SASUKE逆行伝   作:koko22

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2.兄の背

 

「おやすみなさい、サスケ」

 

 

 扉の隙間から入りこんでいた仄かな光が、母の微笑みと共に消えていく。

 暗くなった天井をぼんやり見つめながら、サスケは今日何度目かの大きな溜息をついた。

 

 

(夢、じゃないんだな……)

 

 

 寿命を迎え、そして目覚めてから早くも三日が経つ。

 順風満帆とは程遠く、数多くの辛酸を舐める人生だったが、生きていてよかったと思える幸せがたくさんあった。

 

 そんな人生を全て受け入れて、さっさと旅立った者達に文句の一つも言ってやろうと瞳を閉じた先にあったのは、過去。

 当然戸惑いはしたものの、夢か幻、或いはあの世だとしても、そこに百年以上もの別離をした両親と兄がいて、その失った筈の温もりを感じる。この奇跡のような状況を、戸惑いながらも甘受するまでそう時間はかからなかった。

 

 だが、時が進むごとに一向に醒めぬこの奇跡に疑問も生まれる。

 術の痕跡を調べ、父の新聞を借り、母に質問し、地区内を駆け回り……この三日間はひたすら情報収集に勤しんでいた。

 

 そうして集めた情報から判断するに、信じがたいことではあるが、サスケは過去にいた。

 夢でも幻術でも、天国でも地獄でもない。現実として過去にいるのだ。

 それもアカデミー入学を控えた、六歳の子供の頃に。

 

 原因として考えられるのは、敵の忍術もしくは輪廻写輪眼くらいだ。

 時空間忍術は百年が経っても解明されていない部分が多く、そうした術があってもおかしくはない。しかしながら、わざわざ死に掛けの老いぼれを過去に飛ばす意味は無いし、そもそも忍術を使えるやつ自体もう数少なかったのだからその線は薄いだろう。

 

 だとすれば、後者の可能性が高くなる。

 百年間の付き合いだ。能力は把握し使いこなしていた筈だが、六道の力は凄まじく不可能を可能にする。過去へ渡る、そんな能力が隠されていたのかもしれない。

 

 

(今となっては確かめようもない、か……ん?)

 

 

 目を閉じながらも訪れぬ眠気につらつらと思考を巡らせていたサスケは、微かに捉えた小さな声にぱちりと瞼を開いた。

 居間に三つのチャクラを感じる。時計の針は日付を跨いでおり、言いしれぬ胸騒ぎを感じたサスケはそっと部屋を抜け出した。

 

 影の濃淡を頼りに暗い廊下を進むにつれ、声は大きく、そして重々しく変わっていった。 

 微かに開いていた襖の隙間から部屋を覗き込むと、兄と両親が座って対峙していた。兄は背だけが見え、父は何らかの書簡を眺めているようで、母はそんな父の傍らで俯いている。

 やがて父フガクは、厳しい顔を上げ兄イタチを見詰めた。

 

 

「暗部入隊後、イタチ。お前には里とのパイプ役になってもらう。いいな?」

「……はい」

 

 

───暗部入隊。

 

 

 その言葉にサスケは息を呑んだ。

 思えば、イタチが暗部になるのは確かにこの頃だった。だとすると、あの書簡は暗部入隊の内定書だろうか。

 あの頃は遊んでもらえる時間が減った、と拗ねていたが、実際にはそれ所ではない。

 その重責も、何もサスケは知らなかった。知らされずにいたのだ。

 

 

『お前は兄の事を知っているようで何も知らない』

『イタチは犠牲になったのだ。古くから続く因縁、その犠牲にな』

『うちは一族はクーデターを企んだ』

『木の葉上層部はうちは一族の中にスパイを送り込んだ。それがお前の兄、うちはイタチだ』

『一族というしがらみにとらわれることなく里を愛する忍。里の上層部はそこを利用した』

『上層部はイタチに極秘任務を与えた。目には目を……うちはに対抗する写輪眼が要る』

『そうだ、その任務とは、うちは一族全員の抹殺』

『任務だった。一族を殺した犯罪者として汚名を背負ったまま抜け忍になること、その全てが任務だった』

『そして、イタチはその任務を全うした。ただ一点の失敗を除いてはな』

『弟だけは……殺せなかった』

 

 

『―――これがイタチの真実だ』

 

 

 暗闇があの洞窟と重なる。

 仮面の男マダラの、否、オビトの声が木霊した。

 息が苦しい。心音が父達に聞こえるかと思うほど、やけに大きく、速く聞こえた。

 

 灯火に照らされた、兄自身より大きく濃い影はゆらゆらと揺れていた。そんなイタチの後ろ姿が見ていられなくなり、そっと障子に背を向ける。

 そんなサスケの動揺は露知らず、襖を隔てた会話は続いてゆく。

 

 

「うちはシスイ、あの男もパイプ役だ。何か分からないことがあれば、彼に聞きなさい」

「父さん。クーデターではない、別の方法はないんですか?」

「……里の上層部はうちはを嫌っている。特にダンゾウ、あいつがいる限り交渉が上手くいくとは思えん」

「ダンゾウ?確か相談役の……」

「ああ。志村ダンゾウ、あいつはうちは嫌いで有名だ。実質木の葉の闇を一手に担う、三代目の影といえる」

 

 

 志村ダンゾウ。

 その名に、一際大きくサスケの心臓が跳ねた。

 いくつもの写輪眼を腕に宿し、俺が殺した忍。そして―――あの地獄の、元凶ともいえる男。

 

 鼻腔に血の臭いを感じた。錯覚だと分かってはいても、幼心に刻み込まれた古傷がつられて痛み出す。

 乗り越えたはずなのに、暗い感情が抑えきれない。

 

 ふつふつと腹の底から湧き上がる怒りと憎しみ、そして殺気を瞳を閉ざすことで押さえつけ、静かに息を吐いた。

 代わりに吸い込んだ冷たい夜気が、サスケの頭をゆっくりと冷やしてゆく。

 家族も一族も生きている。ダンゾウだって行動を起こしていない。

 

 

―――そう、『まだ』。

 

 

「しかし、もうその年で暗部に昇進するとはな。さすが、俺の子だ。その調子で一族の為、更に励め」

「……」

「お前ももう一人前の忍だ、明日からの集会にはお前も出なさい」

 

 

 ぼそぼそと背後で続く会話を聴きながら、サスケはそっと瞼を開き、暗い廊下へと踵を返した。

 

 

『さすが、俺の子だ』

 

 

 その言葉の重みも何もかも。

 俺は知らなかった。知ろうとも、しなかった。

 ずっと、その背に守られていた。

 ずっと、守られてばかりで何一つ返せなかった。

 でも、今は違う。守られてばかりの子供じゃない。何も知らない子供じゃないのだ。

 

 兄も父母も一族も。まだ生きている。

 

 

―――今なら、まだ、間に合う。

 

 

 過去を変えること。

 その意味を、サスケはよく分かっていた。

 

 それでも。

 その隣に、妻と親友が居て。

 その傍で、嬉しそうに祝福してくれる兄が。微笑みながら孫を抱く母が。普段の厳しい顔を緩めて孫を覗き込む父が、居て。

 この数日で、そんな未来を思い描いてしまったから。

 生きて欲しい。ただ、それだけを願った。

 

 

(兄さん。今度は、俺が……)

 

 

 サスケの紅に染まった瞳には、暗い廊下がはっきりと見えていた。

 思い出すのは兄の最後、両親をはじめとした一族の最後、そしてそれらに伴った絶望。それらを糧にサスケは決意を胸に抱く。

 

 月が夜空を照らしていた。

 あの日と同じ、大きく美しい満月だった。

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