本年もどうぞよろしくお願いします(*´ω`*)
吾輩は猫である。
名前はある、主人から貰ったアナゴという大切な名前だ。
自慢なのは真白な毛並みに翠の目。いつも手入れしているから触り心地も保証しよう。
今やこの木ノ葉の里を闊歩して撫でられない日がないほどの、ちょっとした人気者となっている。
しかしながら、こんな平穏に生まれてからずっと浸っている家猫と同列に扱うなかれ。
ここまで至るのには大変な苦労を伴っているのだ。
吾輩が生まれ落ちたのはおよそ十数年前。
物心ついた頃には既に下水の流れる橋の下で息を潜めていた。母も父も覚えていない。ただひとり、生き抜くために食べ物を必死に探す日々を送っていた。
汚いネズミを狩り、時折流れてくる亡骸から食料がないかを漁る。そして食料がないのは人間も同じで、吾輩を捕まえて食べようとする輩から逃げ惑い、夜はくたびれ果てて寝床である洞窟で身体を丸めて眠った。
そんな過酷な日常のとある日暮れ、吾輩はついに追い詰められていた。それが生きるために食べようとするのなら、百歩……いや一万歩譲って良しとしよう。
しかし、その時のピンチは少しばかり変わっていた。鈍色に光るクナイを向けていたのは、額に銀のプレートを着けた“忍者”と呼ばれる者たちだった。
何でも、重要な作戦の打ち合わせをしている所に吾輩が居合わせてしまったのが原因らしい。
だが言わせてもらおう。吾輩の気配に気づかずにそんな大切な情報を話すな、いい迷惑だ。
それに、そんなに腑抜けた輩ではどの道任務など失敗するに決まっている。むしろ、聞いた限りでは囮……単刀直入に言えば捨てゴマ扱いではなかろうか、と思ったものである。
閑話休題。
確かに一時の油断が命運を分けると言っても、流石にただの猫やらネズミやら犬やらを殺して回るなど愚か者のする事だ。
問題だったのは、吾輩がただの猫ではなかったという点である。
そう、吾輩は生まれながらにチャクラというものを持っていたのだ。チャクラの源泉である秘境で生まれ落ちた動物はそうした特徴があり、頭脳も戦闘力も人間に引けを取らなくなると聞いたことがあった。
親が忍猫だったか、先祖返りか、それとも秘境で生まれて捨てられたか………真偽はわからない。
だがしかし。吾輩は猫である。たまに喋って猫や人間に仰天され気味悪がられた事はあれど、チャクラのチの字も知らなかった猫である。子猫である。
戦う術など小さな牙と爪くらいのもの。今まで息を潜め、死ぬもの狂いで走って凌いできたが、相手は戦闘のプロである忍だ。
脚をクナイが掠め、痛みにもつれ転んだ所で早々に吾輩は諦めた。
近づいてくる刃に短く辛い人生であったなぁと黄昏れながら、苦しまず死ねるようにとそう願ったのだ。
───だが、吾輩は死ななかった。
刀を向けていた二人の忍は動きを止めていた。
ピクリとも動かず、目の焦点は合っていない。
『ん?忍猫……いや、野良か。珍しいな』
そしてそれを成したであろう男は、毛を逆立てる吾輩には頓着せず近づいてくると、薄汚れていた毛並みを撫でて頬を緩めた。
その手が大きく、そして暖かかったことを吾輩は鮮明に覚えている。
『おいで。怪我の手当てくらいならしてやろう』
それが吾輩と主人の出会いであった。
そして、吾輩は忍猫となった。
どうやら諜報活動の才があったらしい。修行してみれば気配を殺すことにかけては誰にも負けず、戦禍の中を駆け回る主人の役に立とうと努力した結果、かなりの功績を残したそうだ。
とは言えど、余り興味がなかったが為によく覚えてはいない。吾輩にとって戦績よりも一杯の猫まんまのほうがよほど価値がある。
やがて長き戦が終結し、吾輩はとある婆に預けられた。
婆は優しくそこにいた沢山の忍猫も親切にしてくれた。寂しくはあったが、吾輩の為を思っての事だろうから仕方がない。
仲間と共に修行し、忍猫の知識を教えてもらう静かな日々が続いた。
時折訪ねてくる主人に褒められれば嬉しいし、強くなることは安心感を与えてくれた。
そんな平穏な毎日を送っていたある時だ、主人が下の子供を連れてきたのは。
クリクリとした大きな黒い目が吾輩たちを映し出す。嫌な予感がした吾輩は咄嗟に逃げた。
その行動は正しかったようで、その子供の兄とやらが肉球集めなんぞを言い出し、仲間達が次々とヤられていく様子に吾輩は震え上がった。
主人の子供を傷つけることは出来ないし、肉球を取られるなどという屈辱も御免被る。
仲間の憤死する騒がしい声を聞き届けて、結果、吾輩は旅に出ることにした。
それから数年。数多の国を彷徨い、そこそこ強くなったという自負がある。
だが、歳は何処にいても取るものだ。猫の寿命は人間のそれに比べればとても短い。節々に違和感を感じ始め、そろそろ引退であろうと吾輩は遂に帰ってきた。
そして、ふと気になっていた事をひとつ婆に尋ねたのだ──が。
『あの子は死んだよ。まだ六つだってのに………むごいことだよ』
沈痛な声に吾輩は言葉がなかった。
あの騒がしく傍迷惑な、主人の血を引く子供。
だが、そそっかしい所が妙に庇護欲をそそり、影よりずっと見守っていた。笑っていれば心がポカポカと暖かくなったし、泣いていれば仲間に紛れて尻尾を巻きつけた。
あの子供が死んだなど信じられなかった。
いてもたっても居られず、すぐさま吾輩は木の葉の里へ向かった。
そして───見つけたのである。
屋根を駆け、とあるアパートに辿り着く。
その中のひとつ、プチトマトの苗が置いてあるベランダへ飛び降りていつものようにガラスを引っ掻こうとしたのだが……ふと、見慣れぬバケツに気がついた。
覗いてみれば、そのバケツには黒い金魚が気持ち良さげにスイスイと泳いでいた。
吾輩は猫である。早く動くものを見てしまえば、手を出さずにはいられないのが本能だ。
片手を持ち上げてそっとタイミングを伺い、水面に浮かんできた所でパッと素早くパンチを繰り出した。
「こら。何やってんだよ」
脚が水面に届こうとした瞬間、ガラリと開いた窓の音に金魚は驚いて水草の影に隠れてしまう。
そして首の後ろをグイッと持ち上げられて、あっという間に目線が高くなる。
あと少しだったというのに、と若干恨みがましい視線を送るが、吾輩の首根っこを掴む少年に逆に叱られた。解せぬ。
「ったく。腹でも減っているのか?」
呆れたようにため息をついて、待ってろ、そいつにちょっかいかけるなよ、と念を押して部屋に戻った少年が取ってきたのは吾輩の大好物である鰹節だった。
空腹ではなかったが、好物となれば別腹というものだ。あっという間に完食すれば少年は吾輩の頭を撫でた。
「どうだ、満足したか?」
その手はまだ小さいが、主人と似た優しい手つきにゴロゴロと喉が鳴った。
そう、この少年こそ主人の子供だ。
生きていたのだが、諸々があり一緒に暮らせないのだと主人から聞いた。誰にも秘密のことであるから、吾輩はチャクラを封じてただの猫としてうちはより通っているという訳である。
全く、人間とは難儀なものだ。
意に沿わなければ里でも国でも出ていけばいい、食料を得るための力もあるだろうに。
思う通りに動くことが出来ないというのに、何故人間は我慢なんてものをしているのだろう。
吾輩は猫である、だから理解は出来ない。
理解は出来ないが、人間はひとりでは生きられないのだと主人は言っていた。これが互いを想っての結果なのだとすれば、それも必要なことなのかもしれない。
「なんだ。もう行くのか?」
「ニャ」
「………じゃあな」
若干残念そうな少年の手を舐め、フルリと尾を揺らしてベランダの柵へ、そして屋根に飛び上がった。
ぐるりと見渡しのよいそこから空を眺める。東の空は明るく染まり、ところどころ筋雲が伸びている。風に乗って水の匂いがした。
朝焼けや雨、夕焼けや晴れ。
もうすぐ雨が降るだろう、早く帰らねば。だが、きっと明日は晴れるだろう。明日も駄目なら明後日が。
いつかは晴れる。空を見上げて、いい天気だったらその日は一日中ここで昼寝して、あの黒い金魚をからかいながら他の猫から守ってやろう。だから。
うちは地区へ続く屋根を歩きながら、ベランダから見送るサスケを振り返った。
───また来るよ。
出せない言葉の代わりに、今日も吾輩はニャアと鳴く。