋台のものを『高いな…』と所帯じみた思いで冷やかしていた時、聞こえてきた泣き声にふと足を止めた。
「やだ、まだやる!」
「何回もやっただろ?もう小遣いないし、駄目だよ」
「いや!あれほしいもん!」
祭りの賑やかさの合間に二つの言い争う高い声が、『水ヨーヨー』と大きく書かれた看板の前から聞こえる。
行き交う人の群れを縫って近づけば、小さな人影が見えた。見たところ、どちらも黒髪黒眼で似たような顔立ちだから兄弟なのだろう。
アカデミーに入るか入らぬか程の兄は、困ったような顔で弟の腕を引っ張っているが、弟はひたすら駄々をこねてその手を振り解こうとしている。
だが、そんな様子よりも目が離せなくなったのは、その背にある家紋だった。
小さくも、しっかりと染め抜かれたそれはかつてサスケの背にあったものと同じだ。赤と白の扇模様、それはうちは一族であることを示している。
サスケが居た頃にはサスケ自身が最年少だった。ということは、その後に生まれた子供たち───かつては、生まれなかった筈の子供たちということだ。
もしかすると近い血筋なのかもしれない。血継限界の保持の為にうちはは近親婚が多かったから、どの道縁者である事は確定している。
想像を膨らませるのは存外楽しいもので、適齢期であった歳の離れた従兄弟達や叔父、叔母を思い浮かべていたサスケは兄弟の争う声が白熱してきていることに気付かなかった。
「だから!駄目って言ってるだろ!」
苛立ってきた兄が、ぐい、一際強く手を引いた。
それほど歳は離れてなさそうだが、幼い頃の数歳はかなりの差があるものだ。
勢い余って弟は投げ出され───立ち尽くしていたサスケに勢いよくぶつかった。
「ふ……ぅわああああん!」
「っ!ごめんなさい!」
倒れつつも咄嗟に受け止めたのだが、それでも手を少し擦りむいたらしい弟の甲高い泣き声が間近で耳に刺さる。
つい顔を顰めると、何を思ったか兄が青い顔で飛び出して弟を庇うように抱きしめた。
そんな姿を見せられてはこちらが悪者のようだ。
はぁとため息を吐けば兄がビクリと肩を揺らすのに、舌打ちしたくなるのを堪えてサスケは立ち上がって付いた土を払った。
「ご、ごめんなさ……」
「別にいい。それより………手、見せてみろ」
そう言ったのだが兄が固まったままなので、仕方なくひくひくと泣きじゃくる弟の手を掴む。更に泣き喚いて固く閉じようとする手を開かせれば、血が滲んでいるがそれほど深くはないようだった。
この程度ならばとサスケは反対の手をそっとかざし、チャクラをゆっくりと込めた。
「お、おい!何したんだ!」
我に返った兄がサスケを突き飛ばし、そして弟の手を見て絶句した。
「傷が……」
「あれ?いたくない」
弟も泣き止んで自分の手を見つめた。血こそ少量残ってはいるが、つるりとした綺麗な肌には傷はない。
それもそのはず、サスケが使った医療忍術で治ったからだ。
これはかつて、里に戻った際に妻から教えられたものだ。
適性はそこそこあった為に擦り傷や止血程度は出来るようになったが、深い傷は治せない。人の人体は複雑で、殺すことよりも治す方がずっと難しい。
キョトンとしている二人を尻目に、サスケは露店に入った。
水のたっぷり入った桶に浮かぶ水風船。二重になっているものもあれば、中の水がキラキラと光っているものもある。
なるほど、あの子供が欲しがるのも分かる訳だ。作り手のセンスと熱意が伺える、とても美しいものだった。
サスケは金を払って紙でできた釣り糸を受け取ると、浮かんでいたそれらを次々と掬い上げる。黄色、ピンク、青、緑、赤……店主の顔が泣きそうに歪んだ所でサスケは糸を切った。
あからさまにホッとしている店主から計七つの水風船を受け取ると、サスケは凄い凄いと釣る様子を見ていた弟へ一つ差し出した。
「やるよ。ただし、手を治したことは秘密だぞ」
貰えるとは思ってなかったらしい弟は大きな黒瞳を丸くして、やがて意味を理解すると歓声をあげた。
「ありがとう!」
満面の笑みを向けられれば、嫌な気はしないというもの。サスケも少し口元を緩めて柔らかな黒髪を撫でれば、くすぐったそうに目を瞑る。
やはり子供は泣いているよりも、笑っている方がいいものだ。
「お前、兄に感謝しろよ?俺からお前を守ろうとしたから、その勇気に免じてそれをやったんだ。次からはちゃんと言うことを聞け、いいな?」
「うん!兄ちゃん、ありがとう!」
「……ううん。兄ちゃんも怪我させてごめんな」
そう言って、兄弟は仲良く手を繋ぐ。
弟はどこまで分かったのか知れないが、兄はこちらに頭を下げた。歳に似合わずしっかりしている。
どこかイタチを彷彿とさせる奴だ。そう考えてしまえば、いい兄ではあるがそうした聞き分けの良さが少々腹立たしくなった。
だから、サスケは手を伸ばす。
ポスリといい具合に納まった手は、兄の頭をグシャグシャとかき混ぜた。
「ほら。お前のだ」
恥ずかしそうに俯いた兄の掌へサスケは水風船を置いた。手の中でキラキラと中の水が光を帯びる。
そういえば岩の国にこんな風に暗い所で光る鉱物があったから、それを溶かしたのかもしれないな、何て余計な事を考える。
今はただ、光り輝く不思議な玉でいい。いつの日にか自分で雲の国へ行って、その時にそんなちっぽけな発見をするだろう。
わぁと水風船を提灯の明かりに透かしている顔は年相応のもので、サスケは眩しげに目を細める。
やはり、子供は笑っていた方がいい。
兄弟の笑顔は水風船や宝石よりも輝かしかった。
◆
「サスケ君!よかった…」
「迷子になっちゃ駄目だってばよ」
「迷子じゃねェ」
「集団行動してる時に一人はぐれたら迷子っていうんだよ」
「……………悪かった」
兄弟と別れた後、サスケは自分が迷子として捜されていたことを知った。精神年齢的には百歳をゆうに超えているというのに……正直穴があったら入りたい程だ。
一言言っておけばよかったと後悔するが、後悔先に立たずとはよく言ったもので、カカシの指摘に反論出来ず唇を噛んだ。
だがよく考えなくとも悪いのは俺で、ホッとしたようなサクラを見れば随分と心配をかけたことは否めない。
素直に謝ったサスケにカカシはヘラリと笑ってうんと頷くと、じゃあ行こうかと何処かへ早足で歩き始めた。
ナルトとサクラも行き先が分かっているのか、早く早くと俺を急かす。南加ノ神社の方向だ。そちらへ向かうごとに人混みも増してきて、人を避けながら神社への階段を駆け上がる。
パシャパシャと水風船が揺れて音を立てた。
「サスケ君、こっちこっち!」
「おい、どこに行くんだ?」
「見りゃ分かるってばよ!もう始まっちまうから急げって!」
「始まるって……」
何が、とは聞けなかった。聞く必要もなかった。
静まり返った境内の中央に建てられた、成人男性の頭くらいある高さのステージ。その上には見覚えのある臙脂色の羽織と、それと対比するように黒に近い濃藍色の羽織があった。
イタチとシスイが静かに佇んでいた。
その手に剣を、その眼に紅を宿しながら。
ピリピリとした緊張感が漂う。
固唾を呑んで見守る観衆の中で、ドン、と太鼓が鳴った。それを合図に彼らは、動いた。
忍としての動きどころか、一般人からしてもゆっくりとした動作で二人は剣を交わした。
しかしどちらもスキ一つなく、速度は遅いというのに、いつの間にか剣は相手の急所を突いている。それを防ぐ動作さえ無駄な動きは欠片もない。
刃が翻り、受け止め、流し、突き、避ける。剣さばき、足使い、呼吸、揺れる着物の裾さえもが全て一つの世界として完結していた。
息を吸うことさえ忘れて、誰もが見入る。
キンと澄んだ音を立てて剣の煌めきは鞘に消えたが、それすら余韻で認識が遅れた。
一瞬の間の後割れるような拍手が轟き、サスケはようやくこれが剣舞であったことを悟った。
だが、剣舞と言ってよいものか非常に悩ましい所だ。
剣舞にしては鋭く、殺陣にしては滑らか。殺陣にしては穏やかで、剣舞にしては緊張感が有りすぎる。
だが、それらは全て二人の実力を指し示していた。
イタチと戦った時の比ではない。
友と切磋琢磨し、経験を積み、身体を休める。それが心身共に強くなる全てだ。劣悪な環境下であった以前よりも強くなっているのは道理と言える。
イタチには、更に上があったのだと思い知らされる。
───戦いたい。
ゾクリと背が粟立ち、指先が震えた。
俺もウスラトンカチ……生来の負けず嫌いだ。忍の血がざわざわと沸き立った。
一人武者震いと上がりかけたチャクラを押さえ込んでいれば、いつの間にやら主役二人は降りてきていた。
ステージでは次の演目だろう、先程の剣舞の緊張感を解すような優美な舞が繰り広げられている。周囲もその美しさに見とれ、二人には気付いていない。
「よっ!カカシ、お前も来てたのか」
「まぁね。夜遅くなりそうだから、こいつらの付き添いだよ」
「へぇ、お前らがカカシの部下か。ホント不運だな〜、こんな遅刻魔の上司、俺だったら御免だよ」
「ちょっと、不運は言い過ぎでしょ。イカ焼き奢ってやったいい先生じゃないの」
うちはシスイとやけに親しそうなカカシに少し意外に思う。
だがまぁ、歳もそこそこ近そうだし、どちらも暗部経験者。友人関係にあってもおかしくはない。
はじめまして〜とひらひら軽く手を振るシスイは、俺の事は既に聞いていたのだろう、顔色一つ変えなかった。
6年前と変わらない笑顔を浮かべる彼は、顔つきも精悍な大人のものだというのにどこか子供っぽい。だからか、すぐにナルトも懐いたらしく、ワイワイと先程の剣舞の話で盛り上がっていた。
「あ、あのっ!」
「ん?どうした?」
その最中、唐突に先程から黙り込んでいたサクラが口を開いた。
改めて見やれば、どういう訳か顔を赤く染めて、緊張したように拳を握りながらシスイを強く見つめている。
何故だろう、その表情に嫌な予感がした。
「あの……ありがとうございました!!」
「へ?えっと、どういたしまして?」
突然礼を言われたシスイは混乱しているようで、心当たりのなさに首を傾げながらもそれに応えた。
だが意味がよく分かっていないことはサクラも理解していたのか、ぐいとシスイに詰め寄る。熱っぽい眼差しに、シスイも何かを感じた様で顔を引き攣らせて一歩下がった。
「覚えてないですか?昔、木の葉神社で迷子だったのを助けて下さいましたよね?」
───探したい人がいます。
自己紹介をした時の、サクラの声が蘇った。
木の葉神社で、迷子。身に覚えの有りすぎる記憶に、サスケの背にダラダラと冷や汗が流れる。
間違いない。三代目にささやかな暗示をかけた、あの正月。確かに俺はサクラに会った───シスイの姿を借りて。
当時、うちは地区は見張られていた。夜明けに門をくぐるのが六歳児や、見知らぬ人物では不審に思われる。一族の他の奴など論外だ。
イタチは任務に出ており、警戒がされていない者などあの時一人しかいなかった。
「木の葉神社?あー、まぁ知ってるけどさ、行ったことはないから人違いだと思うぞ?」
「だって……お正月、初詣で……!」
「初詣ならやっぱ違うな。俺達はここ、南加ノ神社でやるからさ」
でも、と食い下がろうとしたサクラだが、何も言えずに黙り込んだ。
後悔先に立たず。悲しそうなサクラを見ながら本日二回目、そんなことを思った。
俺だと言うことも出来ず、シスイだと言うことも出来ず、サスケはすまないと心の中で呟いた。
◆
「あ〜、楽しかったってばよ!」
「花火も素敵だったわね!ねぇねぇサスケ君、何が一番よかった?」
「俺は……剣舞だな」
「イタチさんもシスイさんもかっこよかったもんね!私は金魚すくいかなぁ。サスケくん凄かった~!」
「この黄色いのがオレ、赤と白のがサクラちゃん、黒いのがサスケっぽいよな」
「全く……。先生にタカるんじゃないよ」
カカシの文句はスルーして、ナルトがつんつんと突く袋の中には金魚が三匹。小遣いの尽きた二人に代わりカカシが金を出し、サスケが代わりに取ったものだ。
嬉しそうな二人へ金魚の飼い方をレクチャーしつつ、帰り道を三人並んで歩いていく。
縁日の金魚は早く死ぬと言われているが、なるべく元気そうな奴を選んだつもりだし、構いすぎたりしなければ結構しぶとく生きるものだ。
そういや要らないバケツがあったな、餌も買って来ねェと、とサスケは内心飼う気満々だったりする。
そんな風に歩いていた時。
うちはと里を繋ぐ土手道の途中、貯水池が見えてきた。西の空へ傾く月が水面と桟橋を淡く照らしている。
思わず立ち止まったサスケに釣られるようにナルトとサクラ、そしてその後ろを歩いていたカカシも歩みを止める。
「サスケ、どうしたの?」
「いや……何でもない」
ここは豪火球の術を習得した場所でもあり、そして俺とナルトが初めて互いを認識した、孤独の象徴とも言うべき場所だ。
だが、今は違う。俺もナルトも、一人じゃない。
「あっ!流れ星!」
早く帰ろうと声をかけようとしたその時、サクラが東の空を見上げて叫んだ。
咄嗟に指差す方へ目を向けたが、既に流れ星は過ぎ去った後だった。
「流れ星か、ラッキーだったね。願い事は出来た?」
「あっ……忘れてた……!」
「願い事?どういう意味だってばよ?」
「星が流れる間に三回願い事を言うと、その願いは叶うと言われている。……まぁ、迷信だがな」
流れ星は瞬きの間に過ぎ去ってしまう。だからそもそも、三回も願い事を言えないのだ。
だというのに、ナルトの視線は空を彷徨う。今度こそ帰ろうと促そうとした所で、ナルトがあっと声を上げた。
「火影火影火影!!!」
何だそれ、と吹き出しそうになった。
だがなるほど、確かに単語だけなら三回言い終わっている。
「アンタね……そんなんでお星様に伝わる訳ないじゃない……」
呆れたように肩を落とすサクラだが、早くも瞳は上を見ている。
続いて苦笑するカカシも“星がいつものナルトを見てたら、伝わったかもね”と言いながら流れ星を探し始めた。
だから俺も、夜空を見上げた。白い光が空を過ぎるのが見えた。
「火影火影火影!!」
「恋恋恋!!!」
土手の上でも桟橋でもなく、川表に四人並んで座りこみ、多くはないが俺たちはいくつもの流れ星を見つけた。
普段こんなに流れ星は見えない。きっとこれは流星群と呼ばれるものなのだろう。
隣に腰かけていたカカシをちらりと横目で伺えば、口が“リンリンリン”、“オビトオビトオビト”と動くのがわかった。
星どころか、俺たちにすら届かない小さな音だ。だが、その内のひとつが叶うであろう未来を俺は知っていた。
一方の俺は、口を動かすことすら出来ていなかった。
目はいいからきっとナルト達よりも流れ星は見えている。だが、肝心の願いが言葉に出来なかった。
俺が望む未来とは一体何だろう。
このまま暮していき、辿り着けるものなのだろうか。
うちはが生き残っている今、俺の知る未来からは遠く離れてしまっている。この祭りだって無かった筈で、ここに来ることも無かった筈だ。あの子供達だって見たことなんかない。
未来は既に狂い始めている。
俺が火影に暗示をかけたあの正月、サクラにこの世界で始めて逢った日。いや、もしかすると俺がこの世界で目を覚ましたあの瞬間から。
娘、孫、曾孫……彼らに会うことが出来ない可能性だってある。仮初でも、平和なあの未来が消え去るかもしれない。
選んだ道が正しいのか、間違っていたのか。それさえ俺にはわからない。
───その時が来るまでは。
そしてその刻が来てからでは、最早何も変えることは出来ないのだ。
「サスケ、お前は何願ったんだ?俺はさ──」
ただ言葉もなく流れ星を追うサスケに、ナルトが無邪気に尋ねてきた。
ナルトは願いを言い尽くした様で、ホクホクと自分の願いを指折りながらつらつらと言い募る。
火影になること、一楽のラーメンを腹いっぱい食べること。ピーマンが食事に出ないように、金魚がすくすく育つように、もっと背が伸びて俺を抜かせるように……等々。
良くもまぁ、これほどスラスラと出て来るものだ。
だが一言言うとすれば。
「背は無理だろ」
「分かんねーってばよ!ほら、オレだって身長伸びて来たし!後で悔しがって泣くなよな!」
そう言うナルトの方が今にも泣きそうだ。
意外とチビなのを気にしていたらしい。だが、それには栄養不足が大きく関係していたのか、“前”よりはナルトの背も伸びていたりする。
サクラよりも低かった筈だが、今やサクラと同じくらい。俺にはまだ及ばないが、いずれは抜かされる日が来るのかもしれない。
それは少し悔しいが、実を言えば満更でもない。その伸びた身長は俺の栄養管理の賜物だ、弟子に追い抜かされるようなそんな達成感すらある。
そんな会話を中断させるように、サクラがそれでサスケ君は何を願ったの?と訊いてきた。
正直に何も、と答えたのだが、信じられないとばかりに二人は煩く騒ぎ始めた。
「『目つきが良くなるように』とか?」
「『甘いものが好きになるように』よ。食べさせっこは乙女の夢だもの!」
「いやいや、『素直な子供になるように』でしょ」
「分かってないよなぁ、カカシ先生は。ツンデレこそサスケだってばよ。素直なサスケなんて気持ち悪……ぃ…ってぇ!!」
「黙れ」
好き勝手言うナルトへに鉄拳制裁を下しつつ、サスケは流れ星を探した。
暗い空の一点がキラリと光った瞬間、スウと息を吸う。
「今今今!!!」
言い終わると同時、光が途絶えた。
「今???どういう意味だってばよ?」
「フン、自分で考えろウスラトンカチ」
不思議そうにするナルト達を残して、サスケは立ち上がって同じ姿勢でいたからか凝った身体を解すように息を吸って伸びをした。
水辺独特の匂いをはらんだ清涼な夜風が肺を満たしていく。先程の悩みがすっかり消えていることに気付いて、サスケはクスリと笑った。
今、この瞬間がいつまでも続くように。
そんな叶うはずもない、馬鹿なことを願った。
「もっとさもっとさぁ!明るければもっと綺麗に見えんのかな」
「馬鹿ね、明るい所で流れ星なんか見れないわよ。太陽の光に負けちゃうもの」
「昼は難しいかもしれないな。でも、任務帰りとかで夜明けになら、何度か見かけたことある」
「えっ!?夜明けに流れ星なんて見えるんですか!?」
「うん、綺麗だったよ。どうしてかまでは分からないけどね」
「じゃあさ、また今度みんなで見に来ようぜ!」
「フン……まぁ、悪くはないな」
「じゃあ任務集合時間、もっと早くしてみようか?」
「カカシ先生ぜってぇ遅刻する気だろ!」
「それじゃ意味ないじゃない。第七班全員で見ないと!」
「ハハハ、冗談だよ。冗談!」
「夜明けの流れ星、か。いつか……探してみるか」
白い筋を残して一瞬の内に途絶える星を背後に、俺たちは他愛もない約束をして帰路についた。
───約束、約束、約束。
そんな願い事を口ずさみながら。
◆
叶う保証など何処にもありはしない。
だというのに、俺たちはいつだって願い続け、それは幾つも積み重なっていく。
人の望みは途絶えることなくこの世界を巡っていて、時に重なり合い、すれ違い、そして時に───反発し合う。
その結果など誰も知りはしないのだ。
それを教えるように、誰も見ることの出来ない雲の上でまたひとつ、星が堕ちた。
ほのぼの終了。
次話から中忍試験編開幕!物語が狂ってきます。
※本作は訳あって、うちは地区編→七班編→中忍試験編→…………→波の国編へと続いていきます。途中はナイショ〜(*´艸`*)
どうぞご了承ください!