近くにあった演習部屋へ移動し、サスケとリーは対峙していた。
渋っていたサスケも生来のウスラトンカチだ。まっすぐ向けられる闘志は心地よかった。
ピリピリと張り詰める緊張感を破るようにフン、と鼻を鳴らす。
「5分だけだ………来い!」
「ええ、分かっています……いざ!!」
リーの姿がかき消える。早い。先程の中忍相手の動きよりも余程早いが、写輪眼がなくとも見きれぬ程ではなかった。
次の動きを予測し、サスケはその場を跳んだ。
「木の葉旋風!!」
先程までサスケのいた場所にリーの蹴りが炸裂し、コンクリートの床を砕く。それにリーの本気を感じた。
写輪眼を使う訳にはいかないから、全力で戦うことはできないだろう。だが、だからといってわざと負けるような真似はしたくない。
真っ直ぐな視線は、決してそんなことを望んではいないからだ。
自分の力を、試したい。そんな強い目だった。
ならば、勝負を受けた身として応えるしかないだろう。繰り出される拳をヒラリと避けて、サスケはどう戦うかと思考を巡らせる。
その形の良い口元には、抑えきれない笑みが浮かんでいた。
◆
攻撃を難なく受け止め、躱し、受け流すサスケに、リーは唇を噛みしめた。
彼の強さは先程の201教室での余裕気な表情から、多少理解していたつもりだった。しかし、ここまで軽くあしらわれてしまうとは思ってもみなかったのだ。
(僕の動きを完全に………!)
ただ、体術を磨いてきた。
忍術の使えない落ちこぼれでも、努力によって天才に勝つことが出来るのだと。そう信じて、周りからどんなに笑われても、ただひたすら修行した。
その体術が、彼に通じない。例え重りを外していないとしても、それでも…………そこにある実力の差は分かってしまった。
同じ班の天才、ネジを超えたい。努力が天才に優るということを証明したかった。
なのにどうだ、必死に磨いてきた体術さえ届かない。白眼さえもっていない子供に、勝てない。
(僕は……こんな所で……!)
負けられないのだと、我武者羅に拳を繰り出した。
しかし、そんな思いとは裏腹に、焦りから動きは鈍っていった。
「動きが大きい。それじゃ、カウンターの的だぞ」
そんな隙を見逃さず、サスケはリーの腕をくぐり抜け、その腹へ拳を叩き込んだ。
「カ、ハッ………」
「どうした、もう終わりか?」
サスケの黒い目がリーを見据える。ネジの目とは反対の色。しかし、そこに蔑みは浮かんでいない。
その代わりに、お前の力はこんなものなのかと。そう問われている気がした。
これまでの修行が頭を巡った。何度も何度も、蹴り、殴り、足や拳から血が流れた。指一本動かせず、何度も野宿をする羽目になった。
痛かったに決まっている。諦めかけたことだってあった。
それでも続けたのは…………ただ、強くなりたかったからだ。
勝ちとか、負けとかではなくて。ただ純粋に、強くなりたかった。
「…………まさか。これから、ですッッ!」
よろめきながら、リーは立ち上がる。
それに満足し、サスケは笑った。
それと同時に繰り出された蹴りをサスケは腕でガードする。指先まで痺れたが、その受け止めた右足を掴み、左足を軸にして蹴りの勢いを利用し壁へと投げる。
それでも、リーは壁へと着地して衝撃を吸収すると同時に、再び飛びかかってきた。
それを避けようと跳躍した、その時をリーは狙っていた。
「……影舞踊……!!」
その跳躍に合わせてリーは背後を取る。
蹴りが入らないのであれば、彼の動きに合わせて自分が動けばよかったのだと、気がついたからだ。
望む体制に持ち込んだリーは、背後へ視線を向けたサスケと目があった。
「………やるな」
ニッと口端を上げて、それでもサスケは焦らない。
それが不気味で、パラリと腕の包帯を解くとリーは禁じ手と戒められている技をかけた。
『この技を使っていいのは、ある条件の時………大切な人を守る時だけだ』
(ガイ先生……ごめんなさい。僕は、禁を破ります………!)
真剣勝負だからこそ、持てる力を全て使い戦う。負けるかもしれない、けれど全力で立ち向かう。
それが勝負を受けてくれた彼への、リーなりの誠意だった。
「行きます……!」
空中という身動きの取れない中、そして背後からの攻撃をサスケは防げない。
リーは連撃を加え、より高く高く、もっと高くその身体を浮かせた。
「表蓮華!」
包帯で身体を拘束し、リーは回転と共にサスケを地面に叩きつけた。
「サスケ君………!」
「サスケェ!」
サスケが血を吐く。ぐったりと動かない身体に、ナルトとサクラが悲鳴を上げた。
(まずい……)
そうしてはたと我に返り、リーは青ざめた。つい、本気で戦っていたが、考えてみれば自分たちは受験を控えている身だ。
受付終了までもうあと10分程度しかない。しかし、硬いコンクリートの床に叩きつけられた彼がすぐに復帰するのは不可能だろう。
それだけじゃない、サスケが出れなければその班のメンバー全員が出れなくなってしまう。自分は彼らの受験資格を奪ってしまったことになる。
そんな、若干の後悔をした瞬間だった。
「終わったからって油断するな、スキだらけだぞ」
リーの身体は宙を飛んでいた。
一拍遅れて、顎が砕けたかと思うほどの激痛が襲う。
落ちる世界に倒した筈の“サスケ”が消えて、不敵に笑うサスケが見えた。
◆
「大丈夫か、リー」
「ガイ……先生……」
目を開けば、天使ならぬ尊敬してやまない師がリーを覗き込んでいた。筋肉で硬過ぎる膝枕から身体を起こすと目眩がした。
全身が軋んでいる。表蓮華の影響だろう。その痛みにようやく目が覚める。
ズキズキと痛む顎が先程の記憶を蘇らせた。
(ああ………僕は、負けたんですね……)
もうサスケ達の姿はない。甘かった。最後に見せた笑みを思い出して、リーはぐっと掌を握りしめた。
結局、リーはサスケに勝てなかった。別にそれはいい、悔しいのは勝ち負けではなくて、自分の力を見せつけられたからだ。
攻撃はことごとくガードされ、表蓮華まで使ったというのに敵わなかった。
そこでふと、リーは思い出した。
(表蓮華は決まった筈……)
影分身の印など結んでいなかった。
彼の一挙一動見落としはしなかったのだ。ではどこで……?
もしや、不正をしたのではないか?
勝負の前に影分身を出していた?
そんな疑惑の心がむくむくと顔を上げた。
(そうだとすれば………赦すことなど出来ない)
暗い思いに囚われかけた時、ポンとリーの頭に手が置かれた。
「ふふふ……青春してるな、リー!」
「ガイ先生……見ておられたんですか」
「ああ、もちろんだ。まぁ、そう落ち込むな。あの子供がただちょっとデタラメなだけだ!」
「デタラメ……?」
あんな、無様な戦いを見られたかと思うと余計に心が沈んだリーだが、ガイの言葉に先程の疑惑が濃くなった。
その暗い顔に全て分かっているとばかりにガイは微笑んで、それでもそれを否定するように頭を振った。
「あの子は不正などしていないぞ、リー。あの子は男と男の勝負を受けて立った、正真正銘の漢だ! そんな彼を疑うなど以ての外だぞ!」
「ガイ先生……すみませんでした。ですが、デタラメとは……?」
強い叱責の言葉にリーは項垂れる。ガイの言葉を疑う事はない。そう言うのならば不正などなかったのだろう。
だが、納得は出来ていなかった。そんなリーにガイは先程の決闘を思い浮かべ顎に手を当てた。
「あの子は表蓮華の直前、片手印を結んだんだ。影分身によりお前の死角となる天井で、本体は待っていた。お前が隙を生むのをな」
「片手印……?」
聞き覚えのない言葉に眉をひそめるリーに、ガイは真剣な表情で頷いた。
「俺も初めて見る。片手ではチャクラを上手く練れず失敗するものだ……ネジでも出来ないだろうアレを随分慣れたように使っていた。あの落ち着きも尋常じゃない、恐らく相当な場数を踏んでいるだろうな。どんな人生を歩んで来たのやら………想像がつかん」
ガイはサスケ達の出ていった扉を見つめた。
決闘が終わり、姿を現したガイにサスケは『他言無用』と釘を刺していた。
リーは気づいていないだろうが、表蓮華、あれは自滅を招きかねない術だ。筋細胞に負担を強いる術として禁術にした。それも問題ではあるものの……それよりも術が失敗した時の反動がデカイ。
空中には足場などない。
だからこそ、表蓮華では相手の身体を支えとし、共に落ち行く中で脱出する。自分も地面に衝突して自滅するのを防ぐためだ。
もしも地面に衝突する寸前、彼が影分身を解いていればリーはダメージをもろにくらい、この後の中忍試験など出られなかっただろう。そうなればネジもテンテンも必然的に受験資格がなくなる。
無論、そうなった場合には介入していた。例え、男と男の真剣勝負であったとしてもだ。
しかし、あの子供はそうしなかった、その借りがある。そして何より漢である彼の頼みでは聞かぬ訳にも行かない。
ガイは頷いた。誓って誰にも話さないと。
上忍を前にあの落ち着きようは尋常じゃない。凪いだ瞳にヒヤリと背に冷たいものが走った程だ。
ああ、それに影分身もよくよく考えてみればおかしい。表蓮華を食らいながら消えなかったのだから。
そう、だからデタラメと評したのだ。
その体躯に似合わぬ、滲む“実力”に。
(今年の中忍試験は…………荒れそうだな)
ガイはそっとため息をついた。
◆
「リー。世の中にはな、俺よりも強い子供だって腐るほどいる。だからこそ、修行して強くなれ!慢心などしてはならん! 禁を破った罰も含め、中忍試験後には演習場の周り1000周だ!!!!」
「押忍!」
「おお、いかん! 受付まで後5分だ、急ぐぞリー!」
二人は廊下を歩く者たちの間を風のように駆け抜ける。
(彼が使ったのは体術と影分身のみ……だけど、彼は間違いなく天才だ。それが経験に基づいてであるなら…………僕も努力によって、天才になれるんでしょうか)
努力が天才を上回るのではなく、努力によって天才になれるのだとすれば。
天才とは、何だろう。
白眼? 血継限界?
いや、例え自分が同じ白眼を持っていたとしても、ネジのようには戦えない。
それは、きっと道具でしかない。
それは、きっと天才なんかじゃない。
では、天才とは……使い方一つ、なのかもしれない。
生まれ持った才能には確かに差があるだろう。でも、それだけじゃ天才とは言えないのだ。
今ある自分の力をどう使うか、どう利用するか。それを理解して、使いこなすことが出来る者。
試験会場の扉を開く。いく対もの目に睨まれながら、リーは怖気づくことなく入っていった。
そこに集まるのは