23.消えぬ温もり
今日の任務も滞りなく終わり、第七班は帰路についていた。
……いや、滞りなくもなかったか。草むしり中に庭のハーブをナルトが誤って抜いてしまったり、川のごみ拾いでナルトが流されたりなどトラブルも確かにあった。
しかし、抜いたハーブの中に毒草が混じっていたことがわかったし、滝に落とされないようにと我武者羅に足掻いたナルトはその弾みで何故か水面歩行モドキが出来た。
終わりよければ何とやらだ。
「さーってと!そろそろ解散にするか」
夏の日は長くまだ明るいが、時間としてはもうすぐ十七時になる。そう解散を告げてカカシは去った。
伝達鳥がカカシの頭上を旋回していたから、急な呼び出しが入ったのだろう。今頃火影邸に向かっているんだろうな、等と考えながら帰ろうとしていると、サクラに呼び止められた。
「サスケ君、待って!ねぇ、あの……これから、私とふ・た・りでぇ───」
「サックラちゃん、サスケェ!なあなあ、修行しようぜ、修行!今日のさ、今日のさ!スイメンホコーってやつ、忘れねーうちに練習したいんだってばよ!!」
何かを言いかけたサクラと追いかけてきたナルトの言葉が被さり、サクラの額にピキリと青筋が浮かびあがる。
「ナルト、あんたねぇ……!いっっつもサスケ君といるんだから、少しは気を使いなさいよォォ!」
「ええ?でもさ、一緒に住んでるんだし仕方ねぇってば………ギブギブッ!サクラちゃん何で怒ってるんだってばよ!?」
「うっさい!馬鹿ナルトのくせに羨まし過ぎんのよッッ」
いつもの如くサクラがナルトを締め上げる。そんな騒がしい二人をいつもの如くスルーし、サスケは考えた。
サクラの言葉は途中で遮られ聞こえなかったが、どうやらどこかに行きたかったようだ。
ナルトは水面歩行の修行か。若干早い気もするが、モドキでも出来ていたのだからコツを忘れぬ内に練習するのが一番だ。
───だが。
「今日は無理だ」
「「ええ、なんで!」」
ピッタリとハモって聞き返すナルトとサクラ。
だが、駄目なものは駄目だ。今日はそう、何にも変えられない日。
「今日はな────特売なんだ」
ガックリと肩を落としながらも、渋々納得したナルトとサクラは温泉街の方へと歩いていった。
まぁ、そうだろう。明日はカカシの家で恒例の月一夕食会だ。買い出しに行かねば夕食会が無くなるとなれば、納得せざるを得ない。
そして何やら話し合いの結果、二人で修行することになったらしい。サクラのチャクラコントロールはこの時からずば抜けており、水面歩行もすぐに会得する筈だ。ナルトに教えるのも上手いだろうから適任といえる。
サクラがナルトに写真がどうとか迫っていたが、サクラの顔が恐ろしかったのでその場を辞退した。寒気がするのは気のせいに違いない。
二人と別れ、そんなこんなで群がる奥方達の間をぬい特売品を無事確保し、ホクホクと両腕にスーパーの袋を携え帰路についていた時。向かいの小道から何やら騒がしい声がした。
何事かと覗いてみれば黒装束の男と、そいつの腕に捕まっている子供。その奥にいるのは大きな扇を担いだ金髪の女。
一瞬誘拐かとも思ったが、よくよく見れば全員とも見覚えのある顔だ。
「いてーじゃんクソガキ」
「やめときなって!後でどやされるよ!」
「うるせーのが来る前に、ちょっと遊んでみたいじゃん……」
「ぐっ……う……」
チンピラよろしく口角を上げて子供の襟首を掴み上げているのは、砂隠れの忍、カンクロウ。それを呆れたように見ているのは同じく砂隠れの忍、テマリ。
そして捕まっている子供は、いつもナルトについて歩いているアカデミー生の木ノ葉丸だった。
見覚えのある光景だ。
そう、あれは確か───中忍試験の始まり。
(もうそんな時期か……)
日付までは覚えていなかったが、コイツらが居るなら中忍試験がいよいよ始まるということだ。
だが、あの時はナルト達が先にいた筈だが、今や温泉街で修行中。三人以外の姿は───木の上のやつを除いて、他には見当たらない。木ノ葉丸といつも一緒にいる子供二人さえもいないようだった。
こんなところでも歴史が変わっているのかと、今後の試験に不安がよぎるも、拳を握ったカンクロウにそんな場合じゃないなと気を引き締めた。
「チビって大嫌いなんだ。オマケに年下のくせに生意気で……殺したくなっちゃうじゃん」
振り上げられる拳。
それが下ろされる前に足にチャクラを集め、サスケは動いた。
「くっ……」
「よそんちの里で何やってんだ、てめーは」
「サスケの兄ちゃん……!」
当てた石礫により腕から落とされ、咳き込む木の葉丸を抱え上げて距離を取る。
傷は負っていないようだ。それに安堵しながら後手に袋を預けると、小さな手はそれを取り落としグシャと卵が潰れた音がした。
ちらりと見下ろせば、その手も足も震え顔は青ざめている。まだ子供だ。倍の背もある奴に殴られそうになったのだから、怯えていても仕方がない。
考えなしだったな、とため息をついたが何を思ったのかビクッと木の葉丸が肩を揺らす。
何か誤解させてしまったようだが、訂正するのは後だ。
「ムカつくガキがもう一人……」
殺気と共に飛んでくるチャクラ糸。
それを危なげなくクナイで切り落とせば、カンクロウの表情が変わった。
「へぇ……木の葉にも結構やる奴いるじゃん。……本気で潰したくなる」
「おい、烏まで使う気かよ!」
カンクロウが背の傀儡を外そうとするのをテマリが焦って押し止める。
だが、他里で面倒を起こす気は、今のところなかったのだろう。木の上で動いた気配を感じ取ったサスケは、必要のなくなったクナイを仕舞った。
「やめろカンクロウ。里の面汚しめ……」
濃密な殺気を纏い、そいつはサスケの前に降り立った。
赤い髪、その身の丈に合わぬ瓢箪、目の縁にくっきりと浮かび上がる隈。
────我愛羅。
「喧嘩で己を見失うとは呆れ果てる……何しに木の葉くんだりまで来たと思っているんだ」
「でもよ我愛羅、ヤラレっぱなしなんて……!」
「黙れ……殺すぞ」
我愛羅の殺気がカンクロウに向く。だが、それは同時にこちらにも向けられている。
暗く冷たい殺気は、まるで世界の全てを拒絶しているかのようだ。
「わ、分かった……オレが悪かった」
「ご……ゴメンね…」
何か言いたげにしていたカンクロウも、我愛羅の鋭い睨み一つで後ずさる。
それを尻目に、サスケは嘗ての友をじっと見つめていた。
『サスケ。お前はオレとよく似ている……この世の闇を歩いてきた者』
『だからこそ、小さな光明ですら目に届くはずだ。昔も、そして今も』
昔、五影会談を襲撃した時。語りかけた我愛羅の言葉を、涙を思い出し胸の奥が痛くなった。
振り返った翠の瞳は暗く淀んでおり、復讐に狂った嘗ての自分が重なって見える。
「お前………名は」
殺気を纏った狂暴な瞳がサスケを貫いて、それに肩を竦めたサスケは片手を差し伸べて微笑んだ。
「サスケだ。よろしくな」
まるで信じられないものを見るかのように、その手を見下ろす翠眼が揺れる。
握手というのは相手への敵意がないこと、親愛を示す為に行われるものだ。殺気を向けてくる相手にするものじゃないことは承知している。
それでも、サスケはその手を降ろすつもりはなかった。
(我愛羅。俺は───お前の友になりたい)
サスケは人柱力じゃないから、その孤独と苦しみは本当には理解できないものだ。
だからきっと、そんなしがらみから救えるのは、光になれるのは、ナルトなのだと理解している。
だが、それでも。憎しみを糧にした者だからこそ、わかることもあった。
憎むということは辛い。酷く疲れて、酷く虚しい。それでも、止まれなかった。痛みも無視して憎み続けた。それが、自分の生きる理由だった。
きっと同じ生き方を選んだサスケは、我愛羅を救うには力不足だ。
それでも、同じ思いを知る者として、ほんの一時休めるくらいなら出来る筈だから。
◆
我愛羅は最初から眺めていた。子供がカンクロウにぶつかって、首を掴み上げられる所から全てを。
止めることはいつでもできたが、やってきた木の葉の忍に少し興味が湧いた為に様子見したのだ。
カンクロウの腕に石礫を当てたその瞬間。我愛羅は己の直感は間違っていなかったと、暗い愉悦に唇を歪めた。
───強い。
その動き一つ一つに隙がなく、石を拾った瞬間もクナイを掴んだことさえも、我愛羅は認識できなかった。
身体がうずく。アイツと戦う……俺もただでは済まないだろう、けれどそれを捻じ伏せたなら───生の実感はどれ程か。
それを考えるだけでゾクゾクして、殺気を剥き出しに降り立った。
………なのに何故。差し伸ばされた手に、我愛羅は困惑するばかりだった。
殺気に怯みもしない、それどころか突然現れたことに驚きもしない。まさか、最初から気づいていたとでも言うのか?
何故、殺気を向けているのに警戒しない。何故、笑える。危機感が足りない馬鹿なのか?
一番おかしいのはこの手のひらだ。
自ら触ろうとする者なんて……、微笑む者など、今までたった一人しかいなかった。
夜叉丸の顔が途端に蘇る。その黒い瞳と瞳が重なり、我愛羅は動けなくなった。
「が、我愛羅?」
テマリの遠慮がちな声にハッと意識を戻す。差し伸ばされた手をじっと見下ろす。
このまま去ってもいい。だが、それでは逃げるかのようで何だか許せず、我愛羅は重い手を持ち上げた。
「………砂瀑の我愛羅」
そう名乗って触れる刹那、何故か躊躇いが生じた。
胸がざわりと騒ぐ感覚……怖い?こんな無防備な手にこの俺が怯える?そんな筈がない。あり得ない。
一瞬宙に二つの手が漂う。そんな我愛羅の躊躇をかき消すように、サスケはその手を掴んだ。
「よろしくな、我愛羅」
久方ぶりに触る生きた人の温もりに。サスケの嬉しそうに緩む口元に。動揺した心を押し隠すようにその手をすぐに振り払う。
苛立っていた。
それが何故かなんて分からない。ただ、握った手の温度が消えない。
「……行くぞ」
感情が乱れ溢れて、うちに秘めた“母”が目覚めるかと思ったのに。先程まで殺気に黒黒と渦巻いていたチャクラが、突然凪いだことに我愛羅は混乱した。
足早に戻ってきた宿の前で、どうしたんだと騒ぐカンクロウとテマリを振り払い、我愛羅は宛てがわれた部屋の襖をピタリと閉める。
(……温かかった)
消えない温度をかき消すように拳を握りしめた。
憎しみしかない、その筈だ。それなのに向けられたサスケの笑顔に、殺した筈の昔の───夜叉丸を信じていた愚かな自身が胸の奥で騒ぎ出す。
ぐるぐると巡る思考に我愛羅が目を閉じた途端、睡魔が襲う。いつも微睡んだ途端に呑み込もうとするチャクラが、今は何故か静まり返っていた。
襖を背にズルズルと座り込んだ我愛羅の意識は、瞼の裏に溶けていった。
『我愛羅様』
その日、我愛羅は生まれて初めて深く眠り───生まれて初めて、夢を見た。
ちっぽけな過去の記憶を。
「……夜叉、丸………」
愚かだったとしても。
その記憶は確かに、温かかった。
◆
砂隠れの三人が去って、ようやく木の葉丸は動けるようになった。
本気の殺気を初めて感じた。これが忍かコレ。
怖かった。けれどそれ以上に、向けられる背中が格好良い、そう思ったんだ。
そんな思考を読み取ったように、サスケが振り返る。
「怪我はないか?」
「うん!あ……サスケの兄ちゃん、コレ……ごめんなさい」
足元に落ちたままだったスーパーの袋を差し出す。
そうだ、さっきはため息もついていた。きっと呆れられたんだろうなコレ。
怒っているかもしれないと、袋を受け取るサスケをそろそろと見上げれば───キョトリと大きな目を瞬いていた。
「ん?ああ、これか。気にするな」
「でも卵割れちゃったんだな……」
「まぁ、全部じゃないだろう。幾つか残っていれば大丈夫だ」
大したことじゃない、とクシャリと頭を撫でてくる手が温かい。ジジイと何だか似た撫で方に安心して、ホッと息をついた。
ナルトの兄ちゃんのところに行くとき何回か会っただけで、話すのはこれが初めてだった。
ナルト兄ちゃんからおっかないとか、強いとか、ライバルだとか聞いていたから緊張してたけど、話してみればジジイみたいに穏やかな人だった。それにイケメンなんだな、コレ。
兄ちゃん達のアパートと俺の家は方角が一緒だから一緒に帰ることになった。
サスケの兄ちゃんの持っているスーパーの袋が俺の頭と同じくらいの位置でガサガサ鳴る。一個俺も持つことにしたら、さっきは緊張してて気付かなかったけど意外と重かった。
「こんなに買ってどうするんだコレ?確かナルトの兄ちゃんと二人で住んでるんじゃないの?もしかして……コレ?」
サスケの兄ちゃんなら一人二人いてもおかしくない。
そう思ってピッと小指を立てたら、馬鹿言うなマセガキと今度こそ呆れたようなため息をもらった。
「明日ナルトやサクラ、カカシと食事会がある。月一でやっていてな、たまにイルカ先生も来ている」
「へぇー!いいな、コレ!」
一緒に食べると一人よりずっと美味しいんだ。俺はそれをナルト兄ちゃんとラーメンを食べて知った。
俺の父ちゃんと母ちゃんは暗部だ。それを誇りに思ってもいるけど、忙しくて一緒にご飯食べることなんて年に一回あるかどうか。
料理は家で掃除とかもしてくれるお手伝いのおばちゃんが作ってくれるけど、おばちゃんも子供がいて、帰らないといけないからいっつも一人で食べることになる。
───そう、今日だって。
それに気づいて、つい俯いてしまった。
何だか帰りたくなくなって歩みが遅くなる。
それに気づかないサスケの兄ちゃんじゃない。
ポン、と頭に手が乗せられた。見上げた先にあったのは、夕日に照らされた、兄ちゃんの穏やかな黒い目だった。
「明日、お前も来ないか?」
「えっ……でも、いいの……?」
「お前一人分くらい大した量じゃない。で、どうするんだ?」
「行くっ!絶対行くんだなコレ!」
「ちゃんと家の奴らに伝えてから来るんだぞ?」
「そのくらい俺でも分かってるんだな、サスケの兄ちゃん」
連絡しないと料理を作ってくれるおばちゃんに悪い、そのくらい分かってる。
拗ねたように口を尖らせたけど、でも、“親に”って言われなくてホッとしていた。
きっと、偶然だと思うけど。それでも、嬉しかった。
優しげに目を細めるサスケ兄ちゃんを見上げて、ちょっぴりときめいちゃったのは内緒なんだな、コレ。
おまけ【消せぬ温もり】
『おやすみなさい、我愛羅様。よい夢を──』
『ねぇ、待って夜叉丸!夜叉丸は……どんな夢を見るの?』
『私の夢ですか?私は……楽しかった夢、苦しかった夢、たまに自分でも知らない、不思議でヘンテコな夢も見たりします』
『苦しい……?夢って見たいものが見れるんじゃないの?』
『違いますよ、我愛羅様。夢は自分の記憶の整理をしてくれているんです。そうですね……その人にとって必要な記憶を大切に取っておいてくれているんですよ』
『……必要な、記憶……』
『はい。その中には幸せだったこと、辛いことや、些細なこと……たくさんの思い出が含まれています。でも、そんな記憶があってこそ今の私がいる。だから……どんなに辛いことでも、受け入れられるようにって助けようとしてくれているんでしょうね。……もちろん、受け入れられないこともありますが……』
『そうなんだ……』
『我愛羅様はどんな夢を見るんですか?』
『見たことないんだ……身体を寄越せって……夢は見てみたいけど、眠るのが怖い……』
『我愛羅様……』
ギュ、と抱きしめられる。その温もりに胸の奥がポカポカと温かくなる。
そっと腕が解かれても、離すのが惜しくてずっと夜叉丸の服を握り続けた。
『今日だけ……特別ですよ』
初めて誰かと一緒に眠った。
やっぱり夢が見れるほど深くは眠れなかったけれど。それでも、微睡みの中で抱き締める腕があった、そのことに泣きたくなるほど安心した。
それはちっぽけな、幸せの思い出。
それはずっとずっと残っている、俺の必要な記憶。